いつの日か…   作:かなで☆

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第八十六章【死の気配】

 「スサノオ…」

 

 イタチの生み出したチャクラの鎧。その正体をデイダラが言葉にした次の瞬間。

 

 ドォォォォォォォッ!

 

 鷹の放ったチャクラの塊が頭上からスサノオに直撃した。

 

 反射的に全員が身構えて上をふり仰ぐ。

 しかし術によるダメージは全く感じず、受け流された威力がバチバチと音を立てながらスサノオの体を滑るように霧散してゆく。

 その余韻が空気に溶け、鷹の放ったチャクラが消え去ってすぐ、今度は四方から迫ってきていた他の人口獣たちが一斉にスサノオに突進してきた。

 

 再び激しい音が鳴り、地響きに大地も音を立てる。

 それでもスサノオの中にいる水蓮たちには全く衝撃はなく、完全に守られていた。

 その完璧な防御に一種異様な物を感じ、誰も声を発することができなかった。

 

 大地を震わせた音が静まり、今度はガガ…っという鈍い音が聞こえた。

 周りを囲んだ人口獣たちがスサノオを外側から押し始めたのだ。

 もちろんびくともしないが、押し返すにもイタチのチャクラコントロールがいるはずだ。

 ハッとして視線を向けた先で、イタチはほんの少し顔をしかめていた。

 「イタチ…」

 身を案じてあげた水蓮のその声にイタチは反応を示さない。

 その代わりに素早い動きで印を組み、大地に手をついた。

 

 「土遁!土流壁!」

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ…

 

 再び大地が音をたて、すさまじい勢いで壁が作り上げられてゆく。

 それは人口獣ごと巨大なスサノオを包み込み、異変を感じて身をかわそうとした上空の鷹をも一気に包み込んだ。

 その頂が閉じられ、あたりがうす暗くなる。

 それでもスサノオの放つチャクラの淡い光が視界を守る。

 「鬼鮫!」

 たったその一言で意をくみ取り、鬼鮫が印を組み水蓮に目を向ける。

 「水蓮!」

 水蓮はハッとして鬼鮫の声にうなづきイタチの背に手をついてチャクラを送りこむ。

 が、その手が驚きを交えて背中から離れる。

 驚くほどの勢いで水蓮の手からチャクラがイタチに吸い込まれたのだ。

 以前月読を使った時も同じような事が起こり、そのチャクラ消費に驚いたが、まるで比にならない。

 意識してこちらがコントロールしなければ、一瞬で全て吸い取られてしまいそうなほどであった。

 水蓮は集中を深めて再びイタチの背に手をつく。

 だが、どうやっても送り込む量より消費される量の方が明らかに大きい。

 

 まるで足しにならない…

 

 まさに焼け石に水であった。

 

 このままでは…

 

 イタチの体にかかる負荷に恐ろしくなり、水蓮はイタチの表情を伺い見る。

 その視線の先でイタチの瞳が万華鏡へと変わって行く。

 「イタチ!だめ!」

 しかしその声は鬼鮫の声にかき消された。

 「水遁!爆水衝波」

 スサノオの壁際に立ち外へと向けて水に変換したチャクラを吐き出してゆく。

 スサノオはその水の放出のみを許可し、中への侵入を遮断する。

 それによって大量の水が土の壁とスサノオの間にどんどんたまって行き、あっという間に隙間を埋め尽くした。

 水に飲まれた人口獣たちが空気を求めてもがく中、イタチの瞳に力が込められたことに水蓮が気づく。

 背にあてた手からさらにチャクラが流れ出てゆき、うっすらと水蓮の額に汗が浮かんだ。

 

 このチャクラの感じ…

 

 水蓮の思考とイタチの術の発動が重なる…

 

 

 ― 月読 ―

 

 

 その術の流れは目には見えない。

 それでも、人口獣を飲み込んでいる水のなかをチャクラが走り広がる気配を感じる。

 

 不可視の気配に水蓮は目を見張った。

 その視線の先で、イタチに近い人口獣から順に幻術へと墜ちてゆくのが見て取れる。

 

 「水を媒体にして一気に…」

 

 いつもよりほんの少し低い声でトビがつぶやき

 

 「すげぇ…」

 

 デイダラがかすれた声を絞り出した。

 未だかつて見たことのない光景に水蓮も見入る。

 あまりにも圧倒的なその力に、チャクラを注ぐ手がほんの少し震えた。

 「水蓮、離れろ」

 術に集中しながらイタチが小さな声でそう言った。

 「残しておけ」

 あとの回復にチャクラを残せという意味だろう。

 確かにこのまま続ければ戦闘後にイタチの回復に使うチャクラが残らない。

 悩んだ末水蓮はイタチの背から手を離した。

 ほんの少しの足しとは言え、やはりそれを失ったことで負荷が増えたのかイタチの額に一気に汗が浮かんだ。

 

 ほどなくしてすべての人口獣が幻術に堕ち、その動きをイタチが手中に収めた。

 同時にイタチがその場に膝をつく。

 「イタチ!」

 慌てて体を支える。

 「大丈夫だ…」

 とはいうものの、イタチの顔のゆがみに合わせてスサノオの光が薄くなる。

 それを目に留め鬼鮫が水遁の水をかき消した。

 水中に浮かんでいた人口獣たちが音を立てて地面に落ちる。

 鷹はイタチが操っているのかいまだ空中にその身をとどめている。

 水がすべて消えたのを確認し、イタチが「耳を塞いでいろ」と水蓮を外套ですっぽりと包み込んで声を上げた。

 「デイダラ! 一発で決めろ!」

 「おぉ…? っ! おお!」

 一瞬の戸惑いののち、意を解したデイダラが粘土を取出し5つの鳥型の爆弾を作り出した。

 「いけ!」

 一つは上空にいる鷹に向かって、ほかの物は四方に分かれてスサノオから飛び出し人口獣に向かう。

 それが獣たちにぶつかる寸前、デイダラの声が響き渡った。

 

 「喝!」

 

 …ドォッ…!

 

 聞こえたのは初めのその一音だけだった。

 土の壁に覆われた密閉空間での爆発はすさまじく、耳をふさぐ手は全く意味をなさなかった。

 あまりの爆音に一瞬耳が機能を失い、イタチのチャクラの弱まりもあってか爆破の振動がビリビリと空気を震わせてスサノオをすり抜けた。

 

 「…っ!」

 

 襲い来る衝撃。それは重力が集まりきたかのようにあらゆる方向から水蓮達を押さえつける。

 

 「う…」

 

 こらえきれずこぼれた水蓮の呻きに、イタチがグッとチャクラを絞り上げた。

 「ダメ、イタチ…」

 重苦しさに耐えながら水蓮がイタチの服をぎゅっとつかむ。

 しかし力を止めぬまま練り上げたイタチのチャクラがスサノオに再び光をもたらし、爆破の衝撃を押しのけた。

 

 どれくらいそうしていただろうか…

 十分に爆破の余韻が消え去ってからイタチがスサノオを解いた。

 「大丈夫か?」

 外套を開き水蓮の顔を覗き込むイタチ。

 水蓮はその顔色の悪さに背筋が冷たくなった。

 「私よりイタチの方が…」

 震えたその声にデイダラが声を重ねる。

 「突然来やがったな…」

 その視線の先では土遁の壁はすでに吹き飛び、人口獣の姿も微塵も残されていなかった。

 「何だったんでしょうね~」

 相変わらずのトビの口調。それにイタチがその場に膝をついたままの姿勢で返す。

 「さっきの建物で生まれたのなら、そこはあいつらにとっては巣のような物だろう」

 「それを壊されて腹を立てた。というところですかね」

 そんな感情があるのだろうかと疑問を抱いた水蓮に鬼鮫が「案外人間以外の生き物の方がそう言うのは強いんですよ」と小さく笑った。

 「そうだね」 

 縄張り意識のような物だろうか。

 

 それにしても…

 

 と疑問を重ねるが、急にイタチがせき込みその思考を奪った。

 「イタチ!」

 とっさに支えたその体が脱力し、重みを受け止めきれず共に地面に身を崩す。

 「イタチさん!」

 鬼鮫が慌ててイタチの体を起こす。

 と同時に激しい咳が出て、その口から血が噴きこぼれた。

 今までに見たことのないその量と、血の気のひいた顔。

 イタチはすでに気を失ってぐったりと動かなくなっていた。

 「イタチさん!」

 「おい!イタチ!」

 鬼鮫とデイダラの慌てた声が一気に水蓮を恐怖に陥れた。

 「いや…イタチ…」

 それはほとんど言葉になっていなかった。

 幾度か弱ったイタチを見てきてはいたが、明らかにこれまでとは違う。

 浅い呼吸でピクリとも動かないイタチを見て水蓮の体が震えだす。

 

 感知能力ではない。本能がそれを伝えてくる。

 

 

 イタチを取り巻くその空気。

 

 それは死の気配だった…

 

 「いや…うそ…」

 

 突然その場を取り巻いたおぞましい空気。

 

 まるで術にかかったかのように体が動かない。

 

 

 イタチが死ぬ?

 

 

 「水蓮!」

 

 最悪のイメージを鬼鮫の荒い声が断ち切った。

 「鬼鮫…」

 ゆっくりと鬼鮫に視線を向ける。

 鬼鮫はこれまでになく厳しい顔をしてた。

 「あなたがしっかりしないでどうするんです」

 静かなその口調が少しずつ水蓮の気持ちを落ち着かせる。

 鬼鮫は真剣なまなざしのまま言葉を続けた。

 

 「イタチさんを救えるのはあなたしかいない」

 

 「…っ!」

 

 パッと脳が鮮明になった。

 

 そうだ…。イタチを救えるのは私しかいない! 

 

 水蓮の目に力が戻り、体が動きを取り戻した。

 イタチの体に手をかざしチャクラを流し込む。

 しかし、その手が一瞬止まった。

 「どうしたんだ?あーね」

 水蓮は再びチャクラを流し込みながら顔をゆがめた。

 「追いつかない…」

 まるでスサノオを使っていた時のように、チャクラが失われてゆく。

 「チャクラが、ううん、違うこれは…」

 震えたその声にその場にいた全員の背筋が凍った。

 失われているのはチャクラではない。

 

 生命力…

 

 

 術を、瞳力を酷使しすぎたことが原因でチャクラが枯渇し、生命力そのものが削り取られているのだ。

 ましてイタチの体はかなり弱り始めていた。

 

 その事もこの状況に拍車をかけていた。

 

 このままじゃ…

 

 再び最悪の事態が水蓮の脳裏を駆ける。

 思わず手が止まりそうになった瞬間、イタチが再び血をまじえた咳をした。

 ハッとして意識を集中する。

 イタチの体で最も重症なのは肺であった。

 こうして咳込み血を吐くときは酷く炎症を起こしている時で、その治療を中心に行ってきた。

 だがその治療には本人の体力も必要であるため、今この状態では使えない。

 誰かに体力の回復を同時にしてもらう必要がある。

 「もう一人医療忍者がいないと。それか、何か体力を回復させる手段があれば…」

 「あ!ありますあります!」

 今まで黙り込んでいたトビが声を上げた。

 「なんか方法があんのか?トビ」

 「ほら、この間先輩がお世話になった闇医者。角都先輩の知り合いの」

 その言葉にデイダラが「あ…」と目を見開いた。

 「そうだ、あの時おいらの体力を回復させるのに使った薬」

 「そうそう。あれよく効きましたからね」

 「場所は?」

 そう聞いた鬼鮫にデイダラは少し渋い顔を返す。

 「ちょっと遠い。つくのは夜になる…」

 全員の視線がイタチに向く。

 

 それまでもつだろうか…

 

 誰もがそんな不吉な事を考えた。

 

 「でも行くしかない」

 水蓮のその言葉に皆うなづく。

 しかしそのうなづきを打ち消すように、空から雨の雫が降り落ちてきた。

 「うそ…」

 「こんな時に…」

 水蓮と鬼鮫の声をまるで合図にしたかのように、細かい五月雨がさぁっ…と音を立て始めた。

 鬼鮫が慌てて自分の外套でイタチの体を隠す。

 しかしいかに大きな鬼鮫の外套とはいえすべての雫は防げない。

 少しずつイタチの体が雨に濡れてゆく。

 「どこかで雨をしのがないと」

 この季節の雨はまだ少し冷たい。

 この状態で体が冷えれば、事態は悪化の一途。

 数秒考え、とりあえずは洞窟に戻ろうと提案しかけた水蓮の言葉を、今度は強い風がさらった。

 「やべぇな…」

 デイダラがつぶやき、トビが言葉を継ぐ。

 「これ、台風じゃないっすかね」 

 「そんな…」

 

 この風は洞窟ではしのげない…

 

 強まりゆく自然の猛威に水蓮の心に焦りが広がった。

 

 こうしている間にもイタチの顔色はどんどん青ざめてゆく。

 

 

 ここで死ぬはずはない…

 

 

 水蓮は必死に冷静を保とうと考えをめぐらせる。

 

 サスケとの戦いまでは死ぬはずがない…

 

 だが今目の前でイタチの命は薄れている。

 その事実が、冷静でいようとする水蓮の心からそれを奪ってゆく。

 それでも、今できることを必死に考える。

 「とにかく、どこでもいいからいちばん近い町へ…」

 「そうですね」

 鬼鮫がうなづく。

 その隣でデイダラがハッとしたように声を上げた。

 「あーね!エシロだ!こっからならエシロの悠久堂が近い!」

 水蓮もハッとしてデイダラを見る。

 

 二人の脳裏には、数か月前に会った薬屋のハルカの顔が浮かんでいた。

 

 「あそこなら、なんかいい薬があるかもしれねぇ」

 サソリが信用して使っていたくらいだ。

 その可能性は高い。

 「うん!」

 一気に希望が見えた気がし、水蓮の声に力がこもる。

 デイダラはさっと鳥を作り出し、イタチを抱え上げて飛び乗り寝かせた。

 すぐに水蓮がそばにつき、イタチの手を握りしめて体力の回復を優先にチャクラを注ぐ。

 「飛ばすぜ」

 デイダラの言葉と同時に鳥の背から粘土が伸びあがり、水蓮とイタチの体に巻きついてその身を固定した。

 「鬼鮫の旦那はこっちに乗ってくれ」

 重量を減らしてスピードを出すためだろう。

 デイダラは鬼鮫の前にも鳥を作り、最後にトビの前にもう一つ作り上げた。

 「トビ、お前はあの医者連れてこい」

 「了解っす!」

 身軽な動きで鳥の背に乗りそのまま浮かび上がる。

 「わかってんな?エシロだぞ」

 デイダラも空へと舞いあがる。

 「ばっちり覚えてますって」

 相変わらずの軽い口調。しかし、内心は揺れているのかいつものようにふざけて時間を取ろうとはしない。

 そんなトビに鬼鮫が「頼みますよ」と念を押し、それぞれが鳥をはばたかせた。

 

 

 雨と風は少しずつその音を強め、イタチの体を濡らしてゆく。

 水蓮は細いその体で精一杯イタチを風雨から守りながらチャクラを注ぎ続けた。

 

 ぎゅっと握った手の冷たさに不安が上乗せされ、体が少し震える。

 

 「イタチ…」

 か細いその声に合わせるように、イタチの呼吸がさらに浅く小さくなってゆく。

 「だめ!イタチ!」

 慌ててチャクラをさらに強く練り上げる。

 しかし水蓮もまた先ほどチャクラを酷使している。

 そう強くは注ぎきれない。

 町へ着くまでの配分も必要なのだ。

 チャクラをもたせ、無事に町へとつくにはイタチ自身の生命力が、生きようとする精神力が必要なのだ。

 「イタチ!しっかりして!イタチ!」

 それを促すべく水蓮が声を張り上げる。

 しかし反応しないイタチに、今度はデイダラが声を荒げた。

 「おいこらイタチ!」

 ガッとイタチの胸ぐらをつかんでグイッと持ち上げる。

 「てめぇを殺すのはおいらだ!こんなとこでくたばったらゆるさねぇ!」

 だがやはりイタチは動かない。

 その様子にデイダラは目を吊り上げてイタチの服をつかんだ手にさらに力を入れ、もう一言怒鳴りつけた。

 

 「あーねを泣かすんじゃねぇ!」 

 

 その言葉に、雨の粒とは明らかに大きさの違う雫が水蓮のほほを流れて落ち、風の中に消えた。

 

 「おいイタチ!聞いてんのか!」

 

 さらに重ねあげたその声に、イタチの瞳が一瞬動いた。

 「イタチ!」

 その瞳が水蓮の声に反応し、本当に少しだけ開かれる。

 「イタチ、しっかりして。お願い…」

 痛いほどに手を握りしめる。

 イタチはすぐに目を閉じたが、先ほどよりは呼吸が力を取り戻していた。

 

 それを確認してデイダラがゆっくりとイタチの体を元に戻し、さっと前方へと向きなおった。

 「あと少しだ」

 静かなその声に水蓮は無言でうなづく。

 

 

 空はさらに荒れ狂い、水蓮の胸中に計り知れぬ程の不安と恐怖を渦巻かせた。


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