いつの日か…   作:かなで☆

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第八十一章【ハーブの香り】

 デイダラとの修行は順調に進み、水蓮は確かな手ごたえを感じてイタチと鬼鮫の元へと戻る日を迎えた。

 途中トビが戻ってくることもなく予定通りの3日間を充実して過ごし、4日目の今朝、水蓮は帰り支度を進めていた。

 「これでいいかな」

 修行中過ごした部屋をきれいに整理し、一つ息を吐く。

 ふと視線を向けた窓際にはイタチから預けられたカラスがこちらを見てたたずんでおり、小さく首をかしげるような動きを見せた。

 下手に行き来をさせて誰かに見られてはまずいと思い一度もイタチのもとへは飛ばさなかったが、このカラスがいるだけでもずいぶんと心強かった。

 「今日帰るよ」

 笑いかけてそっと手をのばすと、馴染んだ様子でその手に頭を摺り寄せてくる。

 そのしぐさがほんの数回見せたことのあるイタチの甘える仕草と似ていて可愛らしく、愛おしくなる。

 「やっと会えるね」

 イタチや鬼鮫からの連絡も特になく、体調に変わりはないのだろうと思いつつも心配の絶えぬ3日間であり、修行中は早く過ぎた時間も夜はひどく長く感じられた。

 いつものように帰りを待つ時間も長く寂しいが、帰れぬその時間はまた別のさみしさがあった。

 任務中、イタチもこんな気持ちだったのだろうかと、そんなことを思う。

 「あーね。準備できたか?」

 軽くドアをノックする音に、水蓮はまとめた荷物を手に持ち扉を開けた。

 「おはよ。いつでも出れるよ」

 「んじゃ、ちょっと早いけど行くか。あっちに戻る前に寄りたい所もあるんだ。いいか?」

 「うん。どこに行くの?」

 「これなんだけどよ」

 デイダラが差し出した手には一枚のメモ用紙。

 受け取り目を通すと【エシロ。悠久堂】と書かれていた。

 「なにこれ?」

 「旦那の部屋から出てきたんだ。この近くにある町と、多分そこにある薬屋の名前だ。はっきりとは覚えてないけど、見覚えある名前だからおいらも行ったことがあるはずだ」

 紙を返すと、デイダラは少し懐かしそうな目でそれを見つめた。

 「前に旦那があーねの薬勝手に売ってるって話しただろ?たぶんそのうちの一つだな。うん。他にも何件か旦那が出入りしてる店はあったけど、これだけ残されてたんだ。もしかしたらなんかあるのかもと思ってよ」

 無造作にポーチの中にその紙をしまいこみ、デイダラはにっと笑った。

 「うまくいけばあーねの薬取引できるかもしれねぇしな」

 その言葉に、水蓮の表情が明るくなる。

 以前取引をしていた店がある街は、天隠れの里の一件以来イナホに会わぬよう立ち入ることができなくなり、彼女が働いているその店にももちろん行けなくなっていた。

 水蓮にとっては自身の物を買うための貴重な収入源であったため、それを失った事は痛手であった。

 デイダラの言うように新たに取引できる店が見つかれば、そんなありがたい話はない。

 「そうなれば助かる」

 「だろ?朝飯はその町で食おうぜ。うまいパン屋があるんだ」

 それもきっとサソリから教わったのだろう。

 デイダラは懐かしそうに、そして嬉しそうに笑った。

 

 

 この時期の早朝の上空はかなり寒く、水蓮はデイダラから渡された毛布で体を包み身を小さくした。

 「ちょっと高く飛んでるから余計寒いだろ?すまねぇな」

 申し訳なさそうなデイダラに水蓮は首を横に振る。

 幾度か行く可能性のある町への出入りは慎重に行われる。

 それゆえデイダラも周りから見えぬよう十分高度を取っているのだ。

 「大丈夫」

 その返事に笑顔を返し、デイダラは地上を指さした。

 「町はこの真下だ」

 うなづきで答えると、デイダラは高度を下げてゆく。

 いつも降りる場所が決まっているのかその動きに迷いはなく、ほどなくして水蓮たちは町の中にある小さな林の中に降り立った。

 林から出ると、そこはそう大きくはない町で、まだ時間が早いためかまだ人通りも少ない。

 「この町は結構薬屋が多くて、まぁ、どちらかというとおいらたちみたいなのが使う店がほとんどって感じだ。もちろんそんな事は表立っては知られてねぇけど、普通のやつじゃ買えないようなものが裏で取引されてる。値段も売る相手によって違うんだ。もちろん店側の買値もな」

 小さな声でそう話し、デイダラは「まず朝飯だ」と、目当てのパン屋を見つけ指をさした。

 「あの店、パン生地がめちゃくちゃうめぇんだ。もちもちしててよ」

 「へぇ」

 すぅっと吸い込んだ空気にパンの焼けるいい匂いが混じり、一気におなかがすいてくる。

 「いい匂い」

 「だな」

 どちらともなく少し歩く速度が上がった。

 

 

 パン屋でそれぞれ品を選び、少し人気が増え始めた道を歩きながら食べる。

 イタチや鬼鮫はこういった事をしない分、水蓮はどこか新鮮な、懐かしいような感覚になる。

 学生の頃はこんな風に部活の帰りにパンやおにぎりを食べながら帰ったりしたなと、不意に思い出す。

 このくらいの時期になると、高校の近くにある駄菓子屋でたい焼きが期間限定で売られていた。

 

 皮が薄くて、少し甘さ控えめなアンコが尻尾の部分までしっかり詰まっていて…

 

 薄い皮から少し浮き出そうになったアンコがいい具合にコゲを作って香ばしく、あまりの人気に予約が必要なほどであった。

 

 脳裏にその味がよみがえり、思い出の中に思考が入り込んでゆく…

 

 あの店のおばちゃんは、どうしているのだろう…

 まだあのたい焼きはあるんだろうか…

 たしか、夏はかき氷が売られていて、その中にソフトクリームを入れたものが人気だった…

 学校から駅までの途中には小さなお好み焼き屋さんもあって、なぜか入口にプリクラが置いてあったな…

 あぁ、そういえばうちの高校はブレザーだった…

 学年によってリボンの色が違ってたっけ…

 

 とりとめのないことが次々と浮かび上がってくる。

 それは今までにない事であった。

 

 ナルトと出会い、自身の気持ちを受け止めたことで心境に変化があったからなのだろうか…

 

 そんなことを思い、再び記憶を手繰ろうとしたとき、デイダラが足を止めて前方を指さした。

 「あそこだ」

 その先にある目的の薬屋を目に留め、水蓮はうなづいてパンの残りを慌てて食べた。

 

 

 店の中に入ると薬草の匂いがまず鼻を撫で、そのすぐ後に何か優しい香りを感じて水蓮が店内を見回した。

 その香りのもとは店のカウンター横にある大きな棚に並べられたハーブ。

 わざわざハーブを並べるためだけに用意されたその棚の前に立ち、水蓮はなんとはなしにラベンダーを手に取った。

 「めずらしいね」

 こちらの世界ではハーブはあまり需要がないのか、こうして一つの棚を専用に用意している店は今までになかった。

 「サソリがそうしろと言ったんですよ」

 突然聞こえきたその声に、水蓮とデイダラがそちらに目を向ける。

 艶のある長い栗色の髪。同じ色の瞳。チョゴリのような服を着た可愛らしい女性がそこにいた。

 水蓮とそう歳の変わらなさそうなその女性は「いらっしゃいませ。店主のハルカです」と頭を下げた。

 「私、ハーブがすごく好きで昔から取り扱ってはいたんですが、あまり需要がないので隅の方に少しだけ置いていたんです」

 ハルカは水蓮にニコリと微笑みかけ、ハーブを一つ手に取って言葉を続ける。

 「でもサソリが、自分が好きでこだわっている物なら堂々と表に出せ。遠慮するぐらいなら出すなって」

 懐かしむようなまなざしで手に持ったハーブを見つめ、ひどく悲しげなまなざしを見せる。

 「デイダラさんですよね?」

 「ん?あ、ああ」

 「以前一度だけサソリと一緒に来ていただいきましたよね」

 来たことはあるものの彼女の事は覚えていないようで、デイダラは少し気まずそうに「おう」と返した。

 ハルカは「あなたは水蓮さんですね」と次に水蓮を見た。

 「え?あ、はい」

 戸惑いを交えたその返答に、ハルカの表情はまたひとつ悲しみを重ねる。

 そして、ほんの少しの間をおいて、小さな声でつぶやくように言葉を発した。

 「サソリはもういないんですね」

 それは問いかけではなく、確認するような口調。

 水蓮とデイダラは思わず顔を見合わせた。

 ハルカは「こちらへどうぞ」と、店をしまい二人を奥の部屋へと案内した。

 

 

 「熱いので気を付けてください」

 ことりと小さな音を立てて水蓮とデイダラの前にマグカップが置かれた。

 ふわりとたつ湯気からはハーブの良い香がただよい、水蓮はカップを両手で包んでその香りをゆっくりと吸い込んだ。

 「いい香り」

 「カモミールです」

 息を吹きかけるとさらに香りが立ち、一口含むと心身がリラックスしてゆくのを感じる。

 「うまいな。うん」

 隣で同じようにカップに口をつけたデイダラがその味に目を丸くした。

 「サソリも好きだったんです」

 「え?」

 「旦那が?」

 思わずあげた二人のその声に、ハルカはニコリと笑った。

 「彼はもちろん飲みませんでしたよ」

 その言葉から、サソリが傀儡であることを知っていたのだと、その事にも驚く。

 「彼は今の体になってから、味も香りも自分にとってはすべて同じで善し悪しが無くなったと言っていました。でも、なぜかこのカモミールティは良い香を感じるとそう言っていました。もうなにも感じるはずはないのに、そう感じると…自分でも驚いているようでした。でも、すごく気に入ってくれて。だから彼が来た時はこの部屋でカモミールティを入れて、香りを楽しみながらいろいろと話をしました」

 切なげなまなざしで、ハルカは自身の手の中にあるカップを見つめた。

 サソリの意外なその一面に驚いたのは水蓮だけではなく、デイダラが「知らなかった」とつぶやいた。

 「時々ふらっと出かけることはあったけど、ここに来てたのか旦那…」

 ハルカは切なさをたたえたまま小さく笑みを返した。

 「この店は私の祖母が始めた店で、母が引き継いだころからサソリが良く来るようになったんです。私が1歳になるかならないか、20年ほど前です」

 「ちょうど旦那が里を抜けた頃だな、うん」

 「あとから私もその話を聞きました」

 ハルカは静かな声で話を続ける。

 「月に一度は店に来ていて、来るたびに私はよく遊んでもらっていました。サソリはほとんどしゃべらなくて、笑ったりもしなかったけど赤ん坊の時からちょくちょく来ていた彼に私は自然になついていて。彼も買いに来た品物の用意ができるのを待つ間、めんどくさそうにしながらも傀儡で私の相手をしてくれていました」

 おもいもかけないサソリの姿に水蓮は言葉が出ず、デイダラはかすれた声で「信じられねぇ」とこぼした。

 そんな二人に笑みを返してハルカは静かに立ち上がり、棚の引き出しから布の包みを取りテーブルの上に置いた。

 開かれた包みの中から出てきたのは額あてであった。

 「サソリの物です」

 里を示す紋様には深く一筋の傷が引かれており、ハルカの細くきれいな指がそっとそれをなぞった。

 「何年か前に、これからはいつ自分がいなくなるかわからないから、そのつもりでいろと、そう言ってこれをここに置いて行ったんです。そして次に現れたとき、彼はその衣を身に着けていました」

 ハルカは水蓮とデイダラの外套に目を向けた。

 

 サソリは暁の最終的な目的を知らなかった。

 それでも普通ではない危険性を十分に察知していたのだ。

 そんな暁に入るにあたって、彼なりに様々な物との決別を意味していたのだろうか。

 

 サソリにとって額あてがどういった意味を持つのかは分からないが、理由は何にしろここに自分の何かを残したというのは、彼にとってハルカは特別な存在だったのであろう。

 

 デイダラもそう思ってか、額あてとハルカを幾度か交互に見た。

 「それからも時折ここには来ていたんですが、しばらく前に彼が言ったんです」

 額あてに触れたままの手が少し震えた。

 「デイダラさんが一人、もしくは水蓮さんときたら、自分はもうこの世にはいないと思えって」

 水蓮とデイダラは言葉を返せず、ただハルカを見つめた。

 「その時は、水蓮さんの薬を取引するようにと」

 グッと、水蓮の胸が締まった。

 「それから、デイダラさんにはこれを渡すようにと」

 別の棚から30センチ四方程の木の箱を取出し、デイダラの前に置く。

 無言でその箱を開けたデイダラは、やはり無言のまま中身を取り出した。

 それは艶のある白い土の塊…

 「粘土」

 小さく発せられた水蓮の声にデイダラはうなづき、その粘土にグシャリと指を沈ませた。

 「なんなんだよ。…ったく」

 心根が読み切れない口調と表情。

 デイダラは無造作にそれを箱に直し蓋をした。

 「その粘土は、あと幾度かうちに届くようになっているそうです。時々見に来てください」

 「わかった…」

 デイダラは何かの感情を抑えるように、息を吐き出しながらそう答えた。

 「ずるいですよね」

 ハルカはカモミールティを一口含み、フフ…っと小さく笑った。

 「こんな風に後の事頼まれたら、追いかけていけない」

 

 水蓮とデイダラの視線の先で、ハルカは笑いながら泣いていた。

 

 その涙が、彼女のサソリへの想いを痛いほどあらわしていた。

 

 

 

 数分後。店を後にした二人は無言で空を移動していた。

 先ほどよりは風も冷たさをやや抑え、白く靄のかかっていた空もはっきりとした青を輝かせている。

 ところどころに薄くベールのように広がる白い雲がなぜか切なくて、二人の中の名前のわからない感情を膨らませてゆく。

 「あの粘土…」

 ぽつりとデイダラが言葉を風に流す。

 「めちゃくちゃ質のいいやつだ。きめが細かくて、密度が高くてチャクラの吸収もいい。めちゃくちゃ軽いし…」

 そう言ってからしばらく黙りこむ。

 水蓮は何も言わず言葉を待った。

 どれくらいしてからだろうか、デイダラが再び口を開いた。

 「あの時。一尾のやつに腕つぶされた時」

 すっとその腕を持ち上げる。

 「砂が腕に絡まりついてきて、やばいって本能で感じた。諦めたんだ。守りきれねぇってよ。もう粘土も残ってなかったからな」

 デイダラは「でもよ」と、外套の袖口を水蓮に見せる。

 「中がちょっとだけ脹らんでたんだ。とっさに破いてた。なんとなくわかったんだ」

 水蓮は知らぬ間にギュッと手を握りしめていた。

 デイダラはにっと笑って言った。

 「粘土が仕込まれてた」

 「そう…」

 「さっきのと同じやつだ」

 「そう…」

 「おいらの持ち物触れるのは…旦那だけだ」

 「そう…」

 「物を仕込むのは得意だったからな。旦那は…。うん」

 

 びゅぅ…と風が強く音を立て、なびいたデイダラの金色の髪が日の光にキラキラと輝いた。

 

 

 水蓮はうなづきを返して先ほどの町の方角を見つめ、サソリを思い出す。

 

 自分に、デイダラに、そしてハルカに。

 こうして何かを残すことに彼は何を求めたのだろうか…。

 

 人であることをすてて傀儡へとなった彼がみせた、ひどく人間くさいその行動は何を意味していたのか…。

 

 それはきっと誰にもわからない。わかってあげることはできない。

 

 

 水蓮は次にサソリを思って見せた寂しげな、そして優しいハルカの笑顔を思い浮かべる。

 

 サソリがカモミールティの香りをいい香りだと感じたのは、嗅覚によるものではないように水蓮は思えた。

 

 それは、ハルカにハーブの効能のような安らぎを見出していたからなのではないだろうか。

 その心情が彼の『良い香り』という感性を呼び戻したのではないだろうか。

 あくまでも想像でしかないが、それでも、そうならいいと水蓮は思った。

 

 闇に生き、血に染まり、そして死んでいったサソリに、ほんの少しでも心を休める場所があったとしたなら、それは彼にとっての唯一の救いになるだろう。

 

 水蓮はやるせなさの溢れた胸をグッとつかんだ。

 それでも、もう涙は流さなかった。

 彼のための涙はもう流した。

 

 同じ涙は流さない…

 

 それはデイダラも同じなのだろう。

 「もうすぐつくぜ」

 そう言って振り返った彼は、飛び切りいい笑顔を浮かべていた。




いつもありがとうございます(*^_^*)
今回はサソリの過去捏造ですね(^_^;)すみません…
でも、どこかで彼の話は何か入れたかったんですよね…。
原作でも最後には人間の部分を見せたサソリ…
きっとすべてを捨ててはいなかったであろうと思うので…

最近すっかりはまっている芸コンへの想いをこめて…ということで…(^○^)

今回も読んでいただき本当にありがとうございます☆
これからもよろしくお願い致します!(^◇^)

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