デイダラの治療は困難を極めた。
左腕は止血と消毒。そして応急処置でひと段落をつけ、後から来るという角都に任せることとした。
問題はつぶされた右腕だった。
骨が砕かれ、神経も筋もずたずたでどこから手を付ければよいのかもわからない。
そんな状態で手首から先が無事なのが不思議であった。
「ギリギリ粘土で守った」
水蓮の思考に気付いたのか、デイダラがにっと笑う。
「こいつをやられたらどうにもなんねぇからな」
手のひらの方に視線をむける。
デイダラの術の要であるその手のひらを、彼は必死に守ったのだ。
「治るか?」
少し不安げな表情に、水蓮は正直に「わからない」と答えた。
思い当る術はある。が、使ったことのない物だ。
それでももうそれを試すほかなかった。
「今から使う術はちょっと荒っぽい。かなりの痛みがあるかもしれない」
「わかった」
「それに、本人の体力もかなり消耗するの。今のデイダラにはかなりきついかもしれない」
激しい戦闘のあと。そして大量の出血。
デイダラの体はかなり衰弱している。
それでもほかに方法はないのだと悟り、デイダラはうなづいた。
「どうってことねぇよ。うん」
いつものように、にかっと笑う。
「じゃぁ、はじめるね」
水蓮は鬼鮫を中に呼び、デイダラの体を抑えるよう頼みさっと印を組んでデイダラの左腕に手をかざした。
ぶわぁっ…と水蓮の髪が浮き上がり赤く染まって行く。
「うずまき一族の…」
いつの間にか後ろに来ていたトビが小さくつぶやいたが、水蓮は何も反応を返さぬまま続ける。
水蓮のチャクラに包まれた左腕が外傷を癒しながら少しずつ形を整えだす。
それに伴ってデイダラの顔が歪んでゆく。
「う…くっ」
動く体を鬼鮫が抑え、イタチが目を細めてその様子を見つめる。
「細胞の再生を速めているのか…」
それにうなづく代わりに、水蓮の額から汗が落ちた。
早めるだけではない。破壊されほぼ死滅した細胞を無理やり復活させ元に戻す術。
本人の持つ自己治癒力を強制的に高めるため体力を大きく削り、その負荷による激しい苦痛が伴う。
水蓮の母が使う最も高度な医療忍術であった。
回復にそって元に戻ろうとする細胞や神経、そしてつぶされた骨の動きをチャクラで誘導し、治療する術。
その内容がわからなくとも、水蓮の様子からかなりの集中力とチャクラコントロールが必要である事が感じ取られ、その場にいる誰もが口をつぐみ水蓮に見入っていた。
呼吸のかすかな空気の揺れさえもが許されぬような雰囲気の中、デイダラのうめき声だけが響く。
水蓮の放つチャクラはどんどん強さをまし、それと同時に研ぎ澄まされてゆく。
チャクラの圧に揺れる赤い髪。
かすかな瞬きも見せない真剣な瞳。
足の先から全身へと張り巡らされた集中と緊張感。
今までに見たことのないその姿に、イタチは息を飲んだ。
ランプの薄明かりの中、普段は見せない赤い髪がふわりふわりと揺れ、淡く光るチャクラをまとい輝くその姿はまるで緻密に描かれた絵画のように美しい。
「赤い髪のあーねも、きれいだな」
苦痛に顔をゆがませながら、デイダラが小さく笑んだ。
自分が感じていたものを言葉にされ、イタチがドキリとし、言われた水蓮はきょとんとした。
「な…何言ってるのよこんな時に」
慌てて集中しなおす水蓮。
「集中力きれちゃうでしょ」
再び意識を集め術に集中する。
細い髪の毛ほどの糸の端と端を、寸分狂わずつなぎ合わせるようなその治療は、膨大なチャクラを消費しながら続けられていく。
「あーね。もういい。あーねのチャクラが切れる」
額に汗をびっしりと浮かべ顔色を変え始めた水蓮に、デイダラが言葉を絞り出した。
しかし水蓮は首を横に振った。
「大丈夫。私は大丈夫だから」
ここで手を止めたら、デイダラの腕はおそらく治らない。
それは後に来るサスケとの戦いの事を考えると、その方がいいとも言えるのだろう。
暁の戦力をそぐこともできる。
だが水蓮の頭にはそのどれも浮かばなかった。
ただ目の前にいる傷ついた一人の人を救いたい。その一点だった。
「絶対治すから。絶対に…」
グッと力を入れなおし、チャクラを練る。
「あーね」
つぶやくように言ったデイダラの額にも大粒の汗が浮かんでいる。
その顔色もよくない。
どちらもギリギリの淵に立っていた。
それでも、水蓮は手を止めようとはしなかった。
普通の人相手ならば、ここに来るまでに諦めてしまっていたかもしれない。
それは術を受けている本人にかかる負荷が大きすぎるからだ。
逆に命を削りかねない。
それでも続けたのは、デイダラの自己治癒力の高さを感じての事であった。
チャクラを使って損傷個所の再生を誘導する中で、驚くことに砕かれたデイダラの骨もつぶされた神経や血管も、まるで意志を持っているかのような速さで繋ぎ合わさり始めたのだ。
もしかしたらデイダラが手のひらに持つ特殊な能力と関係があるのかもしれない。
水蓮はその常識から逸した力を感じて『いける』と、そう確信したのだ。
あと少し。もう少し…
最後のギリギリの一滴までチャクラを使い切るつもりで力を注ぐ。
もう少し…
しかし、最後のつもりでチャクラを練ろうとした水蓮の手を、イタチが横からつかんで止めた。
「よせ。これ以上は危険だ」
その声にはっとする。
つかまれた手首にイタチのぬくもりをすぐに感じられなかったことに、水蓮は自分の意識が一瞬飛んでいたことに気付いた。
「……っ!」
その気付きと同時に全身に一気に疲労が襲いかかり、その場に崩れるようにうずくまる。
「水蓮!」
イタチがその体を支え、荒い呼吸に揺れる背をゆっくりと撫でた。
「大丈夫か。ゆっくり呼吸をしろ」
背中に添えられたイタチの手の動きに、呼吸が導かれてゆく。
そうしてゆっくりと呼吸を整え、水蓮は大きく深呼吸をして体を少し起こした。
「だ…大丈夫…」
デイダラに目を向けると、血色の失せた顔で硬く目を閉じていた。
それでも、水蓮は小さくうなづいた。
「大きな損傷はなんとか…。あとはデイダラの治癒力にかけるしかない。でも、多分もう大丈夫」
おそらくデイダラの治癒力なら問題ないだろうと水蓮はほっと息をつく。
「だけど、このままだと体力が戻らない。どこか病院で点滴とか必要だと思う」
「それなら、あてがある」
その声は突然洞窟の入り口から飛び来た。
一同が視線を向けたその先にいたのは角都。
その後ろには飛段もいる。
「古い知り合いに医者がいる。闇だが腕は確かだ」
淡々と話しながらデイダラのもとにしゃがみ込み、デイダラの左腕の包帯を外して様態をさっと見る。
「遅かったじゃないですか~。角都先輩」
トビがその隣にひょいっと近寄る。
「でかい賞金首を狩ってる最中だったんだぞ…」
不機嫌なその様子から、水蓮は途中で中断してこちらに来たのであろうと察する。
そんな水蓮の視線を受けて、角都が口を開いた。
「おい、これは」
「おぉぉぉっ!」
しかし、そんな角都の言葉を飛段の声が遮った。
「これがイタチのとこに入った子かよ」
大きな体を折り曲げ、座ったままの水蓮にずいっと顔を近づける。
「かわいいなー!てか、ちっせー!嬢ちゃん名前は?」
「じょうちゃんって」
言いながら少しのけぞった水蓮に向かって、無造作に大きな手が伸びる。
イタチがピクリと反応し、鬼鮫が飛段のその手を掴み取った。
「なんだよ」
「おすすめしませんよ」
軽く飛段を押し戻し、鬼鮫はいつものように小さく笑った。
「いらぬ恨みを買いますよ」
言われた意味が分からず首をかしげる飛段の隣で、角都が水蓮に言葉を向ける。
「おい女。これはお前がやったのか」
先ほど止血を施した右腕を視線で指す。
「お、女って…」
水蓮は顔をひきつらせながらもうなづく。
角都はそのうなづきを見て「これなら」と満足げにつぶやき、おもむろに切断されたデイダラの腕を手に取り、乱暴に引っ付けた。
「すぐにつくだろう」
その言葉が終わる前に、角都は黒いひもを宙に浮かせてデイダラの腕に突き刺した。
「あ!ちょっ!麻酔…」
「いってぇぇぇぇっ!」
水蓮の静止の声に、気を失っていたデイダラの叫び声が重なり、その声が治まるより早く、腕は縫い付けられていた。
「…うっ…く…」
何が起こったのか理解できず、デイダラは体を丸めてうずくまり、自分の左腕を目に留めてようやく事態を理解し、視線をめぐらせた。
その目が角都を捉え、きつく釣り上る。
「てめぇ…」
「礼はいらんぞ。金を払え」
「んなわけねぇだろうが!うん!…つっ」
声が体に響き、また呻きを上げる。
「うう。ひっついてよかったですね~。先輩!」
うずくまったままのデイダラに歩み寄り、トビがあからさまな芝居で泣きまねをしながらバシィッとデイダラの背中を思いっきりたたいた。
「いっ…てぇっ!つってんだろうが!」
震えながら声を荒げるデイダラに、イタチと鬼鮫のため息が降り落ちた。
「黙れ」
「アジトで騒がないでください」
「ちびっこのくせに声でけぇからな。デイダラちゃんはよぉ」
言葉を連ねた飛段に、デイダラが顔をゆがめながら立ち上がり詰め寄る。
「てめぇ。誰に言ってんだ…」
「ちょっとデイダラ…、そんなに騒いだら…」
水蓮の言葉を途中に、デイダラの体からフッと力が抜けそのまま崩れ落ちた。
「デイダラ!」
「あらら。さすがに死にかけですね。血が足りないって感じですかね~」
地面に落ち行くその体をトビがさっと受け止めて、軽々と担ぎ上げる。
「んじゃ~、行きましょうか。その闇医者の所に」
「ああ。ここから割と近い」
角都が先導し、トビと飛段がそれに続く。
「やっと静かになりますね」
ため息をつく鬼鮫の隣でイタチがうなづき、水蓮が小さく笑う。
そんな水蓮たちにトビがふいに振り返った。
「水蓮ちゃーん。またね~」
ぶんぶんと大きく手を振る。
水蓮は複雑な心境でひきつった笑みを返した。
そんな水蓮の前にイタチがすっと身をだし「さっさと行け」とトビを追い立てる。
「はいはい。わかりましたよ。つめたいなぁ…相変わらず」
ぶつぶつと文句を言いながら出て行くトビの肩の上でデイダラの体が揺れた。
美しい金色の髪の間から見えるその顔は、どことなく寂しげに見えた。