いつの日か…   作:かなで☆

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第六十章 【思惑】

 里の一番奥にある小さな建物。

 任務の間イタチと鬼鮫に与えられたその場所は、周りに建物や木々もなく、背面は地下の空間の端に面して建てられたいた。

 「なんか、ぽつんとした感じだね」

 その言葉があまりにもぴったりとあてはまるその様子に、水蓮は妙な違和感を感じた。

 どこからでも二人の行動が見えるその状況。

 

 まるで…

 

 「見張られてるみたい」

 小さなそのつぶやきに、鬼鮫がフッと笑みをこぼす。

 「あなたは相変わらず感がいい」

 「え?」

 「まぁ、色々あるんですよ。今回は」

 今回の任務は、ここ最近によくある「小さな戦への加担」だったはず。と水蓮は任務前に聞いた鬼鮫の言葉を思い返す。

 

 そこになにか裏があるのだろうか…。

 

 「それで、結界と幻術?」

 水蓮はくるりと視線をめぐらせる。

 空気の中にかすかなチャクラの揺れが感じられる。

 それがイタチのチャクラである事を感じ取り、水蓮は一気に安心感をいだき、体の力を抜いた。

 「そうです。見張られていては気が休まりませんからね。今、外から我々の姿は見えていません。

 同じ光景が見えるようにされています」

 「大丈夫なの?これ、結構広範囲」

 術の気配からして、決して小さくない結界。

 イタチの体への負担が気にかかる。

 「まぁ、少し疲れてはいますがね。心配いりませんよ。それより」

 鬼鮫はちらりと水蓮に視線を落としながらドアに手をかけた。

 「なに?」

 「あなたは自分の心配をしたほうがいいんじゃないですか?」

 「…え?」

 一瞬の疑問。しかしそれは、ドアの向こうに揺れた覚え深い気配によってすぐにかき消された。

 つぅっ…と、一粒汗が流れる。

 「お、怒られる?」

 「さぁ?どうでしょうね」

 鬼鮫は面白そうに肩を少し竦め、小南に振り返る。

 「面白い物が見れるかもしれませんよ」

 怪訝そうに表情をゆがませる小南を背後に感じながら、水蓮は開かれたドアの先を気まずく見つめた。

 目の前で黒い美しい髪が揺れる。

 その黒の向こうで輝く赤い瞳が動揺に色づき、見開かれた。

 そしてそのまま固まる。

 思わず鬼鮫の背に隠れようとした水蓮を、しかし鬼鮫が驚き固まるイタチの前に押し進めた。

 「あ…と。イタチ、元気?」

 ひきつった水蓮の笑みに、イタチが声を絞り出す。

 「お……ど……こ…」

 戸惑いと驚きで口を開いたまま再び固まる。

 あまりの気まずさに目をそらした水蓮の背後から鬼鮫の声が飛び来る。

 「お前どうしてここにいるんだ。ですかね」

 クク…と喉を鳴らす鬼鮫の後ろでは、小南が感情をあらわに戸惑うイタチを見て驚いていた。

 「そんな顔できるのね」

 思わずこぼれたその声にイタチはハッとしたように気を取り直し、小南に目を向ける。

 「なぜここにいる」

 言葉半ばに水蓮にも視線を流す。

 一瞬の沈黙ののち、水蓮と小南の声が重なった。

 『なりゆき』

 「…です」

 気まずそうに付け足された水蓮のその一言に、イタチは大きく息を吐き出した。

 

 

 

 「それで、何がどうなってここにいるんだ」

 部屋へ入り、鬼鮫がドアを閉めるのと同時にイタチが言葉にため息を交えた。

 その視線の先にはイナホの姿をとらえている。

 「あの町の子供か」

 見覚えある顔。

 じっと見つめられて、イナホは身を小さくして水蓮の後ろに隠れた。

 「実は…」

 「その前に」

 小南が水蓮の言葉を遮る。

 「そちらの状況を聞かせてちょうだい。今どうなっているの?」

 その視線を受け止めたイタチが鬼鮫に目をやる。

 鬼鮫は一つうなずき、巻物をイタチに差し出した。

 「見つけました」

 中身を確認してイタチは小さく息をつき、小南に差し出す。

 「どうやら組織が危惧していた通りのようだ」

 受け取り内容に目を通す小南の隣で、水蓮が少し視線を外す。

 

 任務内容を聞かされていない自分は見ない方がいいだろう…

 

 そう考えての事だった。

 しかし、小南は読み終えたその巻物を水蓮に差し出した。

 「え?いいんですか?」

 「かまわないわ」

 警戒心の強い小南のその行動に、水蓮だけではなく、イタチと鬼鮫も少し驚いた様子で顔を見合せる。

 二人のその空気を感じながら水蓮は巻物を手に取り、その内容に目を見開いた。 

 

 そこにはイタチと鬼鮫の能力について書かれていた。

 

 

 よく使う術。

 術を発動させるまでの時間。

 それが個々の動きと連携での動きによって変わる事や、攻撃を避ける際にどの方向に動く回数が多いか…というようなことまで書かれている。

 そして、最期には二人の能力に対抗するには何が有効であるかが、幾通りかに分けて記されていた。

 その中の一つに、2重に下線のひかれた言葉があった。

 

 『鏡写しの能力を持つ者』

 

 「これ…」

 戸惑う水蓮の声に鬼鮫が続く。

 「まだありますよ」

 その手には2つの巻物。

 「まさか…」

 「そのまさかですよ。こっちはサソリとデイダラ。これは角都と飛段のものです」

 同じ内容が書かれているのであろうその巻物を確認して、小南が表情を険しくする。

 「間違いなさそうね」

 「ええ」

 「ああ。そうだな」

 顔を見合わせる3人を見つめる水蓮の視線に、イタチがうなづきを返す。

 「組織をつぶす気だ」

 水蓮は一瞬息を飲み、「どうして」と小さく声を漏らした。

 「この里は、いわゆる傭兵組織よ」

 声を上げた小南に水蓮が目を向ける。

 「そう小さくはない国の後ろ盾を受けている。その国からの要請で戦への加担を引き受け、報酬を得、そうして里を維持している」

 「まぁいわゆる、同業者というやつですよ」

 言葉を継いで鬼鮫がこぼしためんどくさそうなため息に小南が声を重ねる。

 「ここ数か月、立て続けにうちに協力を要請してきた。「人員不足」のためという名目で。しかし実際に出向いた先はさして大きな戦でもない。にもかかわらず、うちのメンバーを前線に立たせる。まるで力を試すように。今回で3回目の依頼よ。その都度メンバーを変えるよう要求してきた」

 「全員のデータを取るために」

 小南のうなづきを目に捉えつつ、水蓮は思考をめぐらせる。

 ここ最近、イタチと鬼鮫の任務は増えている。

 それは組織への依頼が増えているということだ。

 その分、同じ事をしているこの里のような傭兵組織への依頼は減る。

 

 如何に屈強な人員がいる組織であっても、暁の顔ぶれと比べられては太刀打ちはできないだろう。

 そこに恨みを抱き、組織をつぶそうと対抗策を探るために暁のメンバーを雇って調べていた。

 イタチと鬼鮫は、その証拠をつかむために潜入捜査として来ていたのだ。

 

 二人の任務内容を悟り、小南の持つ巻物にちらりと視線を向ける。

 

 『鏡写しの能力』

 

 イタチへの対抗手段として記されていたそれはイナホの母の能力。

 

 一体どんな能力なのだろう…

 

 「鏡写しの術は、相手の術をそのまま跳ね返すものだと聞いたことがある。オレも詳しくは知らないがな」

 水蓮の疑問に気づいたのかイタチが説明を入れる。

 「物理攻撃や目に見える術だけではなく、不可視の術に対しても大きな力を発揮する」

 「不可視の術?」

 水蓮が顔をしかめる。

 「風、振動、音、匂い。そして」

 水蓮がハッと息を飲み、小さな声でつぶやくように言葉を継いだ。

 「幻術…」

 「そうだ。しかも術者を中心として、広範囲にその力が張り巡らされる。周りの人間をも守れるというわけだ」

 「なるほど」

 鬼鮫がため息交じりにつぶやいた。

 「イタチさんと戦う隊に編成して、隊を幻術から守るために」

 イタチがうなづきを返す。

 「だがそのしくみや、術の属性については詳しい文献は残されていない。それはその術を受けて生き残った者がいないからだとも言われている」

 

 それほどまでに強力な術…

 その力を持つイナホの母親が、イタチへの対抗手段…

 

 水蓮はイナホに視線を動かし、話についてこれず戸惑うその顔にハッとする。

 

 今までの話を聞かせてよかったのだろうか…。

 

 「問題ない」

 水蓮の不安にイタチが答える。

 後に幻術で記憶を操作するつもりなのか、イタチは鬼鮫と小南にも目配せをした。

 「それで、お前は何があったんだ」

 その声はすでに穏やかな物へと変わっており、そこに咎めはなく、いつもの包み込むような口調。

 水蓮は安堵してイタチに今までの経緯を話した。

 

 

 「なるほどな…」

 事情を聞き終え、イタチは鬼鮫と顔を見合わせてうなづいた。

 「少し前に、一人女性が連れてこられました。おそらくその子の母親でしょう」

 鬼鮫に視線を向けられ、イナホは唇を噛みしめてうつむいた。

 「この里に来てから、他にも何人か連れてこられています。おそらく他のメンバーへの対抗手段としてさらわれてきた血継限界の者かと。

 そして、先ほどの女性が連れてこられた時、この里の者が言っていました。『これで揃った』とね」

 「それって…」

 少しかすれた水蓮の声に小南が答える。

 「仕掛けてくるわね」

 「どうしますか?」

 イナホを見たまま鬼鮫が小南の指示を仰ぐ。

 「組織に害をなすものを見逃すわけにはいかない。制裁を加える」

 

 『制裁』

 

 穏やかならぬその一言にイナホの体が強張った。

 この里が戦場になることを感じている。

 そして、自分の母親がどうなるのかが不安なのだ。

 懇願するようなイナホの視線を受け、小南はしばし黙り込んだ。

 

 組織にとってはこの里への『制裁』が最優先。

 その妨げになるようなことはできない。

 イナホの母親を助けるという『手間』は、そう判断されるかもしれない。

 水蓮はグッと手を固く握りしめて小南の言葉を待った。

 「うちのメンバーに対抗できるような血継限界の持ち主なら…」

 視線をどこへともなく流し、小南は静かな声で言った。

 「恨みを買うよりは恩を売っておいた方が得策ね」

 

 それは問うまでもなく、救出を意味していた。


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