「今、里の忍は大半が出払っている」
「何でも急な仕事が入ったとか…。まぁ、実際は別の場所で作戦会議といったところでしょう」
連れ去られてきた人たちが幽閉されているという建物までの道すがら、イタチと鬼鮫の話を聞き水蓮はあたりを軽く見まわした。
建物の陰に隠れて移動してはいるが、先ほど同様人通りはほとんどない。
これなら、案外すんなりとイナホの母親を救出できるかもしれない…
しかし、やはりそう思い通りにはいかなかった。
暁への対抗手段である血継限界。厳重に警備が固められていた。
入口には見張りが4人。
鬼鮫の調べによれば、扉を開けてすぐのところにも4人いるらしく、容易に中に入れそうにない。
「先生…」
状況に不安を感じてイナホが水蓮の手を握る。
水蓮はその手をしっかりと握り返して微笑んだ。
「大丈夫よ」
とはいえ、とにかく騒ぎを起こしたくはない。
捕えられた血継限界の持ち主は、鬼鮫とイタチが把握しているだけでも8人はいるとのこと。
それより多いかもしれない人数を里から連れ出さねばならない。
たとえ個々の力が強くとも、その能力もはっきりとわからず、連携が取れるような状況でもない。
退却の事を考えると、騒ぎにせず、速やかに救出して里から出る必要があるのだ。
戦闘になれば、イナホを危険にさらす。
それは何があっても避けたかった。
幸いにも、すでに出口では水蓮の影分身が退路を確保している。
問題はどうやって中に入るか…。
コクリと小さく水蓮の喉が鳴った。
「どうするの?」
小南の問いかけを受け、鬼鮫が水蓮に目を向ける。
「時間は?」
「あと7時間くらい」
「急ぎ目にやりますか」
鬼鮫の言葉を合図に水蓮がカバンから香炉を取り出す。
「意識は落とすな」
静かなイタチの声を聞きつつ、手早く熱を起こして粉末の薬を焚き、煙をたたせる。
すぐさま印を組んで風を生み、煙を見張りの忍へと向かわせる。
煙は空気に溶け色を消したが、決して少なくはない異臭が漂い、見張りの4人が異変に気付く。
「おい」
「なんか匂いが…」
あとの二人は言葉を発する間もなかった。
4人は瞳をうつろに色変え、その場にゆっくりと座り込んだ。
それを確認し、水蓮は風を強く吹かせて空気中に残る効力を吹き飛ばす。
「何の薬品?」
作業を終えて一つ息をつく水蓮を見つめ、小南が目を細めた。
「麻酔の一種です。調合の加減によって意識の保ち方を調整できるんです。本来は意識をしっかり保ちつつ、痛覚だけをマヒさせるための物です。緊急事態に自分で治療できるように」
「なるほど」
「まったく恐ろしいですよ。この人の作る物は」
冗談交じりに鬼鮫が肩をすくめる。
「機嫌を損ねたら何を飲まされるかわからない」
「今度試しにご飯に入れようか?」
そんなことをするつもりは毛頭ないが、たとえそうしても、鬼鮫や暁にいるメンバーには到底通用しないだろう。
口にする前に異変に気付くか、デイダラに関して言えば、何の問題も起こらず完食しそうだ。
「私を怒らせると怖いんだから。ね?イナホ」
水蓮はイナホに一瞬目配せをし、鬼鮫に香炉を近づけた。
すでに蓋をし、効力をしっかりとさえぎってはいるが、鬼鮫はわざと体をそらして「遠慮しておきます」と顔をひきつらせた。
そのやり取りにイナホが「フフ」と小さく笑みをこぼした。
「確か水蓮に教えを受けていたな」
イタチの言葉にイナホはコクンと首を振る。
「こういう恐ろしいところは見習うな」
一瞬きょとんとしたイナホは、思わずプッ…と吹き出した。
「ちょっと。イタチまで…」
ジトリと鬼鮫とイタチをにらむ。
そんな3人のやりとりにイナホはずいぶんと緊張がほぐれたようだった。
その様子に水蓮たちはうなづき合う。
強張った状態のイナホを連れて動くにはリスクが大きい。
3人はそう考えて時間を取ったのだ。
それを察した小南は意外な心境でイタチと鬼鮫を見つめていた。
いざとなれば捨て置けばいい…
ちらりとイナホを見る。
血継限界の者たちにしてもそうだ。
確かに恩を売っておくのは組織に損はない。救出までの動きを見ることで水蓮の力も見定められる。
だが、それは重要事項ではない。
この里は殲滅する。
暁に楯突けば滅びる。
他への見せしめのためにも必要な「裁き」。
それこそが最大の目的。
その妨げになるようならイナホも、その母も他の者も捨てればいい。
そう考えれば、あえてイナホの心情などほぐす必要はない。
それでも、イタチと鬼鮫は水蓮のその意向をくみ取ったのだ。
イナホのためではない。水蓮のために。
なぜ…
「行くぞ」
イタチの声に小南の意識が思考の中から引き戻された。
うつろになった見張りにイタチが幻術をかけ、意のままに操り何もなかったかのように見張りに立たせる。
「行くぞ」
両開きの扉。
右にイタチ。左側に水蓮が手をかけた。
そして鬼鮫が扉の正面に立つ。
扉の向こうにいる見張りには、屋内に薬品が残ってしまうため先ほどの手は使えない。
ここは鬼鮫が先頭。
全員が無言でうなづく。
鬼鮫の印の組み終わりを合図に、イタチと水蓮が勢いよく扉を開いた。
「なんだ!」
「お前…」
驚き慌てるその声に、鬼鮫の声が重なる。
「水牢の術!」
ざぁっ!
さだめきが鳴り響き、集まり球体となった水が見張りの忍たちを飲み込んだ。
すかさずイタチが幻術をかけてゆく。
水蓮はその背に手を当て、チャクラを流し込んで同時に回復を施す。
先ほどの建物にかけていた幻術と結界はすでに解いたとはいえ、かなりのチャクラを使っている。
それに加えて一気に8人への幻術。
力を加減していたとしても、イタチの体への負担が多きすぎる。
それでもほとんど表情には出さないイタチの背は、大きく、頼りがいを感じる。
しかしそれと同時に、すべてを背負っていることを改めて感じさせられ、水蓮は胸の奥が痛んだ。
こうした回復は初めてだが、一度の幻術でのチャクラ消費は思っていたより大きい。
自身の手から流れてゆくチャクラの量と勢いに、水蓮はゴクリと喉を鳴らした。
こんなにも消費していたなんて…
想像をはるかに超えるチャクラ消費量。
こちらから送り込まずとも、まるで吸い取られていくかのようにチャクラが流れ出てゆく。
「水蓮。もういい」
「でも…」
水蓮の手から逃れるようにイタチは体を返して笑った。
「あまり消費すると、お前の影分身が消える。退路が断たれる」
確かに、その心配はある。
水蓮自身もすでにかなりのチャクラを消費している。
「行くぞ」
水蓮は何も言えず、ただ小さくうなづいた。
少し足を速めて奥へと進む。
途中見張りはおらず、いくつ目かのドアの前で鬼鮫が立ちどまった。
鬼鮫の目配せにうなづき、イタチが瞳を凝らしてチャクラを読みさぐる。
「ここに間違いなさそうだ。見張りは2人いるな」
「イタチ。気絶させてどこかに…」
これ以上の負担は…との言葉に、しかしイタチは首を横に振った。
「退却している途中に誰かがそれに気づいたら策を練った意味がない」
「だけど…」
「心配するな。大丈夫だ」
ポン…と頭にやさしく手を乗せられ、水蓮は口をつぐんだ。
ここでこうして話をしている時間すら惜しいのだ。
「鬼鮫」
「はいはい」
先ほどと同じ手順で鬼鮫が水牢の術を発動し、イタチが見張りを幻術に陥れる。
それは1分足らずの出来事だった。
事が済んだことを察して水蓮達が中に踏み入る。
薄暗い部屋の奥に牢があり、何人もの人が同じ場所に閉じ込められていた。
老若男女。その言葉通りに、様々な年齢の人。
「お母さん!」
身を寄せ合うその人影の中に母親の姿を見つけて、イナホが牢に駆け寄った。
一番手前に座り込んでいた青い髪の女性がイナホの姿を捉えて、少し目じりの下がった優しい印象の目を見開く。
「イナホ!」
「お母さん!」
駆け寄る勢いをそのままに、イナホは牢の中の母親に向かって手を伸ばした。
しかし、そんなイナホの体をイタチが寸前で抱き上げた。
「まて。触るな」
「…え?」
抱えられた姿勢のままイナホはイタチを見上げ、すぐに母親に視線を戻しハッとする。
鉄格子が薄く光を帯びていたのだ。
水蓮と小南も歩み寄りじっと観察する。
「結界…」
「そのようね」
「ずいぶん厳重に張られているようですね」
「ああ」
鬼鮫とイタチも術を確認し、一同が横並びに牢の前に立った。
中に閉じ込められている人たちが状況を把握できずに体を硬くする。
「あの、あなたたちは…?」
イナホの母親が不安と期待を入り交えた表情で問う。
それに小南が静かな声で答えた。
「私たちは…暁よ」
小南の衣の上で赤い雲が揺れた。
「暁…」
イナホの母に続いて中の数人も同じようにぽつりとその名をつぶやく。
どうやらその存在を知る者はいないようであったが、それぞれに暁の名を刻み込んだ様子に小南はうなづいた。
「ここから助ける」
低く、感情の見えないその言葉。
それでも牢の中には安堵と歓喜の息が広がった。
「全部で12人か」
中の人数を確認してイタチが顔をしかめる。
「よくまぁこれだけの血継限界を集めたものですね…」
「どこかに大きな情報網を持っているようね」
鬼鮫と小南の厳しい目つきが、この里の危険性をあらわしている。
瞳に浮かべたその厳しさを消さぬまま、小南がすっと手を牢に近づけ、チャクラを流して結界を確かめる。
その隣で水蓮も浮かんだ術式をじっと見定める。
「わかる?」
手元を見つめたままの小南の問いに、水蓮は術式の細部までをしっかりと確かめてからうなづいた。
「はい」
水蓮はさっと印を組み、タン…と鉄格子に手をつく。
「解!」
ぶわぁっ…と風と光が広がり、術が解除されてゆく。
そのおさまりと同時に水蓮は息を一つ吐き出す。
「もう大丈夫よ」
イナホに笑顔を向けると、イナホははじかれたように母親に手を伸ばした。
「お母さん…」
「イナホ…。こんなところまで…あなたって子は…」
格子をはさんでギュッと抱き合う。
その光景に思わず少し顔がほころぶ。
が、まだまだ油断はできない。ここからが本番なのだ。
「水蓮。あと何体影分身を出せる」
イタチの声に水蓮は自身のチャクラを確認する。
「あと2体なら何とか…」
「私は5体ですね」
続いた鬼鮫にイタチが目を細める。
「お前、もう少し出せるだろう」
「私は昨日一人で戦闘に参加してるんですよ。わざとデータを取らせるためにかなり派手にやったんで、チャクラの戻りが遅いんですよ」
肩をすくめる鬼鮫をイタチはジトリとにらみつけた。
しばしの沈黙ののち、鬼鮫が大きく息を吐き「わかりましたよ。6体出しますよ」と不満げに印を組み影分身を作った。
その様子にイタチがフッと小さく笑い、影分身を4体生み出す。
「水蓮」
意図をくみ取り水蓮が印を組む。
しかしその手を小南がとめた。
「私がやるわ」
「え?」
「あなたはイタチの回復のためにチャクラを温存しておきなさい。
敵に遭遇したとき、イタチの幻術が最も有効な手段になる」
小南は水蓮の返事を聞く間もなく影分身を2体作り出した。
そしてそれぞれ牢の中にいる人物に変化させ、全てを入れ替える。
「ありがとうございます」
イナホの母が水蓮に深く頭を下げた。
「いえ。無事でよかったです」
安堵の息を吐き、ふと、イナホの手とつながれた母親の手の甲が目に入る。
そこには黒い炎のような模様が浮かんでいた。
「あの…それ」
水蓮の言葉にイナホの母が手を差し出して模様を見せる。
「この里の忍につけられたものです。術を使えなくされて…」
見れば全員同じ模様が手の甲に浮かんでいた。
…なるほど…
これだけの血継限界の持ち主が集まっていて、ここから逃げ出せなかったのはそのため…
水蓮は差し出された手を取り、術を確かめる。
「解けるか?」
イタチが水蓮の手元を覗き込む。
水蓮は厳しい表情で答える。
「ゆっくり調べない事には何とも…」
かなり複雑な仕組みを見せるその術は、水蓮の知りえないものであった。
だが、たとえ知っていたとしても今はどうしようもなかった。
イタチの回復の事を除いても、チャクラに余裕がないのだ。
「とりあえずは撤退ですね」
鬼鮫の言葉にそれぞれうなづき、牢の扉を閉めてイタチが中の一体に「騒ぎが始まったら術を解け」と伝え残した。
最後に水蓮が再び結界を張り直し、全ての段取りを終える。
あとはここから出るだけ。
しかし、結界のかかりを確認して振り返った水蓮の喉が小さくなった。
捕われていたのが12人。こちらの人員がイナホを入れて5人。
17人という人数は、あまりにもその存在が大きすぎる。
如何に人手が少ないとはいえ忍里。
うまく出られるのだろうか…。
「水蓮」
「行きますよ」
水蓮の不安を打ち消すようにイタチと鬼鮫が強い声を響かせた。
顔を上げた先には何の不安も感じさせない心強い二人の笑み。
そしてまっすぐに自分を見つめる小南の瞳。
「問題ないわ」
変わらぬ感情の見えないその声。
だがそこには自分たちの力への自信。そして、水蓮の能力に対しての確かな評価が感じられた。
水蓮は鬼鮫と小南を順に見つめ、イタチへと視線を向ける。
イタチは柔らかい笑みを浮かべうなづいた。
…きっと大丈夫。
水蓮は力強いうなづきを返した。
アニナルの【last battle】効果偉大…。
順調に更新です(笑)
このイベントも大筋は書きあがってきました(*^^)v
久しぶりにがっつり入り込んで書けたせいか、うとうととするたびに夢にイタチが出てくる
(#^.^#)
幸せ…。
この勢いで、今日は徹夜だ!
明日は仕事やすみだし\(^o^)/
頑張るぞ~(^○^)
いつも読んでいただき本当にありがとうございます!