いつの日か…   作:かなで☆

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第九十章 【必要な物】

 翌朝、水蓮とイタチは知り合いのもとで療養するとはるかに告げ、エシロの町を後にした。

 この日は鬱蒼としたこの雨季には珍しく空気はさらっとしており、驚くほどの快晴でそれが逆に切なさを感じさせた。

 

 十拳剣が眠る場所を目指しながら水蓮は知らず知らず色々な事を考え込み、無言のままに足を進めていた。

 

 期限に猶予はあるとはいえいつ組織から何かを言い渡されるかわからない。

 鬼鮫に何かあればそちらも無視はできない。

 様子を見るために誰かがイタチを探すかもしれない。

 封印場所に行くのは人目のない夜の方が良いだろうか。

 あの場所。大地に施されていた封印を解くとどうなるのだろうか。

 うずしおの里の時のように何か入口が現れるのだろうか。

 

 そんな事を次々にめぐらせ、無意識のうちに足取りが早くなってゆく。

 

 「…水蓮」

 

 「…………」

 

 すぐそばでイタチが名を呼ぶが、無言が返される。

 

 「水蓮」

 

 「…………」

 

 やはり何も返さない水蓮にイタチは苦笑いを浮かべた。

 

 「水蓮。待て」

 

 肩に手を置いて歩みを止めると、水蓮は驚き肩を揺らして立ち止まりイタチを見上げた。

 「なに!」

 

 本当に全く聞こえていなかったようで、何事か起こったかのような驚き様。

 イタチはまた苦い笑いをこぼした。

 「いや、大丈夫だ。何かあったわけじゃない」

 「そう。じゃぁ、いこ。急いだ方がいいでしょ」

 途中何があるかわからない。

 水蓮は再び歩き出す。

 そのどこか落ち着かない様子の歩みを、またイタチが止めた。

 「待て。そう急がなくていい」

 「え?でも…」

 「ここからあの場所までは2日あればつく」

 イタチはそっと水蓮の手を取る。

 「ゆっくりでいいんだ。ゆっくり行こう」

 そこには穏やかな笑みがあった。

 「イタチ…」

 「天気もいい。急がず、ゆっくり行こう。景色を見ながら、風に触れながら、途中何かうまい物でも食べて」

 つないだ手をキュッと握りしめて、イタチはやはり穏やかに笑みを浮かべながら続けた。

 「ゆっくり行こう」

 

 なぜかわからない…。

 

 水蓮の目の奥がギュッと熱をこもらせた。

 

 いや、なぜなのかは分かっていた。

 

 こうした時間はもう今よりほかにはないのだ。

 

 里や組織に縛られず、ただただイタチの欲する物を目指すこの時間。

 

 それは本当に、ただの二人旅。

 

 イタチはこの時間を大切にしようとしているのだ。

 

 水蓮は滲みそうな涙を必死に抑えてイタチの手を握り返しゆっくりとうなづいた。

 「そうだね」

 精一杯の笑みを見せた。

 

 最初で最後のこの時間を、大切にしようと思った。

 

 

 始めに立ち寄った町は、初めて行く場所であった。

 町屋風の家が並ぶ上品な雰囲気で、食事処や菓子屋、呉服屋も多くみられそのどれも立派な門構えでいかにも老舗の佇まい。

 着物を着ている人も多く、歴史の深そうな印象に水蓮は思わずあたりをきょろきょろと見まわした。

 「気になる店があったら寄るといい。この町は小物屋なんかも多いからな」

 少し面白そうに笑うその顔に、物珍しげな顔をしすぎただろうかと恥ずかしくなる。

 それでも最近こうして街の中をゆっくりと歩くことが少なくなった為、目移りは止められない。

 「なんか、落ち着いた雰囲気だけどおしゃれだね」

 シンプルな門や戸にも一輪挿しがかけられ花が飾られていたり、繊細な彫が施されそこに少し色が入れられていたり。

 静かな中にもセンスの良い華やかさが見えた。

 「この町は争いには巻き込まれにくいところだからな。ああいったところに気を回せるいいゆとりがあるんだろう」

 イタチはどこか嬉しそうにそう言って話を続ける。

 「ここは3方を山に囲まれていて、残る1方は海だ。それゆえこの町に入るには細い山道を抜けるしか方法がない。防御のしやすい場所なんだ」

 「なるほど」

 確かにここまでの道中、狭くはないが戦闘などで立ち回るには動きにくい山道であった事を思い出し、水蓮はうなづきを返した。

 「比較的安心して暮らせる町だ。なにかを奪われることもそうないから、過去からの物を守りながら新しい物を築いても行ける。つなげてゆける…」

 「つなげていける」

 繰り返したその言葉に、イタチはうなづく。

 「それこそが大切なのだと、オレはそう思っている」

 風がイタチの髪を揺らし、その隙間に柔らかいまなざしが見えた。

 「歴史、文化、教育。先人の教え。そして、想い。それらを守り、発展させ、未来へとつないでいく。そのつながりがいつか平和を作る。そのためにはこの町のような安心して暮らせる場所が多く必要だ」

 「そうだね」

 安心できる場所があるからこそ、人は夢を見、希望を見出し、頑張れるのだ。

 「そのために里は作られたんだろうとオレは思っている」

 ひらりと目の前に舞い落ちてきた木の葉を静かに手のひらに受け止め、イタチは微笑んだ。

 「忍びを育てるための里ではない。こんな時代だから育てざるを得ないが、それだけではない。きっと初代火影は子供が、人々が、安心して夢を抱けるそんな場所を作りたかったんだろうと、そう思うんだ」

 里への想いを馳せるように、イタチはそっと木の葉を風に乗せる。

 「そんな場所が増えれば争いはなくなってゆく。人は不安だから争うんだ。奪われるのではないかという不安が、奪おうとする心を生み、その連鎖が争いとなる。柱間様は、きっとそれを止めようと里を作った。そのために、うちはと千手は手を取り合った」

 

 ぶわぁっ…と強い風が吹き、木の葉を連れて吹き流れてゆく。

 

 「木の葉隠れの里の名は、その時のうちはの族長であった人物が付けた名だ。木の葉の里は、確かに千手とうちは両族の手によって作り上げられた。守られてきた。だがそこにあったのは、一族の名ではない。幼い子供や家族、友人、里の人々の幸せと平和…そして希望溢れる未来を願う想いだ。今はこんな形となってしまったが、その想いは決して消えない。オレはそれを守りたい。平和への想いのもとに作られた里に生まれ、生きる。それが俺の誇りなんだ」

 

 静かに語られたその想いには、深く熱いものが溢れていた。

 

 水蓮はこぼれそうな涙をこらえて、イタチの手を握りしめた。

 その手をキュッと握りかえし、イタチは少し照れたように笑った。

 「まぁ、オレの勝手な考えだけどな。初代様には会った事もないし、全然違うかもしれない」

 そのはにかんだ笑みに、水蓮は小さく首を横に振る。

 「きっとそうだと思う」

 自分はこの世界に生きてきたわけではない。

 祖父である初代火影の話も聞かされたことがない。

 それでも、そう思えた。

 「きっとそうだよ」

 繰り返されたその言葉にイタチは安心したようにうなづいた。

 「お前にそう言われると、自信がつくな」

 「そうでしょ。私は孫ですから」

 水蓮はわざと少しおどけて胸を張った。

 そうして上を向かないと、涙がこぼれそうだった。

 

 それからイタチは歩きながら里や歴代の火影の事を水蓮に話し続けた。

 まるで自分の知識や想いを水蓮の中に残すように。預けるように。

 水蓮はその一つ一つを丁寧に刻み込んだ。

 

 

 しばらく歩き、イタチは裏路地へと足を入れた。

 「ここへきたら必ず行く場所があるんだ」

 一つ道を曲がっただけで景色は大きく変わり、落ち着いた雰囲気はそのままだがずいぶんと簡素な空気を感じさせた。

 人の声はほとんどなく、時折鳥の小さなさえずりが聞こえる。

 日の光が柔らかく降り注ぎ、垣根から枝をのぞかせた木々がゆっくりと吹き流れる風に優しい音を鳴らす。

 そこにはこの世界の争いは一切感じられず、あたたかな穏やかさが二人を包み込んでいく。

 先ほどまで話していたイタチもその空気に身を浸すように言葉を収めて、静かに歩みを進める。

 その隣で水蓮もまた何も話さず歩を合わせ、二人の存在が静けさに溶け込んでゆく。

 ここのような穏やかな場所が一つ一つ増えてゆけば、いつかこの世界からも争いはなくなるだろうか。

 幼い子供が争いに立つことなく、子供らしく生きてゆける。そんな世界になるだろうか。

 過去の悲惨な出来事や、今の忍世界の痛みがまるで物語の中の事のように感じる日が来るのだろうか。

 

 そうなってほしい…。

 

 そうしていかなければならない…。

 

 そのためにイタチは戦っているのだ。

 

 そう考えながら水蓮は空を仰ぎ見た。

 そこには今まで出会ってきた人や、戦ってきた忍。そして命を落とした近しい者の存在が浮かぶ。

 

 きっと、そのすべての人たちが心の奥深くでそれを願って生き、そして死んでいく。

 のちに生きる者に、その想いを託し、繋げて。

 

 それを受け取った人間はどう生きるのか…。

 どう生きるべきなのか…。

 さがし、見つけ、選び。そしてまた繋げてゆく…。

 

 途切れないよう。消えてしまわないよう。

 

 そのためには覚悟が必要なのだ。

 

 水蓮はきゅっと唇を小さくかみしめた。

 

 どんなに辛くても、苦しくても、その痛みに耐え忍び生きてゆく【覚悟】が。

 そして、まだ見ぬ未来に希望を託し、そのために命をも投げ出す【覚悟】が。

 

 

 それが忍なのだ…

 

 

 「ここだ」

 しばらく歩き、イタチが足を止めたのは長い石階段の前だった。

 

 階段の一つ一つに美しい緑色の苔が敷き詰められるように生え、その両脇も緑の草木が空間を埋めており、それらが薄く差す日の光に輝いている。

 時折静かに吹く風が草木を揺らす音以外は何もなく、まるでそこだけ時間が止まっているような…そんな光景。

 神聖さを感じさせるその緑の空間に、水蓮は言葉なく見入った。

 「行こう」

 つい先ほど細い路地を通る際に一度離れた手をイタチが改めて差し出す。

 出会ったころより少し細くなった手には深い傷はないものの消えずにうっすらと残っているものがいくつかある。

 一見柔らかそうに見えて案外固く、そこにはしっかりと鍛え抜かれてきた事と今までの戦いの厳しさが見える。

 だがこうして手をつなぐとき、イタチはその力強さを抑え込み、大げさなほどに力を加減する。

 どこか遠慮しているように。そして壊すまいとするように。

 だけど少しするとその手に力が込められてゆく。

 離れぬように。確かめるように。

 

 そばにいてくれと願い乞うように…

 

 水蓮は差し出されたイタチの手をじっと見つめる。

 

 以前は、この手は血に染まり汚れていると自分に触れようとしなかったイタチが、こうして手を差し出してくれる。

 それが嬉しかった。

 だけどそこには時折、共に染まってくれるか。との問いかけにも似た何かを感じることがある。

 そんな時はいつもより強くうなづきを返す。

 「うん」

 いつもより笑顔で答える。

 「行こう」

 いつもより、強く繋ぎ合う。お互いに。

 

 

 そうして歩き出すと、イタチは安心した笑みを浮かべる。

 

 その笑みも、痛みを刻み込んできたその手も、愛おしくてたまらなくなる。

 

 そしてお互いに【やはりこの人が好きだ】と、実感し合う。

 それを確かめ合うように、二人は時折視線を合わせて笑みを交わしながら、緑の階段をゆっくりと進んでいった。


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