いつの日か…   作:かなで☆

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第四十二章【疑い】

 翌朝アジトに戻ると、予定より早く任務を終えた鬼鮫が戻っており、顔を合わせるなり思いもかけないことを口にした。

 その内容にイタチは顔をしかめて黙り込み、水蓮が大きな声を上げた。

 「単独任務?私に?」

 「そうです」

 「そうですって…」

 言葉をなくす水蓮の隣で、イタチが難しい顔を鬼鮫に向ける。

 「内容は」

 「最近この先の森を抜けた所にある街で、うちはサスケが何度か目撃されているそうでしてね」

 「ええっ!」

 思わず声が大きくなる。

 予想以上のリアクションに鬼鮫が目を見開いた。

 「そんなに驚かなくても」

 「あ、ごめん…」

 「その動向を探れとのことです」

 「ええっ!」

 水蓮がまた声を荒げる。

 「私が?サ…うちはサスケの?」

 鬼鮫が頷く。

 「無理だ」

 静かなイタチの声に、水蓮がすぐに続く。

 「そうだよ。私きっとすぐ見つかる」

 尾行なんてしたことがない。

 しかし鬼鮫は「大丈夫でしょう」と笑う。

 「何も彼のあとをつけろという意味ではないですよ。彼の目撃情報をもとに、聞き込みをする程度だ。接触した人物を探し、何を聞かれたかどこへ向かったのか」

 「あ、なる程…」

 「もちろん、うちはサスケと接触する必要もない」

 「それなら…」

 「いや、ダメだ。危険すぎる」

 水蓮の言葉終わらぬうちに、イタチが強い口調で言う。

 その反応に鬼鮫が少し驚いたように視線を向けた。

 「珍しい。組織の命令は絶対が口癖のあなたが…」

 「万が一にでもサスケや大蛇丸に気づかれて、こちらの情報が洩れては困る」

 答えたイタチに鬼鮫は「だからですよ」とフッと笑った。

 「わかりませんか?」

 鬼鮫の視線がイタチと水蓮に交互に向けられる。

 イタチがため息をつき、水蓮はしばし考えてから「あ」と小さく声を漏らした。

 「私と大蛇丸が…」

 「そういうことです」

 

 疑われている…

 

 水蓮もイタチ同様ため息をついた。

 「変わり種を集めるのが好きなようですからねぇ。大蛇丸は」

 滅び里の、ましてうずまき一族の生き残り。

 その水蓮を組織は大蛇丸の手下かもしれないと、そう疑っているのだ。

 そして、暁に送り込まれたスパイかもしれないと。

 

 それを払拭するための任務。

 

 サスケの動向を探り、情報をもたらすことで水蓮に自分でその疑いを晴らせと、そう要求してきているのだ。

 内容を理解し、黙り込んだ二人に鬼鮫は「そういうことです」と、もう一度言った。

 「この任務でこちらの事が少しでも大蛇丸に知れれば、状況はどうあれ、あなたがあちらの人間という疑いが濃くなる。ですが、うちはサスケの動向をきっちりと持ち帰れれば、疑いは晴れる。すべてではないでしょうがね」

 何かを含んだその言葉に、水蓮は組織のもう一つの疑いを感じた。

 それをイタチが口にする。

 「木の葉か」

 「そうです」

 母親がクシナの九尾封印に携わっていたのなら、木の葉とのつながりを疑われるのは当然であろう。

 だが、さすがに九尾のチャクラを持つ水蓮を、木の葉へと送り込むわけにはいかない。

 それゆえ、まずは大蛇丸との関係を確かめようという事なのだ。

 「だが…」

 「わかった」

 何かを言いかけたイタチの声を水蓮が遮った。

 ここでイタチが異論を唱えれば、イタチも疑われる。

 木の葉に関係しているかもしれないと疑われている自分と、木の葉にいたイタチ。組織の目はそこも危惧しているはずだ。

 そう考えた水蓮と同じくイタチもそれを読み取り、諦めたように大きく息を吐き出した。

 それを隣でとらえ「わかった」と、水蓮はもう一度強く言った。

 鬼鮫は満足そうにうなずいて、内容を述べていく。

 「期間は今日から3日間。準備が整い次第出立。集められるだけの情報を集めてきてください。どんな小さな事でもいい。何を聞き、何を見、どこへ向かったのか。一人なのか、連れがいるのか、何かを探しているのか」

 「わかった…」

 喉がごくりとなる。

 「もし何かを買ったのなら、その品や忍具ならその効果なども聞くといいでしょう。3日たってなくとも、彼の目的がはっきりとした時点で戻って構いません」

 緊張が高まり無言でうなずく。

 あとをつけるのではないにしろ、情報を追えば本人にぶつかる可能性もある。

 この時代のサスケがどの程度力をつけているのかはわからないが、とても適うものではないだろう。

 手に汗が生まれた。

 「準備してくる」

 水蓮は二人から離れ、荷を整えにかかる。

 その姿を見ながら、鬼鮫がイタチに小さく笑う。

 「あなたは彼女にはずいぶん過保護のようだ…」

 その言葉に、イタチは無表情で返した。

 「お前こそ。ずいぶん丁寧に教えていたな」

 ちらりと視線を向けられて、鬼鮫は肩をすくめる。

 「何か問題を起こされては困る。それに、貴重な医療忍者ですからね」

 何かにつけてそう言う鬼鮫に、イタチは鬼鮫にとっても、水蓮がそれだけの存在ではなくなってきているのだろうと感じていた。

 彼もまた【理由】を探しているのかもしれないと。

 「なら見てやれ。オレは手を出さない方がいいだろう」

 「そうですね」

 鬼鮫は「クク」と喉を鳴らして水蓮の準備を確認しに行った。

 

 

 基本的な事や注意事項などをさらに確認し、水蓮は昼過ぎに出立することとなった。

 「健闘を祈りますよ」

 軽い口調で笑う鬼鮫の隣で、イタチは硬い表情を浮かべていた。

 「危険を感じたら身を引き、時間を空けて動け」

 「うん」

 「無理だと判断したら、すぐに戻れ。いいな」

 先ほども話したことを強く繰り返す。

 「わかった」

 厳しく光るイタチの瞳には、鬼鮫から離れたときに言われた言葉が浮かんでいた。

 

 『決してサスケと接触するな』

 

 もし幻術が使えるようになっていたら、組織の情報を読み取られ事態はかなり厳しいものとなる。

 それ以上に、サスケに知られてはいけない物が水蓮の脳内には山のようにあるのだ。

 最悪の事態を避けるためにも、サスケとの接触は避けねばならない。

 「行ってくる…」

 ひきつった顔で言う水蓮を鬼鮫が笑って見送り、イタチは「気をつけろ」と、静かに声をかけた。

 

 

 

 

 日が傾き始めた頃に、水蓮はやや深めの森へと差し掛かった。

 日の入りが早いこの時期。急いで抜けなければと、少し早い足取りで進む。

 ここ数日の中ではまだ温かい方だが、やはり空気は冷たく、水蓮は襟元を少し握りしめた。

 万が一の事態を考え、外套はいつもの物ではなくイタチが潜入捜査時に使っている薄いグレーのマントを着用している。

 ほのかにイタチの香りを感じ、それが少し心強さをもたらしてくれた。

 だが、それでもやはり不安は拭いきれず、しばらく歩みを進めるうちに心細くなり、水蓮はポツリとつぶやいた。

 「うまくいくのかなぁ…」

 と、その時。何かが自分に飛び来る気配を感じ、水蓮はその場を飛びのく。

 

 ガッ…

 

 音を立てて先ほどいた場所にクナイが突き刺さる。

 「…っ?」

 宙を飛びながらあたりを探ると、少し離れた場所で切りあう音が聞こえた。

 どうやら忍び同士が争っているようだった。

 自分に向けられたものではないことが分かり、ほっとして崖のふちに着地する。

 しかし、地に足がついた途端。

 

 ガゴッ…

 

 重い音と共に足元に地割れが生まれ、体がぐらりと揺れた。

 「…え?」

 つぶやきと同時に足元が崩れ落ち、水蓮の体は崖に放り出され、再び宙に舞っていた。

 「きゃぁぁぁぁっ!」

 叫びをあげながらも、水蓮はチャクラをためて崖に手を伸ばす。

 が、あと少しのところで届かない。

 「…くっ…」

 貼りつくのは無理ととらえ、体にチャクラをめぐらせ落下の衝撃に備えて目を閉じる。

 

 そう高くはない。何とかこらえきれる!

 

 さらに固く目を閉じ多少の痛みを覚悟した。

 しかし、急に体がふわりと浮きあがる感覚と、やわらかい温かさに包まれ、ほどなくして地面に着く気配。

 「………?」

 ゆっくりと目を開きながら、誰かに抱きかかえられていることに気づき、落ちる自分を抱きとめ助けてくれたのだと悟る。

 「あ。すみません……」

 開き切ったその瞳に相手を捉え、水蓮は息をのむ。

 静かな空気をまとい、無言のまま自分に向けられた美しく整った顔。

ツンと伸びた黒い髪と、少し吊り上った瞳がきつい印象を与えるが、それがまた美しさを際立たせている。

 そして、その瞳の色は、赤い…写輪眼…

 「きゃぁぁぁぁぁっ!」

 その正体がうちはサスケだと脳が理解し、水蓮は思わず叫んだ。

 サスケは突然の声に顔をひきつらせ「うるさい」と低く短く言い放ち、水蓮をボトリと地面にわざと落とした。

 「いった…」

 お尻を思い切りぶつけ、さすりながら視線をあげる。

 改めて目の前の人物を確認する。

 原作で再登場した時の姿に比べるとやはり幼いが、同年代と比べればかなり大人びて見える。

 黒い前合わせの服にスッキリとした黒いズボン。

 かなりの軽装に、薄紫の外套をはおり、腰の辺りにチラリと刀が見える。

 水蓮を見据える赤い瞳は、イタチの物とはまた違う、どこか重い輝きを放つ写輪眼。

 

 間違いなくサスケだ…

 

 …最悪だ。いきなり接触するなんて…

 

 額に一粒汗が浮かんだ。

 「おい、あんた…」

 サスケが低い声で近より、水蓮に手を伸ばした。

 「え!…あ、うん…」

 水蓮はこの失態に動揺しながらも、必死に平静を装い、その手につかまろうと手を出す。

 しかし、サスケの手はそれをすり抜け、水蓮の肩を掴み「どけ」と勢いよく横に押し飛ばした。

 「わっ…」

 ドサッと音を立てて倒れる。

 「ちょっと!何するのよ!」

 水蓮の抗議の声を全く無視し、サスケは崖に近寄り、すっとかがみこんで崖に這う蔦をかき分けた。

 そこには小さな文字が書かれているようだった。

 じっとそれを見つめるサスケの横から水蓮も目を凝らす。

 そこにあったのは【封】の一文字。

 サスケはその文字の上に手を乗せ、チャクラを流す。

 周りに円状に浮かび上がる封印の術式。

 どうやらそれを写輪眼で読み解いているようだったが、ややあって小さくため息をついて立ちあがり、そのまま立ち去ろうとする。 

 「え?ちょっと。いいの?これ?」

 必要だったのではないかと思い、思わず声をかける。

 「俺には解けない」

 振り向かぬまま言い放つサスケの背に、水蓮が言葉を続ける。

 「私解けるよ」

 ピクリと肩を揺らしてサスケが立ち止まる。

 水蓮は【封】の文字に向き直り、手を当ててチャクラを流し、浮かび上がった術式を読む。

 「うん。解ける」

 自身の知っている封印術であることを再確認してうなずく。

 いつの間にか隣に来ていたサスケが小さな声で「やれ」と水蓮に一言投げた。

 「…………」

 態度の悪さに、水蓮は無言でサスケをにらみつける。

 「なんだ」

 「なんだじゃないでしょ。お願いしますでしょ」

 サスケは顔をしかめしばし黙っていたが、渋々といった感じで「頼む」と不機嫌に呟いた。

 それでもやや納得は行かなかったものの、水蓮は壁に向き直って印を組む。

 「解!」

 タン…と、印を組み終えた手を術式の中心に置くと、ふわりと光が立ち、壁に穴が開く。

 その奥には巻物が一つ置かれていた。

 その巻物を手に取ると、どうやら巻物にも封印術がかけられているようだった。

 だが、それを深く調べる前に、サスケがさっと水蓮の手から取り上げてカバンにしまいこんだ。

 そして顔も見ずに「ついて来い」と水蓮に言い放ち歩き出す。

 「え?なんで?」

 戸惑いながらも、とりあえず後を追う。

 「あと二つ探している。手伝え」

 水蓮が封印術に詳しいと読み、勝手にそう結論付けたようだ。

 「なんで私が…」

 とんでもない。と内心で叫ぶ。

 

 これ以上一緒にいたら何が起こるかわからない…

 万が一大蛇丸が来て、もしもそばに以前戦った榴輝がいたりしたら…

 

 …殺されかねない…

  

 「無理だよ。私この先の町に行かないと。連れとはぐれて急いでるの」

 必死に取り繕う。

 「今からではこの森は抜けられない」

 「え?」

 バッと見上げた空は、いつの間にか薄暗くなりつつあった。

 だがそれでも、急げば日が落ちる前には町につけそうな気もする。

 「まだ大丈夫じゃない?」

 「いや、無理だな」

 そうはっきり言われると、自信がない。

 自分より若いとはいえ、そういったことはサスケのほうが詳しいに違いない。

 それに、崖から落ちたことで経路も予定していたものとは違う。

 「そうかな…」

 不安げな態度にサスケは目を細めて水蓮を見る。

 「一人でこの森で過ごせるのか?」

 「……っ…」

 さすがにその自信はなかった…。

 「手伝うなら、身の安全は保障してやる。用が済んでから町まで送ってやってもいい」

 どこか意地の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 「早く決めろ。俺はどっちでもいい」

 「………う」

 しばし苦悶し、水蓮は「お願いします」とうなだれた。

 そしてすぐにハッとする。

 「お願いしますはそっちの言う事でしょ!」

 しかしサスケは「さっさとついて来い」と足早に歩きだしていた。

 「なんか全然違う…」

 イタチとのあまりの性格の違いに水蓮は顔をひきつらせ、大きく息を吐き出してサスケの後に続いた。

 「大丈夫かな…」

 このとんでもない事態に、水蓮は救いを求めるように空を見上げ、イタチを思い浮かべた。


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