いつの日か…   作:かなで☆

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第八十五章【異形のもの】

 地下へと続く階段はかなり長く、降り切った先に作られていた空間もかなりの広さであった。

 トビの懐中電灯だけではとても足りず、それぞれ灯りを手に空間内を照らして歩く。

 暗闇の中、手にした小さな懐中電灯の光に浮かび上がる光景を見て水蓮は息を飲んだ。

 「なにこれ…」

 小さな声をこぼし、そっと手を伸ばす。

 その指先に触れたのはガラスの筒。

 「かなりの大きさだな」

 隣でイタチがそうつぶやき辺りを見回す。

 「数もかなりある」

 広い空間の中に並べられたガラスの筒は、大きなクマが余裕で入るであろうサイズ。

 数はざっと見ただけでも20はある。

 「何かの実験施設ですかね」

 壁際に置かれた机の上に残された書類の束を鬼鮫がぱらぱらとめくる。

 「暗号で書かれているようですね」

 ため息交じりにそう言って書類をイタチに手渡す。

 イタチはそれを見て少し目を細めた。

 「わかるの?」

 横から水蓮も覗き込むが、書かれている内容は全く読み解けない。

 が、イタチは思うところがあるのかじっと見ながら数枚めくって考え込んだ。

 「これは…」

 「イタチ」

 小さなそのつぶやきにデイダラの声が重なった。

 「これ見ろよ」

 その手にあったのは黒い表紙のファイル。

 イタチはそれを受け取りめくってゆく。

 そこに描かれていたのは、動物の絵。

 だが普通の動物ではない。

 首が二つあったり、馬に翔が生えていたり。どれも神話に出てくるような姿。

 「なんなのこれ」

 水蓮のつぶやきにイタチはさらにページをめくり、その手がふいにとまった。

 「イタチ、これ」

 開かれたページに水蓮が息を飲む。

 そこに描かれていたのは黄金の毛並みに黒い模様のあるチータ。

 瞳の色が赤と緑、左右違っている。

 その絵の下には【エクロ】と書かれていた。

 「あーね。知ってるのか?」

 「うん。これ…」

 「大蛇丸の手下が使っていた口寄せ獣だ」 

 水蓮の言葉をイタチが継ぐ。

 水蓮はもう一度改めて絵を見た。

 それはやはり、以前渦潮の里で戦った榴輝が呼び出した口寄せ獣に間違いなかった。

 「こっちの書類に使われていた暗号も大蛇丸が使っていたものだ。以前見たことがある」

 「じゃぁ、ここは…」

 トビがくるりと地下空間を見回し、鬼鮫が静かな声で言った。

 「大蛇丸の研究施設ですか」

 「そうのようだな」

 「研究施設って…」

 「人口の召喚獣って感じですかね~」

 「どれもセンスねぇな、うん」

 それぞれの言葉を聞きながらイタチがファイルをめくってゆく。

 中には失敗を意味するのか大きくバツのつけられたものもあるが、ついていない物の方が圧倒的に多い。

 「20以上はありますね」

 「ああ。そうだな」

 鬼鮫とイタチのつぶやきが静かな地下に響き、ややあって幾枚目かをめくったイタチの手がふと止まった。

 そこに描かれていた絵に全員が見入いる。

 

 描かれていたのは鷹。

 その尾の部分が細くいくつにも枝分かれしていた。

 

 「わぁ。尻尾がいっぱ~い」

 「っていうか」

 トビの声にデイダラが言葉を続けた。

 「これ、蛇だろ。うん」

 

 ゾワリと、水蓮の腕に鳥肌が立った。

 一見尾長鶏の尾のように見えたそれは、よくよく見るとすべて細長い蛇。

 数える気にならないほどの本数が描かれている。

 「噂の正体はこれですか」

 「断定はできないが、まぁそうだろうな」

 尾獣でなかったことへの安堵の意味もかねてか、イタチが息を吐き出す。

 「ねぇ、これって全部まだこの島にいたりするのかな」

 素朴な疑問が水蓮の口から突いて出た。

 噂が立ったということは、この尻尾が蛇の鷹がいる可能性は高い。

 もしそれがいるのなら、ほかの人口獣も存在しているかもしれないのだ。

 島の中に妖しげな気配は感じられなかったが、この地下への入口には高度な結界が張られていた。

 「もしほかの建物にもここと同じように結界が張られていたら」

 「その中にいるやつの気配は感知できないかもしれないな、うん」

 一瞬水蓮に向いた全員の視線がファイルに描かれた人口獣に戻される。

 何度見てもおぞましいその姿。水蓮が再び体に走った寒気に体を震わせた。

 それに気づいたイタチがファイルを閉じて無造作にそばにあった机に置く。

 「どうしますか?イタチさん」

 どうやら目的の物ではなさそうな事態にどう動くのか、皆がイタチの意見を乞う。

 イタチは少しも考えることなく「このまま調べる」と即答した。

 「まだ尾獣ではないと決まったわけではないからな。それに」

 「大蛇丸が絡んでるなら、組織としてはほおっておけませんよね~」

 のんびりとしたトビの声。

 イタチは「そういうことだ」と短く言い放ってさっと踵を返した。

 「おいイタチ。ここはどうすんだ?」

 デイダラが先ほどのファイルを手に問う。

 「もっと調べた方がよくねぇか?」

 しかしイタチは「いや」とデイダラに振り向く。

 「結界を張っていたとはいえ、自分の居場所につながるような情報は残さない男だ。ここにある物はそう役に立たないだろう」

 「ま、情報を探るというよりは、妙な連中に中途半端に悪用されないように始末するって感じですかね」

 鬼鮫が続けたその言葉にデイダラは小さく舌打ちをした。

 

 暁に恨みを持っている誰かがここにある物を利用し、何か事を起こしては面倒だという事なのだろう。

 

 今までにも水蓮の知らないところでそう言った事があったのか、二人はずいぶん慣れた様子を見せた。

 

 「なんでオイラたちがあのやろうの後始末つけなきゃなんねぇんだよ…ったく」

 ファイルを投げ捨て、デイダラはおもむろに粘土を取り出して空間の中心辺りに大きめの爆弾を作った。

 「ぜってぇオイラがぶっ殺してやる。うん」

 低い声でそう言ってデイダラはあといくつかの大小さまざまな爆弾をあちこちに投げた。

 その目には深い何かが揺れていて、大蛇丸への執着が見て取れた。

 イタチはその様子に何も言わず、再び背を向けて外へと向かって歩き出す。

 デイダラはそのあとに続き、機嫌悪そうにフンっと鼻を鳴らした。

 

 

 

 外へ出るとデイダラがすぐに鳥を二つ用意し、全員が空へと身を置いたのを確認して声を上げた。

 

 「喝!」

 

 その一言で地下に置かれた爆弾が爆発を起こし、すさまじい音を響かせた。

 広く作られた地下は一瞬で破壊され、土台を失った建物が吸い込まれるように沈み堕ちる。

 その沈みが治まる前にデイダラは小さな蜘蛛の形をした爆弾と鳥型の物をいくつも作り上げて放り投げ、タイミングを見計らってもう一度爆破を起こした。

 

 再び爆音が響き、コンクリート製の建物が文字通り木端微塵に砕けた。

 

 しかしその様子は、爆破とはいっても吹き飛ばすような豪快なものではない。

 あちらこちらに破片が散らばるでもなく、そのすべてがまるでブラックホールに吸い込まれていくような光景…

 

 無造作に放り投げたように見えた爆弾の一つ一つが実は緻密に計算された配置にあり、大きさや種類…様々な物がそうなるように組み立てられていたのだ。

 

 「すごい…」

 

 水蓮の口から思わず言葉がこぼれた。

 実際にデイダラの爆破を見たのはこれが初めて。

 驚きはもちろん、それ以上の何かをひしひしと感じていた。

 

 

 芸術…

 

 

 さんざんデイダラが口にしていたその言葉の意味が、今この場面を見てようやく納得できたような気がした。

 

 目の前で行われた彼の仕業は、不思議な意味合いで美しかった。

 

 

 「すごい…」

 

 もう一度つぶやかれたその言葉に鬼鮫が「見るのは初めてでしたか」と、小さく笑った。

 「彼はああ見えてなかなかやりますからね」

 包み隠さぬ鬼鮫の褒誉(ほうよ)にデイダラは背を向けたままであったが、聞こえていたらしくほんの一瞬見えた耳の端が赤く染まっていた。

 見えぬふりで顔を背けた水蓮の動きに、しかしトビが声を上げた。

 「先輩顔赤いっすよ! 良かったですね、鬼鮫先輩にも褒められて! 嬉しいっすね!」

 背中をたたこうと振り上げた手を、その前にデイダラが掴んで組み伏せた。

 「てめぇはほんとに!」

 グッと力を入れて鳥の背の淵に押しやる。

 「あ、先輩やめて!落ちる! 落ちる!」

 「落ちろ! 心配すんな、爆弾つけてやるから。せめて痛み感じる前に死なせてやる」

 「いや、その心配じゃないっす!」

 「遠慮すんな」

 さらに力を込めてトビを押し出すデイダラ。

 ギャーギャーと騒ぎ立てるそんな二人にイタチと鬼鮫が大きくため息を吐き出した。

 「あの二人、潜入捜査はできそうにありませんね」

 「そうだな」

 水蓮も「ハハ…」と苦笑いで続く。

 しかしその苦い笑いが一瞬でかき消えた。

 消さぬまま張り巡らせていた感知の力に何かが触れたのだ。

 その何かは間違いなくこちらに向かってきている。

 

 「イタチ!何か来る!」

 

 とっさにあげたその声に全員が身構える。

 「水蓮。どの方角だ」

 あくまで冷静なイタチの声にデイダラが続く。

 「距離は?」

 水蓮は集中して細かく分析に入る。

 が、すぐに額に汗を浮かべてやや動揺を現した。

 「なにこれ…」

 「どうした?」

 「何かわからない。でもすごい大きいチャクラ」

 水蓮以外はまだ捉えられないその気配。全員の緊張と警戒が高まった。

 先ほど見たばかりの人口獣が全員の頭をよぎる。

 「やっぱりいたのか、うん」

 「ここを囲む形で向かってきてる。数は20…ううん、30はいるかも。

 スピードも速い! 今800。でも、すごい速さで詰めてくる!」

 その言葉の終わりにはほかの面々も気配を捉え、改めて構えを取った。

 「いったん離れるか?」

 デイダラが声を上げる。

 しかしそれに水蓮が言葉をかぶせた。

 「一つ来る! 上!」

 見上げるより早く、鬼鮫が鮫肌を一閃して襲い来た何かをはじいた。

 

 

 どがぁぁっ!

 

 

 激しい音が鳴り響き、ぶつかり合った反動で水蓮たちの乗った鳥がバランスを崩して落下する。

 

 傾いた背から3人が滑り落ち、イタチが素早く水蓮を引き寄せて抱きかかえた。

 その隣では鬼鮫がしっかりと態勢を整えて上を見上げている。

 水蓮とイタチも同じく見上げると、そこにいたのは先ほどの黒いファイルに描かれていた鷹。

 その異様な風貌に、そして何よりその大きさに全員が息を飲んだ。

 それは水蓮が過去に博物館で見た、翼をもつ恐竜ほどの大きさであった。

 「大きすぎるでしょ…」

 「まったくですね」

 桁外れの大きさに水蓮と鬼鮫の口元にひきつった笑みが浮かぶ。

 「手に負えなくなって放置したか…」

 ため息交じりのイタチの言葉に水蓮は思わず「そんな無責任な…」とこぼしたが、大蛇丸相手にそんな言葉は通用しない。とすぐにそれを打ち消し改めて鷹を見た。

 作られたその生物は翼を大きく広げてこちらを野性味あふれる瞳でじっと見据えている。

 尾の部分は、絵の通り無数の蛇。

 その一つ一つがあちらこちらにうねりを上げ、青い空に奇妙な模様を作り上げていた。

 「気持ち悪い」

 全身に寒気を走らせながらも、水蓮はイタチの腕の中で印を組み術を放つ。

 「風遁!大突破!」

 生まれた風が先ほどまで乗っていたデイダラの鳥を弾き飛ばし、鷹へと向かわせる。

 「デイダラ!」

 「おう!」

 水蓮の声に反応してデイダラが場を離れつつ印を組む。

 「喝!」

 タイミングを合わせて起こした爆発が鷹を襲い、大きな体を弾き飛ばす。

 デイダラは次いで自分が乗っていた鳥からトビと共に離れ、それも鷹へとぶつけた。

 再び起こった爆音と同時に水蓮たちが地に降り立ち、その隣にデイダラとトビが身を下ろす。

 「いきなりあらわれやがったぞあの鳥!」

 デイダラの言葉に水蓮がうなづく。

 読み計っていた距離を無視して突然頭上に現れたのだ。

 「時空を移動してきたとかですかねぇ?」

 相変わらず空気を読まぬ口調でトビが言う。

 「そんなことできたら反則だろうが! うん!」

 

 全員が頭上を見上げると、薄れだした爆炎の中で「キィィィィィィ!」と甲高い鳴き声が鳴り響いた。

 

 こちらに向けられた殺気がびりびりと空気を震わせる。

 そして膨れ上がって行くチャクラの塊。

 

 「離れろ!」

 

 襲い来るであろう攻撃を予期して上げられたイタチの声に、それぞれが足に力を入れる。

 しかし、その動きが止まった。

 「だめ!もう来る!」

 水蓮の言葉の前に皆感じていた。

 こちらに向かっていた他の気配がもうすぐそこまで来ていることに。

 そして数秒後、その姿を捉えた。

 それらもまた、先ほどのファイルに描かれていた人口獣であった。

 水蓮の言ったように30はいるであろうその人口獣たちがすさまじいスピードでこちらに向かってくる。

 「わぁぁぁ! これ逃げらんないですよ!」

 トビがワタワタと騒ぎ立てるのを見てデイダラがポーチに手を入れた。

 「吹き飛ばして隙を見て逃げるぞ!」

 しかしその手がポーチから出る前にイタチが声を上げた。

 

 「動くな」

 

 静かなその声に、一瞬で今までの荒れた空気が消え去った。

 

 

 少しも慌てずにたたずむイタチの姿

 

 体から発せられる研ぎ澄まされたチャクラ

 

 

 イタチのただならぬ雰囲気に、意識せずとも全員おのずと体が動かなかった

 

 

 「オレがやる」

 

 

 今までに聞いたことのない低い声だった。

 

 水蓮の胸中に一気に言い表せぬ何かが広がる。

 

 「待って!」

 

 無意識に声を上げていた。

 なぜかは分からない。

 だが止めなければいけないと、心が何かに駆り立てられた。

 

 「イタチ!」

 

 だがその言葉はイタチの体からあふれ出た膨大なチャクラの圧が生んだ風にかき消された。

 

 「…………っ!」

 

 大地から湧き出でるようなその風に、そして目の前の光景にそれぞれが息を飲む。

 

 

 恐ろしいほどの静けさをまとったイタチを中心に大きなチャクラが張り巡らされていき、まるで鎧のように水蓮たちを包み守って行く。

 

 

 見たことのあるそのチャクラの形、姿に、水蓮は思わずこぼれそうになった言葉を飲み込んだ。

 

 

 「なんだよ…これ」

 

 

 デイダラが声を震わせ、イタチが静かな声でそれに答えた。

 

 

 「スサノオだ」


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