いつの日か…   作:かなで☆

5 / 146
第五章  【好き嫌い】

 あれから3日が過ぎたが、水蓮たちは同じ街に留まり過ごしていた。

 イタチと鬼鮫は暁からの命令なのか、情報収集に行くと日中は二人で出かけ、夕方に戻ってくるという日々だ。

 イタチは影分身で鬼鮫と動いており、本体は宿に残した水蓮の見張りとしてそばについている。

 が、町をあまりうろついて人目につくわけにいかないのか、宿から出ることはなく、水蓮はこれと言ってやることもなく時間を持て余していた。

 イタチは特に何かを話すでもなく、忍具の手入れをしたり、何か難しそうな本を読んで過ごしている。

 水蓮は自分のことをあれこれ聞かれるかと思っていたが、初日に何も聞き出せず、それ以上は無駄だと思ったのか、イタチは一切聞いてこなかった。

 今も窓辺で座って本を読んでいる。

 水蓮はテーブルに両肘をついて手に顎を乗せ、そんなイタチをながめているうちに、暖かい日差しに眠気を誘われてうとうととし始め、がくりと崩れ落ちテーブルに額をぶつけた。

 ゴツッという音にイタチはビクリと体を揺らし水蓮を見る。

 「いった…」

 額を押さえて顔をあげる水蓮を見て、イタチは静かな声で言う。

 「大丈夫か?」

 「だ…大丈夫」

 「見せてみろ」

 イタチは額をさする水蓮にスッと近づき、水蓮の前髪をかきあげて顔を覗き込む。

 「………っ!」

 水蓮はビクリとして固まる。

 天然なのか、それとも兄という人間の性なのか。イタチは特に気にする様子もなく真顔だ。

 「ずいぶん赤い。かなり思いきりぶつけたな」

 赤いのはぶつけただけではない。水蓮はパッと体を離して「へ…平気…」とひきつった笑みを浮かべた。

 「そうか…」

 イタチはまた本を読もうとしたが、すぐにその本を閉じ、立ち上がり水蓮に向き直る。

 「少し、外に出るか」

 「え?でも、いいの?」

 躊躇する水蓮の前でイタチは先日の姿に変化し、部屋のドアを開ける。

 「薬屋に用事もある。行くぞ」

 「あ、うん」

 水蓮は急いで立ち上がりイタチの後に続いた。

 「また薬?」

 「いや、これだ」

 イタチが例の瓶を取り出す。

 「受け取ったという証拠に空瓶を送り返すことになっている」

 水蓮はドキッとして瓶を見つめるが、特に変わった様子はなく、文字も浮かんではいない。

 

 それを読みとるには何か仕掛けがあるのだろうか…

 

 なんとなく気まずくなり顔をそむける。

 薬屋につくと慣れた様子で店主がそれを受け取り、二人は雑談をし始めた。

 水蓮は何とはなしにこの間の本を手に取り読む。

 読み進めるうちに、咳や炎症を抑える薬の調合を見つけ、興味深く読みいる。

 薬の調合ができれば、イタチの役に立てるかもと、そんなことを思う。

 「気に入ったのか?」

 いつの間に後ろにいたのか、イタチが本を覗き込んできた。

 女性の姿のイタチは水蓮とあまり背が変わらないので、顔の近さに水蓮はまたドキリとする。

 イタチはその本を手に取り、ぱらぱらとめくって内容を見る。

 「見やすい本だ」

 一つうなずきそのまま店主のところまで持っていき「これを…」と支払いを済ませ、本を水蓮に差し出した。

 「え?悪いよ」

 

 相場がよくわからないが、高そうだ…。

 

 しかしイタチはフッと笑い遠慮する水蓮の手に持たせる。

 「気にすることない。少しは時間つぶしになる」

 そう言って店を出てゆく。

 水蓮は店主に頭を下げ、店を出てイタチに並んで歩く。

 「あの…ありがと」

 本をぎゅっと握りしめるその姿にイタチは少し懐かしげな色を浮かべて目を細める。

 「もう一か所、寄るところがある」

 イタチの視線の先にあったのは、甘味処だった。

 「あそこ?」

 「そうだ」

 早々と店に入って席に座り、注文する。

 

 そういえば…イタチ甘いもの好きだったな…

 

 普段は来ずらいであろうこの場所。女性の姿なら入りやすいのだろう。

 イタチの表情がわずかに柔らかく見える。

 運ばれてきた団子を受け取り、イタチは無言で食べ進める。

 一見無表情に見えるが、どうやら表情が崩れるのを我慢しているようだ…。

 その不自然な無表情に、水蓮は小さく笑った。

 「なんだ?」

 「ううん。何でもない」

 水蓮も団子を口に運ぶ。

 自分の世界の物とは違い、素朴な、本当にシンプルな味。

 だがその優しい甘さに、ついと顔がゆるみきる。

 「おいしいね」

 水蓮のほのぼのとした雰囲気がふわりと広がる。

 「私ね、お菓子作るの得意なのよ」

 「そうか」

 「料理もそこそこできるから、野宿するときは何かおいしいもの作るね」

 「ああ」

 「嫌いなものあるの?」

 「肉はあまり食べない…」

 よほど嫌いなのか顔をしかめるイタチ。

 「お肉も食べないとだめだよ。ステーキとかおいしいじゃない」

 「あれは無理だ…」

 「もったいない」

 気兼ねしない水蓮の雰囲気のせいか、淡々とした受け答えではあるが、ごく日常的な会話を交わし合う。

 水蓮はそんな普通の空気が嬉しく、しばらく何気ない話をして穏やかな時間を過ごしていたが、ちょうど食べ終わったころにイタチの表情が少し厳しく変わった。

 「戻ってきたようだ」

 その言葉に、水蓮は鬼鮫とイタチの影分身が宿に戻ってきたことを悟る。

 何かあったのか、イタチの表情は固く先ほどまでの空気が一瞬で消え、水蓮は不安になる。

 「戻るぞ」

 その一言を最後に、イタチは宿まで何も話さなかった。

 宿に着くと、鬼鮫はすでに荷物をまとめ出立の準備を終わらせていた。

 すでにイタチの影分身はおらず、イタチも元の姿に戻り手早く荷をまとめている。

 「すぐに向かう」

 「ええ。ここの支払いは済ませておきましたよ」

 二人の様子に水蓮は状況が把握できずに戸惑う。

 「ど、どうしたの?」

 鬼鮫が部屋を出ながら水蓮に答える。

 「急用ができました。移動します」

 「わ、わかった…」

 

 暁の任務だろうか…

 

 戸惑いながらも頷く水蓮を見て、鬼鮫はイタチに向き直る。

 「どうしますか?」

 その視線の先ではいつの間にかイタチが再び影分身を作り出していた。

 「連れてはいけない」

 「え?」

 自分に向けられた言葉だと気付き、水蓮は目を見開く。

 「水蓮、お前を安全な場所にしばらく預ける。オレの影分身と行け」

 「………」

 影分身が一緒とはいえ、内容がわからぬまま突然離れることになり、水蓮は動揺していた。

 「そんな…」

 急に心細くなる…。

 「心配するな、信用のおける場所だ。2.3日で戻る」

 まるで安心させるようなその口調に、鬼鮫が目を細めて何やら言いたげな顔で見ている事に気づき、イタチが同じく目を細める。

 「なんだ?」

 「いえ別に…。それより急ぎましょう」

 イタチは頷き、一度水蓮に目を向けさっと姿を消した。

 水蓮は隣にいる影分身(イタチ)に何が起こっているのか聞こうとしたが、やめた…。

 自分は仲間として一緒にいるわけではないのだ。

 何も教えてはもらえないだろう。

 「行くぞ」

 影分身(イタチ)は水蓮を抱き寄せ、瞬身の術でその場から移動した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。