いつの日か…   作:かなで☆

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第三十二章【近くて遠い】

 夢隠れの任務から半年が過ぎ、水蓮がこちらの世界に来てからもうすぐ1年が経とうとしていた。

 暁はいまだ大きく動く気配を見せてはおらず、相変わらず術の収集や、噂の立つ忍具の調査・入手など、裏で動く任務がほとんどだった。

 組織で使う物もあるようだったが、どうやらそれを売り、資金を集めているようだ。

 水蓮も任務に就くことはあったが、イタチが内容を選んで同行させていたため、戦闘に巻き込まれるような事はほとんどなかった。

 たとえ戦闘になったとしても、イタチと鬼鮫で対応しきれないようなものもなく、水蓮は後方で待機。というのが常だった。

 そんな中でも、鬼鮫が時折水蓮に修行をつけていたため、任務同行の際に二人の足を引っ張るような事がない程度には力をつけていた。

 その事もあり、内容によっては、水蓮と鬼鮫のツーマンセルで任務の遂行に当たることもあった。

 

 今もまさにその最中だ。

 

 組織が欲する術式が記された巻物を奪いに、鬼鮫が某国の城に潜入中であり、水蓮は城の裏手にある大きな木の上で待機していた。

 少し切った黒い髪と、暁の外套が風に揺れる。

 「もうそろそろかな…」

 近くの枝に止まっていた鳥が、つぶやきに驚いて飛び立つ。

 水蓮はその鳥の羽ばたきを見送りながら、目を細めた。

 

 イタチはもう終わったかな…

 

 見つめるその先は、イタチが別任務で向かった方角。

 イタチは時折、単独で任務に就くことがあり、その裏にはマダラがいるのだろうと、水蓮は推察していた。

 そうして、イタチが別行動の時は今のように鬼鮫と任務に出る。

 それでも、水蓮はやはり後方待機の事が多かった。

 イタチの意を汲んでいるのか、それとも医療忍者としての扱いに重きを置いているのか、鬼鮫もあまり水蓮を前線には出さなかった。

 水蓮が退路の確保に力を発揮し出したことも、その理由の一つなのかもしれない。

 

 「あ、きた」

 少し離れたところに鬼鮫の気配を感じ、水蓮は足元に置いてあった香炉を手早く片付ける。

 その香炉では今まで眠り薬が焚かれており、風遁で起こした風を操ってその無色無臭の煙を空気に流していたのだ。

 以前夢隠れの里で、弓月の幻術を風遁で返した事をきっかけに思いついた物だった。

 

 目に見えぬ煙が広範囲に広げられ、そのエリアに入った者が辺りに数人倒れている。

 それを眼下に捉えながら、鬼鮫が水蓮のもとへと飛びくる。

 「終わりましたよ」

 「うん」

 すっかり退却準備を整え、水蓮が頷く。

 「退路は大丈夫そうですね」

 鬼鮫が眠りこけている忍達を見下ろす。

 「でも、あと5分くらいかな」

 「では少し急ぎますか」

 鬼鮫が姿勢を落とし、水蓮が鮫肌に捕まり乗る。

 移動を急ぐ際はこうして鬼鮫の背に乗るのが通例となっていた。

 「行きますよ」

 「うん」

 二人の姿が瞬時に消えた。

 

 

 待ち合わせ場所にしていた洞窟まで来ると、鬼鮫は入手した物の受け渡しに行くと言い、水蓮は一人で待つこととなった。

 しばらくすると、洞窟の入り口に人の気配が揺れる。

 遠目にではあったが、それがイタチであることがわかり「お帰り」と、笑顔で迎え寄る。

 しかし、その水蓮の視線の先で、イタチがガクリと膝を地についた。

 肩が、大きく揺れている。

 「イタチ!」

 慌てて駆け寄る。

 イタチは額に汗を浮かべて、荒い呼吸で言葉なく顔をゆがめている。

 チャクラをひどく消費している様子に、水蓮はその場でイタチにチャクラを送り込み、呼吸が整うのを待つ。

 「少し瞳力を使い過ぎた」

 まだ完全に整いきらぬ呼吸の合間に、イタチが言葉を絞り出す。

 「とりあえず、奥に…」

 体を支えて、洞窟の奥に入る。

 壁に背をもたれかけて座らせ、水蓮はどきりとした。

 イタチの手に血がついていた。

 「心配ない。オレの血ではない」

 イタチがスッと手を引く。

 

 誰かの命を…

 

 イタチの様子を見て、水蓮はそう悟る。 

 そしてその血で汚さぬようにまた自分を遠ざけている。

 

 水蓮は水筒の水で手拭いを濡らして、強引にイタチの手を取り、血を拭う。

 「平気だから」

 疲労で力が入らないのか、イタチはその手を振り払いはしなかった。

 「怪我は?」

 小さく首を横に振り、少し咳き込む。

 外傷がないとは言え、難しい任務だったのだろう。

 「何の任務だったの?」

 単独任務の後、イタチはこうして深いダメージを負って戻ることがある。

 いかに屈強ぞろいの組織と言え、やはりイタチの写輪眼は利用価値が別格なのだろうか。

 イタチは決してその内容を話さないが、組織には珍しい単独任務の事を考えても、背負わされるものが違うのかもしれない。

 そんな事を思いながら、水蓮は胸が締まる。

 

 サスケとの対戦のために力を残す必要がある中で、組織の内情を探り監視するために、心を殺してその手を血に染め、一人で苦み続ける。

 

 こんなこと続けてたら、体も心ももたない…

 

 そんな思いが表情に出ていたのか、イタチは「大したことはない。もう大丈夫だ」と小さく笑って、水蓮の手を止めた。

 

 またそうやって、この人は嘘をついて笑う…

 

 水蓮は思わず涙が出そうになったが、ぐっとこらえて、止められた手をもう一度イタチに向けた。

 「まだ終わってない」

 「いや…大丈夫だ」

 押し返そうとするイタチに、水蓮は「だめ」と、冗談めいた厳しい口調で返す。

 「医療班の言う事は聞いてもらいます」

 言い放って笑顔を浮かべる。

 ここで泣けば、イタチはまた自分を気遣う。

 そう思っての笑顔だった。

 イタチは顔をしかめて何か言おうとしたが「わかった」と呆れたような、諦めたような表情で息を吐き出した。

 大人しく水蓮のチャクラを受け入れるイタチの顔が少しずつ和らぎ、ほっとする。

 「イタチ。次は私もついて行く」

 一緒に行けばその場で回復することができる。

 そう考えての言葉だった。

 しかし、イタチは目を閉じて黙し、答えぬまま眠ってしまった。

 「またですか…」

 戻ってきた鬼鮫が、イタチの様子にため息をつきながら歩み寄る。

 「最近よく見る光景だ」

 確かに、ここ最近は少しこうした事が続いている。

 「鬼鮫、イタチは何の任務についてるの?」

 イタチを見つめたまま鬼鮫に問う。

 鬼鮫もイタチに視線を向けたまま答える。

 「私も知らない。我々の任務とはそういう物なんですよ」

 無感情に放たれた言葉に、水蓮は少しずつ近づいたと思っていたそれぞれの存在を、ひどく遠く感じた。

 

 

 

 翌日の朝。水蓮が目を覚ました時には、イタチの姿はなかった。

 「また一人で行ったの?」

 鬼鮫からその事を聞くなり、水蓮は声を荒げた。

 怒りを含んだ声が洞窟内に響き渡る。

 「ええ。今朝早くに」

 「なんで起こしてくれなかったのよ!」

 詰め寄ってくる水蓮の勢いに、鬼鮫が少し体をのけぞらせる。

 「イタチさんが、起こすなと言ったので」

 当然のことのように言う。

 暁での所属がイタチの方が長いからなのか、それとも他に理由があるのか、鬼鮫がイタチの意思を尊重するところは変わらない。

 「なんで、そんなにイタチの言う事きくの」

 詰め寄ったまま鬼鮫をにらみつける。

 鬼鮫は「さぁ?」と、肩をすくめて見せた。

 軽く流されたことに余計に苛立ちが湧き上がったが、もう行ってしまったものは仕方がない。

 「それで…」

 「わかりませんよ行き先は。行ってくる。起こすな。としか言われてませんから」

 予想通りの答えに水蓮は、はぁ…と大きく息を吐く。

 昨日の様子から見て、まだ体は完全に回復しきっていない。

 そんな状態でまた瞳力を酷使したら、昨日より大きなダメージを受けるだろう。

 苦しむその姿が目に浮かび、そばにいれない事への悔しさが溢れた。

 「ちょっと出てくる」

 つぶやくようにそう言い、水蓮は洞窟の外へ向かう。

 「どこへ?」

 「薬草摘んでくる」

 イタチが怪我を負って帰ってきた場合に備えようとの考えだった。

 その意図を汲み、鬼鮫は「わかりました」と一言返してその背を見送った。

 洞窟から出ると、少し湿り気を帯びた空気が広がっており、ぬるい風に土と草のにおいが混じる。

 「雨降りそう」

 肌にまとわりつく湿気に、気持ちまで重くなる。

 

 必要としてはもらえないのだろうか…

 

 そんな事を思いながら、少し暗くなり始めた空を見上げた。


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