いつの日か…   作:かなで☆

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第七十七章【師の語らい】鬼鮫の憂い

 祭りの喧騒を少し離れた小さな神社の中。

 本殿の両脇で煌々と燃える松明の明かりに照らされ、社に続く階段の中腹辺りに二つの影が映し出されていた。

 

 

 

 「それでのぉ、わしのその活躍で事はすべて丸く収まったというわけだ。どうだ、なかなかに面白い話であろう」

 ガハハと豪快に笑って酒をあおったのは3忍の一人と謳われる自来也。

 その隣で女性の姿に変化した鬼鮫が、頬の引きつりを必死に抑えて「そうですね」と愛想笑いを返した。

 「んーんー。そうだろう。すごいだろう」

 

 すごいとは言ってませんがね…

 

 思わず胸中で一言突込み、鬼鮫は顔をそらして先ほどから絶え間なく注がれ続ける酒にちびりと口をつけた。

 

 いつになったら解放されるのか…

 

 先ほど自来也に半ば無理やり連れてこられ、酒の相手をすることおよそ15分。

 まださほど時間を取られてはいないものの、すでに一升瓶の中身は半分を切っており、そのペースの速さと自来也の旅の自慢話に鬼鮫はうんざりしていた。

 

 一体なぜこんなことになってしまったのか…

 

 ふと水蓮の顔が浮かび、もともとの元凶はそこにあると少し苛立ち、酒を一気に流し込んで思わずため息を漏らした。

 

 本当にトラブルを呼ぶ弟子だ…

 

 もう一度、先ほどより深いため息をこぼす。

 

 「ん?どうした。何か悩みでもあるのか?」

 空になった器に再び酒が注がれ、鬼鮫は反射的にそれを受けて一口含む。

 「いえね、弟子が…」

 酒にぬれた口から思わず零れ落ちた言葉にハッとして顔をそむける。

 しかしそれをしっかりととらえた自来也は「ほぉ」と興味深げに笑みを浮かべて自身の酒を飲み干した。

 「お主、弟子がおるのか」

 手酌で継ぐ酒がトクトクと良い音を立てる。

 「ええ。まぁ」

 今更ごまかせまいと鬼鮫はうなづいた。

 「そうか。わしも弟子がおるんだがのぉ」

 クイッと酒を喉に流し、自来也は長い息を吐き出した。

 「どうにも手のかかるやつでなぁ。今まで何人か弟子を持ったがあいつが一番世話が焼ける。ここ最近まで一緒に旅をしながら修行を付けたがまぁ大変だった…」

 鬼鮫の脳裏にナルトが浮かぶ。

 初めて木の葉でナルトを見て以降、そのそばに自来也がずっとついているらしいことをイタチから聞いていた。

 「どんなお弟子さんですか?」

 情報を探ろうと問いかける。

 自来也は、ハハと笑って器の中で揺れる酒を見つめた。

 「猪突猛進。怖い物知らず。そしてうるさい」

 その答えに、自来也の言う弟子はやはりナルトであろうと鬼鮫は確信する。

 「大変そうですね…」

 そう返して酒を飲み、新たに注がれる酒を自然と受ける。

 「まったくだ。わがままで、自分勝手で、未熟なくせに一人前の口をたたきよる」

 どれも水蓮に当てはまるような気がして、鬼鮫は知らぬうちにうなづきを重ねる。

 「その上頑固で、こうと決めたら譲らない。危ないことも平気でやりよる」

 鬼鮫のうなづきは増えてゆく。

 「しかも、なぜかいつもトラブルを呼び込む。難儀な奴だ」

 「全くです」

 完全に水蓮に重なるその言葉の数々に、鬼鮫は思わず感情のこもった強い声とため息を吐き出した。

 それに自来也が一瞬「ん?」と首をかしげたが、鬼鮫の心情を悟ったのかがハハと笑った。

 「なんだ。お主の弟子もそう言う感じか」

 「ええ。そう言う感じです。今もいつの間にかはぐれてしまって…」

 もう一つ息を吐き出した鬼鮫に自来也は「まぁ呑め」と酒をすすめ、空になった器にすぐにまた注ぎ入れ、自身も新たに注ぎ直し、口をつけてフッと笑う。

 「小さい町だ。すぐに見つかるだろう。しかし、弟子はどこでも世話の焼ける物らしいな」

 「そのようですね」

 「だがのぉ…」

 空に輝く星を見上げ自来也は目を細めた。

 「よいところもある。まっすぐで、純粋で、負けず嫌い。自分の大切なものを守るためならどんなに辛いことでもやり遂げる」

 同じように空を見上げ、鬼鮫はそこに水蓮を思い出す。

 「そして、何よりも大切な物をちゃんと持っておる」

 「何よりも大切な物、ですか」

 「うむ。それは」

 グイッと勢いよく酒でのどを潤し、自来也はにっと笑って答えた。

 「何事も決してあきらめないど根性だ」

 「ど根性…」

 「それを持っとるやつは、強い。そう簡単に折れはせん」

 

 術でも実力でもなく根性…

 なんとも不確かな…

 

 鬼鮫はそう思いながらも水蓮が幾度も見せてきたその場面を思い返す。

 

 自身との修行で

 

 任務先で

 

 今までの様々な事を思い出し、始めに自分に向かって修行をつけてほしいと言ってきた時に記憶が遡る。

 

 異端な外見。霧隠れの怪人、尾のない尾獣と言われてきた自分に向かってそんな事を言ってくる人間は今までに一人もいなかった。まして、水蓮はあの時両親を失ってからまだそう経っていなかった。

 そんな状況で指南を受けたいと申し出てきた。しかも、それを拒んでも凄んで見せても、それでも決してひかなかった。

 

 「ど根性、ね」

 

 思わずこぼれた言葉に自来也がフフンと鼻を鳴らした。

 「お主の弟子も持っておるか」

 鬼鮫はほんの少し間を置き「そうですね」と短く答えた。

 自来也は最後の酒を互いの器に少しずつ注ぎ空になった瓶をトン…と小さく音ならして置いた。

 「それで、その弟子がどうかしたのか」

 問われて鬼鮫は酒に口をつける。

 長らく口にしていなかったその味に少し気分が緩んできたのか、言葉が自然と零れ落ちる。

 「どうにも行き詰っているようでしてね。精神的に」 

 ここ最近の水蓮の陰った表情が浮かぶ。

 「その根本に何があるのか、何で解消できるのか…」

 鬼鮫は「厄介ですよ、本当に」と愚痴をこぼした。 

 自来也は顎を軽くなでてしばし思案し「なるほどな」と小さく笑う。

 「それで祭りに来たのか」

 「まぁ、そんなところです」

 「そうか…」

 低い声で答えて、揺れる酒を見つめる鬼鮫の横顔をじっと見る。

 少し鋭さをたたえた真剣な瞳。

 そこに映る、弟子の心鬱に心を砕く鬼鮫の様子にフッと笑みを浮かべる。

 「弟子を持つうえで最も難しいのは、見極めだとワシは思っておる」

 「見極めですか」

 「そうだ」

 うなづいて自来也は再び星を見た。

 「師弟というのは難しい関係だ。親子のようで親子ではない。それ故にどう立ち回り、どう受け止めてやるべきなのか。【時】の見極めが難しい」

 これまでの事を思い出しているのか、自来也は星を見つめながら少し遠い目をする。

 「親、特に母親は子が悩み迷った時、今関わるべきかそれとも突き放す時なのか、それが本能で分かるようだ。まぁ、皆が皆そうではないがの。多くの場合でそうだ。だが、師と弟子はまた別だ。親と子のようにはいかぬ。やはり血のつながり、その身から生んだというのは特別なのであろうな」

 自分の親の事もよく知らぬ鬼鮫には理解のできぬことだが、それでもなぜかそうなのかもしれないと、小さくうなづく。

 「それでも見極めねばならない時が来る。だがそれを間違えると取り返しのつかぬことになる場合もある。こちらとしては慎重にじっくり見極めたいところだが、あちらはそうはいかん。焦り、苛立ち、慢心。そのさまざまな物に追い立てられ、手を離れようとする。なかなかゆっくり考えさせてはくれぬ」

 「あなたはどう見極めるのですか?」

 すでに問うことに何の抵抗もなくなってきた鬼鮫の声が夜の中静かに響く。

 自来也はその言葉を受けてニカッと笑って答えた。

 「勘だ」

 「は?」

 思わず素の感情がそのまま出る。

 「結構重要な判断だと思うんですがね。勘ですか…」

 「考えたところで分からぬ上に、時間も与えてはもらえない。もう勘以外にあるまい」

 豪快な笑いと共に酒を飲み干す。

 「あとは、そうだな。信じる事かのぉ」

 

 根性。勘。信じる。

 

 どうにも自分には縁のない言葉が多く、鬼鮫は奇妙なむずがゆさを感じる。

 「弟子が強さを求め手元を離れようとしたとき、己の勘がそうするべきだと示したのなら、自分と弟子を信じることだ。こいつなら乗り越えて戻ってくるとな」

 「それがもし間違えていたら?」

 自来也はスッと瞳を厳しく色づけ、鬼鮫の目を見つめた。

 「この手で始末をつける」

 グッと握られたこぶしにその意志と覚悟の強さが見え、鬼鮫は喉をごくりと鳴らした。

 その音を隠すように最後の酒を飲み干し、一つ息を吐く。

 「厄介ですね、本当に」

 浮かべた苦笑いに、自来也は何かを思い立ったかのように懐に手を入れた。

 「お主にこれをやる」

 差し出された手の中には蝶の形をした吊り下げ人形。

 「ほれ。受け取れ」

 ポンッと軽く投げられたそれを反射的に受け取る。

 「あなたが流すつもりで買ったんじゃないんですか?」

 紐をつまみ小さく揺らめかせる。

 自来也はその揺れを見ながら「いらなくなった」と笑う。

 「その吊り下げ人形の意味は【蛹から蝶へ。キレイに着飾らせて嫁に出したい親心】だ。弟子が早く独り立ちできるようにと思って買ったんだがな。いらなくなっとった」

 「と言いますと」

 「知らぬ間にしっかり成長しておった」

 嬉しそうに目を細める自来也。鬼鮫も同じように目を細めるがそこには鋭い光が射す。

 

 かなり強くなったという事ですか…

 

 九尾…。ナルトの確保にあまり悠長に構えてはいられない。と、そう考える。

 

 「だからもういらなくなった」

 嬉しさを交えた自来也の声に鬼鮫は思考を切り「そうですか」と笑みを返す。

 「今のお主にはちょうどよいだろう。まだ何も買っておらんのなら受け取れ」

 下手にことわって長引かせたくないと、鬼鮫はうなづき腰につけたポーチにそれをしまった。

 「ありがとうございます」

 「うむ」

 と、まるで自来也のその一言を合図にしたかのように、一匹の蛙がひょこっと姿を現した。

 「おい。見つけたぞ」

 カエルが言葉を発するのを見て、鬼鮫はそれが自来也の口寄せと察する。

 「おお、そうか。やれやれだな」

 自来也が大きくため息を吐きながら立ち上がり「ちと飲みすぎたかのぉ」とつぶやきながら竹水筒を取出し水を飲む。

 「こちらも連れとはぐれていてな。探していたのだ」

 「オレがな」

 自来也のてのひらほどの大きさのガマガエルが跳ねあがり、自来也の肩に乗る。

 「ではいくかのぉ」

 体を一伸びさせる自来也。

 

 どうやらこれで解放されそうだと、鬼鮫は胸中でほっと息をつき借りていた器を自来也に返す。

 

 それが自来也の手におさまったと同時にガマガエルが今度は自来也の頭に飛び乗る。

 「ナルトのやつ、なんかえらい別嬪さんと一緒だったぞ」

 なぜか鬼鮫の胸がぎくりと嫌な音を立てる。

 ナルトの名が出たこと、そして一緒にいるというその存在。

 

 嫌な予感がしますね…

 

 その胸の音と予感を決定づけるようにガマガエルが言葉を続けた。

 「水蓮とか言っとったな」

 「…………」

 思わず声を上げそうになって必死に口をつぐむ。

 

 一緒にいるだけではなく、水蓮と名乗ったとは…。

 うっかりにもほどがある…。

 

 ふつふつと怒りが湧き上がり、目が厳しさを帯びる。

 その様子に自来也が気づき鬼鮫の顔を覗き込む。

 「ん?どうした」

 その問いに鬼鮫はハッと気を取り直して返す。

 「どうやらあなたの連れは私の連れと一緒いるらしい」

 自来也は一瞬きょとんとしたように目を丸め、ハハと笑った。

 「そうか。では一緒に行くか。あぁそうだ、ガマ吉さんサクラに…」

 「あいつにはさっき会うて伝えた。もう向かっとるじゃろうて。なんや、サクラはえらい男前つれとったぞ」

 「あいつら、何をやっとるんだ」

 呆れた口調の自来也に、ガマ吉と呼ばれたカエルは容姿端麗な姿をした鬼鮫をちらりと見て「お主もな」とあきれを返し言葉を続けた。

 「サクラと一緒におった男は確か【ハルト】という名じゃったかな」

 鬼鮫の体がピクリと揺れ、その顔が引きつった。

 それはイタチが若い男性に変化したときの名前。

 同じ名をした他人ならよいが、と空を仰いだその動きの中。ほんの一瞬社の屋根に見えたカラスの姿。

 

 間違いない…。

 

 水蓮が気になり後を追いかけてきたのか…

 

 どちらも世話の焼ける人だ…

 

 肩をも揺らして息を吐き出す。

 「ん?なんだ?」

 再びの自来也の問いに、鬼鮫は苦笑で返した。

 「それもおそらく私の連れです…」

 自来也はまた眼を丸め、同じく苦笑いを返す。 

 「こうも偶然が重なることがあるとはな。不思議な夜だのぉ」

 ガマガエルを頭に乗せたまま自来也は歩き出す。

 「本当に…」

 鬼鮫はもう一度息を吐き出してから続いた。

 

 久方ぶりに飲んだ酒のせいか、それともこの事態のせいか、鬼鮫の足元が少しふらついた。




いつもありがとうございます。

完全に鬼鮫目線は初めてですね~(*^_^*)
今までに【一部だけ】というのはありましたが。
そう言った意味でも、そしてこの組み合わせということも、書いてみたかった部分ではあります。
原作ではほぼ心根を語らなかった鬼鮫…。
どこかでそういう場面を持ちたいな…と考えていたのですが、こういった形で投入させていただきました(*^。^*)

お祭りイベントはあと一話の予定です。
その後はまた少し新たな展開に…なるかな(^v^)

今後もよろしくお願いいたします☆

いつも本当にありがとうございます
(●^o^●)

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