いつの日か…   作:かなで☆

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第八十三章【あと何度…】

 季節が移り動くその中で、春の花が咲き、散り、世界は景色をめまぐるしく変えていった。

 

 

 デイダラとの修行から数か月が過ぎ、そろそろ雨季への突入を感じさせ始め、気温も湿度も上がり始めていた。

 

 あれからの日々は比較的静かで表立った任務もなく、鬼鮫のノルマである4尾の情報収集にうごく事がほとんどであった。

 だが、なかなか有力な情報が得られず、鬼鮫にほんの少しの焦りと苛立ちが見え始めていた。

 季節の変わり目にイタチの体調が少し崩れる事があり、思うように動けないことも調べきれぬ要因ではあった。

 それでも鬼鮫はそのことに関しては感情を揺らすことはなく、相変わらずイタチを気遣い、優先して行動を制限する姿を見せた。

 イタチに無理をさせずに済むことは水蓮にとっても安心できることではあったが、それだけイタチの体が弱りつつある事の証でもあり、その胸中は穏やかではなかった。

 

 

 そうして過ごす間、デイダラは幾度か手合わせをしに水蓮のもとを訪れていた。

 間を開けることなく鍛錬できることは水蓮にとってはありがたい事ではあったが、デイダラが来ればトビも来る。

 その事にも不安をあおられていた。

 自分のもとにデイダラが来る。というよりは、トビがイタチの様子を伺いに来ているように感じていたからだ。

 

 彼もまたイタチの弱まりを懸念しているのだろう。

 

 サスケとの対戦まで命が持つのかどうかを…

 

 あくまでもサスケにイタチを討たせることが目的なのだ。

 そしてイタチの真実を明かし、サスケを絶望に突き落とし、木の葉を憎ませる…

 

 イタチと彼の最終的な目的は真逆であるのに、そのプロセスは完全に一致している。

 

 その事に水蓮は言い表せぬ怒りと悲しみを渦まかせていた。

 だがそれは決して表には出せず、トビへの態度にはストレスがたまる。

 それゆえトビが来たときには、デイダラとの手合わせの後薬草を摘みに行くか食料の調達との理由をつけて場を離れることが多かった。

 

 しかし今日。

 久しぶりにデイダラと共に来たトビがペインとの通信を終えて発した言葉に、水蓮は場を離れようとした足を止めた。

 

 

 「なんかぁ、ここから東に行ったところにある島に、尻尾がっいっぱい生えた生き物がいるらしいですよ」

 

 

 水蓮の鼓動がドキリと波打ち、イタチと鬼鮫の表情が厳しく色づく。

 「ああ? なんだよ尾獣か?」

 顔をしかめたデイダラに、トビが少し首をかしげて見せる。

 「んー。はっきりとはわからないけど、調べて来いって。情報は少ないけど、噂ではかなり強いらしいっすよ」

 「へぇ…って、なんでお前に連絡はいるんだよ」

 表向きの立場はデイダラが上だ。

 自分ではなくトビに伝達がいった事が気に入らないのかジトリとトビを睨み付けた。

 「しかも、それこっちには関係ないだろうが。おいらたちのノルマは済みだ」

 デイダラが言うように、任務はイタチと鬼鮫への物だろう。

 「おかしいだろう。うん」

 グッと詰め寄られて、トビが体をそらしつつ言葉を返す。

 「いやぁ、別の事で話してたんですよ。ちょっとした雑用頼まれて、で、ここにいるなら二人に伝えとけって」

 ちらりとイタチと鬼鮫を見る。

 二人は任務を受けた意思を現してうなづきを返した。

 「ついでに言われたんですよ。ついでに」

 デイダラの機嫌を取りながらトビがわざとらしい笑い声をあげた。

 そんなトビをデイダラはしばらく睨んでいたが、何を言ってもまともな言葉は返ってこないだろうとあきらめて息を吐き出した。

 「まぁいい。んじゃぁおいらたちは帰るか」

 不機嫌にそう言って歩き出す。

 しかしトビが「いえ」と首を横に振ってそれを止めた。

 「ああ?なんだよ」

 機嫌の悪い声のまま振り返ったデイダラに、トビが人差し指をピッと立てていつものおどけた口調で答えた。

 「合同任務で~す」

 「はぁ?」

 「合同任務って…」

 デイダラが顔をさらにしかめ、今までいないその状況に水蓮が思わず言葉をこぼす。

 「我々と、あなた達で?」

 鬼鮫も意外な展開に少し戸惑う。

 

 暁のツーマンセルは二人いれば尾獣、もしくは人柱力一人に十分匹敵するとの考えで構成されている。

 ましてイタチと鬼鮫で足りないなどということは考えられない。

 何か別の思惑が…

 「暇なんで」

 水蓮の思考を切り、トビがさらりと言ってのけた。

 「え?」

 「いやだから、僕たち暇なんで、リーダーに一緒に行きたいって言ったんです」

 あははーと笑って頭を掻いたトビを、デイダラが背後から締め上げる。

 「てめぇ! 勝手なことすんじゃねぇ!」

 「や、やめて。死ぬ…ホントに…」

 「ホントに死ね! うん!」

 ギャーギャー騒ぎ立てる二人に鬼鮫がため息をつく。

 「なんだかにぎやかな感じになりそうですね」

 「そうだね…」

 さぞイタチは嫌な顔をしているだろうとちらりと目を向ける。

 だがイタチはじっと地面を見つめて何かを考え込んでいるようだった。

 「イタチ?」

 あまりに難しそうな表情に、水蓮が少し不安をよぎらせる。

 イタチはゆっくりと視線を上げ、その表情のまま水蓮に言った。

 「水蓮。お前も一緒にこい」

 「え?」

 どんな任務にもついて行こうと決めてはいたものの、さすがに尾獣が絡む物はイタチがすぐに受け入れないだろうと、説得を覚悟していた水蓮は思わず声をこぼした。

 「連れて行くんですか?」

 鬼鮫も驚き声を重ね、デイダラとトビさえもがイタチを見た。

 一同の視線を受けてもイタチは表情を変えず「ああ」とこともなげに答えた。

 「尾獣かどうかも分からない得体のしれないものが相手なら、感知力の高い要員がいた方がいいだろう」

 「まぁ、それは、そうですけど…」

 戸惑いを拭いきれない鬼鮫の言葉を受け流し、イタチは「すぐに出る」と、厳しい表情のまま言い放った。

 

 

 

 数時間後、水蓮たちはデイダラの鳥で難なく目的地へとたどり着いていた。

 「便利ですね。船だとまだもう少しかかる」

 「そうだね」

 鳥の背から大地へと降り立ち、水蓮と鬼鮫がデイダラに振り返ると、デイダラは未だにトビが勝手に任務を受けてきたことに不満を漏らしながら水蓮のもとへと歩み来た。

 「ったく、2度と勝手なことすんなよな」

 「はいはい。了解しました~」

 まったくその気のない返事にデイダラがうんざりとした顔を浮かべ、大きく息を吐き出す。

 「全然わかってねぇ。つぅか、どうすんだ?分かれて探すか?」

 その視線の先にはイタチ。

 自然と全員の目がそちらに向く。

 イタチはほんの少し考えてから「いや」と小さく返した。

 「もうすぐ日が落ちる」

 その言葉に水蓮が空を見上げる。

 まだ青い空が広がっているとはいえ、東の方はすでにほの暗さを感じさせている。

 「先に身を置く場所を確保する」

 「そうですね。全く情報のない場所ですから、暗くなってからでは動きにくい」

 「ああ」

 「それなら、さっきあの方角に洞窟が見えたぜ。結構高い位置にあったしちょうどいいんじゃねぇか?うん」

 デイダラが森の先を指さす。

 「そんなのあった?」

 水蓮もどこかそういう場所がないかを上空から見てはいたが、デイダラの言うような場所は見受けられなかった。

 「すごいね」

 優れた洞察力に思わずこぼれた言葉。デイダラがにっと得意げに笑って返すが、隣からトビが手を伸ばしデイダラの前髪を持ち上げた。

 「先輩の力というよりは、これのおかげですけどね」

 あらわになった左目には小さなスコープがつけられており、トビが「コレコレ」と指さした。

 「うっせぇな! さわんな!」

 バシッとトビの手を振りほどきながら声を荒げたデイダラに鬼鮫が小さく息を吐く。

 「やはりにぎやかですね」

 「…うん…」

 「落ち着かないな…」

 イタチもため息を重ね、「行くぞ」と歩き出した。

 

 

 デイダラのみつけた洞窟は切り立った崖の上にあり、そう深い物ではなかったが十分に雨風をしのげるもので、任務の滞在には支障がなさそうであった。

 場所柄、上空からの出入りのみを可能とし、そう警戒なく過ごせそうな雰囲気に水蓮は少しホッとしていた。

 3年ほど共に過ごしてきたが、尾獣がかかわっているかもしれないような危険な任務は初めてだ。

 どうしても緊張が抑えきれない。

 ましてもしもこれが本当に4尾なら、また更に事態は進む。

 そう言った意味でも、気持ちが落ち着かなかった。

 だが、確か4尾の捕獲は鬼鮫が一人で行ったはずだ…と、水蓮は記憶を呼び起こす。

 だとしたら、今回は尾獣ではなく何かほかの生き物…。

 それはそれで、不気味でやはり不安だ…と、水蓮は大きく息を吐きだした。

 

 すっかり日は沈み、辺りは静かな闇が広がっており、時折波の音に混じって鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。

 洞窟の中ではほかの面々がすでに休んでおり、水蓮は見張りのため一人外に身を置いていた。

 島ついてからずっと気配を探っているものの、どうやら人はおらず、今のところおかしなものの存在も感じない。

 そのためいつもとは違い堂々と火をたくことができ、深夜はまだ少し空気が冷たいこの時期の見張りにはありがたかった。

 

 

 ざざぁ…と、幾度かに一度大きくなる波の音に目を閉じる。

 同じ音が響いていた渦の国が自然と思い出された。

 「なんだか…」

 「懐かしいな」

 背中に感じた気配と声。

 水蓮はゆっくりと振り返る。

 頬に焚火の明かりを映し揺らせて、イタチが小さく笑みを浮かべてそこにいた。

 「もう随分経つな」

 同じことを思っていたのか、イタチはそう言って静かに水蓮の隣に座り波の音に耳を澄ませた。

 

 ざざぁ…

 

 夜の静けさの中に聞こえるその音と、かすかに触れ合った体から伝わるぬくもりに、水蓮の心が少しずつ落ち着いてゆく。

 

 「オレも一緒に見張る」

 「うん」

 顔を見合わせて二人は笑みを交わした。

 

 ここ最近、水蓮が見張りに立つときはイタチもこうしてともに過ごすことが多くなっていた。

 進んでそばにいようとするイタチに、水蓮はうれしさと不安を入り交える。

 

 イタチもまた、どこかで時が近いことを感じているのかもしれない。

 

 そう思うと胸が苦しくなる。

 

 それでもやはり共に過ごせる時間は幸せで、それを大切にしたいと、そう思う…

 

 水蓮はほんの少しだけ体をイタチに寄せた。

 遠慮がちに触れてきた水蓮のその体をイタチはグッと引き寄せ柔らかく笑んだ。

 「明日は早くから動く。少し休んでおけ」

 

 その身に触れるイタチのぬくもり…

 

 あと何度こうしてこのぬくもりを感じることができるのだろう…

 

 あとどれくらいの時間を、共に過ごせるのだろう…

 

 考え出すと止まらなくなる不安と恐怖。

 

 水蓮はそれから逃れるように、イタチにギュッとしがみつき目を閉じた。

 

 互いの体温が一つになって行く中、イタチの穏やかな鼓動が心地よく響く。

 その一つ一つの振動を、水蓮は自身の中に刻み込んだ。


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