いつの日か…   作:かなで☆

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第九十二章【ネコ探し】

 先ほどの神社を一度出て、水蓮たちは六花を残し、迂回してネコのいる場所へと向かっていた。

 目的の猫はすっかり油断しているらしく、移動することもなくその場でくつろいだ空気のままであった。

 

 「アカデミーを卒業した後、下忍になってすぐにネコ探しの任務が来るんだ」

 立ち並ぶ木々の間を歩きながらイタチはそう話し出した。

 確かナルトの班もネコ探しをしていたなと、水蓮は思い出す。

 どんな猫だったかはっきりと思い出せないが、飼い主が派手な太った女性だったことだけは覚えていた。

 「実はその猫忍猫なんだ」

 「え?そうなの?」

 「ああ。飼い主は里の上忍だ。前線からはもう離れているがな」

 「え…っ」

 思わず大きな声を上げそうになり、水蓮は慌てて口を押えた。

 

 あのおばちゃんが上忍…

 

 とてもそうは思えないが、イタチが言うならそうなのだろう。

 変化している可能性もある。

 

 となると…

 

 「じゃぁ、ネコ探しの任務は…」

 「里のテストのようなものだ」

 「そうなんだ…」

 「他にも色々ある。犬の散歩、迷子さがし、畑仕事や、留守番。それらはDランク任務とされているが、半分以上が里からの、いわゆる新人の力試しだ。単純な内容だからこそ、重要な事柄が見える。誰が作戦を立て、誰がどう動き、誰がまとめあげるのか」

 イタチはそう言って少し懐かしそうに笑った。

 「この事を知ったのは暗部に入ってからしばらくたっての事だ。知っているのは里の上層部と暗部のごく一部。だから、秘密だぞ」

 「わかった」

 そう返したものの、自分が木の葉の下忍や誰かとそんな話をすることはない。

 それでも水蓮は「誰にも言わない」とうなづき、少しうれしくなった。

 イタチとの共有の秘密は多くある。

 だが、どれも辛く痛みを伴う物ばかりだ。

 そのなかで、里の若葉を育てるための秘密の共有は、どこか希望の光を感じる。

 「その任務のこなし具合を観察し報告するのも、暗部の仕事の一つだった。その内容を見て、班に見合った進め具合でランクを上げていく期間を決めるんだ。もちろん、状況によってはその通りに行かないことも多々あるがな」

 「結構ちゃんとしたシステムだね」

 若い忍の育成に力を入れていることが伺え、水蓮は関心の息をついた。

 「ああ。驚くべきは、この流れは初代火影の柱間様が考え、今まで引き継がれ続けてきたということだ」

 「そんな昔から…」

 「そうだ。里が創設されたころ、いや、その随分前からこの世界は今よりも大きな戦が数多くあった。今のように忍び里がきちんとあったわけではなく、統率と言えるようなものではない集まりがそれぞれに権力を欲して争い続けた。多くの命が奪われ、どこにおいても人材が不足してゆき、幼い子供が戦場に送り出された。10歳にも満たないような子供までな…」

 イタチはグッととこぶしを握りしめ、話を続ける。

 「未熟なまま戦に立ち、なぜ戦うのか、なぜ殺すのか、なぜ殺されるのか。何一つわからぬまま消えた命は数え切れないだろう」

 知らぬ間に、水蓮も固く手を握りしめていた。

 「その悲惨な状況を打破するために、柱間様はこのシステムを考え出した。まだまだ子供が戦場に立つことは避けられない。だけど、せめて己の命を守れる力を身につけさせてからと、そのためのはじめの一歩を踏み出したんだ。そこには、想像を絶する苦労と苦心があったに違いない。何事においても、始めに踏み出す一歩はそれを担う人の背に、計り知れない痛みが課せられるものだ」

 水蓮は無言でうなづいた。

 目的の場所に近づいたこともあり、二人はそれから無言で進み、ふと水蓮が足を止めた。

 「気づいたみたい」

 こちらの気配に気づき、ネコが警戒の色を発しているのを感じ取る。

 「そのようだな」

 イタチも感じたのか、うなづきを返した。

 そしておもむろに声を上げた。

 「ひよ丸。出てこい」

 「…え?」

 思いがけないイタチの行動に水蓮は戸惑った。

 作戦の一つ目はイタチがネコの気を引くという物だった。

 どうするのかと思ってはいたが、まさかいきなり呼びかけるとは思っておらず水蓮は動揺した。

 「ちょっと…イタチ…」

 驚く水蓮にイタチは「任せておけ」と返してまたネコに呼びかけた。

 「早く出てこい」

 飼い主の六花から逃げてきたような猫が、飼い主でもないイタチの呼びかけに答えるとは思えない。

 水蓮はそれでもただ黙ってイタチに従った。

 イタチはそれ以上何も言わず、静かにネコを待つ。

 そんなイタチの前に、ネコは素直にその身を現した。

 「…え?なんで…って、このネコ!」

 水蓮の戸惑いのつぶやきは、一瞬で納得へと変わった。

 二人の前に現れたネコは、六花の話にあった風貌で、身に着けた赤いちゃんちゃんこには黄色い丸の模様。

 そのちゃんちゃんこを風に揺らしながら、その猫は二本足で立ってこちらを見ていた。

 「忍猫?」

 イタチは「ああ」と短く答えて、忍猫に語りかけた。

 「やはりお前か。ひよ丸」

 「イタチか?ずいぶんと久しぶりやな」

 少し関西弁に近い訛りのある口調で返し、ひよ丸はちょこんとその場に座った。

 「なんでお前がここにおるんや?」

 「成り行きでな。お前を捕まえるのを手伝うことになった」

 ひよ丸は「はは」と軽く笑った。

 「六花におうたんか?」

 「ああ。お前あの子に飼われてるのか?」

 「まさか…」

 嫌そうな顔で溜息をつき、ひよ丸が一つ伸びをする。

 「そんなわけあるかいな」

 「じゃぁなんであの子はお前を捕まえようとしてるんだ」

 ひよ丸はその問いかけに、にっと笑いを返した。

 「それは、ワイを捕まえたら教えたる」

 言葉の終わりと同時にひよ丸が飛びあがり、隙を見て伸ばしたつもりの水蓮の手が空をきった。

 「あ!」

 

 …早い…

 

 「残念やったなねぇちゃん。なかなかええ動きやったけどな」

 頭上から落ちてきた声に顔を上げると、ひよ丸は元いた木の上から水蓮たちを見下ろし、ニシシと笑った。

 「ほなな」

 ザッと枝を蹴り宙を飛ぶ。

 その動きは素早く、とても追いつけそうにはない。

 それでもイタチは慌てずフッと小さく笑った。

 「次の作戦だ」

 水蓮はうなづき、影分身3体を作り地を蹴り駆けだした。

 四方に展開して感知を張り巡らせる。

 触れた気配は3つ。あちらも分身を作り攪乱してきている。

 それでも、本体を見分ける力はすでに完璧に出来上がっている。

 「本体はこっち」

 「わかった」

 イタチと共にひよ丸の本体を追う。

 二人の気配に気づき、ひよ丸は分身は通用しないと悟ったのかそれらを消し、スピードを上げて木々の間を移動し始めた。

 それに合わせて水蓮の影分身もスピードを上げ、ひよ丸の進行方向に回り込む。

 感づいたひよ丸は逃げることをやめて地面に降り立った。

 「ふむ。なかなか早いがな」

 にやっと笑うひよ丸の周りを水蓮の影分身が囲みこむ。

 「大人しくつかまってもらうわよ」

 本体とイタチも合流し、ジリッと距離を詰める。

 「そう簡単にはいかへんで」

 ザッと土を音鳴らせてひよ丸が後ずさり方向を変えようとしたとき、右手の木の陰から六花が姿を現した。

 「ひよ丸!」

 ぐるりとその身を囲まれて、ひよ丸は一瞬足を止めたがグッと足に力を入れて六花の方へと跳躍した。

 「…っ!」

 慌てて六花が手を伸ばす。

 が、それをひらりとかわしてひよ丸が六花の体を超えてゆく。

 「残念!ほな、またな」

 勝ち誇った声と笑みでこちらを少し振り向く。

 しかしその笑いに、ヒュッ…ヒュッ…と何かが風を切る音が重なり、異変に気付いてそちら…進行方向を見たひよ丸の目の前でパン…っと何かが小さな音を立ててはじけ、粉が巻き広がった。

 「…っ!」

 驚きの息でその粉を一気に吸い込み、ひよ丸の体が失速してふらりと落下する。

 「これは、またた…びぃぃぃぃ…」

 だらしのない声を上げながら落ち行くその体は、落下地点に向かって走っていた六花の腕の中にすっぽりと収まった。

 「捕まえた!」

 ひよ丸をぎゅっと抱きしめて嬉しそうに笑う六花のもとへ水蓮とイタチが歩み寄る。

 「イタチ。おまえ、マタタビもっとったんか…」

 必死に恨めしそうに言おうとするものの、マタタビの効果で何とも幸せそうな声と顔。

 イタチは「ハハ」と面白そうに笑ってひよ丸の頭を撫でた。

 「あの状況でお前が突破できる可能性が一番高い逃走経路はこの子だ。向かう先が決まっていればあとは簡単さ」

 「…くっ…」

 ひよ丸は悔しさで顔をそむけた。

 

 わざと六花という逃走経路を作りそこに向かわせ、イタチがひよ丸の前にマタタビを包んだ布袋を投げ、それを水蓮がクナイで砕く。

 

 それがイタチの立てた作戦であった。

 イタチの言うように相手の行き先が分かっていれば容易な動きであった。

 それでもイタチの投げた布袋をうまくクナイで狙えるかどうか心配であった水蓮は、成功したことにホッと息をついた。

 そんな水蓮にひよ丸は目を向けぬままではあったが、小さな声で「ねぇちゃん、ええ腕しとるわ」とため息をこぼし、マタタビの効果を受け入れて完全に脱力し、六花にその身を預けた。

 水蓮が「どうも」と一言お礼を返して影分身を解き消し、イタチがひよ丸の頭を再び撫でて言った。

 

 「任務完了だな」

 

 柔らかい風が吹き、ふわりとなびいたイタチの髪の合間に、楽しそうな笑顔が見えた。


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