いつの日か…   作:かなで☆

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第四章  【情報】

 深い森を抜け、一行は小さな町へとたどり着いた。

 程よく賑わっており、いくつもの店が軒を連ねていて、ちょうど仕事が始まる時間なのかあちこちの店からあいさつを交わす声が聞こえる。

 町の中を走る子ども達も、登校時間のようで、宿題の事や今日の授業の話をしたり「教室まで競争だ!」という元気のいい声が響いている。

 治安のよさそうな印象を受ける、ほのぼのとした町の雰囲気だ。

目の前を走っていく子供たちを見るイタチの目は、とても柔らかい。

 しかし、サスケを思い出すのかほんの一瞬曇りを見せる。

 「イタチ…」

 思わず声をかける水蓮。だがその後が続かず、妙な間が流れた。

 「どうした?」

 「あ…えと…」

 言葉に詰まったその瞬間、水蓮のお腹がぐぅと音を立てた。

 みるみる水蓮の顔が赤くなる。

 イタチは「ああ」と小さく呟いて辺りを見回し、

 「どこかで何か食べるか」

 そう言って食事処を探しだした。

 「そうですね。私も少しお腹がすきましたね」

 後ろで鬼鮫がつぶやく。

 

 空腹に我慢できずにイタチに声かけたみたいになってる…

 

 水蓮は恥ずかしさにうつむくが、よくよく考えてみれば昨日こちらの世界に来てから何も食べていないことに気付いた。

 その途端一気に空腹感が襲ってきた。

 そしてまたお腹が鳴る。

 少し前を歩くイタチの肩が少し揺れ、後ろからは鬼鮫の「クク」と小さく笑う声。

 

 『自分の置かれている状況が分かっているのか』と思われているのだろう…

 

 そう考えると水蓮は恥ずかしさが極まりさらにうつむく。

 

 穴があったら入りたいってこういう事を言うんだ…

 

 さっき森での戦闘を間近にして、しばらく気分が悪かったというのに、空腹におなかがなるとは。

 案外自分はタフなのかもしれないと水蓮はそんな事を思いながら、味噌汁のいい香りに顔をあげた。

 イタチも同じくそちらに顔をあげ「あそこにするか」と、店に向かう。

 暖簾をくぐると、ちょうど開店したばかりか人は少なく、店内はほどよく落ち着けそうな雰囲気だ。

 空いている席に座り、メニューを見る。

 「イタチさん、良かったですね。昆布のおにぎりありますよ」

 メニュー表を手にしながら鬼鮫が言う。

 「イタチ、昆布のおにぎり好きなんだ」

 「あとキャベツも好きですよ」

 鬼鮫が答える。

 「余計なことは言うな」

 目を細めるイタチに、鬼鮫は肩をすくめてメニューに目を移す。

 「みんな同じでいいですかね」

 鬼鮫がおにぎりとみそ汁のセットを指さした。

 イタチが無口だからだろうか。鬼鮫は面倒見がよく気遣いも自然だ。

 大きな体と異質な外見ではあるが、根はやさしいのではないだろうか。

 水蓮はそんなことを考えながらふと気づいた。

 「あ…」

 「ん?」

 隣に座っていたイタチが水蓮を見る。

 「どうした?」

 「いや。あの…私。お金もってない」

 イタチはその言葉にフッと小さく笑った。

 「気にするな」

 短くそう言い鬼鮫に注文を促す。

 ほどなくして温かい食事が運ばれたきた。

 水蓮は「いただきます」と手を合わせ、みそ汁を口に含む。

 あたたかくて優しい味に心が落ち着く。おにぎりも、柔らかく絶妙な力加減で握られている。

 馴染みのある食事とその味に、水蓮はこちらに来て初めて心から安心を感じたような気がした。

 「おいしい」

 つぶやき、思わず緩んだ顔にイタチと鬼鮫が顔を見合わせる。

 「不思議な人ですね」

 昨日も聞いたその言葉。不思議そうな顔をする水蓮にイタチが言う。

 「怖くないのか?」

 「え?」

 「オレたちのことを知っていたという事は、オレたちがどういう組織か、多少なりとも知っているんじゃないのか?」

 水蓮は一瞬返答に悩んだ。

 暁は戦争のために尾獣を集めている組織だ。

 それに、イタチはともかく鬼鮫のことはよく知らない。

 見た目もいかつく「殺しますか?」との言葉も本気のもの。

 だが水蓮は「怖くないよ」と、はっきりと返した。

 「死なないからですか?」

 「え?あ…うん。そう」

 死なないからという理由ではない。イタチの事を知っているから。だがそうも言えず、ただ相槌を返しておにぎりを食べる。

 イタチと鬼鮫もそれ以上は何も言わず、3人は静かに食事を済ませた。

 

 

 食事を終え「少し薬草と薬を買い足しておきたい」とのイタチの言葉に、3人は町の路地裏にある薬屋の前に来ていた。

 イタチは店から少し離れてあたりを見回し、人気がないことを確認して印を組む。

 ボンッと音を立てて煙が上がり、中から女性に姿を変えたイタチが現れた。

 青い短い髪。雰囲気は違うものの端正な顔つき。

 

 イタチが女性に生まれていたらこんな感じなんだろうな…

 

 美しい女性の姿に水蓮は見とれる。

 「中では何も話すな」

 顔に似合ったきれいな声で言われて、水蓮は頷く。

 その隣では、鬼鮫が若い男性に姿を変えて立っていた。

 「彼と病を関連させるわけにはいかないのですよ」

 鬼鮫が小さい声で耳打ちをしてきた。

 

 暁のうちはイタチが病気という事が知れるのはまずいという事か…

 

 水蓮はもう一度頷いて二人に続いた。

 店はさほど大きくなく、町にある個人経営の薬局という規模だが、様々な薬や薬草がきれいに整理されており、利用者に安心感を与える清潔さだ。

 店主はイタチの姿を目に捉え、ニコリと笑った。

 初老の男性。柔らかい笑顔に人柄がうかがえるようだ。

 「お久しぶりですね、桔梗さん」

 それがこの姿の時の名前のようだ。

 イタチは笑顔を返して店主の座るカウンターに向かう。

 「届いてる?」

 「ええ。3日程前に届きましたよ。今回は一つでした」

 定期的に何かを頼んでいるんだろうか。

 イタチの後ろから覗き込むと、店主は小さな瓶を取り出しイタチに渡す。

 その蓋には木の葉の里のマークが刻まれていた。

 「ありがとう」

 「やはりよく効きますか?」

 イタチは頷く。

 店主は「そうですか」とまたニコリと笑った。

 「この薬を作っている木の葉の医療忍者の方は我々の間でも有名ですからね。うちのように取り寄せて扱っている店も多い。あなたのように個人的にこういった形で利用する人も増えているようですよ」

 「そう」

 イタチはサッと薬の瓶を懐にしまう。

 「他にも見せてもらうわ」

 そう言ってイタチはいくつかの薬草を手に取ってゆく。

 水蓮は少しイタチから離れて店の中を見て回る。

 名前や見た目は違うが、自身の世界にある漢方薬と同じような効能の物がたくさん並べられていた。

 「興味あるんですか?」

 鬼鮫が声をかけてきた。

 水蓮は口を開きかけて慌ててつぐみ、小さく頷く。

 あちらの世界で製菓の学校を出ていた水蓮は、将来は薬膳を使ったお菓子を中心に店を持てたらと考えていたため、漢方や薬草について学んでいた。

 「そうですか」

 鬼鮫はやはり怪しむ気持ちが拭えないのか、どこか含みのある言い方でつぶやいた。

 ひしひしとそれを感じながらも、水蓮は本棚から何とはなしに一つ本を手に取って開く。

 「あ。読める…」

 小さな声でつぶやく。

 何かわからない文字が書かれているかと思いきや日本語であった。

 そう見えるようになっているのか。どちらにしても、見慣れた文字にほっとする。

 その本は薬の調合について書かれており、薬草の特徴がきちんとカラーで描かれていてかなり見やすい。

 成分はもちろん、調合したときの苦みや渋味。それを押さえる材料なども書かれており、水蓮は無意識にお菓子作りに合いそうなものを探していた。

 だがハッとして本を閉じた。

 

 今更そんなことを考えても意味がない…

 

 自分の描いていた夢は、多分もうかなえられないだろう。

 そのむなしさに、ため息と共に本を棚に戻す。

 とその時、ドアの前に立ち鬼鮫が水蓮を呼んだ。

 「出ますよ」

 「あ、うん」

 いつの間にか買い物は終わっていたようだ。

 イタチはカウンターで支払いをし、買ったものをかばんに入れていた。

 先に店を出る鬼鮫に続く水蓮。そのしばらくあとでイタチが出てきた。

 二人はやや店から離れてから元の姿に戻った。

 

 

 

 その日の夜、昨日とは違い布団で横になり目を閉じたものの、水蓮はなかなか寝付けずにいた。

 体が疲れすぎているのか、それともやはり今朝の恐怖が尾を引いているのか。

 それでも眠らなければと目を固く閉じたが、窓際に気配を感じうっすらと目を開けた。

 窓のふちに腰を掛け、イタチがさっき買った薬の瓶をながめている。

 その瓶は月の明かりを反射しているのか、少し光を放ちイタチの顔を照らしていた。

 しかし、明らかに先ほどと色が違う事に違和感を覚え、水蓮は目を凝らして瓶を見つめる。

 そしてハッとする。

 その瓶に、うっすらと文字が浮かび上がっていたのだ。

 はっきりとは見えないが【綱手】と書かれているようだ…。

 水蓮は思わず目を閉じた。

 

 この時点での綱手ってことは…

 

 と、木の葉崩しのあと自来也とナルトが綱手を探しに里を出た事を連想する。

 ドキリと胸がなった。

 

 もしかしてイタチはあの瓶で木の葉の誰かと情報をやり取りしているんじゃ…

 

 姿を変えて薬局に出入りするのも本当はそのためなのかもしれない。

 

 見てはいけないものを見てしまった…

 

 そんな気持ちに苛まれ、水蓮がゆっくりと寝返りを打つと、イタチがハッとして瓶をしまう気配がする。

 

 忘れよう…

 

 イタチにとっては知られてはならない事。

 

 何も見なかったことにしよう…

 

 水蓮が固く目を閉じた瞬間、イタチが咳込んだ。

 慌てて飛び起きて駆け寄る。

 「イタチ!」

 「水蓮…起きていたのか」

 昨日ほどひどい咳ではないが、イタチは顔をゆがめながら息を整えようとしている。

 「ううん。今気付いて…。ちょっと待ってね」

 水蓮は自分の両手を見つめ「出るかな」と、うまくできるかどうか不安を感じながら力を集めるイメージをする。

 少しずつ手のひらが温かくなり、光が溢れだす。

 「よかった…」

 その様子を見て、イタチが「本当に分からないのか」とつぶやいた。

 そして、自分の体にかざそうとしている水蓮の手を握ってとめた。

 「これくらいは大丈夫だ。その力は使うな…」

 「どうして?ダメだよ!」

 水蓮は無理やり手を近づける。

 が、それ以上の力でイタチが押し返す。

 「昨日の感じだとお前はチャクラの使い方に慣れていない…」

 間で小さな咳をしながらイタチは言う。

 「お前の体に負担がかかりすぎる」

 そこまで言って「うっ」と胸を押さえる。

 水蓮は自由になった手をイタチにかざした。

 「いいの。私の事はいいの。だから、お願い…」

 「なぜ…」

 そこまでして…

 イタチの瞳がそう問いかける。

 「きっと私のこの力は、イタチのためのものだと思うから」

 「………っ」

 そう言ってほほ笑む水蓮のその笑顔があまりに優しく、イタチは言葉に詰まった。

 徐々に水蓮の力がイタチの体から苦痛を取り除いてゆく。

 病の根源は取り除けないものの、それでも十分イタチの救いにはなったようだった。

 「もういい。おさまった」

 イタチのその言葉を聞き、水蓮は術を止める。

 瞬間。疲労感に襲われ、床に手を突き肩で息をする。

 「大丈夫か」

 体を支えるイタチに、水蓮は「大丈夫」とそう返したものの、イタチの腕の中に倒れ込んだ。

 「水蓮!」

 「気を失ってしまったようですね」

 いつから起きていたのか、鬼鮫が横になったまま水蓮を見つめていた。

 その手に鮫肌が握られているのを見てイタチは少し目を細める。

 「鬼鮫…」

 「どうやら普通の医療忍術のようだ。おかしな術なら…と思ったんですがね。しかし、医療忍術を使うとは」

 鮫肌から手を離して起き上がり、イタチと水蓮に歩み寄る。

 イタチは腕の中の水蓮を見ながら、その脳裏に鬼鮫が水蓮に向けて言った言葉を思い出していた…

 

 -- 不思議な人だ --

 

 「…お前の言うとおりだな」

 「そうでしょう」

 「ああ」

 「我々に対してまったく警戒心がないからですかね。こちらも何故かあまりそんな気にならない…」

 見開かれたイタチの目が「珍しい」と言っているのがわかる。

 「警戒しても、まるで本人にそんな気がないですからね。無駄な労力だ」

 鬼鮫は「それとも」と言葉を続ける。

 「久しぶりに『人』に触れたせいですかね」

 らしくないその言葉に、イタチは「珍しい」とまた心の中でつぶやいたが、抜け忍の処理役として同郷の忍びを殺め続け、そして暁に身を置き様々な犯罪に手を染め行く鬼鮫の心の中にも、どこか疲弊があるのかもしれないと、そんな風に思った。

 常に戦いという命の奪い合いに身を置く中、確証はないにしても悪意も策略もなさそうな水蓮とのかかわりに、ある意味戸惑っているのかもしれない。

 「そうか。そうだな…」

 鬼鮫への返答なのか、自分自身への言葉なのか、あいまいな感情でイタチはつぶやいた。

 二人が見つめる中、水蓮は静かに寝息を立てて眠っている。

 微塵の警戒もなく自分にその身をゆだねる水蓮の寝顔に、イタチは何故か心が安らぐのを感じ、そのすぐあとに決して振り払えない闇に襲われ、水蓮から目を背けた。


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