いつの日か…   作:かなで☆

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第四十四章【侮辱】

 朝の気配を感じて、水蓮はゆっくりと体を起こし、サスケが寝ていた長椅子で眠っていたことに気づく。

 「いつの間に」

 身じろぎと共にするりと体から布が落ちそうになり慌ててつかむ。

 「これ…」

 薄紫のそれは、サスケの外套。

 「………」

 

 こういうところは似てる…

 

 その意外な行為に驚きながらサスケの姿を探して外へと出る。

 少し高く上った太陽の位置を見て、思ったよりゆっくり寝てしまっていたことに気づく。

 やや離れたところに気配を感じ、目を向けると、サスケが体術の鍛錬をしていた。

 シュッ…と、動きに合わせて切れの良い音が生まれ、森の中に溶けてゆく。

 無駄のない動き。洗練された体の運び。

 機敏に、そして時にしなやかに。美しく舞うようなその形は、やはりどこかイタチの姿と重なる。

 ややあって、サスケは鍛錬の緊張を解き、息を大きく吐き出し呼吸を整えた。

 「やっと起きたのか」

 無愛想な口調だが、それでも起きるまで待っていてくれたのかと思うと、自然と「ありがとう」と言葉が出た。

 「別に急いでないだけだ」

 フイッとそっぽを向くしぐさが少し可愛く見えて、水蓮は小さく笑った。

 

 

 

 軽く食事を済ませてから、二人は目的の物を探しに出た。

 方向を定めた足取りで歩くサスケの後に続きながら、水蓮が言葉を投げる。

 「場所はわかってるの?」

 「ああ。しばらく前から調べていた。昨日場所は確認したが、封印が解けなかった」

 

 なるほど…

 

 何の巻物を探しているのかは分からないけど、その封印場所を調べるために、街で聞き込みをしていたのだろう。

 水蓮がそう思考をめぐらせたとき、サスケが「ここだ」と足を止めた。

 その視線の先には、直径1メートルほどの大きな切り株。

 サスケがその上に手をつき、チャクラを流すと、淡い光と共に、封印の術式が浮かぶ。

 だが少し昨日の物とは違っていた。

 「どうだ、解けそうか?」

 水蓮はサスケの後ろから覗き込むように確認し、自身の知りうる術であることにうなずく。

 「うん。大丈夫」

 少し難しい術式ではあったが、イタチに封印術を教えながら自分も訓練していたこともあり、この半年ほどで水蓮の扱う術の数もかなり増えていた。

 サスケの隣に立ち、じぃっとサスケを見る。

 「なんだ」

 「何か言うことあるでしょ」

 「なにを」

 「お願いしますでしょ」

 ジトリとにらんで低い声で言う。

 サスケはしばらく黙り「うざい」とそっぽをむいた。

 「じゃぁやらない」

 「いい」

 「あ、そ」

 苛立ったように背を向けるサスケに、水蓮は意地悪く笑みを浮かべる。

 「さらに難しい封印術かけといてあげるから。頑張ってね」

 スッと印を組む。

 「おい!やめろ!」

 その手をサスケが慌てて止める。

 「ややこしいことをするな!」

 「じゃぁ、ちゃんと言いなさい」

 しばしにらみ合いが続く。

 それでも言う気配を見せないサスケに、水蓮は手を振りほどいて再び印を組む。

 「まて!わかった!」

 手を止めてサスケを見ると、とんでもなく不機嫌な表情を浮かべ、目をそらしながら「頼む」と消えそうな声で言った。

 それがサスケの精一杯なのだろうと、水蓮はいささか不満ではあったが「まぁいいわ」と返して改めて印を組む。

 複雑な印をゆっくり丁寧に組んで切り株に手をつく。

 年輪に沿うように光る文字が走り、その中央にふわりと巻物が浮かび上がった。

 それを手に取り、水蓮は気づく。

 昨日の物と同様、この巻物自体にも封印が施されている。

 

 いったい何の巻物なのか…

 

 この中身が分かれば、組織に持ち帰るには十分な情報になる…

 つい、じっと巻物を見つめる。

 が、サスケが隣からさっと奪った。

 「次に行くぞ」

 「あ、うん」

 答えた時には、すでにサスケは少し先を歩いていた。

 「ちょっと待ってよ」

 慌てて追いかける。

 昨日も今日も、こうして過ごして思うことが水蓮にはあった。

 イタチも鬼鮫も、自分のペースにかなり合わせてくれていたのだと。

 思い返してみれば、初めて会った時からそうであった。

 移動で森を歩いた時も、必死に後を追うようなことはなかった。

 イタチはもともとがやさしい性格だが、鬼鮫も両親を亡くして取り乱した自分を、彼なりに気づかってくれていたのだろうかと、そんなことを思う。

 足を速めてサスケの背中を見つめる。

 イタチや鬼鮫に比べてかなり小さい背中。

 「無理もないか…」

 つぶやいて小さく息を吐く。

 サスケはまだ14・5歳。そんなことができるほうがおかしいのだ。

 口の悪さも、自分が強くあるための物なのかもしれない。

 そう思うと、様々な考えが脳裏に浮かんだ。

 

 すべてを断ち切ることで強さを得ようと、心を、感情を殺そうと必死なのかもしれない…

 

 本当は里を、仲間を想い、辛くなる時があるのではないだろうか…

 

 今のサスケは、イタチを憎んではいるけれど、そのほかの存在への憎しみはない…

 

 里に対しても、仲間に対しても…

 

 今朝の事を見ても、まだこのころのサスケは思った以上に柔らかさが残っていて、表情も感情も動きがある。

 

 それを消し去ろうと、彼なりに必死なのかもしれない…

 

 消そうとしても消しきれない何かと戦っているのではないか…

 

 それゆえの、この態度なのかもしれない…

 

 そう思えば、多少は許せる…

 

 「おい。ぼさっとするな」

 ふいに振り向いたサスケがジトリとにらみながら言葉を投げてきた。

 「さっさと歩け」

 「………」

 

 やっぱり許せない…!

 

 今朝のやり取りで『かわいい』と感じてしまった自分にも、(なに)か腹が立った。

 「ちょっと!」

 水蓮は足を速めてサスケに並んで歩きながら声を荒げる。

 「年上相手に口が悪すぎるわよ!」

 「知るか。ぼさっとしてるあんたが悪い」

 「してない!」

 歩きながらきつい視線で睨み付けてくる水蓮に、サスケはちらりと一瞬だけ目を向けてため息をつく。

 そして一言つぶやくように言い放った。

 「うるさい」

 「なっ!あのねぇ!」

 「ついたぞ」

 怒りおさまらぬ水蓮の声を遮り、サスケが到着を告げた。

 サスケの視線の先には小さな井戸のような物があった。

 覗き込むと、かなり深いのか底が全く見えない。暗闇があるだけ。

 水が入っているのかどうかも分からない。

 「ここだ」

 サスケは姿勢を落として井戸の淵壁の外側に手をついた。

 浮かび上がった術式は、先の二つとはまた違っていたが、水蓮の使える物。

 ちらりと無言で視線を送ってきたサスケに、水蓮はうなずいた。

 そして隣に座り、サスケをじっと見る。

 サスケは顔を歪めながらしばらく水蓮を睨むように見つめていたが「頼む」と先ほど同様小さい声で言った。

 水蓮は満足げに頷き印を組む。

 その後ろでサスケが何かに敗北感を感じて「くそっ…」と息を吐き捨てるのが聞こえた。

 その様子に、やっぱりちょっと可愛いかも。と水蓮は小さく笑みを浮かべた。

 「解!」

 トンっとついた手の周りに光が生まれ、消えると同時に井戸の中からコポコポと水が湧き上がる音が聞こえた。

 二人で同時に中を覗き込む。

 水はあっという間に登り詰め、井戸から少しあふれるほどとなった。

 しばらくしてから、その水の中からチャクラの膜をまとった巻物が浮かび出てきた。

 水蓮がそっと取り上げると、水が引き、またそこには暗闇が戻った。

 「はい」

 サスケに渡しながら軽く確認する。

 やはりこの巻物にも封印術が施されているようだった。

 「ねぇ。それ何の…」

 思い切って中身を聞こうと水蓮が口を開いた瞬間。

 あたりにいくつかの気配が生まれた。

 サスケも気づいたようで、さっと巻物を懐にしまい、気配を探る。

 「5人いるな」

 「誰かに追われてたの?」

 サスケを狙ってきたのかと思い問う。

 しかしサスケは「さぁな」と軽い口調で答えた。

 「とばっちりはよく受けるがな」

 

 大蛇丸の…

 

 水蓮の脳裏にその姿が浮かんだ。

 サスケはやや水蓮の前に出て声を上げる。

 「出てこい」

 現れたのはサスケが言った通り5人。

 見たことのない額宛をつけていた。

 その中のリーダーと(おぼ)しき男が一歩進み出た。

 「うちはサスケだな」

 「だったら何だ」

 「大蛇丸の居場所を言え」

 どうやらサスケの読み通り、大蛇丸に恨みを持つ者のようだ。

 「隠す義理もないが、教える義理もない。失せろ」

 10…いや、20歳ほど年に差がありそうな相手。サスケの悪態にみるみる苛立ちを脹れあがらせる。

 「言え。あの男…あいつを殺すまではわれらの…我が里の無念は晴れない!」

 「そうだ!」

 後ろから別の忍びが声を上げてゆく。

 「あの男は、大蛇丸は里の繁栄のために力を貸すと言っておきながら」

 「実際には実験のために我々を、里の者を利用し」

 「あげく証拠を消すために里を焼き払ったのだ!」

 水蓮は思わず息をのんだ。

 しかしサスケは無感情に「知るか」とすべてを一蹴した。

 その一言に、忍たちの怒りがさらに膨れ上がる。

 「教えぬのなら、力づくで聞くまでだ」

 はぁ…と、サスケがあきれたように息を吐く。

 「死にたくなければ去れ」

 冷めた瞳…

 それが相手の怒気を頂点まで引き上げた。

 体を震わせながらサスケを睨み付け、ぶつける言葉を探すように黙り込む。

 そして数秒して、それを見つけたのか、嘲笑を浮かべながら言った。

 「一族一の落ちこぼれらしいな」

 挑発するように投げつけられたその言葉に、ピクリとサスケの肩が揺れる。

 「うちはの生き残りはそうだと聞いたがな」

 「残った者がそれでは、一族も無念だろうな」

 「ちょっと!」

 思わず水蓮が声を上げた。だが男たちの罵倒は終わらない。

 「名高きうちは一族も、今では大蛇丸の手下だ」

 「所詮はその程度の物。成り下がりが大きな顔をするな!」

 

 相手の忍たちの怒りや無念は分かる…

 

 だが、我慢が出来なかった。

 うちはの名を侮辱されることが許せなかった。

 

 サスケも、水蓮も

 

 「いいかげんに…」

 水蓮が反論の声をあげようとしたその時。サスケの姿が消えた。

 一瞬だった。甲高い鳥の嘶きが森に響き、空気を震わせた。

 

 ドサッ…と重なるいくつもの音。

 

 水蓮の視線の先で、今まで立っていた5人の忍が地面に倒れ伏し、うめいていた。

 

 サスケはリーダー格の忍のそばに立ち、瞳を赤く染めて見下ろす。

 とらえたものを凍りつかせるその瞳。

 「お前らごときがうちはの名を口にするな。汚すな」

 静かに、低く放ち、カチャリと腰の刀に手をかける。

 「だめ!サスケ!」

 水蓮はとっさに駆け寄り、その手を止めた。

 「離せ…」

 グッと力を入れるサスケ。その強さに必死に抵抗して水蓮は押さえ込む。

 「ダメ。やめて、お願い」

 ギュッとサスケの手首を握りしめて見つめる。

 「お願い…」

 

 この手を無駄に汚させたくはない…

 イタチが命を懸けて守ろうとしているサスケを…

 

 「お願い…」

 知らぬ間に水蓮の瞳に涙がにじんでいた。

 それに驚いたのか、サスケから、すぅっ…と殺気が消えていき、その腕から力が抜けてゆく。

 水蓮がほっとして手を放すと、サスケは「行くぞ」と短くつぶやくように言って歩き出した。

 後ろに続き、その背中を見つめる。

 小さいその背、肩。

 そこにどれほどの物を抱えているのだろうか。

 

 

 吹き流れた風に、薄紫の衣が切なげに揺れた。


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