いつの日か…   作:かなで☆

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第九十一章【痛み合う】

 緑の階段をのぼりきった先に見えたのは神社であった。

 数人の参拝者の姿があり、歩を進める水蓮たちと参拝を終えた年配の夫婦が参道のちょうど中心辺りですれ違う。

 ほんの一瞬目が合い、何とはなしに互いに小さく会釈を交わし、水蓮はその背を見送った。

 その夫婦は仲睦まじく手をつなぎ、特に何かを話すでもなく時折笑みを交わしながらゆっくりと階段を下りて行った。

 

そこには長い時間を共に生きたからこその空気が流れていて、それは自分たちには決して手に入れられない物なのだと…ついそんな事を考えてしまう。

 「行くぞ」

 軽く手を引かれ、再び歩き出す。 

 「ここは、うちはの集落にあった神社とよく似ているんだ」

 「南賀ノ神社だったっけ?」

 以前聞いた名を思い返す。

 「ああ。造りや配置が少し似ていて、つい来てしまう。色々と思い出すこともあるがな…」

 あの夜の事を言っているのだろう。

 それでも来てしまうのは、やはり故郷を求める心があるから。

 「静かできれいな神社だね」

 イタチは少しうれしそうにうなづいた。

 賽銭を用意し、二人並んで手を合わせる。

 そこにある祈りは同じ。

 

 この世界の平和

 

 同じ強さで願われたそれは、祈りというよりは決意にも似た物であった。

 水蓮が想いを込めた瞳を開くと、イタチは静かなまなざしでまっすぐ前を見つめたまま佇んでいた。

 無意識につなぎ合わせた手にほんの少し力が入り、イタチの心にある緊張が伝わってきた。

 

 自分が死ぬことに対してではない。

 

 自分の命が持つかどうか。その不安を感じているのだ。

 

 「大丈夫だよ」

 イタチと同じように前を見つめたまま水蓮がそう言った。

 「私がいるから。大丈夫」

 力強いその言葉にイタチはうなづきを返して「行こう」と水蓮の手を引いた。

 「この先にある街まで行って、今日はそこで宿を取ろう。そこも争いからは少し離れた場所だ」

 だから宿での宿泊は問題ないと、イタチは笑った。

 その街には豆腐と魚料理で有名な宿があるらしく、そこが空いていたらそこにしようという話になり、複雑な状況ながらに水蓮は少し楽しみを感じた。

 「南賀ノ神社は子供たちのいい遊び場だった」

 まだ時間が早いこともあり、イタチは少しだけ神社を見て回ろうと歩きながら思い出をよみがえらせた。

 「小さな森につながっていてな、春はつくしを取って、夏は蝉やクワガタを捕まえて、秋には木の実を拾って、冬には集めた落ち葉で焚き火をして芋を焼いて。うちはの人間の思い出には必ずあの神社があった」

 イタチが思い出を語る時には、必ず痛みが伴う。

 それを聞く水蓮の胸にも。

 それでもイタチは誰かに話せることを、水蓮はそれを受け止められる事を、二人は確かに喜びとして感じていた。

 「祭りもいくつかあった。新しく年を迎えるときには甘酒がやぜんざいが配られて賑わうんだが、一番盛り上がるのは神楽殿(かぐらでん)での組手の模擬だ。普段は巫女の舞や神楽を奏でるために使われる場所なんだが、年に一度その場所で組手が行われる。そこに立てるのは十歳から一八歳の者の中から二人。族長が選ぶ。一族の繁栄を祈り、皆が強い心で、強い力で進んでいけるように戦う。最後は年が上の者と族長が手合わせをできるんだ。そこに立つことが子供たちの夢だった…」

 イタチは「オレも」とつぶやき、神社の中ほどにある神楽殿の前で立ち止まった。

 やはりこれも似ているのか、じっと見つめるその目には懐かしさや切なさ、痛みが浮かんでいた。

 

 思い出すことは辛いだろう。

 それでもその痛みを受け止め感じることで、イタチは自分がまだ生きていることを実感しているのかもしれない。

 この痛みがある限り、自分がまだ死なずにちゃんと生きていると。

 そうして安心を得ているのかもしれない。

 サスケと戦えると。

 

 水蓮はつないでいた手を少し緩めて指を絡め合わせてギュッとつなぎ直した。

 

 イタチが感じる痛みごと、それを受け止め感じようと…そう思った。

 

 それが、自分がイタチと共に、今ここに生きている証なのだと。

 

 そしてイタチもまた水蓮の手を握り返して思う。

 

 自分の痛みを水蓮に背負わせることで感じる痛み。

 それが二人で生きている事の証明なのだと。

 

 共に痛みを分かち合える事こそが、本当の強さなのかもしれない。

 

 それを見つけたとき、その痛みすらも愛おしいのだという事を、二人はともに感じ合っていた。

 

 

 少し湿り気のある風が神楽殿の中を吹き抜け、長い年月の中で色褪せはじめた床を柔らかいながらにも重さを含んだ日の光が照らした。

 

 そこに揺れ広がる切なさの中に、技を合わせる嬉々としたイタチとサスケの姿が見えたような気がした。

 

 

 

 それからは静かな空気を感じながら神社の中をゆっくりと一回りし、二人はもと来た道へと足を向けた。

 「くだりは少し滑りやすいから気をつけろ」

 先ほど上ってきた緑の階段。

 一歩降りようとして二人はふと何かの気配を感じ足を止めた。

 それとほぼ同時に、シュッと鋭い音を立てて水蓮とイタチの足元を何か小さなものがすさまじいスピードで横切った。

 「……ネコ?」

 ほんの一瞬見えたシルエット。

 おそらくネコだろうと思った水蓮にイタチがうなづく。

 「だが今のは…」

 「ひよ丸~!」

 何か言いかけたイタチの声に幼い少女の声が重なり、ほどなくして水蓮たちの前に姿を見せた。

 少し背の高い垣根を音たたせながら現れたのは、7歳ほどの可愛らしい少女。

 「あ、あの…」

 くりっとした大きな瞳で水蓮とイタチを捉え、タタタ…っと小走りに駆け寄ってきた。

 「ネコを見かけませんでしたか? 茶色のしましまの、これくらいの」

 両手で大きさを示し、すがるように水蓮を見つめる。

 「たぶん今あっちに走って行ったのがそうかな…」

 「だが、かなりのスピードだったからな。追いつくのは無理かもしれない」

 二人がネコの消えた方に視線を流し、少女もそれに続いて大きくため息をついた。

 「また逃げられた…」

 「また?」

 思わず言葉を返した水蓮に少女がうなづいた。

 そのうなづきに、きれいな白銀の髪がさらりと肩の上で揺れた。

 「六花のこと嫌いなのかなぁ」

 たびたび逃げられてかなり落ち込んでいるのか、大きな目を潤ませる。

 今にも声を上げて泣きそうで、あわてて水蓮が姿勢を落として声をかけた。

 「六花ちゃんっていうのかな?」

 「うん」

 水蓮は六花の頭をそっと撫でてニコリと笑った。

 「私も一緒に探してあげる」

 「ほんと?」

 パッと嬉しそうな表情を見せる六花にうなづきを返し、水蓮はイタチを見上げた。

 イタチはどこか少し呆れたような、諦めたような、それでいて優しい笑みでうなづきを返した。

 「なにか、その猫が普段身に着けているものはあるか?」

 水蓮の隣にしゃがみ、視線の位置を六花に合わせてイタチがそう問うと、六花はポケットから「これ」と小さな鈴を取り出した。

 「さっきひよ丸の服からはずれたの」

 「服着せてるの?どんな?」

 それなら案外すぐに見つかるかもしれないと、水蓮はその特徴を聞き出す。

 「赤いちゃんちゃんこだよ。背中に黄色い丸の模様が入ってるの」

 「わかった」

 「鈴を借りるぞ」

 鈴を受け取りイタチが立ち上がる。

 続いて立ち上がった水蓮にイタチはその鈴を手渡した。

 「水蓮。感知の力でこの鈴からネコの場所を割り出すんだ」

 「え?」

 鈴とイタチの顔を交互に見て水蓮は戸惑った。

 今までに水蓮が行った感知では、特定の人物を割り出すには相手のチャクラを事前に知っている必要があった。

 知りえぬものに関しては、対象物のチャクラの大きさや距離は計れてもその実態までは調べきれない。

 「どうやって?」

 首を傾げる水蓮にイタチは「探るんだ」と、水蓮の手を包んで鈴を握らせた。

 「感知の力で割り出せるのはチャクラだけではない。この鈴に残るネコの気配を感知するんだ」

 「気配…」

 「チャクラを探るより少し高度で難しいが、お前の力なら可能だろう。集中しろ」

 水蓮は小さくうなづいて目を閉じ、チャクラをコントロールし手のひらに集中させる。

 

 気配を探る…

 

 少しずつ水蓮の感知の力が一点に集まって行き、小さな渦を描くようにして鈴を包み込んでゆく。

 何も感じなかったその鈴から、少しずつ。しかし確かに何かがわき出ではじめる。

 薄い煙のような、光のような何か。

 「これが…」

 小さな水蓮のつぶやきにイタチが「そのまま続けろ」と声をかける。

 開きそうになった目をグッと閉じ直し、水蓮はそのまま集中を深める。

 鈴からあふれた光はしだいに細い糸のようなものとなり、すぅっと伸び進みだした。

 それに反応して水蓮の体がピクリと揺れ、状況を把握したイタチが「たどれ」と言った。

 言われたままに気配の糸をたどり、水蓮はパッと目を開いた。

 「見つけたか?」

 「うん」

 しっかりと糸の先に探しネコの気配を捉えきり、水蓮はうなづいた。

 「割と近い。少し先にある大きな木の上」

 「こちらの動きに気付いているか?」

 「ううん。なんか…くつろいでるっぽいけど…」

 感知したネコから感じる空気は随分とのんびりとしている様子で、こちらが感知していることを感じてはいないようであった。

 「よし」

 イタチはすっと腰を落とし、落ちていた木の枝で地面に何かを書き出した。

 「作戦だ」

 それぞれの動きを説明しながら書き進めるイタチの顔は、どこか楽しそうな色を浮かべていた。


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