いつの日か…   作:かなで☆

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第四十五章【手のひらに乗せた想い】

 朝の出発が遅かった事と、先ほどの一件で時間を取った事もあり、出発地点であったアジトへ戻った頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。

 「で、どうする?今から町へ行くか?」

 当初の約束通り送ってくれるつもりはあるらしく、サスケはアジトに入る前に水蓮に聞いてきた。

 しかし水蓮は首を横に振った。

 「今からだと少し遅くなるし。はぐれた仲間と会えないうえに、宿取れなかったりしたら困るから」

 実際のところ、巻物が気になっての事だった。

 少しでも調べる事ができればと、もう一晩ここで過ごそうと考えていた。

 そして、もう一つ気がかりなことがあった。

 「それに、これもあるし」

 カバンから取り出したのは、昨日サスケが飲んだ毒。 

 「ちゃんと分量計って渡さないと、何するかわからないから」

 サスケは目をそらしながら小さく舌を鳴らした。

 「やっぱり無茶な飲み方するつもりだったんでしょ」

 「うるさい」

 投げ捨てるように言い、アジトへと入っていくその背に水蓮も続く。

 中に入り、持っていた保存食で食事を済ませ、サスケはまた毒を口に含み眠った。

 幾度かサスケと口論しながら折り合いをつけたその量に、水蓮は少し不安を感じていた。

 そして1時間ほどたってから、サスケが苦痛に小さな声を上げた。

 「やっぱり」

 ため息を吐きながら、水蓮は昨日同様痛みの緩和をと、サスケに手をかざした。

 しばらくチャクラを流すと、思ったより早くサスケの表情は平静を取り戻した。

 「もう少しかかるかと思った」

 思わずつぶやく。

 

 やはり何らかの薬で、体質が特殊になっているのだろうか…

 

 それでも、念のためにと、水蓮はもうしばらくチャクラを流したまま様子を見ることにした。

 「なんで…」

 目を閉じたまま、不意にサスケが口を開いた。

 「起きてたの?」

 「ああ」

 「なに?」

 向けられた問いを尋ねる。

 「さっき、なんで…」

 先ほど刀を握る手を止めたことかと、水蓮は答える。

 「目の前で人が死ぬのは見たくないから」

 しかしサスケはその答えに、目を閉じたまま「違う」と言葉を重ねた。

 「え?」

 「さっき、なんで怒ったんだ。あんたには関係ないだろ。うちはの事は」

 「あ…」

 水蓮は一瞬言葉をつまらせたが、素直に思った事を言った。

「何も知らない人間が、何かを言えるような事じゃないでしょ。たとえどんな事情があっても、失われた命に対して言っていい事じゃない」

 サスケが目を開き、水蓮を見つめた。

 「それに…」

 水蓮は少し声を落として続ける。

 「私も一緒だから…」

 

 両親が死に、うずまき一族は滅び、今やその後がどうなっているのか分からない。

 自分がうずまき一族だという実感はあまりないものの、先程のように侮辱されたら、やはり腹が立つだろう…

 

 「あんたも、なくしたものがあるんだな」

 毒の影響で意識がはっきりしていないのか、少し虚ろな瞳で呟くように、ポツリ…ポツリと言葉を並べていく。

 「俺は全てを奪われた」

 左手を持ち上げ、その手のひらを見つめる。

 「あの男に全てを。俺は必ずあいつを殺す。必ずこの手で…あいつを殺す」

 グッと握りしめた手がゆっくりと落ちた。

 数秒後に聞こえてきた静かな寝息。

 もうチャクラを流す必要はなさそうだった。

 だか、水蓮はその手を止められなかった。

 心を治癒することは出来ない。

 それが分かりながら、それでもサスケに注ぐチャクラをなかなか止めることができなかった。

 

 

 

 

 しばらくたち、サスケがしっかりと寝入った事を確認して、水蓮はサスケのカバンからそっと巻物を取り出した。

 音を立てぬよう、息を殺し、本の少しだけチャクラを流す。

 浮かび上がった封印術は、封印場所にあった術と同じ。

 だが、水蓮は息に近い小さな声で「これ」と目を細めた。

 その時、部屋の気温が一気に下がった。

 「……っ」

 

 

 カチャ…

 

 

  固い音。首筋に冷たい感触。

 チラリと落とした視線の先、クナイが見えた。

 「何をしている…」

 耳元にサスケの低い声が刺さる。

 緊張に音を鳴らした水蓮の喉に、グッとクナイが押し当てられた。

 「答えろ」

 「これ…」

 手にした巻物にチャクラを流し術式を見せる。

 「トラップが仕掛けられてる。気になって調べてたの」

 サスケはしばし黙し。スッとクナイを引いた。

 「詳しく説明しろ」

 警戒を解かぬまま厳しい口調で言うサスケに、水蓮は、もう一度巻物の術式を見せる。

 「この術、封印場所にあった物と同じ形式なんだけど…」

 「ああ。だから、あとで俺が解くつもりにしていた。術はあんたからコピーしてある」

 

 さすが。抜け目がない…

 

 「だけど一カ所だけ式の文字が違う。これだと印が全然違ってくるの」

 水蓮が指差す先にある小さな文字を見て、サスケがハッとする。

 「気づかなかった」

 「一番小さい文字だから」

 水蓮は術式を指さしながら説明していく。

 「封印式を読むときは、まず核となる大きい文字を見る。その字と並びでどの封印式かがほぼわかるから。次は間と末の何文字かを見る。それで99%どの術かが確定する。だけど、他の小さな文字にも意味がないわけじゃない。1%の確定要素がある。だから、私はできうる限り細かく見るようにしてるの。その1%の読み違いが命取りになりかねないから」

 以前イタチから教わったことを、ゆっくりと話してゆく。

 サスケはその説明に真剣な表情で耳を傾けていた。

 水蓮の言葉が偽りないか、聞き定めようとしているようだ。

 「この巻物には封印場所にかけられていた封印式の、一カ所だけを変えたものが施されてる」

 「思い込みか…」

 水蓮はうなずく。

 「初めに難しい封印式を読み解かせて、その術式を強く印象付ける」

 「そして、巻物の封印式の小さな一カ所を見落とさせる、か。単純なようで巧妙なというやつだな」

 大きく息を吐いて、サスケは水蓮にフッと笑みを見せた。

 「あんた、意外にちゃんと勉強してるんだな」

 「意外にって一言多い…」

 そう返しながら、同じ雰囲気を感じさせる笑顔にイタチの顔が重なり、思わず音を鳴らした鼓動を落ち着かせながら水蓮は言葉を続ける。

 「違う術式で解いた場合、ただ封印が解けないだけの時もあるけど。2重にかけられていた事と、術式の伏線を考えると、もしかしたら間違えた式で解くと、中身が消えるとかそういうトラップかもしれない」

 そう言ったものがあるということも、以前イタチから教わっていた。

 それを聞き、サスケはしばし考えてから口を開く。

 「香音…」

 「………えっ!」

 久しぶりにその名で呼ばれたことと、サスケに名前を呼ばれたことの両方に驚き、声が大きくなる。

 サスケは「違ったか?」と顔をしかめた。

 「いや、違わない!な、なに?」

 「解けるか?」

 その視線は巻物に向けられている。

 水蓮は他の二つも確認して、うなずいた。

 「うん。大丈夫」

 「頼む」

 「………えぇっ!」

 あまりに素直に言うサスケに、思わずまた大きな声が出る。

 「あんたが言えって言ったんだろ。できるんならさっさとやれ。いちいちうるさいやつだな」

 「あのねぇ。だから一言余計なんだってば」

 ため息をつきながら、水蓮は巻物に手をかざす。

 そしてすべて解き終わり、それぞれを紐解く。

 「中身、確認して」

 サスケがそれぞれをしっかりと確認していく。

 どうやら中に記されていたものは消えていなかったようで、サスケは小さくうなずいた。

 サスケがすぐに巻物を閉じたため、じっくりと内容は見れなかったが、書かれていた物を読み取り、水蓮は少し息をのんだ。

 「それ…」

 「毒の調合法だ」

 中身を見られた今、隠す意味がないと思ったのか、サスケはすんなりと答えた。

 「昔、この森を拠点に毒の研究をしていた薬師がいたらしい。その人物が森の中にいくつか特殊な毒の調合法を記した巻物を隠したという情報を手に入れて、それを探しに来た」

 「そう…」

 おそらく、それもまた彼が口にするものなのだろう…と、水蓮の胸はずきずきと痛んでいた。

 

 彼は今、毒の免疫をつけている最中なのだ…

 

 「他にもまだあるんだろうがな。まあ、これほど複雑な封印のかかった物が3つあれば十分だろう」

 こともなげにそう言って少しだけ振り向いた顔が、ランプの明かりに照らされる。

 その光が瞳の中で揺らめき、切なげな色に見えた。

 

 

 「………」

 

 

 何か言葉をかけたかった…

 

 その巻物を奪い取りたい気持ちになった…

 

 イタチの事を話したくなった…

 

 彼が本当はあなたを愛していると言いたくなった…

 

 

 だが、そのすべてを飲み込んで、水蓮はニコリと笑った。

 「私、寝るね…」

 脳裏に浮かんだ事は、どれ一つとしてサスケを救えはしない。

 

 …そしてイタチも…

 

 「おやすみ…」

 「ああ」

 短くそう答えるサスケに背を向け、水蓮は部屋の隅で横になる。

 ぎゅっと握りしめた外套からイタチの香りがした。

 

 

 夜は、静かに深まっていった

 

 

 

 

 

 翌朝、早めにアジトを出て二人は森を抜けた。

 「街まではすぐだ」

 そう言って足を進めたサスケの肩越しに、水蓮は思わぬ人物をその目に捉えて足を止めた。

 「き、桔梗!」

 森の少し先、桔梗の姿をしたイタチが立っていたのだ。

 「連れか?」

 「うん」

 振り返るサスケに、戸惑いながらもうなずく。

 と同時に桔梗(イタチ)が近づいてきた。

 桔梗(イタチ)とサスケの距離が縮まる度に、妙な緊張が水蓮の中に走り、鼓動が大きく波打った。

 「どうしてここに…」

 「街で合流できるかと思って待っていたけど、なかなか来ないから探しにきた」

 「…ごめん。色々あって」

 ちらりとサスケを見る。

 サスケは「じゃぁ、俺は行く」と、さっと踵を返した。

 だが、揺れて広がったサスケの外套を、水蓮が掴んで止めた。

 「まって!」

 思わずだった。

 あまり長くそばにいれば、チャクラでイタチに感づかれるかもしれない。

 

 でも、もう少し。もう少しだけでもイタチのそばに…

 

 そんな思いから出た行動だった。

 「なんだ?」

 顔をしかめるサスケに「え~と。あの…」と言葉を探す。

 「………?」

 サスケがさらに顔をしかめるのを見て、水蓮はハッと思いだした。

 「これ!」

 カバンの中から預かったままの毒の瓶を取り出す。

 「ああ」

 サスケはそれを受け取り、さっとカバンに入れる。

 「それから、これ」

 もう一つ、親指ほどの小さな瓶を手渡す。

 「あと一回飲めば大丈夫だと思う。分量計って入れてあるから」

 「わかった」

 「絶対こっち飲んでね」

 ジトリとにらんで念を押す。

 「わかってる」

 ふてくされた様子で返すサスケに、水蓮は手を差し出した。

 「あの、ありがと」

 「なにが?」

 瓶をカバンに入れながら、サスケは怪訝そうな顔をした。

 「初めに助けてもらったお礼ちゃんと言ってなかった」

 「ああ。別に。あんたが俺の前に落ちてきただけだ」

 それはたぶん嘘なのだろうと、水蓮はそう思いながら、無理やりサスケの手を取った。

 「それでもありがとう。助かったことに変わりはない」

 サスケはどこか落ち着かない顔をしてはいたが、無理やり振り払うような事はしなかった。

 水蓮は手を放し際に「桔梗もお礼言って」と、促す。

 「…え…」

 「崖から落ちたところを助けてもらったの」 

 戸惑い動かない桔梗(イタチ)の背に周り、サスケの前に押し出す。

 

 こういった形でサスケに会えるのは、これが最後かもしれない…

 

 そう思っての事だった。

 「そう…」

 桔梗(イタチ)は静かに手を出した。

 「ありがとう」

 サスケは先ほどとは違い、抵抗なく自分の手を重ね「ああ」と、そう言い、すっと手を引いた。

 そして「じゃぁな」と短く一言残して、一瞬で姿を消した。

 桔梗(イタチ)はしばらくの間、サスケと重ねた手を見つめていた。

 その瞳には柔らかい光が揺らいでいた。

 

 

 ほどなくして、イタチが元の姿に戻る。

 それを見て、サスケの気配が完全に消えた事を悟り、水蓮は大きく息を吐きながらその場に座り込んだ。

 「どうなるかと思ったぁ…」

 緊張が抜けてゆき、空を仰ぐ。

 その視線の先から一羽のカラスがはばたき降り、イタチの前をかすめて飛び去った。

 それを見て、イタチが自分にカラスをつけて、状況を見ていたのだと悟る。

 「水蓮…」

 イタチが、座り込んだままの水蓮の腕をそっとつかんでゆっくりと立ち上がらせる。

 そしてそのままグイッと引き寄せ、抱きすくめた。

 「…え。イ、イタチ…」

 突然の事に戸惑い身じろぐ。が、イタチがさらに力を入れて抱きしめた。

 「無事でよかった」 

 「……っ…」

 強い感情がこもった口調ではない。

 静かで単調な言葉運び。

 だが、それが余計にイタチの心を深く伝えてくる。

 「イタチ…」

 目の奥が少し熱くなる。

 二日離れていただけなのに、もっと長く離れていたように感じた。

 「うん。大丈夫だよ…」

 ギュッと腕を回して力を入れる。

 イタチの体温が、今までの心細さや不安をゆっくり解きほぐしてゆく。

 ほっと心を落ち着かせる水蓮に、イタチが少し言いにくそうに口を開いた。

 「水蓮。あいつは、サスケは…」

 そして、しばらく間をおき「いや。何でもない」と小さく呟き言葉を飲み込んだ。

 水蓮も言葉をこらえる。

 イタチが聞こうとしていたものが水蓮にはわかっていた。

 

 サスケがちゃんと自分を恨み、憎んでいたか

 

 それを確認したかったのだろう。

 だが水蓮もイタチも、あの夜【終焉】については何も触れていない。

 

 そしてこれからも。

 水蓮はそれを知っている事だけは口にするまいと決めていた。

 

 

 それは、イタチにとっては、自身とサスケ二人だけの物…

 

 そこには誰人も入り込む事は許されない…

 

 イタチも話すことはないだろう。 

 それ故に、イタチは水蓮に「恨んでいたか」と尋ねる事は不自然だと思い、言葉を飲んだのだ。

 本来なら、確認する必要のないことだ。

 そして水蓮も答えるわけにいかず、口をつぐんだ。

 しかし水蓮は、それでもと、離れそうになった体をギュッと抱きしめ、イタチに伝えた。

 言えるだけの事実を。

 「サスケはあなたを…」

 イタチの体がピクリと揺れる。

 

 「自分の手で必ず殺すとそう言ってた」

 

 伝えられるせめてもの事…

 

 

 イタチは柔らかい声で「そうか」と、ただ一言だけ返した。

 

 

 涙が落ちた

 

 

 

 

 

 小高い丘の上。

 赤い夕陽にその目を染めながら、サスケは何時間か前まで共に行動していた人物を思い出していた。

 忍としての経験はさほどなさそうではあったが、封印術には()けている。

 その妙なアンバランスさが印象に残っていた。

 そして、口うるさい医療忍者。そう記憶に残していた。

 だが、なぜか心地の悪い時間ではなかったことも、心の隅にほんの少し刻まれていた。

 

 丘の下からふわりと風が吹きあがり、サスケの髪を揺らす。

 

 その髪を抑えようとした手を見てふと思い出す。

 「桔梗…」

 そう呼ばれていた人物。

 「なぜ…」

 呟きながらじっと見つめるのは、桔梗と重ねた左手。

 あの人物はなぜあの時左手を出したのか。

 まるで自分が左利きだという事を知っていたかのようだ。

 「いや…」

 

 考えすぎか…

 

 サスケは相手も左利きだったのだろうと結論付けて、どこか覚えのあるような手の感触を、気のせいだと片づけた。

 そしてカバンの中から毒の入った瓶を取り出す。

 手の中にある大小二つの瓶。

 サスケは大きい方の瓶を手に取りフタを開け口元に運ぶ。

 

 

 『もっと自分を大切にしなさい』

 

 

 不意に脳裏によみがえる言葉。

 

 それは復讐に生きる自分には必要のない物。

 強さを手に入れるためなら手段は選ばない。

 そう決めたのだ。

 

 自分の身を案じるなど、馬鹿げている。

 

 

 グッ…と手の中の瓶を握りしめる。

 死に至らないギリギリの量はわかっている。

 ツンと鼻に刺さる臭いにも、表情を変えることなく瓶を傾けた。

 しかし、その手が止まった。

 

 ふわりと再び風が吹く。

 この時期には珍しく、少し暖かい風。

 それは、香音と名乗った医療忍者のチャクラの温かさに似ていた。

 

 「……………」

 

 サスケは瓶のフタを閉めてそれをカバンに入れ、小さい方の瓶を開けて中身を口に含んだ。

 

 そして何かを振り切るように瓶を空高く投げた。

 

 グッと練られたチャクラが左手に集まり、チチチチチ…と弾き鳴る。

 

 空気を切り裂くかのような勢いで、サスケはオレンジ色の空に浮かぶ小さな瓶に向けて手を突き出した。

 

 「千鳥鋭槍(ちどりえいそう)!」

 

 千鳥が長い槍となって空へと伸び行き、瓶を貫く。

 

 

 砕け散った細かい破片の一つ一つが、夕陽を受けて切なげに輝いた。


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