いつの日か…   作:かなで☆

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第三十五章【怒りの万華鏡】

 薄暗く、冷たい空気が張りつめた部屋の中。

 水蓮はドサリと乱暴に床に投げ落とされた。

 「つっ…」

 腕を強く打ち付け、顔をゆがめる。

 「オイ、オ前何者ダ」

 ずいっと詰め寄ってきたゼツから逃れようと体を引く。

 しかしその背が壁に当たり逃げ場を奪われる。

 「……っ」

 何が起こるか分からない。しかし、何でも起こりうる状況下。

 水蓮は顔を背けながらも、かろうじて視線を外さず、必死に全身をめぐる恐怖に耐えた。

 「黒ゼツ、やめなよ。怖がってるじゃない。女の子には優しくしないと」

 「ナラ、オ前ガ聞キダセ」

 「え~やだよ。めんどくさいもん」

 「ダッタラ、口ヲダスナ」

 「でもさぁ、かわいそうじゃん」

 「ソウ思ウナラオ前ガヤレ」

 「え~。ん~。どうしようかな。…やっぱやだ」

 「デハ黙ッテイロ」

 ゼツは水蓮をよそに、自分たちだけで話し出す。

 しかし、そこには針一本ほどの隙もなく、水蓮は微動だにできなかった。

 「とりあえずさぁ、どっちか呼んでこようよ」

 「ソウダナ」

 しばらく続いたやり取りがそこでひと段落した。

 

 どっちかって。トビかマダラ?

 

 それとも…

 

 水蓮が思考をめぐらせたとき、部屋のドアがカチャリと音を立てた。

 白ゼツが「…あ」と振り返る。

 その先にいた人物を見て、水蓮は息をのんだ。

 鼻と耳に深く突き刺さった黒いピアス。

 喜怒哀楽。人の持つあらゆる感情を捨て去った表情。

 その両目には渦を巻いた瞳…輪廻眼。

 「ペインだー」

 白ゼツが、その名を呼ぶにはふさわしくない軽い口調で呼びかけた。

 静かにたたずむその姿から溢れだす威圧感に、水蓮はごくりと喉を鳴らした。

 ペインを取り巻く冷たい空気は水蓮が今まで対峙したどれとも違う。

 一切の感情がまるで見えない【無】の冷たさ。

 「ゼツ。何をしている。本拠地(ここ)に不用意に人を連れてくるな」

 水蓮を一瞥し、ペインが無感情な声で言う。

 「この子さぁ、イタチのとこにいる子なんだけど」

 「少シダガ、九尾ノチャクラヲ感ジル」

 「調べといたほうがいと思ってさぁ」

 ゼツの話を聞き、ペインは静かな動作で水蓮に近寄り「話せ」とたった一言だけ投げた。

 しかし、水蓮はグッと唇を結ぶ。

 

 きっとイタチが来る…

 それまで余計なことは…

 

 両手を固く握り、イタチを待つ。

 

 「話せ」

 もう一度繰り返されたペインの言葉に、殺気が混じり飛ぶ。

 「………っ」

 背筋が凍りつき、体が自然と震えた。

 それでも、水蓮は沈黙を守る。

 「ねーねー。いう事聞いた方がいいよー」

 「死ニタイノカ」

 ゼツが再び詰め寄り、恐怖をあおる。

 それでも話す様子のない水蓮に痺れを切らし、ペインが強引に腕をつかんで立たせた。

 つかまれた腕が先ほど痛めた箇所を刺激し、水蓮は顔をしかめながら振りほどこうと抵抗する。

 「は、離して!」

 「何も言わぬなら、無理やり調べるほかない」

 ペインの手のひらが水蓮の額にあてがわれる。

 その冷たさと、何をされるのかわからぬ恐怖で水蓮の体が硬直した。

 

 ズッ…

 

 「…っ!」

 ペインの手にチャクラが集まるのを感じた瞬間。

 水蓮の脳裏に巨大に膨れ上がった輪廻眼が浮かぶ。

 そして、一気に体の中をペインのチャクラが駆け巡る。

 「やっ…!」

 全身におぞましい寒気が走った。

 まるで体の中を素手で触られるような感覚。

 そしてそれは、水蓮の深層…記憶へと迫る。

 「………!」 

 

 

 見られたらイタチのことが!

 

 「やめてっ!」

 水蓮はとっさにチャクラを練り上げ、体の中をめぐる悪寒を追い出すように全身から放った。

 

 

 バヂィッ!

 

 

 電気が放たれたような音が響き、水蓮を捉えていたペインの手がはじかれた。

 その勢いに水蓮の体もはじき飛び、壁に激突する。

 「つぅ…っ」

 痛みにうめいた次の瞬間。先ほどまでの感覚がよみがえり、体の震えが強くなる。

 「…う…っ…」

 水蓮は、恐怖と大げさなほどの震えを抑え込むように、自分の体をぎゅっと抱え込む。

 今までに感じたことのない恐れ。

 自分の意思をまるで無視して、体が…心が恐怖に支配されていく。

 「おおーやるねー」

 「ペインノ力ヲハジクトハ…」

 ゼツの声に顔を上げると、ペインがはじかれた自分の手を見つめていた。

 「九尾のチャクラは、大した量ではないな」

 言いながら再び水蓮に歩み寄る。

 しかし、その足がふと止まった。

 「お前、その髪…」

 「……え…?」

 ペインの言葉に、水蓮は自分の髪をすくい上げ、目を見張った。

 手のひらに乗せた髪も、ちらりと目にうつる前髪も赤く染まっていた。

 「ソウカお前…」

 黒ゼツが低い声を放った。

 「ウズマキ一族カ」

 「じゃぁ、今のはうずまき一族の力?」

 確かにそうだった。

 水蓮がペインをはじいた力は、母親から受け継いだ術の中の一つ。

 それに反応して髪の色が変わったようだった。

 「なるほどな…」

 低く響いたその声はペインの物ではなかった。

 扉の向こうから現れたのは、トビ。

 

 ドクンッ…と、心臓が大きく波打つ。

 

 見られていた…

 

 ペインがちらりと視線を送り「トビ。いつから…」と、つぶやきを向ける。

 トビは先ほどの低い声とは違ういつもの明るい声と、コミカルな動きで部屋に入り込む。

 「あ、一応はじめからいましたぁ!でも、なんか取り込み中だったので入りずらくてぇ」

 水蓮の前に、ペイン、ゼツ、トビが横並びとなり、恐怖を重ねあげる。

 「いやあ、まさかうずまき一族だったなんてぇ。びっくり!」

 大げさに驚いて見せ、トビは「で?」とペインに向き直る。

 「どうするんですかぁ?」

 ペインはいまだ震えの止まらない水蓮に歩み寄り「もう少し調べる」と、手を伸ばした。

 水蓮は壁に背をつけ体を固くする。

 

 もう先ほどのように弾き返すチャクラは残っていない…

 

 イタチ!

 

 胸中でその名を呼び、間近に迫ったペインの腕に目をギュッと閉じた。

 

 

 パシィッ!

 

 

 乾いた音が部屋の中に響き、ペインの手が払われた。

 と同時に、ふわり…と金木犀の香りが広がる。

 水蓮は目を閉じたまま、すぐそばに感じる存在に手を伸ばし、揺れる香りをつかんだ。

 「イタチ…」

 ギュッと握った手にはイタチの衣。

 体の震えはおさまらぬままだったが、その心は不安と恐怖から解放されていた。

 「水蓮…」

 眼前の者に警戒を浮かべたまま、ちらりと水蓮に視線を落とす。

 体を小さく縮めて今までにないほど震え、あふれおさまらぬ涙でほほを濡らしながら自分を見る目は怯えきっている。

 そして、赤く染まった髪。

 状況を見ておらずとも、明晰な頭脳がおおよその事を導き出す。

 赤い瞳が厳しく光り、正面に向けられる。

 「勝手なことをするな」

 ひどく抑えられたその声には、怒りが満ち溢れ、イタチの体から放たれる空気がどんどん鋭く研ぎ澄まされてゆく。

 「勝手ナ事ヲシテイルノハ、オ前ダ」

 「そうだよー。この子が九尾のチャクラを持ってる事知ってたくせに」

 「ナゼ隠シテイタ」

 イタチは低く抑えた声のまま答える。

 「隠していたわけではない。言う必要がないと判断しただけだ。九尾チャクラの封印は一番最後だ。その時でも問題はないだろう」

 「イタチ…」

 ペインの無感情な声が響く。

 「それを判断するのはこちらだ。それに、その女を仲間に入れると決めたのもお前だそうだな。勝手が過ぎるぞ」

 二人の間に重い空気が渦を巻いてゆく。

 それが極みに達する直前。

 「困りますねぇ」

 新たな声が水蓮の前に現れた。

 見上げた水蓮の視線の先には、鬼鮫の背中があった。

 「何があったのかはわかりませんが…」

 ちらりと水蓮に視線を向け、様子の変わったその姿に一瞬目を細めたが、正面に向き直りイタチ同様鋭く目を光らせる。

 「彼女はうちのチームの一員だ。たとえあなたといえども、断りなく無茶はしないで頂きたいですねぇ」

 隙を見せない動きで一歩前に歩み出て、イタチと水蓮をその大きな背に隠した。

 同時にイタチが水蓮のもとに姿勢を落とす。

 「水蓮」

 「イタチ…」

 水蓮が伸ばし上げた両手をしっかりと受け止め、イタチが抱え上げる。

 「…うぅ」

 なかなか震えが止まらぬものの、水蓮はグッと自分を強く抱き寄せるイタチに、安堵してしがみついた。

 いまだ渦巻く重苦しい空気の中、沈黙を破ったのはトビだった。

 「まぁまぁ、皆さん。落ち着いてー」

 くるりと回転しながら中心に躍り出る。

 「うずまき一族なら、まぁ、木の葉での九尾封印に何らかの形で関わっていて、その時にちょこっとそのチャクラをもらったんじゃないのかなあ」

 事情を知らぬ鬼鮫の肩が少し揺れる。

 「ね、イタチ先輩」

 「イタチ」

 ペインがその短い言葉で説明を求める。

 イタチは淡々とした口調で言葉を発してゆく。

 「水蓮の母だ。うずまきクシナの九尾封印に携わっていた。クシナが封印しきれなかった微量のチャクラをその身に封じ、死ぬ間際に娘にチャクラを引き継いだ。だが、水蓮は記憶を失っていた。思い出したのはつい最近だ。自分がうずまき一族だという事もな」

 「なるほど~。そういうことでしたか。

あの一族には医療忍術に優れた忍が結構いたみたいですし、イタチ先輩が重宝してそばに置きたがるのもわかるなぁ!」

 相変わらずの大げさな物言いでトビは続ける。

 「それに、イタチ先輩は最近封印術のバリエーションが増えたそうじゃないですか。

 それも彼女のおかげなんでしょ?」

 「そうだ。だが、こいつは知識はあるが封印術は使えない」

 何かを牽制するようにイタチが返す。

 「オレが教わり、組織(ここ)で使う」

 「まぁ、組織もそれで助かるんだから、いいじゃないですか。もうこれくらいで。いい拾い物したってことで!ね?」

 自分の目論みにも得があると感じたのか、水蓮を庇護するようなトビの言動に、イタチは腹立たしさを感じながらもそれを抑え込んだ。

 「じゃ、そういうことで!」

 パンッ…と、手をたたいたトビに、ゼツが目を向ける。

 「オ前ガ仕切ルナ」

 「でもまぁ、いいんじゃない。トビの言うとおり、別に誰も損はないんだし」

 「そうそう」

 勝手に話をまとめるその様子を横目に、ペインが無感情なままイタチに言葉を投げる。

 「イタチ」

 輪廻眼と写輪眼がぶつかり合う。

 「次からはすべて報告しろ。それから、九尾封印の時はその女も必ず連れてこい。微々たる量だが、あるに越したことはない。…いいな」

 イタチは「承知した」と、短く一言だけ返した。

 ペインは鬼鮫に「あとで来い」と言葉を残し、部屋から出て行った。

 「あ、まってくださーい。僕も行きますー」

 それに続いてトビが出てゆき、パタリと静かにドアが閉まる。

 その音に、鬼鮫がふぅ…と息を吐き出し、いまだ震える水蓮の頭に軽く手を置く。

 「彼女を頼みますよ」

 「ああ」

 イタチはグッと腕に力を入れなおし、ゼツをにらみつけた。

 「ゼツ…」

 「ナンダ」

 「なにー?」

 瞳が万華鏡写輪眼へと変化し、一瞬でイタチの怒りが空間を支配した。

 ゼツが一瞬寒気を感じ、ピクリと体を揺らす。

 「二度とするな」

 その一言と、怒りの余韻を残し、イタチはさっと姿を消した。


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