いつの日か…   作:かなで☆

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第三十一章【穏やかなる時】

 あれから4日後、すっかり熱は下がったものの水蓮は任務に出る二人を見送り、宿で体を休めていた。

 とはいえ、熱が下がればじっとしてもいられなくなり、水蓮は外へと出かけることにした。

 この町には1週間ほどとどまる予定らしく、慌てて動くよりは今のうちにしっかり体を休めるようにとイタチと鬼鮫に言われていたが、先日の夢隠れでの一件もまだ少し心に残っており、あまり部屋にいると気持ちが塞ぎそうだった。

 

 宿から一歩出て水蓮はその景色に足を止めた。

 「あれ?ここ…」

 見覚えのある街並み。食事処、そして茶屋…。

 そこは、水蓮がはじめてイタチと鬼鮫と共に来た町だった。

 「なんか懐かしいな…」

 あれから4か月程しかたっていないが、ずいぶんと前のように感じる。

 あの頃は少し気温も高く、移動時に汗をかくような気候だったが、今はすっかり冷え込み、吐く息はやや白い。

 歩みを進めながら、こちらに来た時の事を思い出す。

 「色々あったな。ほんと…」

 めまぐるしく変化し続けた自分の数か月に苦笑いをする。

 「そりゃぁまぁ、熱も出るか…」

 つぶやき、ふと小さな公園に目が向く。

 数人の子供が集まっており、声をあげて楽しそうに遊んでいる。

 「俺のが一番高いだろ!」

 「私だってば」

 「僕のだよ!」

 足を踏み入れると、子供たちの会話がはっきりと聞こえてきた。

 皆10歳まではいかないだろうか…。

 見ると、それぞれ手に竹トンボを持っている。

 「へぇ、竹トンボかぁ。懐かしいな」

 子供たちの手を覗き込む。

 「それ、手作り?」

 どれも少しずつ形がいびつになっており、手作り感が出ていた。

 「そう!自分たちで作ったんだ」

 一番背の高い男の子が胸を張る。

 その隣で髪を二つに結んだ少女がニコリと笑った。

 「なかなかうまく作れなかったんだけど、なんとか飛ぶようになったの」

 「で、今飛ばしあいっこしてたんだよ」

 一番背の低い男の子がそう言って「僕のが一番」と、声を大きくして言った。

 「私だって」

 「俺だろ」

 先ほどのやり取りがまた始まる。

 「ねぇ。飛ばして見せて。どれが一番高く飛んだか、私が見ててあげるから」

 クスリと笑った水蓮に、3人は「よぉし!」と意気込み、並んで一斉に竹とんぼを飛ばす。

 が、それは水蓮が思っていた以上に上がらず、飛ばしたというか、投げたという感じだった。

 「どうだった?」

 「どれが一番とんだ?」

 「ぼくでしょ?」

 詰め寄られて水蓮は「え~と…」と言いよどむ。

 正直どれも飛んだとは言えないうえに、ほぼ同じ高さだ。

 「もうちょっとこう、シュッと飛ばさないと…」

 地面に落ちている竹とんぼを一つ拾って、飛ばしてみる。

 子供たちよりは高く上がるものの、動きが重く、竹とんぼらしい飛躍感が感じられない。

 「なんだろ。回し方が悪いのかな…」

 水蓮は落ちた竹とんぼを拾い上げもう一度飛ばす。

 子供たちもその隣で飛ばす。が、やはり上がらない…

 「なんでだろうね」

 子供たちと代わる代わる何度か試す。

 そして幾度目かに、病み上がりに上を向きすぎていたからか、水蓮は軽く立ちくらみを感じ後ろにふらついた。

 「わっ…」

 小さく声をあげると同時に、トンッと背中が誰かにぶつかる。

 「あ、ごめんなさい」

 頭を下げながら振り向くと、そこにはイタチが立っていた。隣には鬼鮫もいる。

 「あ、お帰り」

 二人の無事に安堵し、パッと花が咲いたように笑う。

 「ええ」

 柔らかく返す鬼鮫とは対照的に、イタチは少し目を細めて水蓮を見た。

 「休んでいろと言っただろう」

 「あ、ごめん。だって、暇なんだもん」

 気まずく「ハハ…」とこぼした水蓮の手元を見て、鬼鮫が「懐かしい」と竹とんぼをその手からスッと取る。

 「なかなか飛ばなくて」

 「ああ。まぁ、これでは上がらないでしょうね」

 少し太い指でつまみ、くるくると回しながら笑う。

 子供たちは体の大きな鬼鮫が少し怖いのか、水蓮の後ろからそっとその様子を見ている。

 「削りが浅いんですよ」

 そう言ってクナイを取り出し、器用に削る。そしてあっという間に形を整えて水蓮に渡した。

 なめらかに削られた断面を見て、子供たちが声をあげる。

 「すげぇ…」

 「きれーい」

 「まっすぐだぁ」

 警戒の目が一瞬で尊敬のまなざしに変わる。

 水蓮はそれを持ち主の少女に渡した。

 「飛ばしてみて」

 「うん」

 結んだ髪を揺らしながら、シュッと空にめがけて力を放つ。

 

 シュゥン!

 

 気持ちのいい音が響き、竹とんぼは子供が飛ばしたと思えないほどに、高く上がった。

 「すげぇ!」

 「うわぁぁっ!」

 「すごい!」

 子供たちの歓喜の声が、飛びゆく竹とんぼの後を追うように上がる。

 「鬼鮫、器用だね」

 「意外だな」

 鬼鮫は「これくらいはできますよ」と、笑った。

 その鬼鮫の前に、サッと二つの竹とんぼが突き出された。

 「………?」

 首を傾げる鬼鮫に子供たちがにっと笑う。

 「これも」

 「やって」

 普段子供と関わるようなことがない鬼鮫は、少し戸惑ったように身じろいだ。

 そんな鬼鮫の隣から、イタチがその竹とんぼを取り、一つを鬼鮫に渡す。

 「やらないと帰してくれないぞ」

 そう言ってイタチはその場に腰を落とし「竹を削るにはコツがいる」と、手元を子供たちに見せながら、慣れた手つきで、シュ…シュッ…とクナイをリズミカルに音立たせる。

 鬼鮫も同じく姿勢を落とし「力の入れ方ですよ」と削り上げ、二人は1分もしないうちに仕上げてそれを子供たちに渡した。

 3人は並んで飛ばし、高く上がった事に大騒ぎで走り回る。

 そして水蓮のもとへと走り寄ってきて、その腕を引っ張る。

 「ねぇねぇ、私のが一番でしょ?」

 「僕だって!」

 「俺だ!」

 必死にそのやり取りを繰り返す子供たちが微笑ましく感じる。

 「みんな一番」

 そう言われて3人は頬を膨らませたが「そうだ!」と水蓮達に竹トンボを突き出した。

 「お姉ちゃんたちでやってみてよ」

 「俺たちより背が高いから」

 「もっと高く飛ぶ!」

 ほぼ無理やり手に持たされ、水蓮達は顔を見合わせた。

 「早く早く!」

 少女がキラキラした目で水蓮を見る。

 「よぉし!」

 水蓮が気合を入れて両手で竹とんぼをはさみ持ち、イタチと鬼鮫に視線で促す。

 「負けませんよ」

 意外にも鬼鮫は乗り気だ。

 イタチも、はぁ…とため息をつきつつも少し笑った。

 子供たちが大きな声で秒読みをする。

 『3・2・1・0!』

 

 シュゥッ!

 

 と、空気を切り裂く音が心地よく鳴り、3つの竹とんぼが空高く舞い上がった。

 

 その高さと勢いのよさに、水蓮は心の中が一気に晴れ渡ったように感じた。

 

 

 

 

 「結局、イタチが一番なんだから」

 子供達と別れて宿に戻る途中、水蓮がむすっとした口調でイタチをにらむ。

 「そうですね。なんでも器用ですね、イタチさんは」

 水蓮を挟んで投げられた鬼鮫の言葉と視線を、イタチは興味なさげに受け流す。

 「でも、よくよく考えたら、私が一番小さいんだから不利じゃない」

 「背の高さは関係ないだろ」

 「センスの問題でしょう」

 両側から飛びくる言葉に水蓮は口をとがらせる。

 その様子を見て鬼鮫が言葉を続ける。

 「ハンデをつけて、あなたの勝ちでも構いませんよ」

 水蓮はそれにむすっとしたまま返す。

 「それはそれで納得いかない」

 ジトリと視線を向けられ、鬼鮫は「そう言うと思いました」と笑う。

 「そう思ったなら言わないでよ…」

 そんな会話をしながら宿の前まで来ると、表を掃除していた中居が水蓮の姿を見て声をあげた。

 「あ、お戻りですか~」

 水蓮とさほど変わらぬ年だが、童顔で背も低いため、ずいぶん年下に見える。

 「女将さぁん!お帰りになりましたよぉ!」

 容姿に似合ったかわいらしいその声を聞きとめ、女将が大きな紙袋を抱えて出てきた。

 少しふっくらとした体に着物がよく似合う、やさしい笑顔。

 明るく話しやすい性格と、数日泊る間に打ち解けはじめた事もあり「お帰り」と気さくな空気で水蓮達を迎える。

 「ただいま。女将さん」

 答える水蓮に女将は袋を揺らす。

 「待ってたんだよ~。ほら、これ!」

 そろって中を覗き込む。 

 「わぁ…」

 「さつま芋」

 「ですね」

 きょとんとするイタチと鬼鮫の間で、水蓮が「さっそく買ってきたんですか」と、笑った。

 「皆、早く作りたがってね~」

 「女将が一番やりたがってたんですよ」

 「だって、昨日聞いただけでもおいしそうだったからさ」

 仲よさげにやり取りをする女将達に、水蓮がクスリと笑う。 

 その光景に「何だ?」と問いかけたイタチの言葉に、女将が答える。

 「昨日、食事の後に出す和菓子の新作を考えてたんですよ」

 「そしたら水蓮さんがスイートポテトはどうかって」

 昨日の夕方、やることもなく宿の中をうろうろしていてその場に出くわし、水蓮はそんな話を女将達としたのだ。

 「それで、美味しいスイートポテトの作り方を教えてくれるっていうから…」

 「女将が早速買ってきたんですよ」

 イタチと鬼鮫に話しながら、女将は袋を中居に手渡して、水蓮の手を取る。

 「今丁度、皆時間あいてるんだよ。芋もいくつかゆでてあるし、頼めるかい?」

 「いいですよ」

 その返事を聞く前に、女将はすでに水蓮の手を引いて歩き出していた。

 「お、おい…」

 イタチが声を上げるが、「止めても無駄でしょう」と鬼鮫が笑った。

 そんな二人に水蓮は笑顔で振り返る。

 「ちょっとだけだから」

 「お連れさん、少しお借りしますね~」

 「楽しみ~!」

 賑やかに宿へと入っていくその様子に、イタチはため息をつく。

 その隣で鬼鮫が「クク」と、喉をならす。

 「彼女の周りには人が集まりますねぇ」

 「目立ってどうする…」

 静かにそう言い放つイタチに、鬼鮫はまた少し笑う。

 「まぁ、今しばらくは大丈夫でしょう。まだ組織も大きくは動いてませんしね」

 「そういう問題ではない…」

 自分たちは普通に地を巡っている旅人ではないのだ。

 はぁ…と、続けて吐き出されたため息を横目に、鬼鮫が歩き出す。

 「疲れ仕事の後には、彼女のあの空気がいい」

 その言葉に、先ほどまでのことが思い浮かぶ。

 手を焼くほどではなかったが、やや激しい戦闘だった。

 奪わざるを得なかった命もあった。

 その事実が消えるわけではないが、確かに今までとは違うものをイタチも感じてはいた。

 「そうは思いませんか?」

 振り返った鬼鮫に、イタチは無言を返した。

 【尾のない尾獣】そして戦闘時の残忍さから【怪人】とまで言われるこの男がそんな事を言うとは…

 「意外ですか?」

 思考を読み取り、鬼鮫が言う。

 しかし、イタチはその考えを自分で否定した。

 同胞殺しという血塗られた過去を持つ鬼鮫だが、その闇の中を歩きながらも、自身を肯定し、受け止めてくれる存在を欲し、光の当たる場所を、癒しを求めているようなそんなところがある。

 幾年かを共に過ごす中で、イタチはそんなことを感じていた。

 だが、それは自分の中にある勝手な思い込みなのかもしれない。

 イタチはいくつもの返答の言葉を探したが、どれも当てはまらぬ気がして「意外なのか?」と聞き返した。

 鬼鮫は一瞬きょとんとしたような顔を浮かべたが、口元を引き上げ「やはりあなたは食えないお人だ」と一言返して宿へと入っていった。

 そのあとに続き宿に入ると、部屋へ向かう途中にある厨房から、水蓮と働き手たちのにぎやかな声が聞こえてきた。

 鬼鮫はすでに通り過ぎ部屋へと入っていたが、イタチは何気に中をのぞいた。

 ふわりと芋の甘い香りが広がる厨房の中、水蓮が火にくべた鍋の前に立っており、その周りを調理人や女将、数人が取り囲んでいる。

 「ただ茹でてつぶすだけじゃなくて、しっかり裏ごして、他の材料を少しずつ入れながら弱火でこうして練ると、舌触りがびっくりするくらい滑らかになるんです」

 時折見える横顔には、柔らかく温かい笑顔が浮かんでおり、イタチは知らず知らず見つめていた。

 周りにいる女将たちは、水蓮の手元を見ながら聞き入っている。

 「へぇ。そうなんだぁ」

 「初めて聞いたね」

 「でも、火加減には気を付けてくださいね。強いと水分が飛んでしまうから」

 うんうんと、皆一様に動きを合わせたように頷く。

 「滑らかすぎて物足りないと感じる人もいるから、茹でて角切りにした芋や、リンゴのシロップ煮を中に入れるのがお勧めです。栗を入れてもおいしい」

 「なるほどねぇ」

 調理人の男性が感心したようにつぶやく。

 「あとは、表面を焼けば外と中で食感も変わるし、香ばしさも出る」

 想像するだけで美味しそうだ…と、思わずイタチがのどを鳴らした。

 その気配に気づいた水蓮が振り返り、練り上げた芋の生地をスプーンで一すくいしてイタチに差し出した。

 「味見してみて」

 イタチは慣れぬ状況に一瞬戸惑ったが、甘い香りに抵抗できず受け取り口にする。

 水蓮の言うように、今までにない滑らかさが口の中に広がり、程よい甘さとともに芋が溶けてゆく。

 「うまい」

 思わず素直に言葉が漏れ、恥ずかしくなりハッとするが、水蓮以外は皆自分たちもと、鍋に意識が集中していた。

 「うまくできてたみたいでよかった」

 ホッとしたように笑う水蓮の笑顔に、イタチは先ほどの鬼鮫の言葉を思い出していた。

 

 

 

 疲れ仕事の後には、彼女のあの空気がいい

 

 

 

 「そうだな…」

 

 こぼれたその言葉に、水蓮は嬉しそうにうなずいて、味見をして湧き上がる輪の中へと戻っていった。

 

 「そうかもしれないな…」

 

 水蓮を取り巻く穏やかな空気をその身にも感じながら、受け入れてよい物なのかどうかが判断できず、イタチは複雑な気持ちでそうつぶやいた。


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