いつの日か…   作:かなで☆

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第三十章 【この世界で】

 夢隠れの里から撤退し、しばらく駆けた後、イタチと鬼鮫が立ち止まった。

 「この辺りまで来れば大丈夫でしょう」

 「そうだな」

 鮫肌につかまっていた水蓮も、地面に降りる。

 その様子をチラリと見てから、イタチはどこへともなく声をあげた。

 「出てこい」

 「え?」

 追っ手かと水蓮が緊張するが、木の陰から現れたのはデイダラとサソリだった。

 「あーね。お見事だぜ。うん」

 その言葉に先程の様子を見ていたのだと悟り、水蓮はため息をついた。

 「これ…」

 デイダラに歩みより、鏡を渡す。

 「多分、組織の役に立つものじゃないだろうけど」

 弓月との別れの余韻は消えぬままではあったが、無事に終えられた事に、一応の安堵を感じる。と同時に、一気に体が疲労に襲われる。

 「でもまぁ、あの里の内情はかなり掴めましたね」

 鬼鮫の言葉にイタチが続く。

 「天羽 弓月。輝穂 かなめ。あの二人の力が合わさればかなりの勢力となる」

 「夢隠れの里は組織としては、マークすべき存在と言えるでしょう」

 二人の神妙な顔に、サソリが低い声で同意する。

 「ああ。そうだな」

 「うん?そうなのか?」

 適当な返事を返すデイダラにサソリが苛立つ。

 「ちゃんと聞け。というか、お前ちゃんと見てなかっただろう。あの里の事もオレたちが組織に持ち帰るべき情報だぞ」

 「そうですよ、デイダラ。それがそちらの任務でしょう」

 鬼鮫がそう言ったのを聞き、水蓮は今回の事が自分達に与えられた鏡の入手、そして、自分と夢隠れの戦力を分析する役を受けたデイダラ達の、2重の任務であったことを知った。

 「里の事を見るのは旦那の仕事だっただろ。おいらは、あーねを見守ってたからな。うん」

 ニッと笑顔を浮かべるデイダラの背後で、サソリがさらに苛立つのを感じながら水蓮は再びため息をつく。

 「随分と、慎重なんだね」

 「でも、今回の事を話せばリーダーも納得するって。幻術を返したあーねの活躍をバッチリ報告しておくからな。うん」

 「誇張して話すな。これを持って行け」

 イタチがシュッと、巻物を一つデイダラに投げ渡す。

 「今回の内容だ。それを渡しておけ。お前達が何か報告する必要はない」

 イタチの冷めた言い方に、自分の役目をないがしろにされたように感じ、デイダラのこめかみがピクリと脈打つ。

 「それはこっちが判断することだ。うん。あんたの指図は受けねぇ」

 「珍しく同感だな。ここからはオレたちの任務だからな」

 サソリがデイダラの隣に並ぶ。

 「必要なことは書いてある」

 デイダラが事を大きく話して、組織が水蓮に必要以上に興味を持っては困るというのがイタチの考えだった。

 「水蓮はもともと医療忍者だ。前線要員ではない。組織としても戦闘能力の報告は欲していない」

 静かな口調が逆に癇に障ったのか、デイダラが荒れた空気を放つ。

 「それは組織が判断する事だろうが、うん。おいらたちは見た物をすべて報告する。言っただろ。あんたの指図は受けねぇ。あんたはリーダーじゃねぇ」

 「今日は意見が合うな。同感だ。こちらの事に口を出すな」

 3人の間に不穏な空気がうずまき、水蓮は慌てて間に入った。

 「まぁまぁ、落ち着いて。デイダラも…」 

 と、デイダラに体を振り向けた瞬間。水蓮の視界が揺らいだ。

 「…っ?」

 「あーね!」

 景色が、デイダラの姿がゆがむ。

 『水蓮!』

 イタチと鬼鮫の声が遠くの方で響いた。

 めまいだと自覚した途端、全身に不快感が廻る。

 かろうじてイタチに向き直ったが、その顔を目に捉えた瞬間、フッと意識が落ちた。

 

 

 どれくらいの時間がたったのだろうか。

 額に心地の良い冷たさを感じて、水蓮は目を開けた。

 「目が覚めたか」

 「イタチ…」

 ぼやけた視界の中にその姿が浮かぶ。

 しだいに思考がはっきりとし始め、自分が気を失ったことを思い出した。

 「気分はどうだ?」

 イタチの背後に電気のついた天井が見え、どこか宿にいるのだと悟る。

 「頭が痛い…」

 顔をしかめると、イタチが額のタオルを少し押さえた。

 ひんやりとした感覚が気持ちよく強まり、目を閉じる。

 「かなりの熱だ。疲れが出たんだろう」

 「熱。何年振りだろ…」

 体力に自信のある自分が、最後に高熱を出したのはいつだったか…すぐには思い出せない。

 「めったに出ないんだけど…」

 その呟きに、イタチは「そうか」と返してタオルを裏返した。

 「だが、当然と言えば当然だろう。今まで使ったことのないチャクラをこの短期間で酷使してきたんだ。体にかなり負担がかかっていたはずだからな」

 「そっか…」

 「まして慣れない世界での生活だ」

 「うん…」

 イタチの言葉に、鬼鮫はいないのだろうと思う。

 「しばらくここに留まって動く。ゆっくり休んでいろ」

 「ごめんね」

 息を吐きながら言った水蓮の言葉に、イタチは「気にするな」と柔らかい声で返した。

 しばらく静かに時が流れ、水蓮は不意に弓月の事を思い出した。

 「いい里だったね」

 

 

 余計な争いをなくす事が、わらわの忍としての目標の一つだ

 

 

 弓月の言葉が脳裏によみがえる。

 

 そんな想いがこの世界に増えればいい…

 そして、どんなに長くかかってもいいから、争いがなくなれば…

 

 「弓月が言ってたみたいに、そんな日が来ればいいね」

 イタチは窓の向こうを見つめながら「そうだな」と一言答えた。

 水蓮からはその表情が見えなかったが、祈るようなそんな響きだった。

 「いい里だったね」 

 もう一度つぶやき、水蓮はこぼれそうになる涙をこらえた。

 

 お主らの事は嫌いではなかったんだがな…

 

 あの泣きそうな笑顔が浮かんだ。

 

 もしこれが暁としてではなく、たとえば、木の葉の忍としての任務であったら…

 もっと違う形で、知り合い、関わることができたのだろうか…

 もしかしたら一緒にあのレシピにあったクッキーを作れたかもしれない…

 

 ふとそんなことを思う。

 なぜか、ひどく苦しくなった。

 

 イタチはずっとこんな思いをしてきたんだろうか…

 

 そう思うと、さらに苦しくなった。

 ただ、誰も命を落とすことなく終われたことが、唯一の救いだった。

 「あんなことは稀だ」

 まるで水蓮の考えていたことを読み取ったようにイタチが言った。

 

 ターゲットとの関わり、そして誰も傷つかずに終わった事。その両方。

 

 「うん」

 水蓮は目を閉じて頷いた。

 「分かってる。大丈夫」

 「そうか」

 またしばらく沈黙が落ち、今度はイタチがつぶやいた。

 「お前の暮らしていた世界はどんな世界だったんだ?」

 水蓮はその問いに少し驚いた。

 初めて会ったあの日以来、何も聞いてこなかったイタチから、今になって自分の事を聞かれると思っていなかった。

 「んー」

 ゆっくりと思い出しながら答える。

 「ここより建物が多くて、乗り物とか、生活に使うものとかがすごく発達してて。便利な世界だったけど、賑やかというか忙しい感じかな」

 話しながら、水蓮はなぜかあちらの世界を遠いものに感じていた。

 「お前は何をしていたんだ?」

 珍しくイタチが質問を重ねる。

 水蓮はしばらく目を閉じて記憶をたどる。

 自分の過ごしていた生活さえも、すぐには思い出せない。ひどく昔の事のように感じる。

 「製菓…。お菓子を作る専門家を育てる学校に行ってた」

 「ああ。だからうまいのか」

 イタチにお菓子を作ったのは、空区に滞在中ほんの数回だったが、そう思ってくれていたのかと水蓮は嬉しく思った。

 「仲のいい友はいたのか?」

 またしばし記憶の中を探す。

 幾人かの顔が浮かぶ中、最も仲の良かった友達の事を思い出す。

 「真波…」

 生まれた時からずっとそばで育ってきた存在だ。

 「しっかり者で、おっとりしてて、優しくて。喧嘩したりもしたけど一番信頼のできる友達。お互いにいろんなこと相談し合って、励まし合って。ほんと、ずっと一緒にいた…」

 「親友か」

 「うん」

 頷き、彼女が自分の事をどれほど心配しているだろうかと胸が痛んだ。

 少しの沈黙の後「その世界には…」と、イタチが少し言い淀んだ。

 「なに?」

 笑みを返して促す。

 「お前の世界には争いはなかったのか?」

 そう聞いたイタチの目には複雑な色が浮かんでいた。

 肯定されることを望み、否定されることを拒む。期待と不安の混じった色。

 水蓮はその目を見つめながら頷いた。

 「うん。国にもよるけど、私が暮らしていた国では、この世界にあるような戦いはなかった」

 「そんな所もあるんだな」

 ほっとしながらも、信じられないという響きだ。

 子供の頃から戦いの中にいるイタチからすれば、そうだろう。

 「何十年か前には大きな戦争が何度かあったけど、私が生まれた頃にはもうなかった」

 「そうか。いい所だな」

 「きっと、きっとこの世界も、いつかそうなる」

 イタチが少し驚いた顔をする。

 「そうなる…」

 水蓮はそう言いながら、この世界の未来がそうなってほしいと、心から願った。

 そして、強くそう願えるほどに、自分はもうこの世界の一員なのだと感じていた。

 

 ここが自分の生きるべき世界…

 

 自分の人生は、ここにある

 

 かつて母親があちらの世界でそう感じたのと同じように、自分にとっての生きる場所はここなのだと強くそう確信していた。

 

 イタチがいるこの世界で生きていきたい…

 

 「私はこの世界が好きだよ」

 イタチがまた驚いた表情を浮かべた。

 「争いの耐えないこの世界がか?」

 水蓮は小さく微笑む。

 「ネコ婆様、デンカ、ヒナ。弓月。かなめさん。素敵な人達に出会った。もう会えなかったはずのお母さんにも、会えた。自分の本当の事を知れた」

 記憶が、今までの事を遡っていく。

 そして、ここに来た日にたどり着く。

 「鬼鮫とイタチに出会えた」

 その言葉と水蓮の笑顔に、イタチは戸惑いを返す。

 「色々あったけど、私はこの世界が好きだよ。だから…」

 まっすぐにイタチを見つめる。

 「だから、もう帰らない」

 イタチが目を見開く。

 

 水蓮は、話す間に気がついていた。

 イタチがいつか自分を元の世界に帰そうとしていることに。

 そのために、他のメンバーや組織から自分を遠ざけてきたのだと。

 

 できうる限り任務に同行させなかったのも、夢隠れの里で強硬的な手段を取らなかったのも、すべてそのためだったのだ。

 

 

 なるべくその手を汚さぬように…

 

 いつか、元の世界に戻るときの枷にならぬように…

 

 イタチはそう考えていたのだ。

 

 水蓮はイタチを見つめてもう一度言った。

 「元の場所には帰らない」

 「…………」

 少し困ったような複雑な表情を浮かべるイタチに、水蓮は強い意志を浮かべた瞳で言う。

 「私、ここで生きるって決めたの」

 「水蓮…」

 「だから」

 言葉を遮り、イタチの服の端をギュッと握りしめる。

 「だから、はなさないで」

 「………っ!」

 「私を遠ざけないで」

 そう言いながら、水蓮は熱に誘われ、そのまま眠りに落ちた。

 イタチは自分を捕まえて離そうとしない水蓮の手に視線を落とす。

 「お願い…」

 うわ言を呟いた水蓮の瞳から涙が一粒こぼれる。

 その涙をぬぐいかけて、イタチは伸ばした指をグッと握りしめて手を引いた。

 

 「お願い…」

 

 もう一度つぶやかれたその声が、赤く染まる空へと融けていった…


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