いつの日か…   作:かなで☆

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第五十九章【潜入】

 町から1時間ほど行った場所にある【天隠れの里】

 小南の案内でたどり着いたそこは地下にある忍里であった。

 「地下にあるなんて、本当に隠れ里ですね」

 森に身をひそめ、入口があるというその場所を見ながら水蓮がつぶやく。

 視線の先には色とりどりの花が咲く草原。そして透き通った湖。

 「ずっとそこで暮らしているわけではないわ。本来の里は別のところにある。子供の間はそこで過ごし、忍になった者だけが移り住んでいる。里を失ったはぐれ者も中にはいるらしい」

 「そうなんですか」

 「で?どうするの?」

 小南に問われて水蓮はしばし考える。

 地下にあるがゆえに、裏からまわって侵入という手は使えない。

 入口はおそらく何カ所かにはあるだろうが、探して時間を取るのも得策とは思えない。

 何よりうろついていては見つかる可能性が高い。

 怪しまれ騒ぎになってはイナホの母親を探すどころではなくなる。

 さまざまな考えをめぐらせ、水蓮はちらりとイナホに目を向ける。

 とにかく大事なのは安全を確保することだ。

 水蓮はしばし思案し、考えた案を話す。

 小南は特に何も意見を述べず、ただ「わかった」と短く返した。

 「それじゃぁ、その手はずで」

 二人のうなずきを見届け、水蓮は印を組んだ。

 「解!」

 チャクラの流れが揺れる。それが消えた後には、目の前に広がっていた湖が消え、幻術によって隠されていた鉄の扉が地面に現れた。

 「気づいてたのね」

 小南のつぶやきに水蓮は小さくうなづきを返して、一人その扉へと向かった。

 

 

 扉の前には男が二人。イナホの話にあった額あてをつけている。

 

 見張りは二人か…。

 

 これならいける…。

 

 水蓮は気配を消して近くの木の陰に身をひそめ、手元の木の枝をがさりと揺らす。

 

 「おい。今何か音がしなかったか?」

 手前にいる男がその音を探して視線を動かす。

 「そうか?風だろ?」

 「そうかな…」

 「心配ないさ。どうせここは誰にも見えやしない」

 もう一人の男がそう言って笑う。

 「でもよ、幻術効かないやつもいるだろ?この間も…」

 「ああ。でも、ありゃぁ特別だろ」

 「まぁな…」

 その声に合わせてもう一度枝を音たたせる。

 「おい。やっぱりいるぞ」

 始めに音に気付いた男が再び警戒を現す。

 今度はもう一人も気づいたようで、あたりを探り視線をめぐらせる。

 「確かに聞こえたな」

 「幻術を解いて入ってきたのかもしれない。見てくる」

 「誰かいたら適当に()っとけ」

 足を進ませる男にもう一人が軽い口調で言う。

 それなりに腕に自信はあるのだろう。

 

 慎重にいかなければ…

 

 水蓮は気配をしっかり殺しつつ少し後退し、また枝を鳴らす。

 「こっちか?」

 音に誘われ男が森の深みに足を入れる。

 姿を見られぬ距離を保ちつつ、水蓮は音を立てながら少しずつ下がってゆく。

 

 この辺で…

 

 扉からかなり離れ、もう一人の見張りから完全に見えぬ場所まで来て水蓮は静かに印を組む。

 「誰だ!」

 チャクラの流れに声を上げる男。

 しかし、その忍がクナイを引き抜くより早く、水蓮は静かに風をたたせてそこに白い粉を混ぜる。

 細かいその粉を含んだ風が忍の顔を撫でた。

 

 静かな呼吸の中にその風を吸い込み…

 

 「………っ!」

 

 異変を感じて息を飲む。

 しかし、気づいた次の瞬間。意識は飛び、細身のその体が静かに崩れ落ちた。

 数秒後には静かな寝息。

 「よし…」

 水蓮は男を素早く近くの木に縛り付け、薬の効き具合を確認する。

 どうやらしっかりと吸い込んだらしいその様子に一つうなずき、印を組みその忍の姿に変化する。

 そしてその姿で扉へと向かう。

 「どうだった?」

 先ほど同様軽い口調の男に水蓮は笑って返す。

 「うさぎだった」

 「そうか」

 ハハ…と腰に手を当てて笑い返してくる男の隣に立ち、水蓮は小さな布の袋を取り出して見せる。

 「面白い物を見つけた」

 「なんだ?」

 少しも仲間が別人だとは疑わず、その袋の中を覗き込む。

 しっかりと顔を近づけたことを確認し、水蓮はギュッと袋を握りしめた。

 

 ぶわっ…と白い粉が舞う。

 先ほどと同じ眠り薬。

 「うわ…」

 男は驚きに声を上げ、その反動で一気にその粉を吸い込む。

 「おま…え」

 自身を襲う異常に、目の前にいるのが仲間ではないと気づき、堕ちそうな意識を必死に繋ぎ止め水蓮に手を伸ばす。

 しかし…

 

 ドッ…

 

 背後からの首筋への一突きに、男は追い打ちを受けて倒れこんだ。

 崩れ落ちた男の背後から姿を現したのは二人の水蓮。

 あらかじめ潜ませておいた影分身。

 

 うなずき合って、静かに眠りこんだ男を森の中に運び先ほど同様木に縛り付ける。

 そして影分身の一体がその男に変化して扉の前へと戻る。

 それを確認して、残る一体の影分身が術を解き消えた。

 

 

 

 

 離れた場所で待機していた小南とイナホは、静かに息をひそめて機を待つ。

 「どう?」

 「たぶんそろそろ…」

 小南の小さな呟きに答えたのは水蓮であった。

 その体がピクリと揺れ、しばし黙してから小さくうなずく。

 「きました」

 先ほど場を整えてから消えた影分身からの情報。

 それをしっかりと確認して水蓮は立ち上がった。

 「行きます」

 歩き出す水蓮に小南とイナホが続く。

 小南は前を歩く水蓮の背を見つめながら、その手際に無意識に一つうなずいていた。

 

 影分身を3体。2体を変化させて1体は状況を伝えるために使う。

 

 どちらかに薬が効かなかった場合も考えて、相手を分断させてから一人ずつ拘束。

 

 万が一の失敗に備えて本体は乗り込まずに離れて待機。

 

 そうして少しの騒ぎも起こさず、安全に侵入経路を確保。

 それは同時に退路をも確保したことになる。

 

 影分身を見張りに変化させておくことで、外から里の者が帰っても侵入がばれることはなく、もし合言葉などがあって敵と知られても先ほど同様対処する。

 相手がよほどの大人数でなければ問題ないだろう…。

 たとえ問題が起きても影分身を消せばその状況を本体が知ることができる。

 

 しっかりと組み立てられた策に、小南は少なからず驚いていた。

 

 医療忍者には珍しい…。

 

 戦場において医療忍者は後方支援であり、前線には決して出ない。

 医療忍者が死んでは意味がないからだ。

 それゆえ、こういった戦略はあまり習わない。

 それを習うより、医療の知識と技術を磨くことに時間を使うべきだからだ。

 

 「イタチに教わったの?」

 小南は水蓮の背に思わず問いかけていた。

 しかし、水蓮は小さく首を振って少し振り返る。

 「いえ。鬼鮫です。私の能力を生かすならこれがいいだろうって。と言っても、まさか本当に実践する日が来るとは思ってなかったですけど」

 イタチはもとより、鬼鮫も基本水蓮を前線に出そうとはしない。

 この手法にしても、たまたま話の流れで教わっただけで、鬼鮫自身も「あなたには必要ないでしょうがね」と笑っていたくらいだ。

 「教わっていてよかったです」

 「そう」

 小南は短く答えて、自分と水蓮の間を歩くイナホに目を向ける。

 

 

 ちらりと見えた少女の瞳には、水蓮への尊敬と、学び取ろうとする強い意志が浮かび、輝きを放っていた。

 

 

 ズキ…

 

 小南のこめかみに小さな痛みが走った。

 

 『先生!新しい術覚えたよ!』

 

 『おぉ!すごいのぉ。小南。お前は強くてきれいなえぇ女になるだろうのぉ』

 

 

 かつての師との一場面がよみがえる。

 

 先生…

 

 無意識の中その姿が浮かぶ。

 

 …自分の、自分たちのゆく道はどこにつながっているのだろう…

 

 先生…

 

 記憶の中の師は、ただ笑みを浮かべているだけで答えはしない。

 

 …今更だ…

 

 瞳が陰りを見せる。

 

 …もう、あの人の教えに答えはない…。

 

 「小南さん…」

 自身の思考の中に入り込んでいた小南は、水蓮の声にハッとする。

 「中に入ります」

 見張りに変化した影分身に中の様子を確認させ、水蓮は開かれた扉の先を見つめる。

 地下へと続く階段が日の光に照らされている。

 「階段の先には見張りはいないようです。降りてすぐにいくつか建物があるようなので、その陰に隠れて移動します」

 そうして、途中で遭遇した者を気絶させて変化し、イナホは『近くをうろついていた不審な者』ということで捕えてきたことにする。

 そしてイナホの母を探し出して救出撤退する。

 それが水蓮の案であった。

 「さっき使った薬の効き目は、長くておよそ10時間です」

 もともと眠りの浅いイタチのために調合した薬で、本来の効果は5時間から8時間。

 それを少し強めに調合したものではあるが、人によって効き方が違うためはっきりとは言えない…。

 「確実に効果が得られるのはおそらく8時間だと思います」

 水蓮は階段を下りながら小さな声で話す。

 小南のうなずきを背に感じながら、水蓮はイナホをちらりと見る。

 

 8時間…

 

 小南の話によれば、さほど里は大きくない。

 だが、8時間という時間は短く感じられた。

 上手く事が運べば、救出時の戦闘を入れても、小南の力があれば十分撤退できるかもしれない。

 しかし、問題はそのあとだ。

 無事に町へと逃げ帰っても、見張りの二人が目覚めれば追手がかかるだろう。

 それを考えると、イナホたちは身を隠すために、町を出て別の場所で暮らす必要がある。

 最低限の準備を整えて町を出て、安全な居住地を探す。

 

 その間にまた襲われたら…。

 

 家族4人をかばいながら追っ手を撃退するのは困難だ。

 小南にしても、どこまで手を貸してくれるのかわからない。

 

 イタチと鬼鮫がいれば…

 

 もっと良い策で、後の事にしても何か手を打てたかもしれない。

 

 

 水蓮は二人の存在の大きさを、改めて感じていた。

 

 とにかくやるしかない…

 

 水蓮はグッと拳を握りしめ、階段の最後の一段を下りる。

 身を寄せて、3人は息をひそめて一番近くの建物に隠れてあたりを探る。

 洞窟のような雰囲気を想像していたが、そこにはしっかりとした街並みが作られていた。

 薄暗さは拭えないが、それでもあちらこちらに街灯が立てられており、日の落ちる前の夕方程度の明るさが保たれている。

 忍以外住んでいないこともあって殺伐とした感じはするが、それでもところどころに植物が植えられており、日の光がなくとも順応する種類なのか、花もちらほら咲いている。

 見える限りの範囲内には忍具店や食事処もあった。

 店舗の規模は小さく、本当に必要最低限…といった感じだが、それでも想像していたよりは環境が整っていた。

 幸い人通りは少なく、タイミングよく細い路地の向こうから二人の忍びがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 小南とうなずき合い、機を伺う。

 しかし、突如水蓮の背後に何者かの気配が生まれ、ひゅっ…っと空気が音を鳴らした。

 「………っ!」

 とっさにクナイを引き抜き背後に体を返す。

 

 ガッ!

 

 相手のクナイを受け止めた音が響く。

 「せっ!」

 思わず声を上げそうになったイナホの口を小南が塞ぐ。

 襲い来た人物はその様子にちらりと目をやり、クナイを合わせたまま水蓮を睨み付けて低い声を発した。

 「こんなところで…」

 キッ…と睨み返す水蓮の視線を相手は受け流し、言葉を続ける。

 「何をしているんですか…水蓮」

 あきれを交えたその声と共にクナイを引き、はぁと息を吐き出す。

 同じように息を吐き出し、水蓮が言葉を返す。

 「そっちこそ、なんでここにいるのよ。鬼鮫」

 声をひそめ、クナイをなおしながら向けた水蓮の視線の先には、呆れた顔をした鬼鮫がいた。

 「なんでって。私は任務ですよ。それより、あなたはまた勝手な事を…」

 小南に口をふさがれたままのイナホを見て、また何かに巻き込まれているのだろうと察し、鬼鮫はじろりと水蓮を再び睨み付ける。

 「かすかに気配を感じて、まさかとは思いましたが。いったいなぜここにいるんですか…」

 水蓮は一気に気まずさを感じ、しどろもどろに視線を逸らした。

 「いや、あの、なんていうか……なりゆき?…かな」

 無理やり視線を合わせに来る鬼鮫から必死に顔をそむけながら「はは」とひきつった笑いを浮かべる。

 鬼鮫はもう一度大きく息を吐き出し、今度は小南に目を向けた。

 無言のままの鬼鮫の視線に、小南は無表情のまま「なりゆきよ」と短く答えた。

 「あなたまで…」

 呆れてひきつる鬼鮫。

 「それより、鬼鮫」

 水蓮が鬼鮫に詰め寄る。

 「いきなり何するのよ」

 鬼鮫の手に握られたままのクナイを指さし不機嫌に頬を膨らませる。

 「背中があまりにもがら空きでしたので」

 「それは鬼鮫の気配だってわかったから…」

 「どうだか…」

 「本当だって」

 思わず少し大きくなった水蓮のその声に、大通りから「おい」「誰かいるのか?」と声が投げかけられた。

 先ほどこちらに向かってきていた忍…。

 

 まずい…

 

 身を固くした水蓮を見て、鬼鮫は水蓮の腕を取り小南に「ついてきてください」と声をひそめた。

 小南はイナホを抱き抱え小さくうなずく。

 それを確認し、鬼鮫は水蓮を引き寄せ、さっ…とその場から姿を消した。

 

 

 鬼鮫の気配を追おうと小南も立ち上がる。

 何気なく落とした視線の先、腕の中でイナホの表情が不安に揺れていた。

 「心配ないわ」

 その声は無感情な響き…。

 それでもイナホは少し表情を和らげてうなずいた。

 小南は腕に力を入れなおし、音もなくその場から姿を消した。


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