いつの日か…   作:かなで☆

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第八章  【深層の願い】

 窓から見える月は満月。辺りに広がる深い闇を静かに照らす。

 深夜の静寂がしん…と落ち、時折風が窓を揺らし音を立て、それに合わせるかのようにイタチが小さくうなされる。

 水蓮はそのたびに頬の汗をそっと拭い、額に乗せたタオルを冷たく絞った物と交換する。

 そのひんやりとした感触に、イタチの表情が少し和らぐ。

 隣のベッドで眠る鬼鮫は、自身が言っていた通りその回復力はすさまじく、イタチに比べるとかなり症状が改善しており、熱もなく、その寝息は穏やかだ。

 一方イタチはかなりの高熱で、火傷がひどく傷むのか、苦しそうに顔をゆがめ時折大きくその体を揺らす。

 水蓮は布団に擦れて外れた包帯を巻きなおしたり、薬を塗りなおしたりと、イタチにつきっきりだった。

 「水蓮、そろそろ休んだほうがいいフニィ。しっかり寝ないとチャクラがもどらないフニィ」

 ヒナが心配して様子をうかがいに来た。

 「うん。ありがとう。でも、もう少しだけ…」

 予想通りの返答に、ヒナはため息をついて静かにその場を後にする。

 

 きちんと休まなければいけないのは分かっている… 

 でも、あと少し。もう少しだけ…

 

 水蓮はそっとイタチの髪を撫でる。目を離すのが恐ろしかった。

 しかし、やはり疲れには勝てず、徐々に水蓮のまぶたが重くなり、その(こうべ)がイタチの眠るベッドの上に静かに落ちた。

 

 

 

 「にいさぁん!」

 遠くのほうから声が聞こえた。かわいらしい男の子の声。

 「こっちだ」

 答えたのはイタチの声。

 辺りが一気に明るくなり、水蓮は自分が森の中にいることに気付く。

 体が少しふわふわとした感覚で現実味がなく、ここが夢の中だとすぐに理解する。

 「サスケ!こっちだ」

 もう一度イタチの声が響く。

 少し離れた場所に忍び装束のイタチと、彼に向かって駆けてくる幼い日のサスケ。

「兄さん、新

 イタチは自分のもとへと駆けてきたサスケを優しく抱き上げて、笑う。

「ああ、いいぞ」

 水蓮はその光景に、違和感を覚えた。

 いつものイタチなら「悪いサスケ…また今度だ」と額を小突く場面だ。

 「修行見てくれるの?」

 「ああ。いっしょにやろう」

 「やったぁ!」

 二人は本当に楽しそうに笑っている。

 

 

 不意に場面が変わり、今度はどうやらイタチの家のようだ。

 「ただいま帰りました」

 笑顔で玄関のドアを開けるイタチ。

 「兄さんおかえり!」

 走り寄るサスケを抱き留め、イタチは優しく頭を撫でる。

 仲の良い二人を、イタチの父と母が柔らかいまなざしで見つめる。

 「お帰り。任務ご苦労だったな」

 「お帰りなさい、イタチ」

 「ただいま。父さん、母さん」

 サスケを抱き上げるイタチを笑顔でむかえ入れ、家族は幸せそうに笑う。

 「イタチ、お前の働きを火影様がずいぶんほめていた。里のために尽くすお前の姿。誇りに思うよ」

 父親がイタチの頭を撫でる。

 「ありがとうございます」

 イタチはなんの警戒もない、素直な笑顔を浮かべる。

 

 

 今度はしばらく時が流れ、少し成長したサスケがアカデミーから走り出てくる。

 「兄さん、迎えに来てくれたんだ?」

 「ああ。ちょうど任務が終わってな。一緒に帰ろう」

 「なぁ、修行つけてくれよ。手裏剣でうまくいかないところがあるんだ」

 「いいぞ。このまま演習場に行くか。とことん付き合ってやる」

 ポンッとサスケの頭に手を置く。

 サスケは満面の笑みでイタチを見上げる。

 

 

 守りたい…

 

 愛おしい…

 

 尊い命…

 

 幸せになってほしい…

 

 そばにいたい…

 

 様々な感情が水蓮の胸に広がり、温かくなる。

 それは、サスケへと向けられたイタチの想い。

 「これって…」

 水蓮はイタチの感情と自分の心が同調していることに気づき、この夢が自分の夢ではなく、イタチが見ている夢だと悟る。

 

 

 場面が小刻みに、次々に変わりだす。

 

 賑やかで楽しげな家族での朝食の風景…

 

 父親に叱られて落ち込むサスケを慰めるイタチ…

 

 母の作るお弁当をこっそりつまみ食いする二人…

 

 アカデミーを卒業するサスケにクナイをプレゼントする…

 

 サスケが中忍になりともに任務に出る…

 

 上忍に昇格したイタチを祝う家族…

 

 里の人々から慕われ頼りにされる兄弟…

 

 

 「これ…」

 イタチの理想…?

 

 繰り広げられるその光景には、いつも家族の…サスケの笑顔がある。

 

 そして場面はかなり時間が進み、やや年を重ねたイタチ。

 アカデミーの屋上に立ち、温かい眼差しで里を見下ろしている。

 その隣には笑顔のサスケ。

 優しく吹き抜ける風にイタチの羽織が揺らめく…

 水蓮は息を飲んだ。

 

 誇らしく、凛々しく、風にはためく羽織の背に【火影】の文字

 

 「イタチ…」

 イタチの理想であろうと思われる夢。

 そこに火影の姿で存在するイタチに胸が苦しくなった。

 

 心が同調している今、分かる。

 イタチは火影に憧れたわけではない。

 里を愛し…里の人々から愛され、必要とされる存在として生きたかったのだ。

 里を守る者として、里に生きることを心の深くで描いて…その想いが、火影という姿になって現れている。

 里を見つめるイタチの優しさに満ちた眼差し。

 水蓮の目から涙があふれた。

 とめどなく溢れる涙でにじむ視界の先でまた時が流れる。

 

 

 同じ場所で、立派な大人へと成長したサスケの姿が見える。

 そのサスケの肩に、イタチが火影の羽織をかける。

 本当に…本当にうれしそうな…誇らしげな顔で火影帽をかぶせる。

 里の人々から歓喜の歓声が上がる。

 

 水蓮の中に、イタチの感情が流れ込んでくる。

 大きな目標を遂げた達成感と幸せにあふれた穏やかな感情…

 

 

 「これがイタチの描く世界…」

 【うちは】という一族の枠を超え、里から必要とされ、里を守る存在。

 里のために、里と共に生き、平和を作る。

 これがうちは一族への、サスケへの、彼の願い。

 

 

 ゆっくりと光があふれ、視界は白一色になり、水蓮は目を覚ました。

 イタチは少し和らいだ表情で眠っている。

 水蓮は小さく震える手でイタチの頬に触れた。

 ぽたぽたと、涙があふれて止まらない。

 

 「誰か…」

 

 声が震える…

 

 「お願い。イタチを里に帰して…」

 

 体が震える…

 

 「全部なかったことにして…」

 

 あまりに辛すぎる…

 

 「全部消して…」

 

 これほどまでに里を…サスケを愛しているのに、その両方から恨まれ、憎まれ、たった一人で戦っている。

 誰にもその思いを、真実を打ち明けることもできず…

 

 「お願い…」

 

 決して叶う事のない願いとわかりながら、水蓮はそう願わずにはいられなかった。


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