いつの日か…   作:かなで☆

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第四十章 【月下の誓い】

 「イタチ。私あなたに言ってないことがある」

 水蓮の言葉を追うように、空気が白く色づき、広がる。

 それが消えるのを見送るように、少し黙してから、イタチが「あれ以上にまだなにかあるのか?」と冗談交じりに返す。

 一年ほど前に知った水蓮の素性。

 それ以上に驚くようなことはない。

 イタチの目がそう言っているようだ。

 「私の話を聞いて、私をどうするかはあなたが決めて」

 「どうするかって…」

 「生かすか、殺すか」

 イタチが息を飲む。

 水蓮の鼓動は不思議と落ち着いていた。

 「私は知っている」

 「何を…?」

 「知ってるの」

 その言葉に、(まとう)う空気に、決意を秘めた目に、イタチは何かを感じその表情が色を変えていく。

 水蓮はまっすぐにイタチを見つめて言った。

 「私はあなたの真実を知っている」

 イタチの瞳が大きく見開かれる。

 ともに真実を分け合える者の存在が救いとなるか、それとも許せぬ物となるか。

 そのどちらなのかは分からない。

 それでも、もう孤独に耐えて笑うその笑顔を見ていられなかった。

 「何のことだ」

 言葉とともに、イタチの瞳が厳しく冷たくきらめく。

 水蓮は一度目を閉じ、再びイタチをまっすぐに見つめ、己の知る真実を口にした。

 

 「すべてが任務だった」

 

 その一言ですべてが(かい)されてゆく。

 イタチを取り巻く空気が固く冷たく張りつめてゆき、二人を取り巻く空間のすべてが止まったようだった。

 音も、風も、時間も

 全てが機能を失い、何も動かない。

 その止まった空間の中で、水蓮の涙がポタリと零れ落ち、すべてが再び動き出す。

 「私は知ってる。里のために、サスケのためにあなたが一人苦しんできたことを。里を守るために(ここ)でずっと孤独に耐えてきたことを知ってる…」

 「…っ!」

 

 イタチの目が厳しく光り、音も立てずにのばされたその手が、水蓮の首を掴んだ。

 

 「うっ…」

 息苦しさにうめく水蓮の声に、イタチはハッとして苦悩にゆがんだ顔でその手を震わせながら離した…。

 数回水蓮が咳き込む(さま)を見て、イタチは複雑な色を瞳に浮かべ、それでも絞り出すように「すまない」と言った。

 意思とは無関係に、反射的に手が出たようだった。

 真実を知る者は生かしておけない。その衝動はイタチ自身にも制御しきれない。

 水蓮は首を横に振り、息を整える。

 「大丈夫…」

 「どうやって知った」

 今までに聞いた事のない、恐ろしく低い声。

 その目は水蓮を見ていない。

 まるで見ることを恐れるかのように()らされていく。

 「私の世界には、この世界の事を知る(すべ)があるの」

 「思い出したのか?」

 過去に水蓮の母が、時空間忍術の影響で記憶が欠如し、水蓮がイタチや鬼鮫の事をどうやって知ったのかを『覚えていない』とイタチに語った。

 だがそれは、水蓮の身を守るために、水蓮の母が述べた偽りだった。

 「…………」

 答えられず地面を見つめる水蓮の様子に、イタチはハッとする。

 「始めから忘れてなどいなかったのか」

 「ごめん。ごめん、でも…」

 グッと地面を握りしめる。

 「私は知ってる。知ってしまってるの」

 地面に水蓮の涙がいくつもの跡をつけてゆく。

 それを視線の端に捉えながら、イタチの心は動揺していた。

 「初めから知っていたのか…」

 沸き上がるその感情が、怒りなのか驚きなのか。その正体がイタチにはわからない。

 「お前は、知っていたのか」

 決して知られるはずのない、知られてはならない真実を知る存在が目の前にいることに、イタチは恐怖にも似た戸惑いに襲われ、混乱へと陥っていく。

 

 うちは一族がクーデターを起こそうとしていたという事実

 そして、それを止めるため、サスケの命を守るために一族抹殺の任務を遂行した事実

 里を守るために、暁にスパイとして身を置いている事実 

 

 それらは決して外に出てはいけないものだ。

 【うちは一族は、木の葉の里を作り守り抜いてきた名高い一族】

 その歴史を、うちはの名を、守る。親友【うちは シスイ】との最後の約束だ。

 命を懸けて里を、一族を愛したシスイとの約束。

 

 それを守るためにも、真実は決して表に出てはいけない。

 なにより、サスケに知られるわけにはいかない。

 サスケは、自分にその血が流れていることを誇りに思っているのだ。

 その誇り高き一族と、愛すべき家族を殺した自分を恨むことで生きる力を得ているのだ。

 強さを求めているのだ。

 知られてしまっては、すべてが崩れる。

 まして、自分の命を守るために兄が一族を殺したなどと知ったらあいつは…

 

 イタチの鼓動が早くなってゆく。

 

 知られてはならない…

 

 だが、それを知る人物が目の前にいる…

 

 「一体どうやって」

 そう問うものの、イタチはすぐにそれを自身の中で打ち消した。

 どうやって知ったかは今、重要ではない。

 この世界の人間であるならば、その経路を知る必要がある。

 だが、この世界の人間ではない水蓮が、その世界にしかない方法で知ったのであれば、他に知る者はいないだろう。

 

 なら重要なのは、知りながら何も言わず自分と共に行動していたその理由。

 そして、その情報をどうするつもりなのかだ。

 

 「何を企んでいる。誰かとつながっているのか」

 「何も企んでなんかないよ!誰ともつながってもいない!」

 「なら、なぜ今まで何も言わずに…」

 その言葉に、水蓮が静かに言葉を紡ぐ。

 「あなたのそばにいたかったから。なんでもいい、自分にできることがあるなら、そばにいて力になりたいと思った。でも、この事を言ったら、そばにいれなくなるとそう思った。だから言えなかった」

 ずっとイタチのために黙っていようと、そう考えているつもりであった。

 だが、水蓮は気づいた。

 

 イタチと離れたくなかった。

 そばにいられなくなる事が怖かった

 

 すべて自分のためだった。

 

 だからあの時手が届かなかったのだ。

 

 「あなたのそばにいたかったから」

 「オレのそばに…」

 「だけど、もうこれ以上一人で苦しむあなたを見ているのが辛い。すべてを背負って孤独に耐えているあなたを、孤独にしたくない。だから真実を知る者として、あなたと共にいさせて。そばにいさせて。一緒に背負わせて」

 溢れる涙をそのままに、水蓮はイタチを見つめる。

 「それがダメなら…」

 震える声で、しかしはっきりと言う。

 「それがダメなら私を殺して」

 「………ッ!」

 イタチが息を飲んだ。

 「一緒にいれないのなら生きてる意味ない」

 心の底から絞り出されたその言葉に、偽りはない。

 それがはっきりと分かるからこそ、イタチには分からなかった。 

 「なぜそうまでして…」

 自分のそばにいたいと言うのか…

 イタチにはその真意が見えなかった。

 「なぜだ…」

 どれほど考えても見えないその答えを求めて、イタチの瞳が揺れる。

 「なぜって…」

 水蓮はその瞳をまっすぐに受け止め答える。

 「なぜって。そんなの決まってる」

 どれだけ流れても止まらぬ涙と共に、水蓮の想いがあふれ出た。

 

 「あなたが好きだから」

 

 イタチが目を見開く。

 言われている意味が解らない。そんな表情だ。

 

 どんな事情も、理由も、名目も関係ない。

 一族を、両親を手にかけた犯罪者。

 

 闇に染まったその道を歩く自分に決して向けられるはずのない感情。

 「ちがう…」

 ぽつりと、イタチの口からこぼれる。

 「ちがう。それは同情だ。いや、哀れみか?」

 乾いた冷たい笑みを浮かべる。

 「違うよ!そんなわけない!」

 「いや、違わない」

 「違う!そんな感情で命かけたりしない!」

 

 …命をかける…

 

 その言葉にイタチは今までの水蓮を思い出す。

 

 その身を削って病から助け傷を癒し、離されまいと恐怖に震えながらトビの前に存在をさらし、この組織に入り。

 慣れぬ世界で死の恐怖と向き合いながら戦いに身を投じてきた。

 ゼツに連れ去られ、恐ろしい思いをしてもなお離れようとせず。

 そして今、殺されるかもしれないと分かっていながら【真実】を語る。

 共にいれないのなら「殺してくれ」と本気でそう言う。

 

 そうして、命を懸けて自分のそばに居続けようとしてきた水蓮の姿がめぐる。

 

 そしてさらに思い出されてゆく

 

 悪夢にうなされ目覚める度につながれていた手のぬくもり

 恐怖と不安を消し去る笑顔

 里やサスケを思いだし、胸が苦しくなるたびにいつもそばにいた…

 

 

 なにより、水蓮がいる空間は、穏やかな時間であふれていた

 …心が落ち着き、温かさに満ちていた…

 

 

 全身を駆け巡る今までのすべてに、イタチの心が震えた。

 

 

 …オレはいつもその存在に支えられていたのか…

 

 

 夢に咲く花が脳裏に浮かぶ

 

 

 …オレはいつもその存在を求めていたのか…

 

 

 しかし、だからこそイタチには分からなかった。

 与えられていたのが自分だとしたら。

 「お前がオレを好く理由がない」

 自分は水蓮に何も与えてはいない。

 水蓮の言う感情に足りるだけのものが、思い当らない。

 しかし、水蓮は首を横に振る。

 「何言ってるの。あなたは気遣ってくれた。守ってくれた。涙をぬぐってくれた。あなたは、優しい」

 イタチが目をそむける。

 「違う。それは、お前にサスケを重ねて」

 すべてがそうではなかったが、そうであった物は決して少なくない。

 「知ってるよ」

 返された思いがけない言葉にイタチは息を飲む。

 「でも関係ない。誰に向けた物かなんて、関係ない。あなたの本当の気持ちであることには違いない。優しくされたから好きになったんじゃない。優しさを、大切なものを愛する気持ちを持っている人だから好きになった」

 どんなときも、イタチの優しさには偽りはなかった。

 本来持っている真実の姿がそこにはあった。

 「全部本当のイタチだった!」

 「……………」

 イタチの瞳が揺れる。

 

 …本当の自分…

 

 闇にその身を沈めてからずっと、自分でさえわからなかったその存在。

 それを水蓮が見つけていた。

 見つけてくれていた。

 胸の奥が締め付けられるように痛んだ。

 「水蓮…」

 イタチは自分の中に湧き上がるその痛みと感情の正体に、もう気づいていた。

 気付いたからこそ、戸惑いと動揺が心に広がってゆく。

 自分がその感情を誰かに抱くことがあると、考えたことがなかった。

 

 …オレは…

 

 あふれ出てくる感情の中、イタチの脳裏によみがえる。

 水蓮がゼツに連れ去られた時の恐怖。

 あの時イタチは思った。

 

 失うかもしれない

 

 そして…

 

 失いたくない。と

 

 「オレは…っ」

 溢れおさまらぬ感情を浮かべたその表情は、今までに見せたことのない素のままの【うちはイタチ】だった。

 

 そんなイタチの表情を見て、水蓮の心からイタチへの想いが涙と共に溢れだす。

 「他にもあるよ!いっぱいある!」

 まっすぐ見つめたまま水蓮は想いをぶつける。

 「イタチの髪も、目も、手も、声も好き!」

 

 届いて…

 

 「ちょっと驚いた時の顔とか、甘いもの食べた時ににやけそうなのをこらえてる顔とか。難しいこと考えてる時の顔も、眠くてぼぉっとしてる時の顔も好き!」

 

 届いて…

 

 「私の作ったお菓子をおいしいって食べてくれる。そんなあなたが好き!」

 

 届いて…

 

 「何でもかんでも背負い込んで、一人で全部しようとするところはちょっと嫌いだけど、それでも自分の決めた道を進む強さが好き!」

 

 お願い…

 

 「…サスケや里のことを誰よりも愛してるところも好き…」

 

 届いて…

 

 「あなたを好きな理由なんて、あふれるほどある!」

 

 届いて…

 

 「まだ、まだまだあるっ!」

 

 届いて!

 

 「…水蓮…」

 

 

 あふれ出てぶつかりくる水蓮の想いに、イタチの心が動いた。

 気づいてしまった想いを、もう押さえきれなかった

 

 「他にもまだある!まだ…」

 「もういい!」

 言葉の途中で、水蓮はイタチの胸の中に抱きすくめられていた。

 

 「もういい…」

 

 絞り出された声…

 

 抱きしめた腕に、ギュッと力がこめられる。

 「イタチ…」

 イタチの手が震えている。

 「もうわかった。わかった…」

 もう一度その腕に力がこもる。

 その強さに、言葉はなくともイタチの心を感じ取り、水蓮はギュッと抱きしめ返す。

 「イタチ!」

 二人を静かな空気が包み込んでゆく。

 「水蓮…」

 その静けさの中、イタチの声が流れる。

 「お前は全て知っていたんだな…」

 隠してきた【真実】とイタチの心の【真実】

 その両方へと向けられた言葉。

 「知っていて何も言わず、オレのためにずっとそばにいたのか」

 ようやく気付いたその事に、胸が苦しくなり、イタチは水蓮の髪に指を絡ませながら抱き寄せる。

 「知ってる。全部知ってる…」

 水蓮の頷きに、イタチは「そうか…」と返し、驚くほど弱々しい声で想いを紡ぎだす。

 「オレは、そのすべてを近しい者に知られることなく、死んでゆく覚悟だった…」

 

 水蓮のまっすぐな想いに触れ、少しずつイタチの心が内から外へと導かれ、一つ一つが確かな形を作ってゆく。

 

 「その苦しみを、一人背負うことがせめてもの罪滅ぼしだと…」

 

 自分でも気づかぬよう、分からぬほど奥深くに閉じ込めてきたすべて

 

 「だがあの日、お前に初めて会った日。サスケを傷つけ、里の暗部に追われ、自分がわからなくなった。いつでも【木の葉のうちはイタチ】でいたつもりの自分が、木の葉に追われ、本当の姿が見えなくなった。

 覚悟していたはずなのに。それは想像をはるかに超える苦しみだった…」

 

 イタチの声は震えていた。

 水蓮はただ黙ってそのすべてを受け止めてゆく。

 

 「己の手で奪った一族の命。その重さにつぶされそうになった。そしてあの時、その弱った心で思った。一族を裏切り、サスケに憎まれて生きることを選び里を出たオレが、オレが…」

 

 言葉に詰まるイタチ。

 その先を口にすることを戸惑い、もう一人の自分が拒んでいる。

 水蓮はその想いに寄り添うように、イタチの背中をそっと撫でた。

 その優しさに、イタチの願いが彼の心を支配している闇の奥深くから放たれた。

 

 「誰かに愛されて生きる。そんな未来を選べていたらと。ほんの一瞬思った」

 

 水蓮の心が震えた。

 

 「イタチ…」

 

 いったいどれほどの夜を孤独に耐えて超えてきたのだろう…

 こんなにも強く誰かを求め、愛されたいと願いながら…

 どうしてこんなにも苦しまなければいけなかったのだろう…

 なぜそれがイタチでなければいけなかったのだろう…

 その答えはどこにも見つけることができないのかもしれない…

 

 でも、見つけた答えが一つ。ここにあった。

 「私も…」

 イタチの服をぎゅっと握りしめる。

 「あの時思った。誰かを心から愛する。そんな人生を歩みたかったって…」

 水蓮は自分がイタチのもとへ来た理由がわかったような気がした。

 その答えをイタチが口にする。

 「オレたちは互いの願いに引き寄せられたのか」

 どうしようもなく胸が苦しくなった。

 水蓮の目からはとめどなく涙があふれる。

 イタチの体も小さく震えていた。

 水蓮はゆっくりと体を離し、イタチを見つめる。

 「あなたが【木の葉のうちはイタチ】でいられる場所として側にいさせて…」

 しかし、イタチの目には迷いが浮かぶ。

 「だが、オレはもう長くはない…」

 病と、サスケとの戦いによる終焉…

 その両方を含ませた言葉。

 「オレがお前に残せるものは『孤独』だ」

 一人水蓮を残して逝くことになる。

 その事にイタチの顔が苦悩を浮かべる。

 だが水蓮は笑顔を浮かべた。

 「あなたを孤独にすることのほうが辛い」

 「水蓮…」

 月の明かりがより一層強くなり、二人を静かに包み込んでいく。

 イタチにとって月の明かりは、自身の罪を薄れさせないための戒めでしかなかった。 

 しかし今、その月明かりを、その光に照らされる水蓮を『美しい』と感じている。

 「オレはいつもお前の存在に救われ、守られ、いつの間にかお前を求めていた」

 イタチの手が小さく震えながら水蓮の頬を包む。

 「オレはお前が好きだ」 

 「…イタチ…」

 「水蓮…」

 迷いながら、戸惑いながら、そして恐れながら…

 それでもイタチの口から言葉が紡ぎ出された。

 「許してくれ。お前に愛されることを」

 イタチの手に水蓮が手を重ねる。

 「あなたを愛することを許して」

 

 

 二人の影が、月明かりの中で重なった

 

 

 最期を迎えるその時まで、決して孤独にはしない…

 

 

 互いのその想いが色を重ねてゆく。

 

 

 誰かを愛し、誰かに愛されることの幸せと、締め付けるような胸の苦しみ。

 そのすべてを包み込むように月が優しく輝き、柔らかい風が流れて行った。




いつもありがとうございます(*^_^*)

ようやく…の二人です…
それでも、【最期】を決めているイタチと、【最期】を知っている水蓮…
今後二人はどのように進んでいくのか…
見守っていただければと思います。

…あ、終わりではないです(~_~;)続きますので☆

これからもよろしくお願いいたします(^○^)

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