いつの日か…   作:かなで☆

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第八十七章【命をかけて】

 エシロの町へとたどり着きハルカのもとを訪ねると、彼女は驚きながらも素早く状況を察し、すぐに部屋が用意された。

 通された部屋は過去に診療所として使っていたらしく、今は使われていないにも関わらず随分とキレイに保たれていた。

 何かの役に立てばと、常日頃から気を付けて整理していたのだという。

 

 

 「先に体をふかねぇと」

 デイダラの言葉にハルカがさっとタオルを差し出す。

 それを受け取り、鬼鮫とデイダラが素早くイタチをベッドに寝かせて身なりを整え、すぐに水蓮がチャクラを送り込んだ。

 今はとにかく体力の低下を抑えることが優先。

 それでも時折血の混じる咳を繰り返すイタチに水蓮の心に焦りが溢れる。

 「ハルカさん、何か体力を回復させるようなものはありませんか?」 

 イタチの肺の症状はひどく、炎症止めなどの薬はもう効かない。

 薬で体力を戻し、水蓮の医療忍術で炎症を抑えなければならなかった。

 水蓮から説明を聞き、ハルカは「それなら」と手早く薬を用意し、慣れた手つきで注射でイタチに処置を行った。

 「母が診療所をしていた時に手伝っていたんです。そう強い薬ではありませんが多少の効果はあると思います。あとは…」

 そう言ってハルカはイタチの体に手をかざした。

 その両手から淡い光が生まれる。

 「医療忍術使えんのか?」

 デイダラの驚きにハルカがうなづく。

 「本当に少しですが。水蓮さん治療にはどれくらいの時間が必要ですか?」

 「少なくても一時間は…」

 「一時間…」

 かなりのスピードで回復のチャクラを奪われるほどのイタチの症状に不安を感じたのか、少し難しい顔を浮かべる。

 それでもしっかりと集中してうなづいた。

 「私のチャクラが一時間もつようになんとか調整してみます…」

 「お願いします」

 自分の隣でイタチにチャクラを送り込むハルカの姿に、水蓮は思わず目を潤ませた。

 これまで自分一人で担ってきたイタチの治療に誰かが一緒に携わってくれる。

 それは今までにない安心感だった。

 しかしチャクラコントロールに優れた水蓮ですら、今のイタチの体力の回復はかなり難しい。

 少ししか使えないと言うハルカが一時間もつかどうかわからない。

 かといって治療の速度を上げれば、比例して体力も削る。

 調整しながら少しずつ進めるしかないのだ。

 

 水蓮は不安をグッと押し込んでイタチの胸元に手をかざした。

 

 チャクラを通じて感じたイタチの症状はかなりひどい物であった。

 ここへ来るまでに手を付けられなかったことが大きな要因であろうと考えながら、集中を深める。

 

 しかし治る速度より悪化へと進む速度の方が幾分か早い。

 治っては悪くなるその状況にイタチの顔が痛みに歪んだ。

 

 「痛みがひどいようですね」

 ハルカはそう言うとデイダラに棚から薬を出すように伝えた。

 「鎮痛剤です。水で薄めて飲ませてください」

 「わかった」

 デイダラがハルカの指示で薬を用意してイタチに飲ませようとする。

 が、水蓮がそれを手に取った。

 「あーね?」

 「私がやる。鎮痛剤は苦みがあるから、そのままじゃ飲まない」

 それにとても自分で何かを飲める状態ではない。

 水蓮は薬を口に含んで治療を続けながらイタチに唇を合わせて薬を流し込んだ。

 「………う…」

 苦味に顔をゆがませ、薬をおしだそうとするイタチの口元を水蓮が手でグッと押さえこむ。

 「飲んで!飲み込んで!」

 聞こえているのかいないのかわからない。

 それでもイタチはなんとか薬を喉に通した。

 水蓮は同じように数度水を飲ませ、再び集中する。

 そうして数十分が過ぎた頃、水蓮の隣でハルカの体が崩れ落ちた。

 「ハルカさん!」

 「ハルカ!」

 デイダラが慌ててその体を受け止める。

 「ごめんなさい。もう…チャクラが…」

 ハルカはそう言って目を閉じる。

 気を失ってはいないがその疲労は極まっていた。

 

 やはりハルカの力ではイタチの失われ行く生命力には追いつけなかった。

 ハルカのチャクラを失い、かろうじて繋ぎ止められていたイタチの灯火が一気に小さくなる。

 それを感じ、水蓮があわてて回復に切り替える。

 しかし、そうなると治療を止めざるを得ない。

 ようやくほんの少し追い付いた治癒が再びかき消されて行く。

 

 先ほどの鎮痛剤もほぼ効果を見せず、今までの吐血量の多さからもイタチの顔色はすっかり血の気をうしなっていた。

 

 どれだけ必死にチャクラを送り込んでも次から次へと奪われて行き、次第に表情の歪みさえも見せなくなってゆく。

 

 「だめ。イタチ、お願い…」

 

 水蓮の体が震え出す。

 

 「そんな…」

 

 そんなはずはないと何度も繰り返す。

 

 イタチが死ぬはずはないのだ…

 

 だが自分がこの世界に来たことで、何かのバランスが崩れているのだとしたら…

 

 そう考えると、何が起こってもおかしくない。

 

 自分の知らない、思いもよらぬことが起きるかもしれないのだ…

 

 

 その不安を後押しするかのようにデイダラが小さな声で言った。

 

 「嘘だろ…」

 

 その隣で鬼鮫はただ黙って立ち尽くしている。

 

 

 誰もが感じていた。

 

 

 イタチに迫る死を。

 

 

 「お願い…」

 それでも水蓮は必死にチャクラを送る。

 だが、そこには僅かな力しか動かなかった…

 「もうチャクラが…」

 

 切れる…

 

 どうしようもないその状況に水蓮の瞳から涙があふれでた。

 

 滲む視界にさらに色を失っていくイタチが映る。

 

 「いや!だめ!」

 水蓮はイタチに抱きつき、必死にチャクラを練る。

 

 

 誰か…

 助けて…

 

 

 心の底から願った

 

 

 自分の力では助けられない。

 

 

 消え行く自身のチャクラ。

 

 イタチの命。

 

 

 そのどちらも、自分では繋ぎ止められない…

 

 それを感じ、水蓮は救いを求めた。

 だがそれに応えるものはなく、水の流れのごとく進むこの事態を止める術はなかった。

 

 

 「イタチ…」

 送り込むチャクラが薄れ行くのを感じながら水蓮はイタチの体を強く抱き締める。

 

 何のためにイタチはここまで耐えてきたのか…

 

 里の闇を背負い…

 

 一族を手にかけ…

 

 罪を、痛みを抱えながら、何のために耐え忍び生きてきたのか…

 

 

 ここで死ぬためではない…

 

 ここで死んではならない人なのだ…

 

 今死んでしまったら、すべてが無駄になってしまう…

 

 「……せない…」

 

 「水蓮?」

 

 じっと状況を見守っていた気鮫が水蓮の漏らした呟きに、顔をのぞきこむ。

 水蓮はほんの少し持ち上げた顔でイタチを見つめ、その瞳に強い光を宿していた。

 「死なせない」

 今度ははっきりとした言葉だった。

 グッと力を入れ直し、体の奥深くからチャクラを練り上げる。

 それは別の何かと混ざりあい、イタチの体に注がれて行く。

 

 そこにあったのは、水蓮の生命力そのものだった。

 

 限界を超えて練られたチャクラは、どんどん水蓮の命を力に変換してゆく。

 それに気づいたデイダラが声をあげた。

 「やめろ!あーね!」

 慌てて水蓮の体に手を伸ばす。

 しかし、それを気鮫がつかんで止めた。

 「何すんだ鬼鮫の旦那!」

 振り払おうとするデイダラの腕をグッと押さえ、鬼鮫は黙り込んだ。

 「あーねよりイタチの命を取るのかよ!助かるかどうかも分からねぇのに!」

 しかし鬼鮫は言葉を返さない。

 「二人とも死んだらどうすんだ!」

 

 二人とも…

 

 その言葉が水蓮の胸に響いた。

 

 それでもいい…

 

 ぎゅっとイタチの服を握りしめる。

 

 もしイタチがどうしても助からないなら、それでもいい…

 

 そう思った。

 

 

 だけど…

 

 「死なせない…」

 

 やはりイタチは死んではいけないのだ。

 たとえ自分が死んでも、イタチは死んではいけない。

 

 彼は生きてサスケと戦わなければいけないのだ。

 サスケに力を託し、その力でいつかこの世界を平和に導いてほしいとそう願っているのだ。

 

 それが、イタチがこの世に残そうとしている想い…

 

 

 「私が絶対に死なせない!」

 

 イタチをあの場所まで連れて行く!

 

 

 最期のあの場所まで!

 

 

 体の底から力を練り上げる。

 

 その力の源の最期の一滴が水蓮の体の中で揺らいだ。

 

 

 そしてそれが消えるとほぼ同時に

 

 …ポッ…

 

 小さな音を立てて水蓮の中で光が生まれた。

 

 それは今までに感じたことのないほどの温かさとやさしさに満ち溢れた光。

 

 それが一気に大きく膨れ上がり、水蓮の体を瞬時に癒した。

 

 光は体内に収まりきらず、赤みを帯びたオレンジ色の輝きとなって水蓮の体からあふれ広がる。

 

 部屋中に広がったその光を見て、鬼鮫がつぶやくように言葉を発した。

 

 「九尾のチャクラ」

 

 「すげぇ。おいらたちまで…」

 

 その光に触れた鬼鮫とデイダラ、そして倒れこんでいたハルカの疲労さえも回復してゆく。

 

 水蓮は自身の変化に気づき、体を起こして両てのひらを見つめた。

 

 とめどなく溢れる光。その力の大きさに目を見張る。

 

 「これが九尾の…」

 

 自分の中にあるそれは、微量であると母が言っていた。

 それでもこれほどまでにすさまじい力があることに驚きが隠せない。

 

 それに何より、温かい…

 

 九尾のチャクラは冷たい物かと思っていた水蓮にとって、それも驚きであった。

 

 グッと手を握りしめ、コントロールするために目を閉じてその力を体になじませてゆく。

 

 

 感じる…

 

 

 このチャクラは、九尾の中にある【優しさ】

 その感情の部分

 

 

 大切な者を慈しみ、守ろうとするその力。

 

 それを自身の中に引き継いでいたのだ。

 

 「これなら…」

 

 水蓮は再びイタチの体を抱きしめ、全身からチャクラを注ぎ込んでゆく。

 

 「お願いイタチ…」

 

 ポタポタと涙が落ちる。

 

 水蓮は自身からあふれ出る力に、強く…強く祈りを込めた。

 

 

 「死なないで!」

 

 

 二人の体をまばゆいほどの光が包み込んでいった… 

 

 

 

 窓の外に夜の闇が深まり始める…

 エシロの町は台風の影響を受けなかったのか、空に雲はかかっておらず三日月が光っていた。

 その月から視線を外し、水蓮はイタチの手を握りしめその顔を見つめた。

 

 目を閉じたままのイタチは、それでも少し顔色が戻り、ようやく呼吸を落ち着かせていた。

 

 

 九尾のチャクラは一度使い果たして消えはしたもののその回復は早く、水蓮は力が戻るたびにイタチに注ぎ続けた。

 そうして数時間が過ぎ、イタチは一命を取り留め夜を静かに過ごしていた。

 その表情から苦痛は消え、肺の炎症もおさまりを見せ、一応は危機から脱したと言える状況。

 だが水蓮の手に包まれているイタチの手は、今日一日で随分痩せたように感じられた。

 同じように細くなったように見える腕には点滴が施され、ポタ…ポタ…とそのほんの小さな音のみが部屋の中に響いていた。

 その点滴薬は闇医者をむかえに行ったトビが持ち帰った物で、デイダラの言うように効果は高く、それによる体力の回復も治療の助けになった。

 彼らの言う闇医者は手が離せないとの事で同行はできなかったものの、かなりの量の薬をトビに持たせてくれていた。

 その十分な量に、水蓮は炎症への対処と痛みを抑えることに集中でき、少なからず安心していた。

 しかし、少しも目を覚ます様子を見せないイタチに、涙が止まらないままであった。

 

 「飲み物をもらってきましたよ」

 鬼鮫がスッと水蓮にカップを差し出す。

 柔らかい湯気がたち、カモミールの香りが水蓮の心を少し癒す。

 「ありがとう」

 離しがたい気持ちを感じながらも、ずっとつないだままだったイタチの手をゆっくりと離しカップを受け取る。

 「おいしい紅茶ですね。私も先ほどいただきました」

 「そう…」

 「デイダラとトビは今おかわりを楽しんでますよ」

 「そう…」

 力ない返事を繰り返し、一口含む。

 その香りと味の優しさに一気に何かがはじけ、止まらぬままであった涙がさらに量を増やした。

 「…う…」

 カップを握りしめて息を詰まらせる。

 「水蓮…」

 鬼鮫の声が驚く程に優しく、それもさらに涙を誘った。

 「鬼鮫。どうしよう。もし、もしもこのまま…」

 

 イタチが目を覚まさなかったら…

 

 ずっと渦巻いていた不安が心うちからあふれ出す。

 

 「どうしよう…」

 

 

 今までの事を考えれば、原作通りに動くはず…

 

 ここでイタチが死ぬはずはない…

 

 

 何度そう言い聞かせても、目の前で細い息で眠るイタチにその恐怖がぬぐいきれない。

 

 「どうしよう…」

 

 ポタポタとこぼれる涙を拭う力もなく、水蓮は体を小さく震わせながら鬼鮫を見つめてそう繰り返す。

 

 次第にその言葉すら口に出せなくなり、部屋の中には水蓮の涙声だけが響いた。

 「水蓮…」

 鬼鮫が再び柔らかく名を呼び、水蓮の頭に手を置いた。

 「大丈夫」

 ほんの少し髪を撫でるように手のひらが動き、そのぬくもりが水蓮の胸にしみ入る。

 鬼鮫は水蓮の隣に座り、もう一度「大丈夫」と言った。

 そして、力強く言葉を続けた。

 「彼はまだ死なない」

 

 …まだ…

 

 その言葉に水蓮はほんの少しドキリとする。

  

 鬼鮫はイタチの目的を知らない。

 だが、水蓮と出会ったころにはイタチに何かの目的があることを感じ取っていた。

 

 その事を踏まえて言っているのだ。

 

 「彼はそういう人だ」

 

 何があっても自身の目的を必ず成し遂げる…

 

 「そういう人ですよ。違いますか?」

 

 水蓮はイタチに視線を映し、じっと見つめた。

 そして今までの事を思い返す。

 

 いつでもどんなときでも。辛くても苦しくても、すべてを超えてきたイタチの姿が思い浮かぶ。

 

 あらゆる痛みを背負いながらも、強く歩みを進める背中…

 

 必ずやり遂げてみせるという強い心…

 

 

 彼はどんな事も乗り越える力を持っている…

 

 【そういう人】なのだ

 

 

 水蓮は涙を止められぬままではあったが、鬼鮫に強くうなづきを返した。

 

 

 その日、イタチは目を覚ますことなくひたすら眠り続けた。

 苦痛に表情を揺らすこともなかったが、ほんの少しの身じろぎも見せずに眠るイタチから目を離せず、水蓮は眠ることなくチャクラを注ぎ続けた。

 

 そして翌朝。

 やはり様子の変わらないイタチのそばで、水蓮はつないだ手からチャクラを流し込んでいた。

 疲労はたまっていたが、九尾チャクラの力なのか今までに比べるとその度合いはかなり軽かった。

 

 「変わりなしですか…」

 日が昇ってすぐに、鬼鮫が様子を伺いに部屋へと来た。

 後ろからデイダラも顔をだし、水蓮を見て「寝なかったのか?」と気遣った。

 水蓮は少し苦笑いを返し、トビの姿がないことに気付く。

 「トビは?」

 近くにいてもいなくても、その動向が気にかかる。

 怪訝な表情を浮かべた水蓮にデイダラが答えた。

 「ああ。昨日の島へ行かせてる」

 「我々ももう一度行ってきます」

 「そう…」

 「まだほかの建物ぶっ壊してねぇからな。うん」

 デイダラはグッとこぶしを握りしめて厳しい表情を見せた。

 

 大蛇丸の後始末もあるが、まだ尾獣ではないと調べきれてはいない。

 任務は終わっていないのだ。

 

 「気を付けてね」

 「おう!あーねも、あんま無理すんなよ」

 「うん」

 そのうなづきに鬼鮫が言葉をかける。

 「とりあえず、きちんと食べて少し眠ったほうがいい。我々が戻るまでの間も、食事と睡眠は必ずとるように」

 言い聞かせるようなその口調。

 それにデイダラが笑いをこぼした。

 「何か鬼鮫の旦那、母親みてぇだな」

 「は?」

 とぼけた声で鬼鮫が返し、すぐ後に水蓮が小さく噴き出した。

 そしてこらえきれず「ククク」と喉を鳴らす。

 鬼鮫は「笑いすぎだ」とジトリと水蓮をにらんだが、そうして笑みを見せた事に安堵して表情を緩めた。

 「イタチさんを頼みますよ」

 その言葉に水蓮は表情を引き締めた。

 「うん。行ってらっしゃい」

 「行ってくるぜ。うん」

 「行ってきます」

 

 二人も瞳を厳しく色づけて返し、そのまますぐに出立した。


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