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夜空に浮かぶ大きな満月。
そのまばゆい光の中から漆黒の鳥が翼を音立たせて大地へと降り立つ。
その羽音は少し奥深い洞窟の中に、静かに響きを揺らめかせた。
そのはばたきと、そこへと向かう足音に気づき、藤色の髪の向こうで閉じられていた瞳がゆっくりと開かれる。
薄く開かれた小南のオレンジ色の瞳にうつったのは水蓮の背。
数秒見つめて自身の状況を思い返す。
水蓮と共にイタチのアジトへと向かい、池で花粉を洗い落としたあと少しの休息を取った。
そのまま知らぬうちに眠ってしまったのか…
まだほんの少し重い体を静かに起こした。
疲労していたとはいえ無意識に眠りに落ちていた事に、おそらく飲んだ薬に眠気を誘う成分が入っていたのだろうと推察する。
「もう日が落ちている」
ため息の後の呼吸に、ふと心地よい香りが入り混じり、その香りをたどると、少し離れた場所に香炉が置かれていた。
「金木犀」
ここへ来るまでの間にその花を幾度か見たことを思い返す。
不自然な香りをたたせないよう配慮したのか…
少し深く息をして香りをゆっくりと取り込む。
こんな風にゆっくり呼吸するのは、いつぶりだろう…
この心地よい香りも、不用意に眠ってしまった原因か…
小南は一瞬の安らぎを消し去り、普段ではありえない自分のふがいなさから目をそむけるように香炉から視線を外し、再び水蓮の姿を映す。
水蓮は洞窟の入り口あたりでカラスの足から文をほどき取り、照らし読もうと紙を広げて月の明かりを探していた。
イタチからの伝令であろうと水蓮を見つめる小南の胸が、一瞬ドキリと音を立てた。
手のひらに収まるほどの小さな紙。
それを見つめる水蓮の顔が、驚くほど柔らかい微笑みを浮かべていたのだ。
月の光を受けて瞳は穏やかな輝きを放ち、頬が薄く桜色に染まっている。
見つめる小南の視線の先で、水蓮は小さな紙を大切そうに胸元に抱きしめた。
その姿からは、幸せな空気が満ち溢れている…
小南はその表情に、空気に覚えがあった。
脳裏に浮かんだのはペインの顔。
冷たさと無に染まるその顔が、感情と命の鼓動を失う前の弥彦の笑顔へと変わる。
心に温かさが生まれる。
しかしそれはほんの一瞬で消え、すぐに襲い来る悲しみと痛み。
ギュッと目を閉じてそれらを振り払う。
同時に、先ほどの戦いで敵に見せられた幻術を思い出した。
幼き日の弥彦の姿
武力に頼らず平和を目指そうと戦ってきた弥彦。
自分たちのように戦で悲しみを背負う子供をなくそうと、自身の全てをかけて戦い続けた。
だが、小南の命を救うために弥彦は死んだ。
自分のために弥彦が死んだ悲しみに染まった小南。
そして、共に戦ってきた長門は、弥彦を守れなかった自分の無力さを嘆き…
二人は底の見えない闇を背負った。
小南は、あの日死んだのは弥彦だけではなかったと、そう思っている。
長門もまた、人としての自分を殺した。
誰よりも優しく、誰よりも繊細で、それでも懸命に闘おうとしていた長門は、弥彦の死と共に夢も希望も捨て【神】となった。
憎しみがはびこるこの世界に本当の痛みを…
学ばぬ愚かな生き物である【人】には、痛みを持ってしつけるほかない…
そして、ひとときの平和を生み出す…
それが長門の夢となった。
その夢の実現のため、長門はマダラと手を組み、暁には弥彦の思想とは真逆の忍が加入するようになった。
目的のためならすべて殺す。すべて壊す。
自分たちが歩む道…
たどり着く場所…
それは弥彦の望んだ道から外れ、奪わなくてもよい命を奪う悪の道。
破滅。
このまま長門を破滅へと歩ませてよいのだろうか…
【暁】は、血の雨に泣く国を照らすための希望の光であった。
しかし、いつしかそれは意味を変え、形を変え深い闇へと変わってしまった。
こんな事、弥彦が望んでいるはずがない…
敵の幻術に浮かんだ弥彦の姿は、小南の心の奥深くにあった想いを引きずり出した。
感情を波立たせ、不安をあぶり出し後悔を渦まかせる。
それが敵の術の力であった。
相手の最も深い場所をつき、戦意を喪失させる。
その術にはまり、小南は【あの時自分が死ねばよかった】と、ずっと抱えてきた想いに襲われ心を乱された。
だが術を破り、相手を倒し任務を無事終わらせた。
それでも、よみがえった重い記憶と苦しみは拭いきれない…
いちばん深い、大切な場所を汚されたのだ…
弥彦へのその心を…
彼を【愛している】というその想いを…
その感情を今でも守り留めているからこそ分かる。
再びその目にうつる水蓮の笑み。
彼女はイタチを愛しているのだ…
愛する人のそばで生きていることに、幸せを感じているのだ…
小南はそんな水蓮を一瞬羨み、すぐに複雑な痛みに襲われた。
イタチの命が長くないことはマダラから聞かされている。
そして、彼の進む道の先にあるのはマダラによって仕組まれた【死】。
イタチも、そして目の前で満ち足りた笑みを浮かべる彼女もまた破滅へと向かって歩いているのだ。
闇へと形を変えた暁の中で、血に染まる【赤雲】をその身にまとって。
だが、その赤雲で身を包みながらも、なぜかその色に染まって見えない水蓮に、小南は無意識下に興味を抱いていた。
イタチが自分からそばに置くほどの医療忍者なら、おそらくイタチの余命がないことに気付いているであろう。
それでもあんな風に微笑むことができる。
その姿に、小南は自分と長門を重ね合わせる。
術の影響でそう長くは生きられないであろう長門と、そのそばで生きる自分。
【死と隣り合わせで生きる大切な人を守る】
立場や境遇は違えども、同じ状況下にいる自分と水蓮…
だがそこには何か大きな差がある…
「一体何が…」
思わずこぼれたその言葉は、小南の胸の痛みと共に静かに空気の中に揺れ、水蓮へと届く。
「イタチからの連絡です」
水蓮が柔らかい笑みを浮かべたまま中に歩み戻り、イタチからの文を小南に手渡す。
内容に目を通し、小南は怪訝な表情を浮かべた。
『承知した。予定通りに戻る』
書かれていたのはただそれだけ。
「これだけ?」
思わずまた言葉がこぼれた。
短いこの文章に、あれだけの表情ができるのかと、そんな事を想いながら水蓮に返す。
「イタチからの連絡はいつもこんな感じですよ。普通はもっと色々書くものなんですか?」
普通は…
その言葉に、小南は一瞬返答を詰まらせる。
忍としての訓練を受けていれば、そんな言葉は出ないはずだ。
しかしすぐに、水蓮が記憶をなくしていたらしいとペインが話していた事を思い出す。
まだ少し記憶障害が残っているのだろうか。
そんなことを考えながら答える。
「いえ。大体そんな感じよ。ただ…」
「ただ?」
「ずいぶん嬉しそうに読んでいたから。何かもっと違うことが書いてあるのかと思って」
「へ?」
水蓮の口からとぼけた声が出た。
そしてすぐに顔が一気に赤く色づく。
自覚がなかったのか…
小南は、自分もそうだったのだろうかと、またそこに自身を重ね合わせた。
「いや、あの、それは、あれです…」
過去の自分を脳裏にめぐらせる小南の前で、水蓮はあたふたと返答を探す。
「予定通りに帰ってくるということは何事もなく無事だということだから、それで…」
「ああ。なるほど」
照れた笑いを浮かべる水蓮に納得を返した小南の顔には、無意識のうちに小さな笑みが浮かんでいた。
「あの、それより体調はいかがですか?」
「もう大丈夫よ」
症状のほとんどが消えていることを自身の中に確認し、小南は水蓮に「助かったわ」と礼を述べる。
「よかったです」
安堵の息を吐き、水蓮はイタチからの文を小さく破り、香炉の中へと入れる。
香を焚き放っていた熱に、紙が燃え消えてゆく。
名残惜しそうな表情から、本当は取っておきたいのであろうと小南は思う。
「内容がどうであれ、必ず処分するように言われているんです」
手早く灰と香炉を片付けながら、水蓮はそう言って残念そうに笑った。
「そう。それで、承知したとは?」
書かれていたその言葉に、こちらから何か連絡を入れたのであろうと、問いかける。
「あ。小南さんの事を、イタチから本拠地に伝えてもらうように連絡を入れたんです。私は自分の伝達手段を持っていなくて。それに、さっきのカラスも、私とイタチのところを行き来するだけの物なので」
「…そう」
短く返して、小南はゆっくりと立ち上がった。
本拠地へと戻るのであろうその動きに、水蓮が岩にかけていた小南の外套を手に取った。
しかし、それを渡そうとしたその手と、受け取ろうとした手が、小さな気配を感じて同時にとまる。
吹き入ってきた風に乗り、紫色の小さな蝶がひらりひらりと小南のもとへと舞い行く。
小南は少し目を細めてそれを手のひらに乗せた。
「組織からの式よ」
不思議そうに見つめる水蓮に小南は短く言葉を投げ、蝶にチャクラを流す。
ポン
小さな音を立てて煙が立ち、蝶が小さな巻物へと姿を変えた。
広げて無表情のままに読み終えると、巻物が煙となって消えゆく。
その煙を見つめる瞳は、少し重い色を浮かべる。
組織から…
だが、ペインからではない。
それはマダラからの式。
「…………」
うちはマダラ
その姿が脳裏に浮かび、知らぬうちに表情が険しくなる。
弥彦をリーダーとして戦ってきたこの暁にするりと入り込み、まるでこの組織を自分の物のように扱うマダラに、小南は大きな嫌悪感を抱いていた。
その文字、内容…
どちらに対しても、嫌な感情以外に生まれはしない
「あの、何かあったんですか?」
あまりに重い空気を放つ小南に、水蓮が遠慮がちに声をかける。
小南はハッと気を取り直す。
「いえ。イタチからの伝令を受け取ったと」
「そうですか」
ニコリと笑って、改めて外套を差し出す。
しかし、小南はそれを受け取ろうとせず、じっと見つめたまま動きを止める。
「どうかしましたか?」
首を傾げる水蓮。
しばしの間を置き、小南は静かな声を空気に響かせた。
「組織からイタチへの伝言を預かった。彼が戻るまでここで待たせてもらうわ」
「え…」
思ってもみなかったことに、水蓮は小さく声を上げる。
「あの、カラスを呼びましょうか?」
「いえ。直接伝えたいから」
そう返して小南は外套を受け取りその場に腰を下ろした。
ここで待つ以外に選択肢がないその様子に、水蓮は「わかりました」と笑顔を返し、カバンの中から札を取り出す。
「イタチから持たされている結界の札です。表に貼ってきます」
「…そう」
短く返して、外へと向かうその背を見つめる。
鬼鮫から手ほどきを受け、一人で移動しているほどならある程度の力があるのだろう…
それに、アジトはもともと見つかりにくい物…
それでも結界の札を持たせるその入念さに、小南はイタチの意外な一面を見たような気がした。
水蓮との間をカラスに行き来させていたことも併せ、他人には興味のなさそうなイタチにしてはずいぶんと気をまわしているように思える。
自身の体にとっては貴重な医療忍者ゆえか…
それとも…
じっと水蓮を見つめながら思考をめぐらせ、小南はポツリとつぶやく。
「なるほど…」
先ほどのマダラの式が思い浮かぶ。
そこには、イタチへの伝言などではなく、しばらく水蓮の動向を見張るように書かれていたのだ。
あのイタチが自分からそばに置く存在…
マダラはそこに警戒を、いや。興味を抱いているのだ…
ほんの少し関わった自分ですらそうなのだから、同じ【うちは】としてイタチにやや執着しているマダラなら余計だろう。
赤雲を揺らしながら歩く後ろ姿…
そこに幾度目かの重なりを見せる過去の自分…
しかし、その姿がふいに弥彦の背中へと変わり、小南の胸が音を鳴らした。
すぐに水蓮自身の姿へと戻ったその容姿を見つめ、胸の奥がチリっと痛んだ。
暁の象徴であった弥彦…
弥彦そのものであった暁…
それが今マダラによって汚されていくように、彼女もまたその闇に呑まれてゆくのだろうか。
視線の先で水蓮は空を見上げていた。
その瞳には、愛しき存在を想う暖かい光があふれていた。
おはようございます。
いつもありがとうございます。
今回は少し視点を変えて、小南の外伝といたしました。
外から見た水蓮を少し書こうかと思いまして(^v^)
この二人はどんな感じになるのかな…と、模索しながら書いてますが
小南がどんどんお気に入りに(*^_^*)
書くと好きになる…単純な私です(笑)
それでは…また次回(*^。^*)
読んでいただき、いつも本当にありがとうございます☆