いつの日か…   作:かなで☆

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第七十八章【願いを乗せて】

 少しずつ夜が進み、祭りを楽しむ人の波が徐々に同じ方向へと流れだした。

 皆それぞれに自身の望みに合う吊り下げ人形を手にし、願いを託して川へと流すために向かっていく。

 水蓮と手を重ねていたナルトがその気配に気づき、ゆっくりと手を離した。

 「オレ、そろそろ行くってばよ。仲間とはぐれて探してたんだ。早く見つけて戻らねぇと」

 「うん」

 まだ少し話していたい気持ちはあった。

 しかし、鬼鮫に気づかれないうちに彼をここから離さなければ。

 「気を付けてね」

 「ああ。じゃぁな。水蓮のねぇちゃん」

 笑顔を残してさっと背を向ける。

 しかし、ナルトが地を蹴ろうとした瞬間。並ぶ木々の向こうから声が飛んできた。

 「ナルト~。いるの?」

 聞いたことのある女性の声に、水蓮がドキリと胸を鳴らす。

 「ナルト~」

 再び聞こえた声。水蓮の脳裏に桜色の髪が揺れた。

 

 まさか…

 

 声が聞こえ来た方向を見つめる水蓮。

 そのそばでナルトが大きな声を上げた。

 「こっちだってばよ! サクラちゃん!」

 ナルトのその声に導かれ、ほどなくして木の陰からサクラが顔を出した。

 「やっと見つけた! なにやってんのよもう!」

 「わりぃ」

 気まずそうに頭をかくナルトの背中越しにキレイなピンク色の髪が揺れ、ヒスイ色の瞳が輝く。

 その美しさに思わず見とれた水蓮は、次に息を飲んだ。

 ナルトをジトリとにらむサクラのその隣。静かにたたずみこちらを見つめる一人の男性。

 見たことのない顔。それでもすぐにそれが誰なのかが分かった。

 チャクラを感知したのではない。

 何もしなくても、なぜかわかるのだ。

 

 それがイタチであると…

 

 「サクラちゃん。その人だれだってばよ」

 ナルトが顔をひきつらせながらサクラの隣に立つイタチを指さす。

 「え?あ、ハルトさんって言って、一緒にあんたを探してもらってたのよ」

 「オレも連れを一緒に探してもらっていた」

 イタチはそう言って水蓮に歩み寄る。

 「ここにいたのか」

 「あ…うん」

 戸惑いながらうなづく水蓮を見てナルトがニッと笑った。

 「なんだ。水蓮のねぇちゃんの知り合いかよ」

 イタチの体がピクリと揺れる。

 それがその名を名乗っていた事に対しての物だと悟り、水蓮は少し気まずくなる。

 それでもイタチは柔らかく笑って水蓮の頭に手を置いた。

 「水蓮、緋月はどうした」

 「途中ではぐれちゃって…」

 「そうか」

 穏やかなイタチのその声に、また新たな声が聞こえて重なる。

 「ナルト、こんなところにおったのか」

 それもまた聞き覚えのある物で、水蓮の鼓動が再び大きく跳ね上がる。

 イタチもさすがに少し表情を変えてそちらに振り向いた。

 二人同時にその身を固くする。

 大きな木の陰から現れたのは自来也。そしてその少し後ろに、こちらを見据える緋月の姿をした鬼鮫。

 一気に水蓮とイタチの中に緊張が走った。

 「自来也様。その人は?」

 また女性に声をかけて遊んでいたのかと、サクラがきつい視線で自来也をにらみグッとこぶしを握りしめた。

 「いや、違う!違うぞサクラ!」

 慌てて弁解しようとする自来也の声にイタチが声を重ねた。

 「緋月…」

 「ハルトさん。あなたも来ていたんですか」

 「ああ」

 そのやり取りにサクラが「その方もハルトさんのお知り合いだったんですか」と、こぶしを収める。

 イタチがうなづき、鬼鮫が水蓮をジトリとにらむ。

 「あなたは本当に。毎度毎度…」

 さらに細められた瞳に、そしてこの状況に、水蓮は言葉を返せず混乱する。

 

 

 なぜイタチがサクラと共にここにいるのか…

 

 

 なぜ自来也と一緒に鬼鮫がいるのか…

 

 

 なぜこの場にナルトが居合わせてしまったのか…

 

 

 どうしよう…

 

 

 このままこの場でナルトをめぐって戦闘になったら…

 

 ただ事では済まないその状況を想像して、水蓮の表情が強張る。

 それに気づいたイタチがさりげなく水蓮を背に隠す。

 「緋月、どこに行っていたんだ」

 イタチの静かな声に、鬼鮫が答える。

 「水蓮とはぐれた後この方と知り合いましてね。少し話をしていたんですよ」

 「で、わしの連れを探していたら、どうやら一緒にいるようだったんでな。共に来た」

 「探したのはワシじゃ」

 自来也の頭の上でガマガエルが一跳ねし、自来也がニカッと笑う。

 そしてナルトに目を向け、手招きをした。

 「ナルト、早くこっちにこい。すぐに戻れと伝令があったであろう」

 「わかってるってばよ」

 すっと足を踏み出すナルト。

 それに合わせて鬼鮫も自来也の後ろから歩み出た。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 大きく水蓮の鼓動が波打つ。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 二人の歩みに合わせて脈が震える。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 ドクンッ!

 

 

 ドクンッ!

 

 

 幾度目かの胸の音鳴りに、鬼鮫とナルトがその身を重ねる。

 じっと鬼鮫を見つめる水蓮の瞳が怯えをたたえ、不安に揺れる。

 その色を捉え鬼鮫は誰にも気取られぬほど小さく息を吐いた。

 

 

 水蓮が無言で見つめる中、鬼鮫とナルトは目を合わせることもなくそのまま静かにすれ違った。

 

 

 何とも言えぬ表情を浮かべる水蓮に一瞬目をやり、鬼鮫は水蓮を背に隠すようにイタチの隣に並んで立つ。

 水蓮は思わず二人の服をキュッとつかんだ。

 その手の感触に、イタチと鬼鮫は無言であったがほんの少しだけ水蓮に笑みを向け、すぐに前方へと視線を戻す。

 その先で、自来也がナルトの頭にポンッと手を置いた。

 「ナルト、サクラ。お前らは先に戻っておれ。ワシもすぐに行く」

 「んなこと言って、ゆっくり遊ぶつもりじゃねぇだろうな」

 「そうですよ。困ります」

 「エロ仙人を連れて戻らないと綱手のばぁちゃんに殺されるってばよ。オレらだけ先に戻ったら意味ねぇだろ」

 ナルトのその言葉に、彼らは綱手に言われて自来也をこの町に迎えに来たのだと察する。

 「いいから先に帰っておれ。すまんが、ガマ吉さんも一緒に行ってくれ」

 「ん?おう。ええじゃろ。今日はちと時間があるからな」

 ぴょんと跳ねてナルトの頭に乗る。

 それを確認して自来也はガマ吉に一つうなづきサクラに視線を投げる。

 「サクラ、戻ったら渋い茶を用意して待っておれ。とびきり熱いのをな」

 にっと笑った自来也にサクラは何かを言いかけたが、諦めたように息を吐きすぐに「わかりました」と返しナルトの襟首をつかんだ。

 「行くわよ。ナルト」

 「うわっ。サ、サクラちゃん?!」

 サクラに引っ張られふらつくナルト。

 「え?でも…」

 戸惑いながら自来也を見るが、サクラは更にナルトをグイッと引っ張りイタチに笑顔を向けた。

 「ハルトさん。ありがとうございました。失礼します」

 「ああ。オレの方こそありがとう」

 柔らかい笑みを返すイタチにサクラが会釈して地を蹴ろうと力を入れる。

 そんなサクラに引っ張られながらナルトが慌てて水蓮に手を振った。

 「水蓮のねぇちゃん、またな」

 「あ、うん」

 ほんの少し体を開いたイタチと鬼鮫の間から顔をだし、水蓮がナルトに返す。

 「またいつか」

 その一言に色々な思いを込めた。

 それをすべて受け止めたような笑顔で、ナルトは「約束だってばよ!」と一言残し、サクラとともに姿を消した。

 二人が消えたその場所を見つめながら鬼鮫はしばし黙して思案する。

 今後の事を考えれば、ここで自来也を消しておきたい。

 しかし、力をつけたとはいえ自来也相手にまともに動けるとは思えない水蓮を連れての戦闘はリスクが高い。

 

 ここはひいた方が身のためか…

 

 イタチも水蓮も何も言わぬ静寂の中、鬼鮫は静かに言葉を馳せた。

 「我々も行きましょうか」

 その言葉に、ここで争う気はないのだと水蓮がほっと胸をなでおろす。

 「そうだな」

 イタチが続き、鬼鮫が自来也に「では」と小さく会釈した。

 水蓮たちはゆっくりと自来也に背を向け歩き出す。

 

 

 「待て」

 

 

 一歩目が地面につくのと同時に自来也が水蓮たちの歩みを止めた。

 

 寒い季節だというのに、気味の悪い生暖かい風が吹いた。

 

 草木が揺れ、枯れ葉が舞う。

 

 風が流れ消え、シンと痛いほどの静けさが落ちた。

 

 その中に、自来也の声が響く。

 

 「まぁそう急ぐこともなかろう」

 

 明るく陽気な口調。

 

 「こうして会ったのも何かの縁だ」

 

 笑いをも含んだその声が、なぜか空気を緊張させてゆく。

 

 また生ぬるい風が吹いた。

 

 いや、風が生ぬるいのではない。

 

 水蓮は自分の指先が恐ろしく冷たくなっていることに気付いた。

 冬の気温より。夜の風より。体が冷たい。

 実際にはそんなことはないだろう。だが、脳がそう勘違いさせられている。     

 

 恐怖に…

 

 

 「少し話をしようではないか…」

 

 カサリ…

 

 枯れ葉が一枚、地面に乾いた音を立てる。

 

 「のう…」

 

 自来也の声がすっと低く変化した。

 

 「鬼鮫。イタチよ」

 

 

 …キィ…ィン…

 

 

 耳の奥で硬い音が鳴った。

 水蓮以外の3人の身から放たれた殺気がビリビリと空気を震わせ、地に足がついていないような不安定な感覚に襲われる。

 そんな水蓮とは対照的に、しっかりとした動きで鬼鮫とイタチが自来也にゆっくりと振り向いた。

 少し遅れて水蓮も何とか振り返り、二人の服を再びギュッと握りしめる。

 震える水蓮の手の中にしわを寄せるその服は、いつの間にか赤雲ゆれる暁の衣へと戻っていた。

 

 本来の姿に戻ったイタチと鬼鮫に、自来也は笑みを浮かべたまま言葉を向ける。

 「前にも言ったがのぉ。お前らちとワシをなめすぎとらんか?いかに姿を変え気配を殺しても、このワシからはその身を隠せはせんぞ」

 ザッと土を音ならす。

 二人がピクリと肩を揺らし…

 

 キキンッ!

 

 金属音が響いた。

 

 ガガガガッ!

 

 音をたてて数本のクナイが地面に刺さり、イタチがサッと印を組む。

 

 「まぁ待て」

 

 静かな、しかし何者をも従わせるような力ある声。

 イタチは手を止めじっと自来也を見据える。

 「今宵は愛と平和を願い祈る祭りの日だ。無粋な真似はするな」

 ダラリと両手を無警戒にたらし、戦う意思がないことを示す。

 それでも溢れ出る殺気はおさめておらず、水蓮の足が震える。

 「お主らも祭りを楽しみに来たのであろう」

 自来也は「のぉ、鬼鮫」と笑って鬼鮫を見た。

 「ナルトの事を嗅ぎ付けてきたのかと思って探ってみたが、どうやらただ祭りに来ただけのようだ。ならば、ここで無理に争うこともなかろう」

 

 鬼鮫は何も返さず考えをめぐらせる。

 

 こちらの事を探るために酒に誘い、こちらの興味ある話題を引きだして会話で引きつけ、その間にナルトを口寄せ蛙に探させていたということか…

 

 すっかり策にはまってしまった自分に腹が立つと同時に、自来也の考え深い立ち回りに思わず感心する。

 

 おそらく先ほどナルトを連れ帰ったくノ一への言葉も、場を離れさせるための合図であったのだろう。

 そして今あえてこちらの正体を暴き、この手段ではナルトは狙えぬと思い知らせ、それと同時にこちらの足止めをしてあの二人がここから離れるための時間稼ぎをする。

 

 確かに、少しなめていたかもしれない…

 

 思わず感心を重ねてしまい、鬼鮫はそんな自分にやはり腹が立つ。

 

 そしてさらなる事態に気づき、その感情を上乗せする羽目となった。

 

 どうやら本当になめすぎていたようだ…

 

 ため息と共にかすかに戸惑いを見せた鬼鮫に、自来也がニッと笑う。

 「お前たちからすればここでワシを消しておきたい所だろうが、まぁできまい」

 「…………」

 黙ったままの鬼鮫の一歩前に足を歩ませ、イタチが言葉を返す。

 「それはやってみなければ分かりませんよ」

 しかし自来也は余裕ある笑みを浮かべる。

 「やめておけ。そいつはまともに動けん」

 それは『水蓮の事であろう』とイタチは思う。しかしその予想を裏切り、自来也の目は鬼鮫に向けられていた。

 水蓮もそれに気づき鬼鮫に目を向ける。

 鬼鮫は苦笑いを浮かべながらほんの少し手を持ち上げた。

 「面目ない。やられました」

 「やられたって…」

 水蓮が鬼鮫の背から少し顔を出す。

 

 見せられた鬼鮫の手が、かすかに震えていた。

 

 機能を確かめるように握りしめるその動きはぎこちなく、とても印を組めそうにない。

 だが外傷は見当たらない。

 自来也が何か術を放った気配もない。

 「まさか…」

 思い当り水蓮が声を上げた。

 「痺れ薬」

 それに鬼鮫がうなづき、自来也が「ご名答」と笑った。

 「先ほどの…」

 飲み交わした酒に入れられていたのだと気づき、鬼鮫は今日幾度目かのため息を重ねた。

 しかし自来也も同じ酒を飲んでいたにもかかわらず、その症状は見られない。

 

 なぜ…

 

 じっと自来也を見据えて、鬼鮫は自来也が水を飲んでいた光景を思い出す。

 「あれは中和薬でしたか」

 「そういう事だ」

 勝ち誇った声を上げ、自来也は言葉を続ける。

 「本当は毒を入れてやりたかったが、さすがにそれは気づくだろうからな。しかし、ただの痺れ薬ではないぞ。綱手特製の物だ。そう簡単には抜けぬ」

 自来也はほんの少しだけ地面を足の裏でこすり、イタチと視線を交える。

 「さぁどうするイタチ。まともに動けぬ鬼鮫と、経験が足りなさそうなその子を抱えてワシとやるか?」

 ほんの一瞬自来也と目が合い、水蓮が体をびくりと揺らす。

 「暁の一員とあらば、女子供は関係ない。ワシはまずそいつをやるぞ」 

 顎で水蓮を指す。

 すかさず鬼鮫とイタチが体を寄せて改めて水蓮を背で覆い隠す。 

 その動きに自来也はフン…と面白そうに鼻を鳴らした。

 「本当なら、ワシとてお前らをここで消しておきたい。だが、この小さな町でお前らと戦えばいかにこちらが有利とはいえ無害ではすむまい。今ここには他里の忍も数多く来とる。巻き込んで命を奪うようなことがあれば里同士の問題にもなりかねん」

 「だから引けとおっしゃりたいのですか?」

 イタチが静かに問う。

 自来也は無言を返し、鬼鮫とイタチも黙してたたずむ。

 

 しばし3人のにらみ合いが続いた。

 

 それはほんの数秒だったのかもしれない。それでも、水蓮には何時間もの長い時間に感じられた。

 その場を取り巻く緊張がますます高まり行く中、静かなイタチの声が流れた。

 

 「いずれ…」

 

 イタチの体から力が抜け、空気が少しずつ柔らかさを取り戻し始める。

 「いずれナルト君を頂きます」

 その言葉の終わりには、今まであふれかえっていた重い空気がすっかり消え失せていた。

 それと入れ替わりに、恐怖ゆえに今まで聞こえなくなっていた祭りの喧騒が水蓮の耳に突然聞こえ戻った。

 楽しそうな賑わいの音の中、自来也が「お前らにあいつはやらん」と笑い「あいつは強いぞ」と、誇らしげに言った。

 イタチは少し間を置き、目を細めた。

 「彼を手中におさめる事で、我々暁の目的は成される」

 その言葉に、水蓮はどきりとした。

 鬼鮫は気づいていない。だが、おそらく自来也は気づいている。

 イタチの言わんとすること。

 

 

 ナルトを狙うのは、一番最後

 

 

 細い糸を絡ませたその言動をどうとらえたのかは分からないが、自来也は「そうはさせん」とまた笑った。

 

 

 その笑いが風の中に消え、自来也の姿もいつの間にか消えていた。

 

 

 少しの静寂が流れ、始めに声を上げたのは鬼鮫であった。

 「やれやれ…」

 大きく息をひとつ吐く。

 そこに水蓮が言葉をかぶせた。

 「やれやれじゃないでしょ!」

 荒げられた声で詰め寄られ、鬼鮫は少し体を引いた。

 先ほどまでの混乱が収まらず、神経がやや高ぶっているのか水蓮のその声は興奮している。

 「痺れ薬盛られるなんて! バカじゃないの?!」

 「なっ! もとはと言えばあなたが祭りに行きたいと言ったことが事の始まりでしょう!」

 「すすめたのは鬼鮫じゃない!」

 「はぐれたあなたの責任ですよ」

 「さっさと一人で行った鬼鮫が悪いんでしょ!」

 互いにむすっとした顔でにらみ合う。

 と、不意に流れた風の中に酒の香りを感じて水蓮がハッとする。

 「まさか、お酒飲んだの? 自来也と一緒に?」

 「…………」

 さすがに気まずさを感じ、鬼鮫が水蓮に背を向ける。

 その動きに顔をひきつらせ、水蓮は鬼鮫の正面に回り込んだ。

 「そのお酒に薬入れられたの?」

 鬼鮫は無言で顔をそむける。

 「信じられない。相手が誰だかわかってて無防備にお酒飲むなんて。しかも薬まで盛られて…」

 体をわなわなさせて、水蓮はもう一度声を荒げた。

 「バカじゃないの?!」

 「誰に向かって!」

 「騒ぐな」

 言い返そうとした声にイタチが言葉をかぶせた。

 「大きな声を出すな」

 ぴしゃりと放たれたその声に、今度は町の方角から声が聞こえ重なる。

 

 「なんだ?喧嘩か?」

 「面白そうだな」

 

 気配が二つ。こちらに向かってくる。

 水蓮たちは無言で顔を見合わせ、同時に地を蹴った。

 

 

 数分後身を降ろしたのは町へと続く川のかなり上流。

 さすがに人の気配はなく、すでに祭りの賑わいも届かずシンと静まり返っている。

 

 鬼鮫が川の水をすくい上げて口に含み、息をつく。

 「どうだ?」

 「確かに、簡単に抜けそうにはありませんね。でもまぁ、明日の朝には抜けるでしょう」

 「ま、アジトに戻れば薬もあるしね」 

 ようやく気持ちが落ち着いたのか、水蓮はそう言って笑った。

 久しぶりのその笑顔に、イタチと鬼鮫も小さく笑んだ。

 「では戻りますか」

 「そうだな」

 「あ、ちょっと待って」

 帰路につこうとする二人を、しかし水蓮が引きとめた。

 「これ…」

 二人に向かって差し出した手には、先ほどナルトからもらった吊り下げ人形が乗せられていた。

 「買ったんですか?」

 「ううん。もらったの」

 「オレもだ」

 隣でイタチがサクラから受け取った人形を揺らし、鬼鮫が「私もです」と自来也に投げ渡されたそれを取り出した。

 「せっかくだから、ここから流そうよ」

 「そうですね。持っていても仕方ありませんしね」

 水蓮がカバンの中から薬の調合に使っている小さな木の器を取り出した。

 そこに鬼鮫が蝶の形をした人形を入れ、水蓮が鳥の吊り下げ人形を入れる。

 が、イタチは人形を手にしたままなかなか動かなかった。

 「イタチ?」

 名を呼ばれ、イタチは手にした人形からゆっくりと水蓮に視線を動かした。

 そしてしばし見つめてからそっと人形を器に入れた。

 「じゃぁ、流すね」

 川の淵に腰を落とし、水蓮が器の底を水にぬらす。

 そしてそっと鳥の人形を指先で撫で、叶うことを祈り手を離した。

 

 穏やかな川の流れに、木の器がやさしい揺れを見せながら流れてゆく…

 

 

 ゆらり

 

 ゆらり

 

 

 

 蝶には【弟子の独り立ち】

 

 

 ハマグリには【自分だけを愛してほしい】

 

 

 カナリヤには【この世界の平和】

 

 

 

 3つの願いを乗せた小さな器が水面を進む…

 

 

 

 ゆらり

 

 ゆらり

 

 

 ゆらり

 

 ゆらり

 

 

 月の光の中をゆっくりと…


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