いつの日か…   作:かなで☆

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第三十三章【求める】イタチの章

 一人任務に出たイタチを思い、水蓮が空を見上げたのと時を同じくして、イタチも生い茂る木々の間からほんの少しだけ見える空を、見上げていた。

 

 もう起きた頃だろうか…

 

 自分がいないことに気づいて鬼鮫に食って掛かる水蓮の姿を想像し、ほんの少しだけ笑う。

 そして、戻ったら自分にも詰め寄ってくるのだろうと考え、今度は顔をしかめた。

 

 今回はもう少し体を休めてから戻ったほうがいいか…。

 

 そんなことを思う。

 あまりダメージを受けた姿を見せてしまうと、無理やり隠れてでもついてきそうだ。

 だが、それは避けねばならなかった。

 その原因ともいえる存在が、イタチの背後にいた。

 「イタチ。どうだ」

 低い、冷たい声が耳に響き、イタチは決して少なくない不快感を自分の中に見ていた。

 道という道のない山の中。急な斜面を後ろからゆっくりと、まるで見張るようについてくる男。

 

 うちは マダラ。

 

 片目だけがのぞく仮面。そこから冷たい空気が溢れて来るようだ。

 

 この男と水蓮の接触は避けたい…

 万が一にでも柱間の能力に気づかれたら、その力を利用しようと、何をされるか分からない…

 

 「この少し先だ」

 不愛想にそう返して突き進む。

 ところどころに色とりどりのアジサイが咲いており、胸の中の不愉快さを少し薄めてくれる。

 「本当に無愛想な奴だな」

 マダラはため息交じりにつぶやき「そういえば」とイタチの背中に話しかける。

 「あの女は役に立っているようだな。名前は…水蓮だったか」

 ピクリとイタチの肩が揺れる。

 「デイダラの話を聞く限り、医療忍術の腕はよいようだな。任務もうまくこなしているそうじゃないか。どこで拾ってきたんだ」

 「あんたには関係ない」

 何も答えるつもりがないとの意思をあらわに答える。

 しかしマダラは気にせず話し続ける。

 「鬼鮫が鍛えているそうだな。よく二人で任務に行っているとも聞いたが、風遁が使えるなら裏方ばかりでなく、お前が水蓮と組んでもっと戦闘に参加させたらどうだ」

 思いのほか水蓮の情報をつかんでいるマダラに、やはり少し怪しまれているかという懸念と、『見張っているぞ』と言わんばかりの物言いに、心の底から嫌悪感が湧き上がる。

 何より、マダラが水蓮の名を口にする事が、ひどく気分を悪くする。

 「そう思うならオレを呼ぶな」

 自分の目的を果たすために、単独任務と称して駆り出されることに対しての腹立たしさも加わる。

 低く放たれたその言葉に、マダラが「ハハ」と小さく笑った。

 「珍しく感情を出す」

 「……………」

 嘲笑を含ませるマダラにイタチはもう何も返さなかった。

 しばらく歩き、イタチが立ち止まる。

 「あそこだ」

 イタチの写輪眼で感知しながらたどり着いた目的地。

 二人が見据える先には小さな祠があった。

 人が踏み入ることがないであろう森の奥深く。

 手入れされることなく長年が過ぎ、朽ちて落ちかけた祠の扉をイタチが開く。

 中には何もなく、背面にある岩肌が見えるのみ。

 「どの術式だ」

 マダラが腕を組みながらイタチの動きを見つめる。

 急かす空気に苛立ちを感じながら、イタチは目に力を込める。

 

 …万華鏡写輪眼…

 

 イタチの瞳が変化し、何もないはずの岩肌に封印の術式をとらえる。

 高度で複雑な術。

 それを読み解くためにさらにチャクラを込める。

 「……っ…」

 眼底にチリッと痛みが走り顔をしかめるが、そのまますべてを解析してゆく。

 しばらくして、イタチは額に少し汗を浮かべながら息を吐き出した。

 「桂樹月下法印(けいじゅげっかほういん)だ」

 マダラはそれを聞き、自身の記憶をたどるように黙してその場で静する。

 が、しばらくして「覚えがないな」と首をかしげた。

 「ならさっさと見ろ」

 少し髪をかき上げてマダラと向き合う。

 自身の写輪眼にマダラが照準を合わせたことを確認して、イタチは術式の成り立ちとそれを解くための印をイメージする。

 印だけなら口頭で教えることができるが、高度な封印術となればその術式を理解していなければ解けない。

 それを写輪眼を通してマダラに見せ伝える。

 たがいにチャクラを込める。が、消費するチャクラの負担は伝える側のほうが大きい。

 伝え渡した後、イタチが少しふらつく。

 ここ最近こうした事が続いているためか、イタチは疲労がたまっているのを感じる。

 「少し休むか?」

 「いい」

 即答する。

 一刻も早くこの男との空間から離れたい。

 その拒絶の色を感じたのか、マダラは「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らし、自身の目的の物を手に入れるため、祠の前に立つ。

 イタチもその隣に立ち、合図もなく同時に印を組む。

 その動きが気味が悪いほど揃うことに、【うちはの血】【一族】という括りの中、自分とマダラがつながっている事をいやがおうにも感じ、腹の奥が黒い熱を帯びる。

 すべての印を組み終わり、同時に祠の前に手をつく。

 

 『解!』

 

 風を起こしながら封印が解かれてゆく。

 その風が静かに空気に溶け消えた後、何もなかった岩肌に小さな扉が現れた。

 それを開け放ち、マダラが中から何かの札を取り出し懐にしまう。

 その背を見つめながら、イタチは目を細めた。

 

 いったい何を集めているのか…

 

 マダラはこうして封印の施された箇所を見つけてはイタチを呼び出し、ともに解呪させる。

 忍具であったり、札であったり、巻物であったりと様々ではあったが、手に入れたものに関して言葉はなく、ただ淡々と作業させられる。

 木の葉のためには情報を探りたいところではあったが、それを聞いたところで答えが返ってくるはずもなく、イタチは調べかねていた。

 

 「終わったならオレは帰る」

 マダラに背を向けながら言い放つ。

 この男との時間は居心地が悪い。

 

 なぜなら、うちはマダラの存在はあの日を思い出させる。

 

 あの夜を知るこの男のそばにはいたくない。

 その思考とともに、嫌な記憶が脳裏を走る。

 「………っ!」

 目の奥に激痛が走り、それは神経を伝って頭痛をも起こす。

 瞳力を酷使したことも合わさり、胸に激しい痛みと苦しみがもたらされた。

 ガクリと膝が落ち、地面を埋めていた木の葉ががさりと音立つ。

 それが背中から見えていたかのように、マダラはさして驚く様子もなくゆっくりと振り返る。

 「ずいぶんときているようだな」

 

 うるさい…

 

 そう返そうと開いた口から、先に咳が出た。

 「しっかり診てもらえ。そのための医療忍者だろう」

 マダラはイタチに歩み寄り、すっ…と姿勢を落とす。

 「まだ死なれては困る。組織にとってもな。養生しろ」

 「なら…」

 低い姿勢からにらみあげて、絞り出すように言葉を発する。

 「一人でやれ」

 キッと睨み付けたイタチの赤い瞳を簡単に受け流し、マダラは立ち上がる。

 「封印術はお前のほうが詳しい。最近は扱う種類も増えたようだしな。それに、一人ではオレに負担がかかり過ぎる。それでは困る」

 どこまでも己のことしか考えていないその言葉に、イタチの奥から苛立ちと怒りがあふれる。

 が、その感情が表に出るより早く、激しく咳き込む。

 その様子を横目にマダラは「何より」と言葉を投げる。

 「オレの手伝いをするかわりに、お前の自由行動も許してやってるんだ」

 整わぬ呼吸に顔をゆがめながら目をそらす。

 

 マダラに力を貸すにあたっての条件。

 それがイタチが一人で動く自由な時間だった。

 イタチはその時間を使って自身の欲するものを探していた。

 

 「何を探しているのかは知らんが。我々に楯突こうとはするなよ」

 念を押すようなその言葉。

 無言のイタチにマダラはさらに続ける。

 「まぁ、お前はそんなバカではないがな」

 イタチは奥歯をぎりっと噛んだ。

 イタチが探しているものは、組織やマダラに関係するものではない。

 だが、マダラはたとえそうであっても

 

 『お前ではオレに勝てない』

 『お前もそれは分かっているだろう』

 

 そう言っているのだ。

 

 すべてを見透かした物言いと、それが事実であることへの苛立ちが極まり、イタチは「失せろ」と一言発した。

 マダラは、いまだ痛みに胸を抑えるイタチの姿に少しのためらいも見せず「また連絡する」と短く返し、姿を消した。

 その気配が消えたことを確認して、イタチはそばにあった大きな木に背を預けて大きく息を吐き出した。

 全身の血が脈打つかのように暴れ、激しい痛みをもたらす。

 胸の奥から湧き出た咳に血の味が混ざった。

 それがまた、あの闇の記憶を呼ぶ。

 

 決して消えぬあの日…

 

 イタチは空を見上げてもう一度大きく息を吐き出す。

 

 思い出されてゆく場面場面…

 「サスケ…」

 つぶやきが漏れた。

 「お前は無事なのか…」

 大蛇丸のもとへと身を置くサスケが心配だった。

 

 力を求める心を利用されたのだろう…

 純粋で、素直なサスケ…

 何色にでも染まるその無垢さがあだとなったか…

 だが、今自分がサスケにできることはない…

 

 できることは、サスケが自分のところまで上り詰めてくるのを待ち、その手によって討たれ、名を上げさせること。

 木の葉の里のために力を尽くしてきた【うちは一族の仇を取った英雄】と言う肩書。

 その名が広がれば、世間体を考えた里の上層部たちはサスケを受け入れざるを得なくなる。

 

 里へ帰れるはずだ…

 せめて、あいつだけでも…

 

 幼いころのサスケの笑顔が浮かぶ。

 「サスケ…」

 つぶやきと同時に、激しい咳が出た。

 さらに痛みが襲い、体を折り曲げる。

 「………っ」

 

 

 次は私もついて行く

 

 

 痛みにこらえる中、水蓮の言葉がふいによみがえった。

 

 さすがに一年も共に行動すれば、いないことに多少違和感を感じるか…

 

 ふとそんな事を思う。

  

 とくに、こんな時はいつもそばにいた分、余計にそう思うのかもしれないとイタチは治療を通じて感じる水蓮のチャクラを思い出していた。

 「あいつのチャクラは、暖かいな…」

 つぶやきと同時に、また胸がズキリと痛む。

 あまりの痛みにイタチは、連れてくれば良かったかと思い、ハッとする。

 「バカかオレは…」

 この苦痛からの解放を望む自分を戒めた。

 

 目をそむけるな…

 この苦しみ、痛み…

 それをこの身に受くることがせめてもの…

 

 グッと力を入れて瞳を閉じる。

 

 ポタリ…

 

 黒い雲を広げていた空から一粒の雨がイタチのほほに落ちて流れた。

 薄く目を開くと、さらにいく粒かの細かいしずくが降り落ち、しだいに音を立てて森を濡らし始めた。

 

 薄暗く深い森

 雨音が大地に響き、染み渡っていく

 広いこの空間に残されたイタチの存在が、孤独に小さく雨霧の中にかすむ…。

 

 

 冷たい雨…

 

 

 どれほどその雨に打たれたのだろうか。徐々に体温を奪われ、うすれゆく意識の中でイタチはまた思い出していた…

 

 「あいつは温かい…」

 

 夢隠れの里で、夢うつつに自分を包み込んできた水蓮のぬくもり。

 

 あらゆる物を包み込むような温かさ。

 

 「水蓮」

 

 無意識にその名をつぶやき、姿を思い浮かべ、ゆっくりと闇の中へと落ちてゆく。

 またあの夢を見るのだろうと覚悟しながら目を閉じ、思う。

 

 

 …あの夢の後も、いつもあいつがいたな…

 

 

 「イタチ!」

 

 

 雨音を切り裂いたその声に、堕ちかけた意識が引き上げられる。

 聞こえるはずのないその声。

 幻聴か、との考えと苦笑いが次の瞬間消された。

 

 「イタチ!」

 

 先ほどよりもはっきりと聞こえるその声。

 それは紛れもなく水蓮の声であった。

 うっすらと開いた瞳の先、その細い視界は少しぼやけてはいるが、降りしきる雨の中、白い鳥がこちらに向かって飛んでくる様が見える。

 その鳥は風を巻き起こしながら近くに舞い降りた。

 「イタチ!」

 その背からはじかれたように飛び降り、自分に向かってくる水蓮の姿をとらえた瞬間…

 「…………っ」

 先ほどまでの、(むしばむ)む苦しみとは違う何かが、イタチの胸を強く締め付けた。

 「水蓮…」

 滑り込むように水蓮がイタチのそばに体を寄せる。

 その手にはすでにチャクラがあふれていた。

 「もう大丈夫だから」

 かざされた手から、暖かいチャクラがイタチに注がれていく。

 「お前、どうして…」

 「連絡があったんですよ」

 答えたのは鬼鮫だった。

 「お前まで」

 つぶやきと同時に、降り注いでいた雨がフッと消えた。

 見上げると、先ほどの鳥の羽が自分たちを覆い、雨を遮っていた。

 「なんだよ、本当にくたばりかけてんじゃねぇかよ。うん」

 「デイダラ」

 鬼鮫の背から現れた思わぬ人物に目を見開く。

 「言っとくけど、これはあーねのためだからな。うん」

 デイダラが粘土で作り上げた鳥の羽を指さす。

 「トビが、伝令で来たんですよ。あなたが任務でダメージを受けて動けないから、迎えに行くようにと。ちょうど彼が来ていてよかったですよ。おかげで早くこれた」

 鬼鮫が視線でデイダラを指し、フッと笑う。

 

 トビ。マダラが…

 奴の気まぐれか嫌味か

 それとも、組織と自分のために少しでも長く生かそうという魂胆か…

 

 どう考えても好意とは取れないマダラの動きに、イタチは嫌な気分を渦巻かせる。

 しかしそれを、暖かく柔らかい水蓮のチャクラが薄れさせていく。

 「ったく。雨の中飛ばしやがって。これは貸だからな。うん」

 腕を組んで胸を張るデイダラに、イタチは「ああ」と答え、過度の疲れに目を閉じながら言葉を続けた。

 「すまない。助かった」

 「うん?…ん!…なっ!なっ!」

 デイダラが思いがけない言葉に驚きの声をあげて戸惑う。

 「なんだよ。調子狂うぜ、うん。あの、あれだ…。おいらは、怪しいやつがいないかその辺見てくるぜ。安全確認ってやつだ。うん」

 気恥ずかしそうに背を向け、少し小降りになった雨の中へ歩き出す。

 「私も行きましょう」

 鬼鮫もそれに続く。

 二人が去って行く気配を感じながら、イタチは目を閉じて呼吸を整える。

 

 ここまでのダメージは久しぶりだな…

 

 自嘲の笑みをこぼす。

 「イタチ」

 水蓮が小さな声で呼んだ。

 「なんだ…」

 目を閉じたまま答えるが、言葉が終わるより早く水蓮が声をかぶせた。

 「ばか!」

 耳に響くほどの大声。

 イタチは驚いて目を開いた。

 その視線の先で、水蓮が治療の手を止めぬまま自分をにらみつけていた。

 「水蓮…」

 「ばか!」

 怒りをあらわに言葉をかぶせてくる。

 「だから!私も行くって言ったのに!ばか!」

 三度(みたび)浴びせられたその言葉に、イタチはきょとんとする。

 

 いまだかつて、こんな風に誰かに「ばか」と言われたことがあっただろうか…

 こうしてまっすぐに叱られたことがあっただろうか…

 

 記憶の中にその経験をなかなか見つけられないまま、本気の怒りを浮かべる水蓮の顔を見て、イタチは小さく笑った。

 「なによ!」

 自分の怒りに笑いを返されて、水蓮はさらに顔をゆがませた。

 その表情を見て、イタチはまた笑う。

 「それがいい」

 「…え?」

 言われた意味が分からず、今度は水蓮がきょとんとする。

 イタチはどこかほっとしたような笑みで水蓮に言った。

 「無理に笑うより、本気で怒る方がいい」

 「………っ!」

 水蓮が小さく息をのんだ。

 「イタチ…」

 言葉に詰まる水蓮を見て、イタチは思い出していた。

 感情を抑えて笑う水蓮の顔を。

 

 ああして何かを隠して笑うより…

 

 「その方がいい」

 

 ウソを重ねて笑うのは、痛い。

 

 「無理に笑うな…」

 

 柔らかい笑みを浮かべ、イタチは目を閉じた。

 流れ込む水蓮のチャクラの温かさが、イタチをやさしく眠りに導いてゆく。

 

 それでもきっとオレはあの夢を見るのだろう…

 

 眠りに落ちながらイタチは思う。

 

 それでも、目覚めたときにお前がいるなら…

 

 眠りの先に闇を感じながらも、今までとは違うその先をイタチは感じていた。

 

 

 しばらくして、イタチの顔が夢にゆがむ。

 

 その頬の上にポタリとしずくが落ちた。

 

 「どっちが…」

 

 それは、水蓮の目からこぼれた涙…

 

 「ばか…」

 

 

 ポタポタとこぼれる水蓮の涙と入れ替わりに、雨は止み、差し込む日の光を受けた雫が、いたるところで紫陽花を輝かせた。


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