いつの日か…   作:かなで☆

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第八十二章【離れるな】

 アジトへと帰り着くと、イタチと鬼鮫が外まで水蓮をむかえに姿を見せた。

 「収穫はありましたか?」

 問う鬼鮫に、水蓮は自信ありげに「もちろん」と答えて笑顔を向けた。

 「二人とも、影分身」

 寸分の迷いないその言葉に、ボンッと音を立ててイタチと鬼鮫の姿が消えた。

 「どうやら行かせた甲斐はあったようですね」

 「そうだな」

 アジトの洞窟の中から声とともに二人が姿を現す。

 「当たり前だろ。オイラが教えたんだからな」

 デイダラは胸を張って言い放ち、にっと笑う。

 「言っとくけど、百発百中だぜ。うん」

 「それは頼もしいですね」

 「ああ」

 イタチは小さく笑って水蓮の頭に手を置いた。

 「おかえり」

 「うん。ただいま」

 離れていたのはたった3日だけだというのに、やっと会えたような感覚になり水蓮は惜しみない笑顔で答えた。

 イタチもほっとしたように小さくうなづき、デイダラに「世話になったな」とただ素直にそう伝えた。

 「べ、別にあんたのためじゃねぇ」

 戸惑いとほんの少しの照れを交えてそっぽを向く。

 そのデイダラの視線の先に、トビが姿を現した。

 「やっぱりここにいた!」

 トビが不満げな雰囲気でこちらに歩み寄ってくる。

 「もう! ちゃんとアジトで待っててくださいよ! 僕がいない間に木の葉の連中にさくっとやられちゃったのかと思いましたよ」

 と、そう言い切る前にデイダラがトビを後ろから羽交い絞めにして首を締め上げた。

 「てめぇは一言多いんだよ! 一回死ね!」

 「一回死んだら終わりじゃないですか…っ! く…くるし…」

 じたばた騒ぎ立てるトビを、デイダラがさらにきつく締め上げる。

 「心配すんな。ちゃんと埋めてやる」

 「そういう事じゃ…。や、やめて先輩。に、任務。任務の話が…」

 必死に絞り出されたその言葉に、デイダラが腕を緩めて拘束を解いた。

 「任務? なんだよ、ゆっくりできねぇなぁ…うん」

 めんどくさそうなデイダラの隣でトビは大げさにせき込み、深呼吸をして息を整えた。

 「なんか急ぎらしいっす」

 デイダラは小さく舌打ちをして「めんどくせぇな」とぼやく。

 「なんかお前と組んでからちょこちょこした任務が多いんだよ…。うん」

 にらむデイダラをトビが「まぁまぁ」と適当になだめてうながした。

 

 トビと組んでから細かいことが増えたのは、おそらくマダラの画策の下準備のようなものなのだろう…。

 水蓮はぶつぶつと文句を言うデイダラを見ながらそんな事を思う。

 彼らが動けば動くほどに事は進み、来るべき時はどんどん近づいてくる。

 胸中には不安が広がるが、その時のために自分が出来ることをするほかにないのだと、水蓮はグッと手を握りしめた。

 

 「じゃぁな。あーね」

 さっと鳥に飛び乗りデイダラが手を上げた。

 トビもそれに続き、ふわりと二人が舞い上がる。

 「デイダラ、ありがとう」

 「おう。また手合わせしようぜ」

 デイダラは気持ちのいい笑顔を浮かべ、軽く右手を上げて青い空の中へと溶け込んでいった。

 

 

 

 デイダラが任務へとたってすぐに水蓮たちは久しぶりにアジトを移動し、以前イタチと蛍を見た時に滞在した洞窟で夜を過ごした。

 ここ最近使っていた西アジトは高台にあり人目につかないとはいえ、あまり長く続けて使うわけにもいかず、そのための移動ではあったがほかのアジトではあまり火を焚けず夜の冷え込みに水蓮は体を小さくした。

 「さむ…」

 もう暖かい季節までそう遠くないとは言え、昨日までデイダラの小屋で過ごしていた事もあり寒さを強く感じる。

 外套の上からさらに毛布をかぶってはいるものの、見張りを申し出たことにほんの少し後悔を感じていた。

 それでも鍛えた力で役に立ちたいという想いが気持ちを持ち上げ、自然と姿勢が伸びる。

 目の前にはただ暗闇が広がっていて、ランプがなければほんのすぐ先も見えない。

 それでも格段に上がった感知の力が危険のないことを示しているため、不安や恐怖はなかった。

 

 ゆっくりと息を吐き、白く染まり消えてゆく様子を見ながら水蓮はあの日の事を思い出す…

 

 「きれいだったな…」

 

 闇の中に無数に輝く蛍の光…

 

 それを受けてキラキラと輝く川…

 

 咲き乱れる紫陽花…

 

 目を閉じるとその情景が鮮やかによみがえる。

 

 そしてあの時聞いたイタチの全て…

 

 忘れないでいてくれと、抱きしめた腕の温もり

 

 共に背負ってくれるかと、零れ落ちたイタチの涙…

 

 「きれいだった」

 

 きっとイタチほど美しい涙を流せる人はいないだろう…

 

 そんな想いが胸を締め付け苦しくなる。

 だがすぐにその心がほぐれた。

 張り巡らせていた感知能力にあたたかく柔らかいチャクラが触れたのだ。

 

 いつからだろうか…

 

 このチャクラが自分のそばにあることを、こんなにも自然に感じるようになったのは…。

 

 本当なら出会うはずのなかったその存在が、自分と共にあることを当たり前の事に感じるようになったのは…

 

 

 それはきっと、初めからなのだろう…

 

 問うてすぐに答えを導きだす。

 ほんの数秒後、振り向いた水蓮の瞳に柔らかく笑むイタチの姿が映った。

 「大丈夫か?」

 イタチは「寒いだろう」と、気遣う口調で隣に座った。

 ふわりと空気が揺らぎ、そこに立った冷たいはずの空気がなぜかあたたかく感じる。

 「大丈夫だよ。もう交代の時間?」

 「いや、まだ少し早いが目が覚めた」

 自然に互いの体を少し寄せ合う。

 厚みのある外套と毛布を挟んでいてもぬくもりを感じる。

 かわす笑みに誘われて柔らかい空気がそこにあふれ、二つのチャクラがゆっくりと溶け合ってゆく。

 まるでもとは一つであったかのように。

 

 チャクラとチャクラの間にその言葉があるのかどうかは分からないが、水蓮は自分たちのチャクラはきっと相性がいいのだと、そう思った。

 

 離れていた時のさみしさが一気に埋まり心が満たされる。

 だがそれと同時に、ただ隣にいるだけでそんな気持ちになる自分の単純さに気恥ずかしくなった。

 思わず照れた笑みがこぼれて、水蓮は不自然に顔をそむける。

 「どうした?」

 不思議に思ったイタチが、そらした視線を追って水蓮の顔を覗き込む。

 「なんでもない」

 水蓮は短く答えて、抱えた膝に隠しきれない表情をうずめる。

 「なんだ?」

 「なんでもないってば」

 追って問いかけてくるイタチに返しながら水蓮は自分の耳に熱を感じ、きっと顔も赤いのだろうとそう思いながらも少し顔を上げてイタチを見る。

 イタチは「ん?」と、不思議そうな顔をしながらも優しい空気で水蓮の言葉を待っていた。

 整った顔立ちが柔らかく笑みを見せ、余計に水蓮の顔を熱く色づける。

 水蓮は再び顔を自分の膝にうずめて「なんでもない」と三度そう言葉を返した。

 無自覚に、そして無防備に表情を和らげるイタチに、水蓮はうれしくも心うちを落ち着かず揺らす。 

 そんな心情にイタチは気づいているのかいないのか、ただ優しく「そうか」と笑った。

 

 

 そのまま静かに時間が流れ、ややあってからイタチが口を開いた。

 「もうすぐ3年ほどたつか…」

 ドキリと水蓮の鼓動が音を立てる。

 時間の経過を知らされると、どうしても心が動揺に波立つ。

 次の夏が来たら…丸3年…

 その季節をむかえられるのかどうかも分からない不安が襲う。

 「そうだね…」

 それでも平静を装ってそう答えると、イタチはゆっくりと空を見上げた。

 瞬く星の光を見つめ、これまでの事を思い返したのか「あの時」とイタチが小さくつぶやき、水蓮に視線を向けた。   

 「あの時…。渦潮の里で初めてお前の体術を見たときに思った」

 その言葉に水蓮も記憶をさかのぼる。

 思えばあれがこちらの世界での初めての戦闘だった。

 血継限界の力を使う大蛇丸の手下【榴輝】の能力を見極めようと、到底かなわぬと分かりながらもただただ必死に立ち向かった。

 

 二人は同じ光景を思い出して記憶を重ねる。

 

 「荒々しくて、隙が多くて、とんでもなく危なっかしいと」

 

 あの時イタチは榴輝の口寄せしたチータと戦いながら水蓮の戦況を見ていた。

 その体さばきに感心したのも事実ではあったが、足りぬ要素が多かったのもまた事実であった。

 

 水蓮が「はは…」と気まずく顔をそむける。

 「それでもお前は今やるべき事、自分ができることをやろうと必死に相手に立ち向かって行った。恐れずに」

 「それは、イタチがきっと何とかしてくれるって思ったから」

 目を合わせて笑みを交わす。

 「オレは、そんなお前を見て励まされたような気持ちになった。そして、自分も恐れまい。決して立ち止まるまいと、そう思った」

 そんな事を感じていたのかと、水蓮は少し驚いた。

 イタチは笑みを重ねてそっと水蓮の肩を抱き寄せた。

 今更とはいえ、鬼鮫もいるこの状況でのその行為に水蓮はどきりとするが、洞窟内の気配は変わらず静かなまま。起きてくる様子はない。

 イタチもそれが分かっているのだろう。

 肩に置かれた右手にグッと力が入った。

 「お前は初めからずっと強い心を持っていた」

 「そうかな」

 フフ…と照れを交えて小さく笑い、その身をイタチに預ける。

 「それに、この間のデイダラとの手合わせでは随分体術も上達していたしな」

 「ほんと?」

 「ああ」

 「またちょっと強くなったと思うよ」

 デイダラとの修行でしっかりと手ごたえを感じた水蓮は自信ありげにグッとこぶしを握って見せる。

 イタチは水蓮のその手に左手を重ね「もうそれでいい」と小さく笑った。

 「え?」

 「もうそれ以上強くならなくてもいい」

 その言葉の意図が読み切れず、水蓮は少し首をかしげた。

 イタチは少しの間をおき水蓮を見つめて言った。

 「だから、あまり遠くに行くな」

 

 トクン…

 

 あまりにまっすぐなまなざしと言葉に水蓮は胸を鳴らした。

 

 「オレから離れるな」

 

 少し不安げなイタチの表情に切なさが混じり、胸の音鳴りが重なってゆく。

 

 「…………」

 

 何も言葉を返せない水蓮を見つめながら、イタチはそのあとの言葉をしばらく迷っているような様子を見せたが、ゆっくりとそれを伝えた。

 「デイダラのところへ行かせた時もだが、任務に出てお前と離れている時も、恐ろしくなる。知らぬ間にお前が元の世界に戻って消えてしまうのではないかと…」

 「イタチ…」

 水蓮は今までほんの少しも感じることのなかったイタチの不安を知り、戸惑った。

 そんなことを思っているとは考えもしなかった。

 自分自身も思ってもいなかった。

 こちらに来たばかりの頃はそう考え不安になったこともあった。

 だがそれは本当に数回で、今ではほんの少しもそれを考えることはなくなっていた。

 しかしイタチは常にそれを恐れていたのだ…

 「私は消えないよ」

 柔らかく、それでいて強さを感じさせる口調で水蓮はそう返した。

 「わかるの。私はあなたが目的を遂げるまでは絶対にいなくならない。消えたりしない」

 イタチの手を握り返し、じっと見つめる。

 

 この世界に来た意味。それはきっとイタチのためなのだと水蓮は確信していた。

 それゆえに、自分がイタチの知らぬところで消えたりはしないと、それもまた水蓮の中にある確信だった。

 

 いまだ不安げな色のイタチの瞳に、水蓮は優しく笑んだ。

 「わかるの」

 ギュッと手に力を入れる。

 その手をイタチも強く握り返し、うなづいた。

 「それに」

 水蓮はさらに言葉を重ねる。

 「もう離れない」

 確実に時が進む中で、イタチから離れるのはこれが最後だと決めてデイダラのもとへ行ったのだ。

 もう決してイタチから離れまいと、そう決めていた。

 たとえ危険な任務であっても…

 「もう絶対離れない」

 水蓮は繋がれたイタチの手を抱きしめた。

 

 心の不安が少しでも和らぐように…

 

 私はここにいると、存在を感じてもらえるように…

 

 イタチは水蓮をさらに引き寄せ「離れるな」と、ただ一言だけ言った。

 

 そこに込められた強い想いが、水蓮の心に深く染み入った。




いつもありがとうございます(^◇^)
なんだかちょっと久しぶりの二人の話ですかね…
ここ最近二人っきりのこういう話なかったかな…とか思いながら書いていました☆

イタチに水蓮との時間を…と思って書くんですけどね…
結局やっぱり切なくなるという…
イタチはそういう人なんですよね。もうしょうがない(-_-;)
どうしても泣けてしまいます…。

こんな感じで二人の時間を織り交ぜながらまたすすんでいけたらと思います(^◇^)
これからもよろしくお願いいたします(^v^)

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