いつの日か…   作:かなで☆

46 / 146
第四十六章【師と弟子と】

 水蓮の初めての単独任務は、組織からそれなりに信用を得られた結果となった。

 特に、今は使われていないとはいえ、大蛇丸のアジトの場所が把握できたことが大きかったようだった。

 「使っていなくとも、アジトにはそれなりに情報は残っていますからね」

 「ああ。運がよかったな」

 「そうだね」

 水蓮達は組織にありのまますべてを報告し終え、街で宿をとり、一息つきながら言葉を交わしていた。

 イタチと鬼鮫も一緒だったとはいえ、久しぶりの本拠地と、ペインとの対面で緊張したこともあり、水蓮には疲労が色濃く表れていた。

 それでも、いつもの空気にその身を戻せたことに、気持ちは落ち着いていた。

 「まぁ、まずまず成功と言えますかね」

 鬼鮫はそう言って、すぐに「いや」と打ち消す。

 「接触しなくていい本人に接触した時点で、ある意味失敗でしょうか。どうですかねぇ、イタチさん」

 「そうだな…」

 ジトリと二人の視線が刺さる。

 「…う。ふ、不可抗力よ」

 答える水蓮に、鬼鮫が「クク」と笑う。

 「あなたが出た夜に、イタチさんから聞いたときは驚きましたがね」

 「驚いたというか、お前は笑ってただろ…」

 イタチがあきれた口調で放った言葉に、鬼鮫がまた笑う。

 「まさかすぐに本人と接触するとは思いもしなかったので。ある意味才能だ。さすがですね」

 「なによそれ。他人事(ひとごと)だと思って。大変だったんだから」

 思い返してげっそりとする。

 「イタチさんはずいぶん動揺してましたけどね」

 「どんな情報が漏れるかわからないからな」

 スイッ…と視線を流し反らせ、イタチは立ち上がった。

 「明日から少し出る」

 「今度はあなたですか」

 イタチは小さくうなずいた。

 「2日ほどで戻る。霞峠のアジトで待て」

 「わかりました」

 答える鬼鮫の隣で、水蓮が不安げな顔を浮かべた。

 「心配ない。今回はそう困難なものではない」

 小さく笑って、ふわりとやさしく頭に手を乗せる。

 「もう休め。疲れてるだろうからな。オレは少し物を買い足しに行く」

 イタチはそう言って部屋を出て行った。

 その背中を見送る水蓮に、鬼鮫が「いいんですか?」と言葉を投げた。

 「…え?」

 首をかしげる。

 鬼鮫はフッと小さく笑って返す。

 「いつもならついて行くのに」

 確かに、そういったことは何度かあった。

 だが、なぜか体が動かなかった。

 疲れていることもある。しかし、それだけではなかった。

 そばで過ごしたいという気持ちはもちろんあるものの、やはり躊躇する気持ちがぬぐい切れぬずにいた。

 こんな事ではダメなのだと言い聞かせながらも、隣にいると先の事を想像して泣いてしまいそうな気がして、どうしても動けなかった。

 通じ合った後に襲い来た思いもよらぬ感情。

 そして、今までとは違う自分の弱さ。

 それに阻まれて動けない情けなさが、どんどん気持ちを沈み込ませていた。

 「…疲れて」

 水蓮はスッと視線を落とした。

 鬼鮫は「そうですか」と一言返し、立ち上がった。

 「この宿の裏に、広場があるんですがね」

 唐突な話に水蓮が不思議そうに顔を上げる。

 「久しぶりに少しやりますか」

 向けられた視線に、修行の話だと悟る。

 「………」

 無言で考える水蓮に、鬼鮫は背を向けてドアに手をかける。

 「疲れているなら構いませんよ。一人で体を動かしてきます」

 カチャリ…とドアノブをまわす音に、まるで引き上げられるように水蓮は立ち上がった。

 「行く。私も行く」

 確かに疲れてはいた。

 だが、少し体を動かして気分を変えるのもいいかもしれないと、鬼鮫の後に続いた。

 

 

 「いつでもどうぞ」

 「うん。よろしくお願いします」

 宿の裏。体を動かすには十分なスペース。

 宿から漏れる明りで視界もさほど悪くなく、水蓮は鬼鮫をしっかりとその目に捉え構える。

 深く息を吐き、短く一気に吸い込み地を蹴る。

 

 ガッ…と音を立てて互いの腕を交える。

 水蓮は空いた手で重なる鬼鮫の腕をつかんで、そこを起点に飛びあがり蹴りを繰り出す。

 後ろに身を引いてかわした鬼鮫は、水蓮に掴まれたままの腕をくるりと反転させ、逆に水蓮の腕をつかんで引く。

 傾いた水蓮の体の先には、鬼鮫の膝。

 斜めの角度から来たその一撃を、水蓮はチャクラをめぐらせた手で、力の行先に向けてはじく。

 その勢いを利用して鬼鮫の手をほどき、倒れそうになった体をひねって、地に手をついて着地する。

 

 ずざぁぁっ…

 

 地をこする足先から砂ぼこりが立つ。

 水蓮はグッと足に力を入れて土を蹴りあげ、またすぐに鬼鮫に向かった。

 

 

 しばらくの間、こうして打ち合いは続き、夜の薄明りの中に、二人の存在が切れの良い音を生み出してゆく。

 

 ややあって、水蓮が高く飛び上がり鬼鮫と距離を取った。

 

 …距離を取って、風遁で搖動を…

 

 息を整えながらそう思考をめぐらせる。

 しかし、印を組むその手が止まった。

 背後に生まれた気配とともに「残念…」とつぶやく鬼鮫の声。

 手刀の形にぴんと伸ばされた手が、軽く水蓮の首に当てられた。

 「ここまでですね」

 まったく息の上がらぬ様子の鬼鮫を背にしたまま、水蓮は大きく息を吐き出し、膝に両手をついて体を前かがみに折り曲げる。

 そのまましばらく荒い息を繰り返し、少しずつ呼吸を整える。

 ポタ…と落ちた汗が地面に跡をつけて広がり、消えてゆく。

 冷たい風が吹き抜け、少し火照った体を心地よくなでていった。

 水蓮はもう一度大きく息を吐き出して、ゆっくりと体を起こす。

 「全然だめだ。強すぎるよ」

 当たり前のことだが、ついこぼれる。

 だが、体を動かし、打ち合いに集中したことで幾分か気持ちがすっきりしたのか、知らぬ間に笑顔が浮かんでいた。

 「だいぶ上達したと思いますよ」

 「ほんと?」

 振り向いた先で、鬼鮫は小さく笑み浮かべていた。

 「あなたは、相手の力を逃がすのがうまい。まともに受ければ力負けしてしまう自分の事が、よくわかっている」

 思いがけず褒められて、照れながらもうれしくなる。

 「ですが、術との兼ね合いがよくない」

 「…う…」

 間髪入れずに指摘を入れられ、喜びが一瞬で消える。

 「なぜなら?」

 問われて、水蓮は目をそらしながら答える。

 「止まらないと印を組めないから」

 鬼鮫は「そう」といいながらうなずいた。

 「しかも、あなたは印を組みなれていないから、まだ遅い。それに、脚力もさほど強くないから、それほど相手から距離をとれない。その上止まらなければ印を組めないようでは、隙だらけだ」

 「…うぅ…」

 返す言葉なく、水蓮はうなだれる。

 「何度も言ったはずですがね」

 確かに、この話は数回聞いている。

 それなりに練習はしているものの、水蓮はまだ走りながら印を組むということが、習得できずにいた。

 「どうしても指がぶれるのよ。走りながらだと」

 「言い訳は不要。必要なのは訓練だ」

 とはいえ、水蓮が術を使い始めてからまだ2年たっていない。

 それを考えれば、その言葉はずいぶん厳しい。

 しかし、鬼鮫はそうは思いながらも表情を緩めて言葉を続けた。

 「あなたは器用ですからね。できるはずだ」

 突き放した言葉の後に向けられた期待を込めた言葉。

 それがうれしく感じ、水蓮はグッと握った手を見ながら笑顔でうなずいた。

 「少しはすっきりしましたか」

 「…え?」

 「まるでナメクジのようでしたからね」

 「なにそれ…」

 口をとがらせて返す。

 しかし、内容は分からぬにしても、鬼鮫なりに気にかけてくれていたのだと思うと、さらに気持ちがすっきりしだした。

 その様子を見届けて、鬼鮫は視線を上げ、水蓮の後ろに浮かぶ月をその目に映す。

 「この時期は月がよく見える」

 つられて水蓮もふりあおぐ。

 …冷たく澄みきった空気が月を美しく輝かせていた。

 その光に、あの夜の事を思い出す。

 そしてハッとする。

 

 あの日誓った

 決して孤独にしないと

 

 自分の恐怖より、イタチを孤独にすることの方が怖いとそう思っていたのに…

 それなのに…

 サスケと会った後のイタチを…

 

 水蓮はバッと勢いよく鬼鮫に振り返った。

 「どうしました?」

 「やっぱり、行ってくる!」

 一言そう言い残し、水蓮は走り出した。

 

 

 

 町の中は、あちこちの店が一日の仕事を終えて戸を閉めだしていた。

 水蓮はイタチの姿を探してあたりを見回しながら走る。

 「物を買い足すか」

 先ほどイタチの言っていた言葉を思い出し、行き先を考える。

 

 「薬草は私が持ってるし…」

 

 薬屋にもついこの間行ったばかり…

 

 保存食も確かまだあった…

 

 あとは忍具…

 

 足を止めてくるりとまわりながら、目に留まる店を確認する。

 しかし、街の雰囲気からして忍具店があるようには思えない…

 「いったい何を…」

 ゆるく握った手を口元に当てて考える。

 しかし、買う必要のある物が思い当らない。かわりに違うことが思い当った。

 

 買うものなどない…

 

 何かを買いに出たのではない…

 

 サスケに会った後の、感情の揺れを抑えに外へ出たんだ…

 

 「ばかだ。私…」

 つぶやいて再び走り出す。

 

 こんな時に一人にするなんて。これじゃぁ意味ない…

 

 水蓮の胸に情けなさがあふれた。

 その感情と、少しずつ荒くなり始めた息を時折整えながら、探し続ける。

 

 イタチの行きそうなところ…

 

 水蓮は町の中を走りながら上を見上げた。

 

 こんな時はきっと…

 

 しばらく走り、たどり着いたのは町の中で一番高い建物。

 その屋根の上に、揺れる赤い雲が見えた。

 

 見つけた…

 

 近くの建物伝いに、水蓮は何とか屋根までたどり着く。

 イタチは、静かなたたずまいで屋根の端に立ち、見上げていた。

 

 輝く月を

 

 「どうした?」

 振り向かぬまま放たれたその言葉を乗せた風が、水蓮の髪をなびかせる。

 水蓮は何も言わぬままそっと歩み寄り、後ろからイタチを抱きしめた。

 「何でもない」

 ギュッと力を入れる。

 イタチは水蓮の手に自分の手を重ね「そうか」と一言静かに冷静な声で返した。

 だが、水蓮の手を握る力が少しずつ強さを増してゆき、それが揺れる胸中をあらわしていた。

 水蓮はさらにその上から手を重ね、強く握りしめる。

 

 

 この人のために強くならなければ…

 

 いつでも笑顔でいられる様に…

 

 何にも負けない。決して涙を流さない。そんな強さを見つけないと…

 

 

 イタチの見つめる先にある月に、それを願った

 

 

 こぼれそうな涙を、ぐっとこらえた


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。