いつの日か…   作:かなで☆

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第六十八章【終わりの始まり】

 本格的な冬が始まり、吹き流れる風は厳しさを増した。

 水蓮がこの世界に来てから二年と数か月。3度目の冬。

 この冬が最も厳しく感じられ、水蓮は空を見上げた。

 まるでそれを待っていたかのように、空から白い雪が舞い降りた。

 「初雪だな」

 隣で同じように空を見上げていたイタチがつぶやいた。

 「うん」

 一年前の初雪は、それぞれ別の場所で見た事を思い出す。

 あの時は、想いを通じ合わせた後に襲い来た不安と恐怖に襲われ、互いに少し距離ができていた。

 思い出を作ることを避け、初雪を一緒に見なくてよかったのだとどちらもそう思っていた。

 だが、今こうして隣に立ち並び、優しく降り落ちる雪を一緒に見ることができて、二人は幸せだとそう感じていた。

 「お前と見れてよかった」

 「私も、イタチと一緒に見れてよかった」

 自然と手をつなぎゆっくりと歩きだす。

 

 

 

 天隠れの里の1件から1か月が過ぎた。

 あの後、変わらずイタチと鬼鮫は幾度かの任務に出向き忙しくしていたが、数日前に組織から1週間の休暇が与えられ、水蓮とイタチは久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていた。

 だが鬼鮫は休暇の連絡を受けてからすぐに情報収集に行くと二人のもとから離れた。

 それから一度も戻らないままだ。

 出かける前に、鬼鮫は尾獣について水蓮に説明をしてきた。

 組織がその力を集めている事や、メンバーそれぞれがノルマを課せられて動いていることも。

 自分が出向く情報収集はほとんどがそれのためだと、そう話してアジトを発った。

 「鬼鮫って、案外まじめだよね」

 「そうだな」

 肩に雪を乗せながら二人は足を進ませる。

 向かう先は、ひと月前に水蓮が小南と訪れていたあの町だ。

 あの時薬屋で小南が話していた竹藪があった場所を調べに来たのだ。

 

 町の入り口がかすかに見える場所で立ち止まり、水蓮がじっとそちらを見つめる。

 つい最近の話なのに、なぜか随分と昔の事のように感じる。

 脳裏にイナホの顔が浮かぶが、もう会うことはできない。

 「行くぞ」

 水蓮の胸中に浮かんだ寂しさを察してか、イタチが手をキュッと強く握った。

 「うん」

 二人は町のはずれにある山へと向かって歩き出す。

 30分ほど歩き、小南から聞いていた場所へと向かって山に足を踏み入れると、そこには小南が言っていたように、確かに戦に巻き込まれた跡があった。

 

 焼け焦げて朽ちたのであろう木の残骸。

 草も花も生えずに不規則に土をむき出しにした大地。

 大きく切り崩された不自然な崖。

 

 おそらく10年は経っているであろう過去の惨事が残した爪痕は、いまだに痛みをその場にあらわにしていた。

 小南が「焼き払われてしまった」と話しながら浮かべた寂しげな表情が浮かんだ。

 「一緒に修行してた人が好きな場所だったんだって」

 共に過ごす中で小南が言った言葉。

 「そうか…」

 思うところがあるのか、イタチは何かを含ませた口調で返した。

 

 

 

 奥へと足を進めるにつれて空気は冷え、今はほとんどだれも足を踏み入れてない様子の山は、さみしさを一際大きくする。

 

 サク…サク…と、枯れ葉を踏みしめる音だけが響く中、二人の気配を感じて近くの木から鳥がはばたいた。

 その羽ばたきに視線を向けた水蓮の目に、不思議な光景が映る。

 山道から外れた木々の立ち並ぶその場所…。

 ところどころに石が積み上げられていたのだ。

 それがなんなのか、予想はついた。

 いくつ目かの積み上げの前に、錆びて色をかえたクナイが突き立てられていて、水蓮はやはりそうなのだと自然と足を止めた。

 「この場で散った忍の弔いだ」

 イタチが静かな瞳でじっとクナイを見つめる。

 

 風が吹き、クナイの端に結ばれていたひもが揺れた。

 

 かろうじて残っていた細く短いその紐の揺らぎが、何かを訴えかけてくるようで水蓮は胸が苦しくなった。

 「進むぞ」

 やさしく手を引き、イタチが先へと導く。

 

 どれほど歩いただろうか、山の頂上付近でイタチが足を止めた。

 道の右側。やや傾斜のある山壁の向こう側へと視線を向けている。

 同じように水蓮もそちらを見て息を飲んだ。

 倒れた巨木や大きな岩、ようやく高さを身に着けだした木々の間に、何もない空間が見えていた。

 

 そこには何か不思議な空気が漂っていて、水蓮の鼓動が波打った。

 「イタチ…」

 「ああ」

 イタチも何かを感じているのか、つながれた手に力が入った。

 傾斜を超え、その場所へと道なき足場を進む。

 その足音に、水の流れる音が重なった。

 「小川…」

 水蓮のつぶやきにイタチがうなづく。

 ほんの数分歩き、二人はその場所に足を踏み入れた。

 かなり広い空間。大地には何も生えておらず、むき出しになった地面が楕円形のサークルを作り出していた。

 明らかに不自然なそれは、戦で焼かれたというよりは人為的に作られた感じだ。

 「ここに陣を引くために、薬品で植物を除去したのかもしれないな」

 つないでいた手を離し、イタチはその場に腰をかがめ地面に手を触れた。

 そしてあたりを少し歩いて様子を確かめる。それに水蓮も続く。

 「書かれていた手がかりに合う物は小川以外にはないな…。だが…」

 イタチと水蓮の視線が交わる。

 

 あたりには一本も竹はない。

 小川は流れているが、イタチの言うように他の手がかりに合う物もない。

 

 それでも、二人は感じていた。

 

 「なんだろう。すごく」

 

 「懐かしい…」

 

 二人がそうつぶやいた瞬間。

 強い風が吹き流れた。

 

 ざぁぁぁっ!

 

 周りの木々を揺らす音が響き、砂ぼこりが舞い上がった。

 

 「…っ」

 「水蓮!」

 

 キュッと目を閉じて身を縮めた水蓮をイタチが抱きよせ、自身も目を閉じた。

 

 

 吹き荒れる風…

 

 その中に、ザザザァッ…と細い小さな葉を揺らす音が聞こえ、少し勢いを落とした風に、ふわりと竹の香りが混ざる。

 

 

 「え?」

 「これは…」

 

 

 硬く目を閉じたままの二人の脳裏に緑の景色が広がった。

 

 美しい竹が立ち並ぶ光景が…

 

 それはほんの一瞬だった。

 だが、それがかつてのこの場所の姿なのだと、二人にはわかった。

 

 静かに風が消えてゆき、水蓮とイタチは目を開ける。

 そこには先ほどの光景はなく、たださみしい大地が広がるのみ。

 

 

 言葉が出なかった…

 

 

 水蓮もイタチも先ほどの光景を思い返し、ただ立ち尽くしていた。

 

 初めて見たはずのその光景は、なぜか見覚えがあり、自分たちを待っていたような…不思議な感覚。

 

 

 ポタ…

 

 

 水蓮の瞳から涙がこぼれ、大地に音を立てた。

 「水蓮…」

 名を呼ばれて初めて自分の涙に気づき、水蓮は慌ててぬぐった。

 しかし、次から次へと溢れて止まらない。

 「勝手に…」

 「大丈夫か」

 意思とは関係なくあふれるその涙をイタチがぬぐう。

 「見えたのか?」

 「イタチも?」

 数秒言葉なく見つめ合い、二人はうなづき合う。

 「ここだ」

 「うん」

 二人は確信していた。

 探し求めていた場所がここなのだと…。

 

 十拳剣は…ここにある。

 

 止まらぬ涙を拭いつつ、水蓮はその場に姿勢を落とし地面に手をついた。

 ちょうど空間の中心。

 チャクラを流すと、反応は示さないものの確かに何かを感じる。

 その様子を見つつ、イタチも静かに身をおろし、水蓮の手に自分の手を重ねた。

 大きなその手から大地へとチャクラが流されてゆく。

 二人のチャクラの合わさりを得て、そこにふわりと術式が浮かび上がった。

 「わかるか?」

 やさしいイタチの声に水蓮はうなづく。

 「壁画にかけられていたのと同じ術だ」

 水蓮はもう一度うなづいた。

 「やっと見つけた」

 イタチのその呟きは、ほっとしたような…それでいて悲しげな声だった。

 「水蓮」

 流していたチャクラを止め、イタチがすっと立ち上がった。

 水蓮もそれに続き立ち上がる。

 「十拳剣は3つに分けて封じられている。そのすべてを集めるまでにどれほどの時間を有するのか、まったく見当がつかない」

 「うん」

 「組織の動きが活発な今は、まだ動けない。期を待つ」

 真剣な表情でそう述べたイタチに水蓮は強くうなづいた。

 イタチはようやく止まった水蓮の涙の跡をそっとぬぐって抱き寄せた。

 

 二人の胸中には、言い表せない感情が揺らいでいた。

 

 

 

 うちは一族とうずまき一族が命と共に繋ぎ守り抜いてきたもの。

 

 

 

 そこに二人はたどり着いた。

 

 

 

 細い糸をたどって…

 

 

 

 イタチが探し求めていたものを、ようやく見つけた。

 

 

 

 出会うはずのなかった二人が出会い、継がれることのなかったであろうことが受け継がれ、二人はたどり着いたのだ。

 

 

 喜ぶべき事なのだろう。

 

 

 だが、それは水蓮に悲しみをもたらした…。

 

 

 そしてイタチに、切なさをもたらした…。

 

 

 

 二人は何も言えぬまま互いを強く抱きしめる。

 

 止まったはずの涙が、水蓮の瞳からまたあふれ出した…

 

 

 

 終わりへの道が…始まった…


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