いつの日か…   作:かなで☆

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第七十章 【消え逝く…】

 3日3晩。イタチと鬼鮫は尾獣の封印のため不眠不休でチャクラを送り続け、4日目の朝封印を終えた。

 

 

 「少し休む」

 「そうですね」

 すべてを終えてからすぐに食事をとり、さすがの鬼鮫もイタチに続いて横になった。

 「水蓮。もうしばらく頼みますよ」

 ひらひらと手を振り鬼鮫が目を閉じる。

 すぐに聞こえる寝息。チャクラ量の多い鬼鮫ですらこの疲れようだ。

 イタチはさらに疲労しているだろう。

 ちらりと向けた視線の先で、寝入りそうなまなざしを浮かべたイタチの手がほんの少し持ち上げられたように見えた。

 自分を呼ぶようなそのしぐさが気のせいではないと感じ取り、水蓮は目を閉じたイタチのそばに座ってその手をそっと包んだ。

 ピクリとイタチの体が揺れ、薄く瞼が開かれる。

 その奥に見える赤い色に、水蓮は優しい笑みを向けてチャクラを注いだ。

 「私はまだ大丈夫だから」

 何かを言いかけたイタチの言葉をさえぎり、疲労の浮かぶ頬にかかる黒髪をすくい流す。

 頬にかすかに触れた水蓮の指の感触が心地よく、イタチは小さく笑んで目を閉じた。

 すっかり日が昇っているものの、日当たりのよくない位置にある洞窟は少しうす暗く、思わず落ち込みそうになる気持ちを水蓮は必死に持ち上げた。

 

 今頃サソリとデイダラが木の葉のチームと戦っているのだろう…

 

 外へと視線を向ける。

 

 この事態がどう動くかで、その後の事が分かる…。

 

 水蓮はそう感じていた。

 

 すべてが原作通りに動くのか。それとも…

 

 イタチの手を握る手に力が入る。

 

 もしも、違う未来があるのなら…

 別の道があるのなら…

 

 デイダラが怪我を癒しに、サソリと一緒にここへ来るはずだ。

 

 もしくは怪我も何もなく、二人とも来ない。

 

 

 まるで祈るように、水蓮はイタチの手を両手で包み込む。

 だが、その祈りは届かなかった。

 

 

 数時間後、水蓮の感知能力にしっかりととらえられたのは、弱まったデイダラのチャクラと、共にこちらへと向かい来るトビのチャクラであった。

 

 やはり未来は変えられない…

 

 水蓮のほほに一粒の涙が走った。

 その涙がイタチのほほに落ち、静かに赤い瞳が開かれた。

 「水蓮?」

 ゆっくりと体を起こすイタチの気配に鬼鮫も続き「こっちに来ますね」とつぶやいた。

 すでにイタチもその気配を捉え、感づいている。

 デイダラのチャクラの弱まりと、そのそばにいるもう一つのチャクラ。

 珍しいその組み合わせが意味することを。

 「彼は戻りませんでしたか」

 鬼鮫がそれを裏付け、イタチもうなづいた。

 それからほどなくして、デイダラの鳥がアジトの入り口に降り立ち、トビがデイダラを抱えて飛び跳ねながら入ってきた。

 「すいまっせーん!けが人でーす」

 

 ドサッ!

 

 水蓮が準備していた毛布の上に、まるで放り投げるようにトビがデイダラを降ろした。

 「いってー!トビ!何すんだてめぇっ!」

 たまらずデイダラが体を折り曲げて声を荒げた。

 見る限り、原作の通り両腕を負傷している。

 「先輩だぞ!丁重に扱え!ばかやろう!」

 しかし、自分のその声が体に響き、うずくまって体をプルプルと震わせる。

 「あ!すんませーん。そうですよね。木の葉にまんまとやられてボロボロですもんね。痛いっすよね。申し訳ありませんでしたー」

 完全にバカにした態度で頭を下げる。

 「な!誰がぼろぼろだ!こんなのまったく平気だ!うん!」

 あからさまな強がりを放ち、器用に勢いをつけて飛び起きる。

 「…うっ!」

 だが、立ち上がった衝撃に明らか顔をゆがめ、デイダラはぐらりと体を揺らめかせた。

 「あぶない!」

 水蓮が思わず受け止めようと両手を広げて身を寄せる。

 が、その腕の中に倒れこむ寸前でデイダラの体が止まった。

 「え?」

 「ん?」

 中途半端に体を斜めにとどめるデイダラのその後ろ。

 イタチがデイダラの外套を引っ張っていた。

 「大人しくしろ。死にたいのか」

 

 ドサリ…

 

 先ほどよりは若干丁重とは言え、やはり音を立てて毛布に放られ、デイダラはまた体を曲げて呻いた。

 「うっ…くっ。イタチ…てめぇ…覚えてろよ」

 睨みあげるデイダラの視線を軽く受け流し、イタチは冷めた口調で言い放つ。

 「死にたいのか」

 再び言われたその言葉に、デイダラはようやく口をつぐんだ。

 声を荒げる元気があるように見える。

 それでも、荒っぽく止血された腕からはかなりの血がにじみ出て、黒い外套を血の色でさらに黒く染めていた。

 「服、切るね」

 ようやく治療の雰囲気になり、水蓮がクナイでデイダラの外套を切りさく。

 「……っ」

 思わず目をそらしそうになる。

 右腕は肩の少し下から手首までがつぶされており、左腕はひじの少し上から切断されている。

 イタチや鬼鮫がこういった大きなけがを負わないゆえに、ここまでの外傷は初めて見る。

 水蓮の手が少し震えた。

 それでも、痛みに顔をゆがめて冷や汗を浮かべるデイダラの表情に気持ちが引き締まる。

 きっちりと止血し直し、消毒液を手に取る。

 「サソリはどうした」

 水蓮の背後からイタチが確認を兼ねて静かな声で問う。

 デイダラは少し間をおいてからそっけなく「死んだみてぇだな」と一言返した。

 それはひどく他人行儀で冷たい響き。

 しかし水蓮はデイダラのほんの少しの体の震えを捉えていた。

 それは体の痛みからではない。

 「しばらく外に出ててもらってもいいかな」

 デイダラに目を向けたままその場にいる面々に言う。

 「集中したいから」

 それをどうとらえたのかは分からないが、イタチはすぐに「わかった」とうなづいてその場を離れ、鬼鮫も「行きますよ」とトビを促した。

 「えー。消毒やら何やらでもだえるデイダラ先輩を見たかったのに~」

 「いいから早く出て行って」

 「ひどい!ボク先輩なのに」

 ぴしゃりと放たれた水蓮の言葉にトビが大げさに反応する。

 そんなトビの首根っこをつかみ、鬼鮫が外へ足を向けた。

 「行きますよ」

 「ちょっと鬼鮫先輩!く、苦し…」

 そうして場が静かになり、水蓮は顔をそむけたまま黙るデイダラを見つめ、切断された左腕におもむろに消毒液をぶちまけた。

 「いっ!…てぇ…」

 突然の刺激に大声を上げそうになりつつも必死にそれをこらえ、デイダラは少し目を潤ませながら水蓮を見上げた。

 「あ…あーね。荒っぽいな、うん」

 「ごめんごめん。手が滑ったのよ」

 「いや、そんなレベルじゃ…」

 その言葉が途中で消える。

 「あーね。泣いてんのか?」

 水蓮はにじみ出た涙をグイッと拭った。

 

 サソリとのかかわりは多くはなかった。それでも、決して少ないわけでもない。

 だが、彼は暁の一員で仲間ではない。

 かといってやはりまったく何も感じないほど非情にもなれない。

 

 その複雑な心境が涙を呼んだ。

 デイダラのかすかな感情の揺れも、それを誘った。

 

 「この薬しみるでしょ…」

 

 デイダラは無言で水蓮を見つめ、少しの間をおいて「そうだな」と小さく返した。

 「目にもしみるのよ」

 ポロリと水蓮の目から一粒涙が落ちた。

 デイダラは、ゆっくりと目を閉じて本当に一瞬だけ笑った。

 「そうだな、うん」

 また小さくつぶやいて、デイダラがスッと顔をそむける。

 「芸術は永遠の美だってうるさかった」

 「そっか」

 「芸術は一瞬の美だぜ。うん」

 「そう」

 「おいらの勝ちだな。永遠なんてない」

 デイダラの体から力が抜けてゆく。

 

 デイダラの言うように、命に永遠はない。

 命を芸術としてとらえるのなら、確かにデイダラの勝ちだろう。

 だが、サソリは死んでその存在を、魂をデイダラの中に残した。

 永遠に。

 

 「いや…」

 

 小さな小さな声だった。

 

 「旦那の勝ち逃げだな、うん」

 

 デイダラとサソリも、イタチと鬼鮫同様、仲間という言葉ではくくれないだろう。

 特に仲が良かったわけでもない。

 だが水蓮は二人を見て感じていた。

 互いに認め合っている事を。

 

 一瞬と永遠。

 

 二人の求める物は真逆で、少しも交わらない。

 それでも、そこには確かに互いを求めあい、高め合う何かがあった。

 

 「むかつくぜ、うん」

 

 

 ポタ…

 

 

 どちらの瞳からこぼれたものか。

 

 

 冷たい地面に敷かれた毛布に、小さな雫が切なげな模様を広げた。


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