いつの日か…   作:かなで☆

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第五十三章【継がれし想い】

 すっかり暗くなった夜の山の中。

 大きな木の陰に隠れるように位置する洞窟に水蓮とイタチは身を置いていた。

 

 

 「この場所を覚えているか?」

 簡単に食事を済ませて一息ついたところで、イタチが水蓮に聞いた。

 「…え?」

 ランプの灯りの中で水蓮は首をかしげる。

 随分アジトの位置は把握できてきたが、今いる所は覚えがなかった。

 「来たことあったかな?」

 イタチが「ああ」と小さく笑う。

 「お前と初めて会った時に来たアジトだ」

 その言葉に記憶をたどるが、確証するほどの物は出てこない。

 「あの時は混乱してたから」

 苦笑いを浮かべる。

 「そうだな」

 二人の脳裏にあの日の事がよみがえり、顔を合わせて笑う。

 「色々あったな」

 「うん。色々あったね」

 胸中に様々な想いがめぐり、水蓮はランプの灯りをじっと見つめた。

 あの日から、イタチを支えようという気持ちはずっと変わらない。

 それでも、こんな風に気持ちが通じ合い、幸せな時間を持てるようになるとは思ってもみなかった。

 だが、時間を重ねた分どんどん近づく時。

 その不安と恐怖は、消すことはできない。

 それはどちらの心にも、影を差す。

 その影を必死に照らそうとするように、二人の間でオレンジの灯りが揺れる。

 しばし沈黙が流れた後、イタチがランプを手に立ち上がった。

 「水蓮。少し外を歩かないか」

 暗くなってからはあまり不用意に外に出たりしないイタチがこんなことを言うのは珍しい。

 水蓮は少し戸惑いを見せるが、すぐに笑みを返して立ち上がった。

 「うん」

 洞窟から出ると思いのほか暗く、水蓮は一瞬その暗闇に足が止まった。

 そんな様子に気付き、イタチがスッと水蓮の手を取り優しく包み込む。

 「放すな」

 その背に輝く細い三日月が、洗練された容姿と優しいほほえみをさらに美しく際立たせる。

 水蓮はそんなイタチに一瞬見とれ、なぜかその存在がどこかに消え入りそうな不安に襲われた。

 「怖いか?」

 夜の闇をさして言ったその言葉…

 なぜか、この先自分たちが歩む道をさしているように聞こえた。

 水蓮はまっすぐイタチを見つめる。

 「ううん。怖くないよ。イタチと一緒なら怖くない」

 つないだ手に力を入れ、二人は小さなランプの灯りを頼りに歩き出す。

 

 …言葉はない…

 

 だが、その静かな時間を共有していることにお互い心が幸せに満ちていた。

 葉を踏む足音が重なるたびに、同じ空間に存在していることを実感する。

 繋がれた手のぬくもり。視線が合わさるたびに交わす微笑み。

 ただそれだけでよかった。

 

 しばらくして、川のせせらぎが聞こえてきた。

 昼間とは違い、夜の静けさの中で聞こえるその音は、研ぎ澄まされていてどこか神秘な感じがする。

 辺りは樹齢の長い木が多いのか巨木が並び、細い三日月の明かりはすでに届かず、闇が深まる。

 ふとイタチが立ち止まりランプの灯りを吹き消した。

 「少しだけ、目を閉じていろ」

 唯一の灯りを失い戸惑うが、水蓮は言われるがままに目を閉じた。

 イタチはその体を抱き寄せ、ゆっくりと導くように歩く。

 互いに外套はまとっておらず、ぬくもりと鼓動が強く伝わり合う。

 

 ややあってイタチの歩みが止まった。

 「開けていいぞ」

 耳元でささやかれた優しい声にドキリとしながら、水蓮は静かに目を開く。

 「……っ」

 目の前に広がる光景に息を飲んだ。

 深い闇の中、浮かび上がる無数の小さな光の粒。

 その光は静かに流れる川の水を輝かせ、まるでそこに星空が、小さな宇宙が広がっているようだった。 

 「蛍?」

 イタチは頷き、空間にちりばめられた優しい緑色の光を見つめた。

 その瞳は写輪眼ではない美しい漆黒の瞳。

 「今の時期、この辺りはちょうど蛍が見れるんだ」

 「すごい綺麗」

 数え切れぬほどの光が、目の前の景色を惜しげない輝きで照らしている…

 

 穏やかな川

 

 立ち並ぶ木々

 

 やさしい風に揺れる草の緑

 

 咲き乱れる紫陽花

 

 すべてがまばゆい輝きをまとっている。

 

 「本当にキレイ」

 「ああ。キレイだな」

 

 二人はその場に座り、自然の作り出す美しい光景をながめる。

 

 「ここの蛍もきれいだが、オレの中では2番目だ」

 「一番は?」

 イタチはどこか誇らしげなまなざしで答える。

 「木の葉の里で見る蛍だ」

 水蓮はドキリと胸を鳴らした。

 イタチの口から里の思い出話を聞くのは初めてだった。

 「アカデミーの裏山の奥にある川辺で、この時期ここと同じように蛍が飛ぶ。その川辺には様々な色の花が咲き、水の流れはこの川よりまだもう少し穏やかで、あそこで吹く風は優しい香りがする」

 水蓮の脳裏にその光景が浮かぶ。

 懐かしげに眼を細めるイタチの顔。

 

 表情を見ればわかる…

 イタチがどれほど里を愛しているのか…

 

 水蓮は胸が締め付けられるようだった。

 

 こんなにも里を愛しているのに、この人は里には戻れない…

 

 「里にいたころ…」

 イタチは蛍を見つめたまま静かに言葉を続ける。

 「サスケとよく見に行った」

 水蓮はその言葉にまたドキリとしてイタチを見つめた。

 イタチの口からサスケとの話を聞くのも初めてだ。

 少し驚いた様子の水蓮に、イタチはフッと小さく笑う。

 「あいつ、蛍を捕まえようとして川に落ちたことがある。助けようと手を出して、オレも一緒に落ちた」

 幼い二人のその姿を思い浮かべて、水蓮は思わず笑った。

 イタチも笑う。

 「あいつはいつも無茶ばかりしてたよ。強くなろうと必死だった」

 「あなたを追いかけて?」

 「ああ。だからオレは、あいつが強くなるために、あいつの超えるべき壁であり続けようと思った。疎ましく思われても、たとえ憎まれようとも」

 その瞳に、悲しみは見えない。

 決意を秘めながらも、優しい色をたたえている。

 だが、水蓮はその瞳の奥に秘められた物を見つめていた。

 

 だけど、つらい…

 

 他に道はなかったのかと…思わないわけがない…

 

 そっとイタチに体を寄せる。

 イタチは優しくその体を抱き寄せた。

 「誰かにこんな話をできる日が来るとは思ってなかった」

 水蓮はそれを喜んでいいのかわからなかった。

 そうすることで余計に苦しめるのではないかと、そんな不安に襲われた。

 だがもしそうだとしても、その痛みもすべて受け止めて行こうとそう思った。

 ギュッとイタチの手を握りしめる。

 イタチも、強く握りかえす。

 「水蓮」

 心の芯に響く声。水蓮が見上げると、そこには真剣なまなざし。

 イタチは少し間を置き、静かに言葉を伝えた。

 「お前に、頼みたいことがある」

 「…え?」

 水蓮は驚きを露わにする。

 イタチからこんな風に改まって何かを頼まれるなど、今までになかったことだ。

 「なに?」

 戸惑いながら聞く水蓮にイタチはゆっくり話し出す。

 「渦潮の里の事を覚えているか?」

 水蓮は頷く。

 かなり時が経ってはいるが、忘れるはずがない。

 母の思念に会い、自身の生い立ちが明らかになった場所だ。

 「あの壁画の事も覚えているか?」

 「壁画…」

 脳裏にあの時のことが思い浮かぶ。

 母の思念とチャクラが消えた後、イタチの術で壁に大きな壁画が現れ、それをイタチは読み解いていたようだった。

 「覚えてるよ。なんの絵かは分からなかったけど」

 「そうか」

 イタチは一度言葉を切り、川を飛び交う蛍を見つめながら、静かな声で言う。 

 「あの壁画には、オレの探している物について描かれていた」

 「探してるものって」

 水蓮の言葉に誘われるように風が吹き抜け、イタチの髪を揺らした。

 その揺らめく髪の間から見える瞳がひときわ輝き、水蓮を見つめる。

 風が消え、イタチの声がシン…と落ちた静寂の中に流れる。

 「十拳剣(とつかのつるぎ)だ」

 水蓮は息を飲んだ。

 サスケとの最後の戦いの時に、大蛇丸の呪印を封印した(つるぎ)

 

 もうすでに持っていると思っていた…

 

 思わずその言葉が出そうになり、水蓮はグッと口をつぐむ。

 「その剣は貫いたすべての存在を、永久に幻術世界へと閉じ込める力を持つ。古い文献にその剣を見つけてオレはずっとそれを探していたんだが、詳しい情報が残されておらず、この目を持ってしても感知することができなかった」

 「それが、あの壁画に?」

 「ああ。あの壁画に描かれていたのは、過去にうちは一族の者が十拳剣で悪しき存在を封印し、その後剣をうずまき一族と共に封印したという一連の流れと、その封印場所についてだ」

 そんな重要なことが描かれていたのかと水蓮の喉が鳴る。

 「そしてその最期には、万華鏡写輪眼でしか読み解くことのできない5つの事柄が記されていた」

 「5つの事…」

 「ああ」

 イタチはゆくりと話しだす。

 「一つ目は十拳剣の事だ。その剣は実体のない【霊器】と言われるもので、封印の際その力を3つに分かち、それぞれ別の場所に封印したと書かれていた」

 イタチがフッと小さく笑う。

 「実体がない上に強力な術で封印されていたんだ。どうりで感知できないはずだ」

 「強力な術」

 「ああ。特殊な術だ。剣に施された封印術は、うちはとうずまき一族の二つの力で構成されていて、解くにもその両族の力が必要のようだ」

 「うちは一族とうずまき一族。両方の力」

 イタチはうなずき話を続ける。

 「ただ、術式や印に関しては書かれていなかった。おそらく封印場所に行けばわかるんだろうがな。3つ目には再び剣を封印したのちに、その事を伝え継ぐ際の事が書かれていた。うずまき一族は同家系に、そしてうちは一族はその術を扱えるだけの力を持つ者に。それぞれただ一人だけに伝え継ぐようにと」

 「うずまき一族の同家系って」

 「おそらく、お前の家系だ」

 水蓮は息を飲んだ。

 「お前の母が祖母と共にあの部屋に逃げ込んだと言っていただろう。あの部屋を知るのは一家系のただ一人だけのはずだ。伝承通りに伝え継がれていればな」

 「じゃぁ、もしかして剣を使っていたのは…」

 「お前の先祖にいたという、うちは一族の者と言う可能性は高い。そしてお前の母は、本来この事を伝え継ぐ役割を持っていたのかもしれない。だが里が襲撃され、切羽詰まった状況で受け継がれる猶予が持てず、ただチャクラを残すように言われ」

 「九尾チャクラの事を伝えるためだと思って」

 「ああ。あの部屋を選び、逃げ込んだという事はお前の母に剣の事を伝え継ごうとしたと考えるのが自然だ。だがその時間がなく、事実を残せずとも、せめて目印としてチャクラだけでもと思ったのだろう。お前の母でなくとも、その血を継ぐ者への導きの糸となるように願いを託して」

 命の危機を間近に、一縷の望みを託し守り抜いてきたことを必死に継ごうとした。

 壮絶な状況の中で行われたのであろうと想像し、胸が締まる思いだった。

 水蓮の気持ちを汲んだのか、イタチがグッと体を抱き寄せた。

 その時、2つの蛍の光が二人の足元に止まった。

 小さなその光を見つめながらイタチが言う。

 「この剣は次に正しく使われることを願い、二つの力で封印されたんだろう」

 「正しく使われるように二つの力で…」

 「そうだ」とイタチは頷き言葉を続ける。

 「力ある種族が協力し合う時、それは善か悪か二つに一つだ。だが、悪しき思いがどちらか片方にでもあれば、いずれ相手に強い力を持たせまいとひずみが生まれ、それに気付いた側はその者から離れる。封印を解くまでには至らない」

 「でももし両方が悪用しようとしていたら…?」

 「この世の終わり。とまでは言わないが恐ろしいことになるだろうな。だがそうならぬことを願い、祈り、想いと共に封印された。その想いが、4つ目に書かれていた事だ。扉、壁、そして剣に施された封印を解くための術を受け継ぐ条件」

 イタチの瞳が優しく水蓮を見つめる。

 「己の力を、大切な者のために使える人物に引き継ぐべし」

 ふわりとほほ笑むイタチの顔が蛍の淡い光に照らされる。

 「お前の母は、そういう人物だったんじゃないか?」

 水蓮は母の性格を思い返しうなずいた。

 「そして、本当ならいずれお前に引き継がれるはずだった」

 風が流れ、足元に止まっていた蛍が宙に浮き飛んで行く。

 イタチは何かを懐かしむようにその光を見つめながら言った。

 「オレはあの術を、親友のうちはシスイという人物から託された。その命の灯が消える直前に」

 大切な親友を思い出して、つなぎ合う手に力が入る。

 「シスイにしても、お前にしても、己の力を決して自分のためには使わない。何かを守るために使う。そういう人間だ」

 今は亡き親友を思うその心を感じ、水蓮の目から涙が落ちた。

 「書き残された通りに、想いは継がれている。だが未来を危惧して、剣とあの部屋の事はうずまき一族にのみ伝え継がれた。それが最後に記されていた事だ」

 「うずまき一族にだけ」

 水蓮の言葉にイタチは厳しい眼差しを浮かべる。

 「うちは一族は、元来戦闘の種族だ。その剣を欲する理由を懸念しての事だろう。シスイもただ【いずれ一族にとって必要な力となる】とだけ言われて、術を引き継いだようだった。様々なことを想定し、うずまき一族には剣とあの部屋の事。うちは一族には壁画の封印を解く術と、万華鏡写輪眼でのみ読み解くことのできる文章を。それぞれに分けて残したんだ」 

 

 うずまき一族がいなければ扉は開かず…

 

 うちは一族がいなければ、剣の封印場所は分からない…

 

 「二つの種族の協力を願って」

 「ああ。そして本当に剣の力が必要ならば、共にそこにたどり着くとそう信じて」

 「そこに私たちがたどりついた」

 水蓮はその事に、過去からのつながりを感じていた。

 会った事のない祖母や先祖。

 それでも自分にとって確かな身内。そして同じ一族。

 母で途切れてしまうはずだった受け継ぐべき物が、こうして自分に引き継がれている。

 そこに強い絆を感じ、一粒涙が落ちた。

 「イタチ。ありがとう」

 イタチが一緒にあの場にいなければ、壁画に気付かぬまま終わっていた。

 「ありがとう」

 言葉を重ねる。

 自分の中に一族という血のつながりを感じ、水蓮の心の中にぬくもりが生まれる。

 イタチはその想いを悟り、優しく微笑む。

 「オレは一族という枠にとらわれることを好まない人間だ。だが、一族が守り伝えてきたことは、正しく受け継がれるべきだと思っている。そうしなければ、それが争いを生むことにもなりかねないからな。命と共につなげてきた物は、命を守るために存在しなければならない」

 水蓮は無言でうなずく。

 イタチは水蓮の目に浮かぶ涙をぬぐいながら「しかし…」と、珍しく少し高揚した笑顔を浮かべた。

 「何も知らないオレたちがあの場所にたどり着いた。ましてお前は別の世界から来たんだ。不思議なものだ…」

 

 不思議…

 

 しかし、水蓮はその言葉に首を横に振った。

 「不思議なんかじゃないよ。十拳剣がイタチを呼んでるんだよ」

 どこか確信にあふれたその言葉に、イタチは驚いた表情で水蓮を見つめる。

 水蓮は満面の笑みを浮かべて「きっとそう」と続けた。

 「水蓮…」

 イタチはその笑みに感情が極まり、思わず水蓮を抱き寄せ、額に口づけた。

 「………っ!」

 突然の事に水蓮の顔が真っ赤に染まる。

 その様子に小さく笑いをこぼし、次に真剣な眼差しをたたえてイタチは水蓮を見つめた。

 「水蓮。オレには十拳剣が必要だ。そのためにはお前の力がいる」

 考えるまでもなかった。

 しかし、水蓮が答えるより早く、イタチが「だが」と、言葉を継ぐ。

 「これからオレが話すことを聞いてから、よく考えてほしい。オレがどう生きてきたのか…」

 イタチは何かを決意したような目で水蓮を見つめ、続けた。

 「オレがどういう人間なのか。そして、オレが十拳剣を必要とする理由、求めるその先を」

 「……っ!」

 水蓮の体が強張った。

 イタチがしようとしている話。それは、ずっとイタチが描き目指してきた【終焉】

 それは決して誰も踏み入る事の出来ない領域。

 水蓮もそれだけは決して口にするまいと誓っていた。

 それを今、イタチは話そうとしているのだ。

 「お前には知る権利がある。いや。お前には知っていてほしい。そして、その上で決めてくれ」

 その言葉を合図にしたかのように、飛び交う蛍の光が強さを増した。




いつもありがとうございます(*^^)
内容が少し重要なところに入りだし…今後少し投稿のペースが今までのようにはいかないかもしれません(>_<)
今もちょっと詰まり気味で描いている感じで…(~_~;)
二十行くらい書いて手が止まって…。資料読んで…頭こんがらがって…
【だぁぁぁぁぁっ!( 一Д一)∑!】なってます(-_-;)でも、ペースは落ちても進んではいますので…なにとぞ…お待ちくださいませ(>_<)☆
「どうかっ!どうかっ!(柱間風(笑))」

今後ともよろしくお願いいたします(*^_^*)
いつも本当にありがとうございます!(*^^)

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