いつの日か…   作:かなで☆

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第二十九章【誰のための】

 あの後3人の忍たちは、弓月の恩赦があったとはいえ、他に疑わしき事がないかを調べるため、里の役人にひとまずひき取られていった。

 部屋から連れて行かれるその様子を見送り、水蓮達は顔を見合わせる。

 機を見て水蓮がかなめを、鬼鮫が弓月を捕らえ、イタチが幻術をかける。

 そういう手はずだ。 

 しかし、水蓮は動きかねていた。

 弓月から鏡を奪い取る。何も感じずに事には及べない。

 二日ほどの付き合いではあったが、弓月の人柄に少し触れすぎたと、水蓮は感じていた。

 「して、かなめ…」

 緊張を走らせる水蓮の前で、弓月が自身にとっての本来の目的を進めるために口を開いた。

 「お主一体どういうつもりじゃ…」

 「何が?」

 ふんわりとした空気で弓月のにらみを受け流す。

 弓月は少しいらだった様子で言葉を続ける。

 「何が…ではない!なぜジィより先にわらわに言わなんだ!順番が違うであろう!」

 「確かに…」

 思わず小声ではあるが水蓮がつぶやいた。

 もし自分が同じ状況だったら、やはりそう言って怒るだろう…。

 だが、かなめはその意味が解らないといった様子で首をかしげた。

 「だって、もう結婚の約束はしてるじゃないか」

 「な!あんな子供の時の約束で。それに、わらわの気持ちが変わっていたらどうするつもりじゃ!」

 その言葉に、かなめはニコリと笑って返す。

 「僕がこんなに君のこと好きなんだから、君も僕のこと好きに決まってるじゃないか」

 「~~っ!」

 ただただ純粋なかなめの言葉に、足の先から頭の先まで赤く染まる(さま)が見えるようだ。

 弓月と同じように、彼もまた変わらず弓月を想い続けてきたのだろうと、水蓮はその光景を見つめる。

 「し!しかし!お主、わらわより強くなってきたんじゃろうな!それが条件であることに変わりはないぞ!お主が自分で言ったことじゃからな!」

 かなめは、今度は少し気まずそうな表情を浮かべた。

 「確かに『守られるんじゃなくて、君を守れる強い男になる』そう言ったけど、僕には残念ながら忍術や武術の才はなかった。その分野では君より強くはなれない。だけど、僕には僕にしかできないことで、君を守るための力をつけてきた」

 「どういう事じゃ…」

 弓月のその問いに、かなめは「ここだよ」と、自身のこめかみを指で刺した。

 「…んん?」

 顔をしかめた弓月に水蓮も同じく戸惑う。

 そんな二人にイタチと鬼鮫が言う。

 「穂の国の輝穂かなめといえば、その頭脳、参謀としての能力が高い事で有名だ」

 「今回の策も彼が考えた物ですよ。彼は大昔の大戦で名を馳せた、伝説の軍師の再来とまで言われている」

 「そ、そうなのか?」

 驚きの表情で弓月がかなめを見つめる。

 「そうみたいだね~」

 どこまでも柔らかい雰囲気…

 「よく国から出ることを許されたな」

 イタチが呟くように言った。

 「かなり大変でしたが…」

 ここに至るまでの事を色々と思いだしたのか、苦笑いを浮かべる。

 「でも、僕のこの力は弓月のための物だから。君のそばにいなければ、意味がないんだよ」

 キュッと弓月の手を握りしめる。

 「かなめ…」

 弓月がさらに顔を赤くして目を潤ませる様子を見ながら、水蓮はグッと手に力を入れた。

 

 この力はイタチのためにある…

 

 出会ってすぐの頃、そう言ってイタチに医療忍術を使った。

 

 そうだ。イタチのそばにいなければ、意味がない…

 そのためには、任務をやり遂げる…

 

 弓月に対して感じていた罪悪感を、一気に心の深くに沈める。

 その空気を察したのか、イタチと鬼鮫が水蓮の後ろで頷き合った。

 それと同時に、かなめが鏡を弓月に差し出す。

 「これを君に返すよ。受け取ってくれるだろ?」

 弓月はしばらく無言でかなめを見つめていたが「受け取ってやる!」と強気に返した。

 そして、自身の鏡を取出し、その二つをつなげた。

 

 今が機…

 

 水蓮達が息を合わせた。

 しかし、弓月が声をあげた。

 「なんじゃ?」

 その視線の先。鏡同士が反射させた光が、壁を照らしていた。

 「え?」

 水蓮達もそちらに目を向ける。

 壁にぶつかる光の中に、文字が浮かび上がっていた。

 弓月は光がそのままになるように、鏡を机に置き、壁に近づき目を凝らす。

 水蓮もその隣に並んで壁を見つめる。

 「小麦粉」

 「卵、バター」

 「砂糖…」

 二人が交互に読み上げる。

 「これって…」

 「レシピじゃ」

 弓月がハッとしたようにそれに読み入る。

 一緒に内容を見ていた水蓮も、それがクッキーのレシピであることに気付く。

 「これは、かあ様のクッキーのレシピじゃ。そうか。そういう事か」

 一人何かを納得して、弓月は声をあげて笑い出した。

 「なに?どういう事?」

 隣で戸惑う水蓮に、弓月が笑みを返す。

 「かあ様は菓子作りの名人だった。特にクッキーがうまくてな。大好きじゃった。だから、いつかわらわもうまく作れるようになりたい。そして、大きくなったら菓子職人になりたい。そう思っていたのじゃ。それが、わらわの初めての夢だった」

 「あ、だから…」

 言いながら、自分と同じ夢を持っていた弓月に不思議な縁を感じる。

 「そうじゃ。かあ様はわらわのためにと、この鏡にクッキーのレシピを残したのじゃ。何か特殊な作りをしていたようでな。かあ様がいなくなった後何度か作ったが、なかなかその味にならなんだ。その手法が他には漏れぬよう、この鏡同士が光を反射したら見えるように細工して残してくれたのじゃ。いつか、わらわが夢をかなえる時のために…」

 じっと壁に見入る弓月の肩に、かなめが手を置く。

 「それで【夢叶いの鏡】。君の夢を叶えるための鏡だったんだね」

 「うむ。肝心のこの事をわらわに言わぬままに。まったく。親子だな。ジィと同じじゃ」

 うっすらと涙を浮かべながら、弓月は笑った。

 そんな弓月を見て、水蓮の気持ちがまた揺らぐ。

 

 内容はどうあれ、持ち帰らなければならない…

 

 だが、いわば母親の形見だ。同じように親を失った自分にはそれを奪えない。

 

 でも…

 

 壁を見つめたまま苦悶する。

 「水蓮」

 弓月が不意にその名を呼んだ。

 そして鏡を手に取り、水蓮に差し出した。

 「……え?」

 目の前にある鏡に戸惑い、弓月を見つめる。

 「持って行け。お主らも、この鏡が目的であろう」

 「…………」

 何も言えぬまま固まる水蓮の隣にイタチと鬼鮫が立ち、少し警戒の色を浮かべる。

 「なぜそれを…」

 問うイタチに、弓月はフッと小さく笑った。

 「あの場で会った時、お主らは里で何かを買った風ではなかった。観光ではないだろうと思った。お主らほどの忍が観光ではなく、この里に、ましてあの辺りにいたという事は、何か目的がある。初めはどこぞかの者に雇われて紅くちなしの種でも奪いに来たのかと思ったが、お前たちは花にはさほど興味を示さなんだ」

 そんな風に観察されていたのかと、水蓮は息を飲んだ。

 「それに、あの時お主らはこの鏡を見ておっただろう。それに、今もわらわとかなめを取り押さえるつもりだった…」

 「気付いていたのか…」

 その洞察力に、イタチも驚きを現わしている。

 「これでも、次期里長じゃからな」

 少しあどけなく笑う。

 「お前たちを雇ったのは、その動向を見張るためでもあった。お主らが何者で、なぜこの鏡を欲するのかはわからぬが、わざわざ争わねばならぬ物でもあるまい。余計な争いは望まぬ。それに、どうあっても悪用できるようなものではないしな。お主らにとっては残念な事実じゃろうがな」

 弓月は改めて鏡を差し出す。

 「でも…。それはお母様の…」

 「レシピはもう覚えた」

 水蓮の言葉を遮る。

 「それに、大事なのは形ではない。もうちゃんと、ここにある」

 弓月は自身の胸を押さえる。

 その気持ちは水蓮にもわかった。

 「礼だと思って受け取れ。わらわはともかく、お主らがおらねばかなめは無傷では済まなかったじゃろう」

 その言葉に、かなめが「ハハ…」と気まずそうに笑った。

 「それに、あの時お主らは里の子を守ってくれた。その恩を返す。まぁ、もしいらぬのならよいが、持ち帰る必要があるのなら持って行け」

 そう言いながらも、水蓮達の正体がわからないからか、弓月は少し複雑な顔で笑った。

 「弓月…」

 気持ちを受け取り、水蓮が手を出す。

 しかし、その手が鏡に触れる寸前。イタチが水蓮を後ろに引きよせ、鬼鮫が蹴り開けたふすまから庭へと飛び出た。

 「え?」

 何が起こったかわからずに戸惑う水蓮の視線の先。先ほどまで自分が立っていた所に、クナイが刺さっていた。

 そして、同じくそれを見つめる弓月の前には、紫がかった長い髪をすっきりとまとめあげたくノ一が厳しい眼差しを浮かべて立っていた。

 「花夢!」

 そのくノ一の名を弓月が呼ぶ。

 「お主もう良いのか。というか、何をしておる!」

 声をあげる弓月の周りにはいつの間にか10数人の忍が控えていた。

 そして、水蓮達を囲むように、庭にも同数ほどの忍。

 「これほどの数を、我々に気づかれぬまま…」

 水蓮は鬼鮫の言葉に、忍たちが待機していたことを悟る。

 花夢は、弓月に答えぬままイタチを見、鬼鮫を見る。そして最後に水蓮に視線を落とした。

 「この二人が何者か知って共にいるのか?」

 「…………っ!」

 息を飲む水蓮の後ろで、イタチと鬼鮫が空気を変える。

 

 水蓮はこの数か月二人と共に様々な場所を移動してきたが、イタチと鬼鮫の名が有名といえども、その名と顔が一致することはほとんどなかった。

 だが、今目の前にいるくノ一は知っているのだ。

 二人が何者なのかという事を。

 

 「やはり知っていたか…」

 イタチがつぶやくように言い、水蓮の前に出る。

 花夢が動きに反応してクナイを構えなおす。

 「あのとき、もう一人の気配を感じてはいたが、お主の姿は見えなかった。ゆえに、気付くのが遅れたのだ」

 花夢の額に汗が浮かぶ。

 水蓮は、花夢に会った時イタチが離れた場所から動かなかったのは、この事を危惧していたのだと悟る。

 「おい花夢。一体…」

 戸惑う弓月に、花夢が答える。

 「このたびの穂の国との契約に先立ち、私は国よりビンゴブックを渡されておりました。早急に覚える必要があったため、ここ数日徹夜が続き、恥ずかしながら体調を…」

 「ビンゴブックを…」

 「はい。この者達はそこに載る者」

 「なんじゃと!」

 弓月の瞳が驚愕に染まる。

 一歩前に出て、花夢が水蓮達に鋭い視線を投げる。

 「大名殺し!国家破壊工作容疑のかかる霧隠れの抜け忍【干柿鬼鮫】。そして、同族殺しの木の葉の抜け忍【うちはイタチ】。どちらもS級犯罪者として手配されている者です。もう一人は載ってはおりませぬが、仲間とあれば油断はできませぬ」

 「水蓮。本当か?」

 弓月の揺れる眼差しを受け、水蓮は思わず顔をそむけた。

 「イタチ。まことなのか?」

 イタチは無言を返し、その瞳を赤く染めた。

 「…っ!」

 「写輪眼!」

 息を飲んだ弓月の顔を隠すように花夢が動く。

 「どうしますか。イタチさん」

 鮫肌に手をかける鬼鮫。

 イタチは視線だけで全体を見回し「少し多いな」と目を細めた。

 そして「次の機会を見る」と、水蓮を抱えて塀に飛び乗る。鬼鮫もそれに続いた。

 「待て!」

 声をあげたのは花夢。

 「逃がさぬ!」

 素早い動きで印を組む。しかしその手を弓月が制した。

 「よせ。お前の叶う相手ではない。わらわがやる」

 弓月が歩み出たのと同時に、鬼鮫が「水蓮」と小さく呟いた。

 その意を解し、水蓮が弓月と向き合う。

 この任務は、組織が水蓮に与えた物ともいえる。

 自分が動かなければいけないのだと、そう感じていた。

 

 パキ…

 

 誰かが踏んだ木の枝が音を立てた。

 それを合図に互いに印を組む。

 術の発動は同時だった。

 

 「夢忍法!紅夢大吹花(こうむたいふいか)!」

 「風遁!烈風掌!」

 互いにほぼ全力のチャクラを込める。

 弓月の術によって場に渦巻いた花びらと香りは先ほどの比ではなく、大規模な物だった。

 しかし、それを何とか水蓮の風が押し返し、そのすべてが夢隠れの忍達に向かった。

 花びらと強風に乗る香りに襲われた忍達から次々に声が上がる。

 「くっ!」

 「しまった!」

 「弓月様!」

 最後に花夢の声が響き、風がやんだ後には幻術に落ちて倒れ込む夢隠れの忍達とかなめの姿…。

 術者の弓月だけがそこに立ったまま水蓮達を見ていた。

 少しも動じず、毅然と立つ弓月の様子にイタチがつぶやく。

 「わざとか」

 「ほぉ、あれだけの人数を一度に落とすとは。恐ろしい術ですねぇ」

 二人の言葉を聞きながら、水蓮は黙って弓月と視線を交わしていた。

 ややあって、弓月が水蓮に何かを投げた。

 ゆっくりと、柔らかい軌道を描いて、それは水蓮の手の中に納まった。

 イタチと鬼鮫が落とした視線の先。水蓮の手の中には夢叶いの鏡があった。

 「この次にお主らがそれを狙ってきたら、大きな被害を受けるのはこちらじゃろう。悔しいがな。その鏡のために里を!民を危険な目に合わすわけにはいかぬ」

 「賢明な判断ですねぇ」

 鬼鮫が感心の声をあげた。

 「今も同じじゃ。ここでこやつらを危険にさらすわけにはいかぬ」

 倒れ込んでいる里の仲間に優しい眼差しを向ける。

 「じゃが、わらわ達ももう一国に従ずる身。コレクターの類いならまだしも、ビンゴブックに載るお主らを本来なら見逃すわけにはいかぬ。しかし、お主らには先ほども言うたように恩がある。それをここで返しておく」

 キッと強くむけられた視線には、鋭さの中にどこか悲しさが見えた。

 水蓮は弓月の言葉に何も返せなかった。

 今口を開いたら、鏡を渡してくれたことへの感謝を述べてしまいそうだったからだ。

 しかしそれは、どちらにとっても言ってはいけない言葉なのだとそう思った。

 弓月にとって、自分たちはもう、戦うべき対象として認識されている。

 「それにしても…」

 弓月がため息交じりにつぶやいた。

 「わらわの人を見る目も、まだまだじゃな。まさかビンゴブックに載っておったとはな。お主らの事は、嫌いではなかったのだがな」

 浮かべた笑顔が泣きそうで、水蓮の胸が締まった。

 「じゃから…」

 弓月は再び厳しい顔で言葉を発する。

 「二度とこの里に踏み入るな!次に会ったらこうはいかぬ。じゃから、もうわらわの前には現れるな!」

 その言葉を最後に、弓月は背を向けた。

 言葉なく、水蓮達も背を向ける。

 鬼鮫が少し体を下げて鮫肌に捕まるよう水蓮に言った。

 水蓮の小さなその手が鮫肌の柄を掴み、それを確認したイタチと鬼鮫が地を蹴った。

 

 風を切って駆ける自分たちの体からふわりと香りが立つ。

 

 里を抜けてもなお消えぬ紅くちなしの少し強い香りが、弓月を思い出させて水蓮は手にした鏡をギュッと握りしめた。


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