いつの日か…   作:かなで☆

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イタチ真伝のネタバレがあります。
前話同様、真伝の内容をイタチの心情を交えてイタチが語る形となっています。
ご了承下さい。


第五十五章【守り守られ】

 高く枝を伸ばして並ぶ木々の間に、かすかに覗く月を目に留め、イタチはどうしてか柔らかく笑った。

 そのあまりにも柔らかい微笑みがひどく悲しみを伝えてくる。

 「もう誰にも止められないところまで来ていたんだ…」

 一族が決断したクーデター。

 

 必死に止めようと奔走していたイタチが、それを悟った時どんな気持ちだったのだろう…

 今、この笑みの向こうにどんな感情が、記憶がよみがえっているのだろうか…

 

 水蓮は、どうあっても分かりきれないのだろうと、グッと唇をかみしめた。

 「それでもあいつは、シスイはあきらめなかった。クーデターを止めるための唯一の手段があると、オレにその計画を打ち明けた…」

 「唯一の手段?」

 うなずいたイタチの瞳が一瞬赤く光る。

 「シスイの万華鏡写輪眼に宿った特別な力、別天神(ことあまつかみ)

 聞き覚えのないその力に、水蓮は黙してその先を待つ。

 「オレも聞いたことのない物だった。特別な幻術だ」

 「その術を…」

 「オレの父にかけると話してきた。その術で父を操り、父の口からクーデターの取りやめを一族に言い渡すと」

 

 親友が自分の父に幻術を…

 

 「あいつはオレの父にその術を使うことを心苦しく思っていた。だが、オレは一族を止めることができるなら、手段を問うつもりはなかった。父の心を自分の手で変えられなかったことは悔しかったがな…」

 

 それでも止められなかった…

 

 水蓮の心のつぶやきが聞こえたかのように、イタチはうなずく。

 「決起を決める会合の前、シスイは父に接触できなかった。その前に襲撃され深手を負った。そして事は取り決められた」

 

 イタチの親友を襲ったのは里の上役だとイタチは語った。

 

 シスイの瞳術でイタチの父を操り、クーデターを取り消したところで、一族の怒りが収まるわけがない。

 その人物にそう言われ、イタチは言葉を返せなかったと表情をゆがませた。

 「父がしないのであれば、別の誰かが決起のために立つ。オレは心のどこかで分かっていた…」

 

 転がりだした石は一つではない。

 大きな一つを止めても、その後ろから転がる無数の石は、そう簡単に止めることはできない。

 

 「それでも、その後の事を模索しながら、シスイの計画に一縷の望みを託した。だが、その望みも絶たれた。シスイが動くことで自分の計画が濁る事を危惧したその人物が、シスイを襲い、右目の写輪眼を奪い毒を盛った。その日、落ち合う約束をしていた場所に、息を絶え絶えに現れたシスイを見てオレは悟った…」

 

 もう他に手はないのだと…

 

 口にされずともその先には、それ以外の言葉はない…

 

 水蓮はやるせなさに視線を落とした。

 

 「あいつは残った左目をオレに預け、死んだ…」

 

 息を吐き出すように言い放つと、イタチの体から力が抜けてゆく。

 鋭く研ぎ澄まされた空気をまとうその横顔が、ゆっくりと水蓮に向けられてゆく。

 

 小さく浮かべられた笑み

 

 静かに流れ落ちる言葉

 

 「オレが殺した」

 

 夜の静寂が深まった。

 

 「最も親しい存在を殺すことで、万華鏡写輪眼は開眼する」

 

 知ってはいた。

 

 だが、イタチの口から改めて聞き、水蓮の鼓動が痛みを帯びながら大きく波打つ。

 

 するり…とつながれていた手が解かれた。

 

 「この手であいつを殺した」

 

 その手をスッと伸ばし上げ、輝く蛍の光にかざす。

 

 「自分の命が助からぬと悟ったシスイは、オレに万華鏡写輪眼を開眼させるために…」

 

 指の間からチラチラと見える光が、悲しみを、切なさを、痛みを膨らませる。

 

 「オレがこの手で」

 

 飛び交う小さな光をつかむように、グッと手を握りしめる。

 

 「この手で…」

 

 イタチ…

 

 水蓮は、その名を呼ぼうと口を開いたが、言葉にならない。

 

 

 どれほどのつらい物を抱えて生きてきたのか…

 

 

 自分の想像をはるかに超える苦境、苦心…

 

 今となっては取り除くことのできないその苦しみ…

 

 その痛みは消えない。消してあげることはできない…

 

 「オレがあいつを殺した」

 自分の中に確認するような口調でつぶやかれる言葉。

 握りしめられたイタチの手が、さらに固くなってゆく。

 水蓮はそのこぶしを、思わず包み込んだ。

 「イタチ」

 今度はしっかりと言葉になった。

 向けられたイタチの表情は、今までに見たことのない弱々しい笑み。

 包み込んだその手を抱き寄せ、水蓮はイタチを見つめる。

 「あなたは悪くない」

 気休めにもならない言葉。

 だが、そう思いながらも言わずにはいられなかった。

 

 イタチはただ守りたかっただけなのだ…

 

 一族を、里を、大切な物を…

 

 「あなたは悪くない」

 

 どんな事情があろうと、人の命を奪うことは決して許されることではない。

 それが分かりきっているイタチには、そんな言葉は届かないのだろう。

 受け入れはしないだろう。

  それでも、どうしても言わずにはいられなかった水蓮のその言葉に、イタチはほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 自然と指を絡めて強く握りあう。

 「その日オレの万華鏡写輪眼は開眼した」

 その時の感覚がよみがえったのか、イタチはしばらく目を閉じて黙した。

 「後は頼んだぞ…。シスイはそう言い残して逝った。木の葉を創設し、守り抜いてきた一族の誇りと名誉を。そして、木の葉の里を守ってほしい。それがあいつの願い」

 親友の想いを、言葉を思い出しながら、イタチはその姿を探すように空を見上げた。

 「一族の誇り、名誉、うちはの名。それはもちろんオレにとっても大切な物だ。だが、それに執着するべきではない。それは正しきことを見失わせる。狭い了見に己を閉じ込めてゆく。その狭い世界の中で、里に反旗を翻し、己の意地やプライドを誇示する。そんなくだらない事にこだわる者たち。その犠牲となり、あいつは闇の中を耐え忍び戦い、そして死んでいった」

 イタチの体に力が入る。

 「腹が立った…」

 そんな単語がイタチの口から出るとは思いもしなかった。

 水蓮は思わず目を丸くした。

 「誰も、何一つ大切な物が見えていない。愚かしい。そう思った。父に対してもだ。そんな愚かしい行為に先頭を切って走る父。そして父を矢面に立たせて、汚れた仕事をオレやシスイに命じ、陰でコソコソと蠢く者たち」

 その言葉の奥に、まだ語りきれぬほどの痛みを感じる。

 「くだらない。里の平和こそが大切なのではないのか。それが一族の安穏なのではないのか。誰も気づかないのか。シスイの命を懸けた想いは、誰にも届かないのか…」

 そこにあったのは、一族への落胆。

 「何一つ大切な物に気づかぬまま、自分では動かずにオレへの不満をぶつけてきた父の側近の者たちを見て思った。こんな奴らのために、シスイは死んだのかと」

 哀しげな瞳で言葉を続ける。

 「こんな奴らに生きている資格はないと…」

 悔しさを滲ませる声。そこには非難の色が見える。

 だが、それはイタチ自身へと向けられたものだった。

 「同じ一族の者の命を、オレは奪おうとした。怒りに任せ刃を向けようとしたんだ」

 争いのない世界を目指している自分が同胞の命を奪おうとした。

 「自分の中に潜む狂気を垣間見た」

 自責の笑みを浮かべイタチは次に優しく微笑んだ。

 「そんなオレを止めたのはサスケだった」

 その瞳は、今までに見たことのない優しい色を浮かべていた。

 「オレの中の狂気が抑えきれなくなる寸前。あいつの、サスケの声が聞こえた」

 

 『兄さん!もうやめてよ!』

 

 悲痛なサスケの叫び声。

 見たことのない兄の姿に怯え、震え、それでもいつもの兄に戻ってほしいとの願いを込めたひと言。

 「それがオレをつなぎとめた。あいつの兄という存在に、引き戻してくれた。いつもそうだった。己の道を、夢を、目的を。そして、この命の意味を見失いそうになったとき、オレを救ったのはサスケだった」

 目を細めて微笑む。

 人が、これほど柔らかく微笑む姿を、水蓮は見たことがなかった。

 イタチにとってサスケは、何よりも愛おしい存在なのだと、改めて感じる。

 「あいつが生まれたとき、小さな体の中に強い生命力を感じた。必死に生きようとする力。この世に、これほどまでに愛おしく、尊いものがあるのかとそう思った。何があってもオレが守ると、そう誓った」

 すべてをかけて、守りたい存在。守らなければならない存在。

 「だが、守られていたのは、導かれていたのはオレだったのかもしれない」

 眉を下げてさらに微笑む。

 「争いの絶えぬこの世への疑問。任務での痛み。里と一族の間に渦巻く闇。シスイの死。そのすべてにおいて、オレが心折れずに走り続けることができたのは、サスケがいたからだ。あいつのおかげで戦ってこれた」

 誇らしげなその表情。しかし、その奥に悲しげな色がちらりと見える。

 「それなのに、オレはあいつを傷つけた。あの夜、決して消えぬ憎しみをあいつの心に刻み込んだ…」

 イタチの瞳に、あの夜がよみがえってゆく。

 「クーデター前に一族を静粛する。うちはの名を、そして誇りと名誉を守るためにはそれ以外には道はなかった。それになにより、もしクーデターを起こしていたとしてもうちはは勝てない。いかに写輪眼を持つ一族と言えども、木の葉の里は落とせない。内戦の末にあるのは、うちはの敗北。両者の大きな被害。罪なき人々の死。そして、勢力の落ちた里への外からの攻撃」

 「戦争…」

 イタチは「そうだ」と、うなずいた。

 「それは避けねばならない。それだけは、起こってはいけない。そのためには他に道はなかった…」

 

 もし自分がイタチの立場だったらどうしただろうか…

 

 水蓮は、終焉の後マダラがサスケにそう問いかけていた事を思い出した。

 あの時、きっとサスケは今の自分と同じ答えを導き出していただろう。

 そう思うと同時に、頭の奥がひどく重く痛んだ。

 

 「残されたその道、それは一族の誰かの手によって行われる必要があった。他の者による静粛は、里に暮らす他の一族達に恐怖と疑念を抱かせる。『用がなくなれば、里によって消される』とな。だから、同じうちは一族の者の『乱心の末の事件』にしなければならなかった」

 

 それができるのはイタチ意外にいなかった…

 

 水蓮は目を固く閉じ、うつむいた。

 

 なぜイタチなのか。

 こんなにも苦しい想いを、なぜイタチが負わねばならないのか…

 いつもそう思ってきた。

 だが、もしこれが他の者によるものであれば、周りの人間は、まっすぐには受け止めなかっただろう。

 里すらも危惧する力を持つうちは一族を一晩で滅する。

 並大抵の事ではない。不可能に近いと言える。

 それでも、里が、周りがその事実を受け止めたのは、実行者が『うちはイタチ』だったからだ。

 

 

 6歳でアカデミーに入学してから12歳で暗部の分隊長になるまでの、常識から逸した経緯。

 

 そして、中忍試験での圧倒的な強さ。

 

 納得させるだけの条件はそろっている。

 揃ってしまっていたのだ。

 

 『うちはイタチならできうる』

 

 まるで、今までのすべてがそこへと向かうために仕組まれたかのように、事実として存在している。

 

 「オレは決断した。サスケの命を守るという事を条件に任務を受けた。いや、その条件がなくともオレにはもうほかに道は残されてはいなかったがな」

 

 事が起こってしまってからでは一族の名を、里を守れない。

 だからと言ってその命を…

 

 極度に追い詰められていたイタチの胸の苦しみが伝わりくるようで、水蓮は自分の胸元をギュッと握りしめた。

 

 「だが、やはりオレにはサスケを殺すことはできなかっただろうからな。その条件を向こうから提示された事は唯一の救いだったかもしれない。サスケには生きてほしい。そしていつか、新しいうちはの形を作り上げてほしい。人々から利用され、恐れられ、切り捨てられるのではない。大切な物を守れる強い存在。必要とされる存在。すべての垣根を越え、平和へと人々を導くそんな存在になってほしい。闇を生きるオレとは違う、闇を照らす存在となってほしいんだ」

 溢れ止まらぬサスケへの想いが、愛おしむ気持ちが、ひしひしと伝わりくる。

 「あいつならできるとオレは信じている。そのために、あいつには生きる力を与えなければいけなかった。悲しみに打ちひしがれ、立ち止まっていてはダメだ。それではうちはの力を欲する者に利用される。戦いの絶えぬこの時代、オレ達の力はどこにおいても魅力的な物だからな。暁にしてもそうだ。オレにどんな目的があろうと、結果としてその力を利用されていることには違いない。強い力とは、己の意思とは反して気づかぬうちに利用される。利用しているようでいつの間にか逆になっている。そういう事がいくらでもありうる」

 イタチは目を細めて遠くを見つめた。

 「真実と現実は、必ずしも一致するものではない」

 深みのあるその言葉は、苦しい現実を耐えてきたイタチだからこその物。

 「たとえ知らぬ間に利用されていても、最終的にはそれをはねのける強い力とゆるがぬ『目的』を持っていなければならない。サスケも、オレも、自分にしかできない目的をな」

 「自分にしかできない目的」

 うなずき、イタチは強い光をたたえた瞳で水蓮を見つめた。




いつもありがとうございます。
体調を崩し少しペースが落ちてしまいましたが、何とか投稿させていただけました…
(^_^;)
しかし、真伝はやはり辛いですね…(>_<)
書きながら改めて真伝や、終焉の話を読んだり、マダラがサスケにイタチの真実を語るところを見たりして…切なくて泣いてしまいます(^_^;)
予定では、あと一話真伝の内容を踏まえて書かせていただきます(*^_^*)

…今日もまた…真伝を読み返し…イタチの夢を見そうです(笑)

それでは、又…次回…(^v^)
いつも本当にありがとうございます!

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