いつの日か…   作:かなで☆

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第四十一章【浸食】

 日に日に下がる気温は肌に射し込み、冬の厳しさを感じさせる。

 それでもこの時期の早朝の空気は澄み渡り、気持ちを静かに保ってくれるようで、水蓮は心地よさを感じながら歩いていた。

 手のひらを口元で合わせて息を吹きかける。

 それは白くふわりと広がり、指先を温めて空気に溶けてゆく。

 その先を目で追いながら、洞窟を出てすぐのところにある小さな崖の前で立ち止まる。

 「あった」

 切り立つ崖に咲く白い小さな花。

 数か所でその姿を見せ、冷たい空気の中で凛と咲いている。

 この時期の朝早くにしか開かず、ほんの数時間で閉じてしまう。

 この花の茎と蜜に炎症を抑える効果があり、イタチの薬として使おうと採取に来たのだった。

 崖に近寄り、いちばん近いものに手を伸ばす。

 が、ギリギリ届かない。

 「む…」

 冷たく硬い岩肌に体を張り付けながら指先でその茎を引き寄せようとする。

 「もうちょっと」

 あと数ミリ…

 チャクラ使って上ったほうがいいだろうかと思いつつグッと体を持ち上げると、不意に視界が陰った。

 背中にやさしいぬくもり。ふわりと心地よい香りが立ち、トクンと胸が鳴った。

 「これか?」

 静かに降り落ちてくる声に、頬が熱を帯びるのを感じながら顔を上げる。

 「イタチ。おはよ…」

 背後から水蓮の体を覆うようにして花に手を伸ばし、ゆっくりと手折る。

 「ああ。ずいぶん早いな」

 まだ少し夜露の残るその花を水蓮に手渡す。

 「ありがと。この薬草、今の時間しか花が咲かなくて。閉じると、扱いにくいから」

 それももちろんではあったが、昨日想いを伝え合った後で、気恥ずかしかったというのが理由の大半だった。

 イタチが眠っている間に、少し気持ちを落ち着かせようとこの場に来たのだ。

 「そうか。まだ採るか?」

 「うん。あと2本くらい」

 イタチは自身の手が届く所にあるものをそっと引き寄せ水蓮に渡す。

 「お前の作る薬はよく効くな」 

 「ネコ婆様直伝だから」

 懐かしいあの時間を思い出す。

 イタチも少し記憶をたどるような表情で遠くを見つめていた。

 「色々わかったような気がする」

 「え?」

 つぶやくようなイタチの言葉に、水蓮は首をかしげた。

 「お前に対して、いつも思っていた。なぜ…と」

 イタチは何か思い出したように、少し笑った。

 「なんて無茶な事をする奴だとそう思っていた」

 「あ…。ハハ…」

 

 思い返せばそうかもしれない…

 

 水蓮は居心地悪く顔をそむけた。

 「だが、すべてわかったような気がする」

 どれも自分のためだったのだと、イタチは納得いったようだった。

 だがそれは、水蓮が初めからずっとイタチを想っていたという証明でもあり、水蓮は恥ずかしさでうつむいた。

 「自分に対しての疑問もな」

 見上げたイタチの顔は、どこか複雑な色を浮かべていた。

 自身の気持ちを受け入れたものの、自分にそれを許してよいのか。

 その気持ちはすぐには拭えないのだろう。

 「イタチ…」

 水蓮は、複雑な表情のままのイタチに笑顔を向けた。

 「おなかすいたね」 

 イタチは一瞬きょとんとして柔らかく笑った。

 「そうだな」

 並んで歩き出す。

 水蓮は、風に揺れたイタチの袖口を、キュッと握った。

 それを見て、イタチが優しい目でまた笑う。

 その笑顔からは陰りがなくなったわけではない。

 水蓮はそれが少しでも和らぐように、手にもう少しだけ力を入れた。

 

 

 

 この日は午後から近くの町へと出ることになった。

 「もう少し行ったところに薬屋がある」

 隣を歩くイタチは桔梗の姿だ。

 水蓮はうなずき、あたりをくるりと見回す。

 「にぎやかな街だね」

 観光地のようで、今までのどの町よりも賑わっており、民芸品や土産用の特産物を取り扱う店が所狭しと並んでいる。

 店先からは商品を勧める声が聞こえ、その活気が心地よく気持ちを上げてゆく。

 寒い季節ということもあり、いたるところで肉まんを蒸す湯気と、食欲をそそるいい匂いが漂い、先ほど昼食を済ませたばかりなのに、おなかがすいたような感覚に襲われる。

 「こっちだ」

 イタチの声に、湯気立つ店の前で思わず立ち止まっていた事に気づき、水蓮は慌ててイタチの後を追う。

 人通りの激しい大通りを抜け、細い路地を進みゆく。

 「あそこだ」

 路地の奥にたたずむ小さな店。

 初めて行った店よりも一回りほど小さく感じた。

 薄暗い路地の中にあるものの、店内は明るく、陳列はすっきりと整理されていた。

 イタチが行く薬屋は、こうした小さくて中がきれいというところばかりだ。

 整理が行き届いた店は信用度が高く、小さい店は目立たないというのがその理由のようだった。

 それに、大きな店のように、ありきたりのものを大量に仕入れるのではなく、珍しい物や、希少価値の高い物を必要な分だけ取り扱っている所が多いというのも大きな要素のようだった。

 ここもその一つのようで、棚に並ぶ薬草を見て水蓮が目を輝かせていた。

 「わぁ。やっぱり珍しい薬草多いね」

 「何か必要なものは?」

 隣に立つイタチの言葉に、水蓮は棚を見ながら答える。

 「この間デイダラの治療で毒消し全部使ったから、それくらいかな」

 「世話の焼けるやつだ」

 「おかげで、鬼鮫も連れて行かれちゃったしね」

 今二人で任務の最中なのだろうと、鬼鮫とサソリが共に行動するところを想像する。

 「なんか合わなさそう。あの二人」

 「確かに…」

 いらいらするサソリと、それにうんざりしてため息をつく鬼鮫が思い浮かび、二人同時に笑った。

 「鬼鮫、すごい疲れて帰ってくるんじゃない?」

 疲れ果てた鬼鮫を想像して、また笑う。

 「仲いいですね」

 カウンターの向こうに座っていた、女性店主が「フフ」と小さく笑みをこぼした。

 「え?」

 50代の少しふっくらとした顔立ちの店主。

 柔らかく、ほほえましげな表情を浮かべていた。

 「桔梗さんに妹さんがいたなんて知りませんでしたよ」 

 水蓮とイタチが顔を見合わせる。

 きょとんとした二人の顔に、店主は「違うんですか?」と首をかしげる。

 「違いますよ」

 水蓮が手を振りつつ答える。

 「よく似てらっしゃるから」

 もう一度顔を見合わせる。

 その動きがそろっていたことに店主はまた微笑み「あ、そうそう」と、カウンターの下からマグカップほどの大きさのツボを取りだした。

 「解毒薬ならいいのがありますよ」

 「ほんとですか?」

 興味津々で水蓮が店主の開けたツボの中を覗き込む。

 「桔梗さんにはこちらですね」

 以前見たものと同じ薬の瓶。

 水蓮は、以前月明かりを浴びて瓶に文字が浮かび上がっていた光景を思い出し、無意識に視線をそらした。

 「で、こちらの御嬢さんは」

 「あ、水蓮です」

 「水蓮さんには、これ」

 店主はツボの中の液体を小さな柄杓ですくい、水蓮に見せる。

 「桔梗さんに渡した薬を作っている医療忍者の方が作った解毒薬です。彼女の調合の緻密さと効果の高さはかなり有名ですよ」

 柄杓からツボの中へと流し落とされるその薬は、少量でもその滑らかさが見て取れた。

 「あの、それ何回分か買いますので、少しだけここに入れてもらえますか?」

 水蓮はカバンの中から小さな器を取り出す。

 「構いませんよ」

 店主が一すくいして、数滴器に注ぐ。

 水蓮は手にチャクラをためて解毒薬を上から垂らす。

 それはチャクラと触れ合った瞬間に溶け込んでゆく。

 「すごい。なじみ方が全然違う」

 最近は薬の調合にかなり自信がついてきていたが、店主の言うように調合の緻密さが自分の物とは比にならない事が分かる。

 「いやいや、あなたもすごいですよ水蓮さん」

 店主が水蓮の手元を見て目を見開いていた。

 「自分のチャクラに解毒薬を溶け込ませる人初めて見ました。かなりのチャクラコントロールが必要でしょう」

 「あ、はい。結構大変です。でも、このまま解毒薬をチャクラと一緒に体の中に流し込めるので、即効性が高いんですよ」

 「すごい…」

 「ありがとうございます」

 しきりに感心する店主に照れて返した水蓮の隣で、イタチが「いつの間に…」とつぶやく。

 「二人が出てる間、ただぼうっとしてたわけじゃないんだから」

 今度は少し得意げな顔で笑う。

 その笑顔に、イタチはそれも自分のためなのかと、胸の奥が温かくなるのを感じ、無意識のうちに水蓮の頭に手を乗せていた。

 「あ、あの。き、桔梗。は…恥ずかしいから…」

 「……ん?」

 イタチは自分の手に気づき、ハッとして引きおさめる。

 桔梗の姿であることが、普段より警戒を少し緩めさせているのだろうか。

 「仲いいですね」

 店主がまたほほえましげに笑った。

 

 

 

 夕方からはかなりの冷え込みとなり、外で過ごすのは難しいと考え、二人は町で宿をとることになった。

 観光地ではあるが、寒い季節ということもあり人が少なく、案外早く見つけることが出来た。

 「空いててよかったね」

 「そうだな」

 元の姿に戻ったイタチは、少し難しい顔で空を見ていた。

 「どうかした?」

 隣に並び水蓮も空を見上げる。

 視線の先には少し欠け始めた月…

 「月?」

 「ああ。これから新月に向けて進む」

 「新月って、太陽と重なって、月が見えなくなる…」

 「よく知ってるな」

 月に目を向けたまま頷く。

 「お父さんが月とか星とか、好きだったの」

 「そうか」

 しばし落ちた静寂に、音を立てて風が舞い上がる。

 「新月の日は少し時空に乱れが出る」

 「そうなの?」

 「ああ。万華鏡写輪眼を手に入れてから、かすかにだが時空の揺れを感じる事ができるようになった。新月に限らず、空に動きがある時は特にな…」

 「不思議だね…」

 水蓮は空を見るイタチの写輪眼を見つめる。

 月光の美しさを吸い込んだかのような端麗な輝き…

 「イタチの目はきれい」

 スッ…と静かに水蓮に向けられた赤い瞳が、少し悲しげに揺れる。

 「血に濡れてきた目だ」

 水蓮は「違う」と微笑んだ。

 「大切なものを守ってきた目だよ」

 そっと体を寄せて手をつないだ。

 その手には柔らかい温もりがある。

 だが、なぜか胸が痛んだ…

 

 どこからともなく何かが押し寄せてくる…

 

 幸せなはずのこの時間に、襲い来たもの…

 

 それは今日一日を通して、水蓮の中に広がりだしていた。

 

 

 【不安】と【恐怖】

 

 

 未来を知る者ゆえに感じる恐ろしさ。

 

 自分はもうすぐこの人を失う…

 

 その時、この時間を思い出して壊れてしまうのではないか…

 

 その不安と恐怖は想いを伝える前より、強くなった…

 

 

 小さな白い花。

 

 いい香りと共に空気に立つ湯気。

 

 空に浮かぶ月。

 

 

 普段の生活の中に普通にあるそれらを見て今日の事を、イタチを思い出す。

 

 

 …一人で…

 

 

 想像しただけで涙がにじんだ。

 

 いざ『その時』を目の当たりにして、つなぐこの手を離せるだろうか…

 

 

 …怖い…

 

 

 覚悟のその上から覆いかぶさってくるこの感情を、もしイタチも感じていたら…

 それが苦しみになってしまったら…

 

 本当にこれでよかったのだろうか…

 

 水蓮の脳裏を様々なことが駆けた。

 

 「水蓮。もう休め。オレはもう少しやることがある」

 知らず知らず、不安が顔に出ていたのか、イタチはあやすような口調でそう言って笑った。

 「うん」

 こんな事ではダメだと、水蓮も笑みを返した。

 

 

 だが、拭いきれないそれは、まるで白い布に落ちた血のようにじわじわと水蓮の胸に広がりだしていた…




いつもありがとうございます。(^○^)
先日日間ランキングで6位にランキングしました(*^_^*)
すごい嬉しいです!本当にありがとうございます!
UAも30000を超え、悩みながらも書いてきて本当に良かったな…としみじみ…。

本当に皆様のおかげです☆
ありがとうございます!
これからも水蓮たちと一緒に頑張っていきますので、なにとぞよろしくお願いいたします
(*^。^*)

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