いつの日か…   作:かなで☆

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第八十章 【芸術家】

 人気のない深い森の奥にひっそりとたたずむ小さな小屋の前。

 水蓮とデイダラの打ち合う音が冷たい空気の中に響いていた。

 

 

 イタチのアジトからそう離れてはいないこの場所。

 たどり着いてすぐに二人は組手をはじめ、幾度かの休憩をはさんで繰り返すうちに、日はすっかり真上に上り詰めていた。

 

 

 「はっ!」

 短い気合いと共にデイダラが蹴りを放つ。

 水蓮はそれを両腕でガードするが、威力の強さに飛ばされ後方にあった木に叩きつけられた。

 

 

 ダンッ!

 

 

 鈍い音が立ち、決して細くはない木が揺れ、葉がいく枚も降り落ちる。

 「つっ…」

 チャクラのガードも疲労と共に強度が落ち、背中に襲う痛みに水蓮が顔をしかめた。

 すぐには立ち上がれず、木に背を付けたまま肩で呼吸をする。

 「どうしたあーね。もう終わりかよ」

 対するデイダラは全く疲れを見せておらず、余裕の表情で水蓮が立ち上がるのを待っている。

 「まだまだ…」

 グッと足に力を入れて立ち上がり、水蓮はすぐに地を蹴り駆けた。

 「そうこなくっちゃな。うん!」

 構えて迎え撃つデイダラの一撃一撃は先日の時の数倍強く、打ち込みのスピードも比べ物にならなかった。

 それは組手を始める前に彼が言った「本気で強くなりたいやつには容赦はしねぇ」との言葉を違えぬ物で、水蓮は未だにデイダラにまともな一撃を当てられずにいた。

 それでも必死に食らいつき、がむしゃらに体を動かした。

 今は少しも止まっていたくないという気持ちがそこにあふれて見え、相手をするデイダラも自然と熱が入った。

 

 とにかく少しでも強くなりたい

 

 一つ一つの動きにその想いを込める。

 

 この先に待つ様々な事に今よりも覚悟を持てるように…

 耐え抜けるように…

 

 壊れてしまうのではないかという不安を打ち消せるように…

 

 イタチの隣で笑っていられるように…

 

 「はぁっ!」

 

 疲労を振り払い、気を入れなおした一撃の重さにデイダラがにっと口端を持ち上げた。

 

 「オイラも気合入れなおすぜ! うん!」

 

 そうしてしばらく打ち合いを続け、何とかデイダラの動きについて行こうと食らいついていた水蓮であったが、ややあって思いのほか強いデイダラの蹴りを受けて地面にたたきつけられた。

 

 ずざぁぁぁぁっ!

 

 枯れ葉を巻き上げながら地を滑り、再び音を立てて木にぶつかる。

 

 疲れた体と思考でチャクラの防御は間に合わず、まともにダメージを受けてせき込みその場にうずくまった。

 「あーね! 大丈夫か?」

 デイダラが慌てて駆け寄る。

 「すまねぇ。ちょっと気合入れすぎたな」

 そばに座り顔を覗き込む。

 水蓮は幾度かせき込みながら首を横に振った。

 「大丈夫。これくらいしないと…」

 息を整えて立ち上がる。

 デイダラもそれに続き「そうだな」と笑みを向ける。

 「なんせ3日しかねぇからな。うん」

 「だから、気にしないで」

 そう言って水蓮が再び気合を入れるが、それとは逆にデイダラが空気を和らげた。

 「でも、今日は組手はもう終わりにしようぜ。腹も減ったし、飯にしようぜ。うん」

 その言葉を聞くと急に空腹を感じ、水蓮はもう少し続けたいという気持ちを片付けて頷いた。

 小屋に入るとデイダラが昼食は自分が用意すると準備にかかり、10分ほどしてから水蓮のもとへ戻ってきた。

 「大体いつもこれなんだ」

 小さな二人用のテーブル。質素な椅子に向き合って座り、デイダラから差し出されたのはバケットにチーズとハムを乗せたもの。

 チーズは火であぶってあるのか少しとろけており、端の方にはいい色の焦げがついていた。

 「いつもはチーズだけなんだけどよ、昨日行った町でうまそうなハム見つけて買ってきてたんだ」

 「美味しそう」

 受け取るとパンは少し柔らかめでフライパンで焼いたのか、ほんのりあたたかく底がかりっとした手触り。  

 「シンプルだけど、うまいぜ。うん」

 言葉の終わりにはすでにパンをかじっていたデイダラに水蓮も続く。

 「いただきます」

 一口かじると焼かれたパンの香ばしさが鼻を撫でた。

 ハムとチーズの間には軽く粗塩をがふられており、ハムにはほんの少し柑橘の香りがつけられているようで分厚いチーズの味の濃さをすっきり爽やかに整えてくれている。

 シンプルと言ってはいたが、細かく手が加えられているその食事に水蓮のほほが緩んだ。

 「おいしい…。すごいおいしい」

 「だろ?」

 「デイダラ料理できるんだ」

 デイダラはハハと笑い牛乳を飲む。

 「料理ってほどのもんじゃねぇけどな」

 「十分だよ。細かいところにちゃんと手間かけてるし」

 そう言ってパンを口にする水蓮に、デイダラがニッと笑みを向けた。

 「サソリの旦那がよ、うるさかったんだよ」

 「サソリが?」

 サソリは傀儡であったため食事をとらなかったはずだ。

 水蓮は小さく首をかしげる。

 「旦那は食べなかったけど、おいらの食べるもんにうるさくてさ。なんか、芸術家の端くれならちゃんとしたもの食えって」

 「へぇ…」

 正直、意外だと水蓮は感じていた。

 他人には干渉しなさそうな印象のサソリがそんな事を言うとは思いもよらなかった。

 まして自分には関係のない食べ物の事となればなおさらだ。

 「ちょっと意外」

 心打ちにとどめきれぬ気持がポツリとこぼれた。

 「だろ?」

 笑ってパンをかじり、喉を通してから話を続ける。

 「作り方もだけど、材料も割とうるさくてよ。自分は食べねぇのにいい物の話聞くとわざわざそこに買いに出向いたりしてたんだぜ。このチーズと牛乳も旦那が見つけてきたやつで、定期的に買いに行ってんだ。まぁ旦那の考えとしちゃ、いい食べ物がある場所はほかの物の質もいいって感じだったけどな」

 「なるほど」

 それは何となく納得できるような気がした。

 「とにかく、いいものに触れろってうるさかったな。うん」

 パクパクっとパンを平らげ、デイダラはまた笑った。

 そこにはサソリの死への悲しみはすでになく、ただ単純に良い思い出を楽しんでいるようだった。

 「いいものに触れろ…か」

 それも分かるような気がした。

 過去に父とかわした会話の中に「上を目指すなら一流の物に触れろ」という言葉があった事を思い出す。

 もちろんそれがすべてではないが、そうすることで見る目が養われ、精神的にも洗練されてゆくのだとそう言いながら優しく笑っていた。

 その笑顔とともに父の想いを感じる。

 父親としてだけではなく、武術家として大切な物を伝え残そうとしてくれていたのだ。

 それはもしかしたらサソリも同じだったのかもしれない。

 仲間としてではなく、同じ芸術家としてデイダラに関わっていたのではないだろうか。

 自分より若い芸術家であるデイダラに、自分の持つ何かを伝え残そうというそんな思いがあったのかもしれない。

 本人亡き今それは自分の想像でしかないが、もしそうならその何かはデイダラの中に残っているのだろう。

 サソリがいなくてもこうしてこの昼食が出てきたという事は、きっとそういう事なのだと水蓮は思う。

 「本当に、おいしいよ」

 切ないような、温かいような、不思議な物を感じながらパンをかじり、水蓮はデイダラに笑みを向けた。

 「また作ってやるよ。それより、あーね。1時間くらい休んだら影分身の見分けの訓練しようぜ。チャクラいけるか?」

 「うん。大丈夫」

 午前の疲れを感じてはいるものの、水蓮にとってはそちらの訓練が本命であり、気合を入れて力強くうなづいた。

 

 

 

 「おいらは感知タイプじゃねぇから本格的な事は教えられねぇけど、この間あーねになんで影分身が分かるのかって聞かれてからちょっと考えてたんだ」

 小屋から少し離れたところにある見晴らしのいい崖の淵にデイダラが座る。

 「まぁそれでもはっきりとは分からねぇけど、今までの事思い出すとよ、なんかこっから感じてたような気がするんだよな。うん」

 そう言ってデイダラは地面をポンポンと軽くたたく。

 「地面?」

 「ああ。というか、多分土だな」

 「土…」

 隣に座り、水蓮も地面を触る。

 「おいらの属性は土だ。だからオイラのチャクラは土と相性がいい。それでチャクラを練った時に、土を通じて何かを感じてるんだと思う。多分な」

 デイダラは土を握り、崖からぱらぱらとそれを風に流した。

 「この間あーねと組手した時は、たぶんあーねの服とか靴についてた土から感じたんだろうな」

 「なるほど」

 「まぁあくまでもおいらの仮説だけど、結構自信あるぜ。うん。昨日色々試したからな」

 ニカッと笑うその横顔に、水蓮は思わず「案外まじめ」とつぶやいた。

 「案外って、おいらはもともとまじめだぜ。うん。それに、芸術家にとって研究心は大事だからな」

 それもまた意外な言葉であった。

 

 芸術は一瞬の美

 

 それがデイダラのモットウであり、そこに時間をかけるイメージがなかった。

 そんな水蓮の考えが分かるのか、デイダラは少し苦笑いで言葉を続ける。

 「爆破は一瞬でも、製作には研究が必要なんだぜ。もちろん瞬間のひらめきも大事だけどよ、研究の末の計算しつくされたデザイン。そこに生まれる狂いのない美しい造形。それが芸術だ。うん」

 「一瞬で壊すのに…」

 また思わずこぼれた言葉に、デイダラが顔を引きつらせる。

 「旦那とおんなじことゆーなよ。てか、究極に美しい作品を一瞬で爆破することに意味があるんだって。最高の作品の爆発は最高にきれいなんだぜ。美しければ美しいほど、美しく散る。そこに見えるはかなさと切なさがオイラの芸術だ。うん!」

 力説するデイダラに水蓮は何と返せばいいかわからず複雑な表情を浮かべた。

 それを見てデイダラがまた顔を引きつらせる。

 「旦那と同じ顔すんな…」

 「ごめんごめん。それで、感知の話だけど」

 「あぁそうだったな」

 いつの間にかそれた話を元に戻す。

 「あーねの属性は風だろ?だからなんていうか、風にチャクラを乗せるイメージとかでいいんじゃねぇか?」

 「風に乗せる…」

 「もしくは混ぜるというか、同化させるというか。まぁ、あくまでもイメージだ。うん。感知の力はセンスだとオイラは思ってる。センスのある奴は感知能力が高い。んで、センスにはイメージする力が重要だ。芸術と一緒だぜ。うん」

 「なるほど」

 抽象的ではあるがどこか納得ができる。

 「まぁそれは明日からやるとして、とりあえずは感知能力であたりを広く探るってのをやってみてくれ」

 「わかった」

 水蓮は目を閉じてゆるく開いた手のひらの指先だけを口元で柔らかく合わせた。

 印というわけではなく、集中する際に自然と形づいた物。

 そうして集中を深めるとともに水蓮を取り巻く空気はどんどん静かになってゆく。

 研ぎ澄まされてゆくその様子に、デイダラが小さな声で「祈ってるみたいだな」とつぶやいた。

 だが、そばにいるデイダラのその声も聞こえないほどの集中で水蓮は徐々に感知の幅を広げてゆく。

 そして数分後。ピクリと水蓮が肩を揺らし、隣に座るデイダラを見た。

 「デイダラの影分身がいる…」

 「お、もう見つけたのか?」

 ニッと笑うデイダラに水蓮はうなづいて西の方角を指さした。

 「この方角に一人と、反対側にも一人。でも、距離がはっきりとわからないかな」

 「あっちがここからちょうど300メートル。こっちが400メートルだ。今の感知を広げるスピードと影分身を見つけるまでの時間で、距離を体に覚えこませるといいぜ。自分の一番やりやすいスピードを基準にすれば、距離との関係性を身に着けやすいやすいだろ?」

 「なるほど」

 「大事なのは、360度ぶれなく円形に力を広げることだ。そうでないと方角によって時間と距離の関係に差が出るからな。今日はそれを意識しながら、どこにおいらの影分身が何体いるかと、ここからの距離を測る練習だ。うん」

 「わかった」

 再び集中しようと目を閉じ、ふと思う。

 この間の手合わせも、今朝の組手も、そして今のこの訓練も。

 デイダラは相手の力を見ながら教えるのがうまい。

 もちろん鬼鮫とイタチもそうだが、デイダラの教え方は二人とは少し違う…。

 何が違うのかと問われたらはっきりとは答えられない。

 だがしいて言うならば…

 

 

 センスがいいのだ

 

 

 それこそ、鬼鮫もイタチもそうだが、二人にはない何かがある。

 それは、自身の求める芸術を研究し、追求し続ける中で養った彼だけの物。

 

 

 きっと、いい教師かもしくは担当上忍になれただろう。

 

 だがそれは口には出せなかった。

 

 もしもこうだったら、という言葉は彼らの中にはないのだ。

 

 水蓮は小さく深呼吸をして思考を断ち切り、指先を合わせた。


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