いつの日か…   作:かなで☆

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第二十六章【鏡を持つ者】

 翌朝、弓月にイタチの分身を付け、水蓮とイタチは昨日とは別の茶屋で鬼鮫と落ち合っていた。

 「なるほど。そちらはそういう事になっていましたか…」

 水蓮とイタチの状況を聞き終えた鬼鮫がそうつぶやき、自身の状況を話し出す。

 

 

 

 水蓮達が弓月と出会う前。

 

 

 鬼鮫は茶屋を出て、目的の鏡とおぼしきものを持っていた青年の後をそっとつけていた。

 数歩進むと、どこからともなくサッと二人の人物が彼の近くに姿を現し、歩みをそろえる。

 「ご子息様…」

 「このまま屋敷へと向かわれますか?」

 額には砂隠れの額当て。ツーマンセルで雇われた護衛の忍びのようだ。

 立ち居振る舞いから見て、それなりに腕の立ちそうな忍であると察知し、鬼鮫はさらに気配を絞る。

 様子を探る鬼鮫の視線の先で、【ご子息】とそう呼ばれた青年は、茶屋で浮かべていたのと同じ柔らかい笑みのまま、小さく首を横に振った。

 「いえ。このまま行くのはやめたほうがよさそうです…」

 その言葉に忍びたちが頷く。そして、大通りから外れて裏路地に入り込む。

 

 気付いている…

 

 「面倒なことになりそうですね…」

 鬼鮫は小さく息を吐く。

 しかし、気配を悟られたのは鬼鮫ではなかった。

 先ほどの茶屋の中で、彼に目を向けていた別の存在を鬼鮫はとらえていた。

 その人影は二つ。路地へと姿を消した青年たちと、そのあとを追う鬼鮫の間にその気配が揺らめいていた。

 その両者の後を追い、鬼鮫も続く。

 しばし行くと、町の裏手。人気のない広場へと出た。

 鬼鮫は路地から出ず、広場へとそっと視線だけをのぞかせる。

 そこでは、砂隠れの忍と彼らの後をつけていた二人が対峙していた。

 相手は黒い仮面をかぶっている。

 鬼鮫にも見覚えのないその仮面は、どこかの暗部と言うわけではなく、ただ正体を隠すための物のようだった。

 その手にクナイがある事から、どうやらその黒仮面達も忍。

 護衛対象の青年は少し離れた場所で事を見守っている。

 「何が目的だ!」

 砂の忍が声をあげる。

 「そちらのご子息様の持つ【夢叶いの鏡】をお渡し願いたい」

 わざとらしく発せられた黒仮面の丁寧な言葉遣いが、場の空気を嫌な色に染める。

 しかし、鬼鮫の視線は対峙する忍達ではなく、青年へと向けられていた。

 

 彼が持っていた鏡がこちらの目的の物に間違いなさそうだ…

 

 そう確信する。

 だが、うかつに手は出せない。組織の狙う物を別の忍が狙っているのであれば、相手の正体を暴く必要がある。

 はぁ…とめんどくさそうに息をつき、鬼鮫はひとまず戦況を見守ることにした。

 

 

 しかし、ほどなくしてその決着はつこうとしていた。

 有利に事を運んでいたのは、黒仮面の二人だった。

 派手な術を使うわけではなく、体術中心の戦闘スタイル。

 対する砂隠れの忍たちは火遁と風遁の使い手。

 連携には相性のいいコンビだが、黒仮面の二人の動きが早く、なかなか印が組めずにいた。

 ほんの一瞬のすきを見つけては術を繰り出そうとするが、強い術の印を組む時間が取れず、流れをつかめぬまま徐々に追い詰められていた。

 「どうやらここまでのようですね…」

 鬼鮫のつぶやきとほぼ同時に、黒仮面の体術によって砂隠れの忍が二人とも地面に倒れ伏す。

 黒仮面の二人は倒した相手に目もくれず、青年へと歩みを進める。

 「やれやれ…」

 こんな事なら、こちらを水蓮達に任せればよかったと心の中で愚痴をこぼし、鬼鮫は印を組んだ。

 「覚悟!」

 「鏡はいただく!」

 黒仮面たちが地を蹴り、青年へと飛びかかる。

 しかし、その攻撃が届くより早く、鬼鮫の声が響いた。

 「水遁!水龍弾の術!」

 少年の背後から水のうねりが上がり、竜の姿と化し黒仮面に迫る。

 あまり騒ぎにするわけにもいかず、なるべく力を押さえていはいるが、それでも相手には十分な焦りを与える規模の物だ。

 「な!」

 「なに!」

 二人はとっさに体勢を変え、一人は風遁、もう一人は水遁を発動して水龍にぶつけ、自身の体をはじいて術から逃れる。

 「くそ…」

 「何者だ…」

 彼らが着地した時には、すでに鬼鮫は青年の前に立っていた。

 「まったく。面倒ですねぇ…」

 鮫肌を地面に突き立て、ジトリとにらむその瞳には、言葉とは裏腹に殺戮の予感を喜んでいるかのような色が見え隠れする。

 そこから醸し出される空気と気迫。そして先ほどの術から力量を見て、不利であることを瞬時に悟ったのか、黒仮面達はジリッと数歩下がる。

 対して一歩足を進める鬼鮫。

 「………っ!」

 動きに反応して、水遁を使った人物がいくつもの手裏剣を放ち、もう一人が術を発する。

 「風遁!風塵の術!」

 大量の塵を含んだ風が吹き荒れ、放たれた手裏剣と共に鬼鮫に向かう。

 「水遁!水陣壁!」

 瞬時に水の壁が張り巡らされ、鬼鮫とその後ろにいた青年を囲いこみ、360度すべての角度から防御する。

 高圧の水壁に遮られて手裏剣がギンッ…っとはじき落とされる。

 鬼鮫は透明度の高い水壁の向こうに視線を向け追撃に目を凝らす。

 しかし、相手の放った風塵によって視界は遮られていた。

 それでも、鬼鮫はその壁を消して無防備に息を吐き出した。

 すでに、敵は塵の向こうへと逃走していた。

 「なかなか逃げ足が速い…」

 戦闘の実力は警戒するほどの物ではなかったが、逃走能力に関してはやっかいな物が感じられ、鬼鮫は心底ため息をついた。

 「あ、あの…」

 背後から声がかかり、鬼鮫は鮫肌を背負いなおしながら振り向く。

 青年が姿勢よく鬼鮫を見つめ、教育された美しい流れで頭を下げた。

 「助けていただきありがとうございました」

 「いえ。たまたまですよ」

 鬼鮫にしてみれば、目的の【鏡】を守ったにすぎないのだが、面と向かって礼を言われるのに慣れていないためか、少し言い淀む。

 青年は頭をあげると、倒れ伏した自分の護衛の忍に駆け寄る。

 「大丈夫ですか?」

 息はあるものの、完全に意識を手放しているようで、微動だにしない。

 「命に別状はないでしょうがね…」

 覗き込む鬼鮫を見上げ、青年はしばし思案し立ち上がった。

 「あの。突然で申し訳ないのですが、数日私に力をお貸しいただけませんか?」

 「力…ですか…」

 「はい。…あ、まだ名乗っていませんでしたね。申し訳ありません」

 静かに頭を下げる。

 そして、腰に差していた小刀を手に取り、柄を鬼鮫に見せて名乗る。

 「穂の国、国主の家系に名を置く【輝穂(てるほ) かなめ】と申します」

 差し出された小刀に施されているのは紛れもなく穂の国、国主の家紋。

 確かつい最近国主を息女が継いだはずだったと思い起こし、目の前にいるのがその兄だと自身の持つ情報から悟る。

 「所用があってこの里を訪れたのですが、護衛がこの通りで…。用が済むまでの間、お力をお貸しいただきたいのです」

 小刀を腰に差し直し、まっすぐに鬼鮫を見つめる。

 鬼鮫はその視線を受け止めながら思考を巡らせる。

 

 ここで鏡を奪うのも手だが、二つとも持っているかどうかわからない…

 先ほどの忍も、調べるために捕らえる必要がある…

 そのためにはこの少年に張り付いていた方が、あの黒仮面の忍達と接触しやすいかもしれない…

 それに、先ほど屋敷と言っていたことから考えても、彼の言う「所用」とは里長につながっているようだ。

 行動を共にして損はない…

 なにより、今回の任務は、組織が水蓮の信頼度と力量を見るための物…

 派手なことは避け、慎重に運ぶべきか…

 

 最期にそんなことが頭をよぎり、鬼鮫はフッと小さく笑んだ。

 「わかりました。協力させていただきましょう」

 「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 ほっとした様子でまた頭を下げた少年…かなめは、倒れたままの砂の忍に目を落とし「あの…」と言いにくそうに口を開く。

 「さっそくすみませんが。この方たちを運んでいただけますか?」

 やはりこのままというわけにはいかないか、と鬼鮫は内心でため息をつき「わかりました」と答え、二人を抱え上げた。

 「あまり騒ぎにはしたくないので、どこか宿で治療して、砂隠れに迎えを要請する伝令を飛ばします」

 その対処は鬼鮫にとっても都合がよかった。

 「それから、里長の屋敷へ。気になることがありますので、急ぎ向かいます」

 「というと?」

 「先ほどの忍。道中から私をつけてきていたんですが、3人いたはずなんです…」

 その表情に嫌な予感を浮かべている。

 「彼らが狙っていた鏡は2枚で一組となっている物で、もう一枚はここの里長の孫にあたる人物が持っているんです」

 かなめは鬼鮫を真剣な眼差しで見つめて言葉を続けた。

 「そちらにも危険が及ぶ可能性が高い。という事ですか…」

 かなめは里長の孫の安否が気がかりであり、鬼鮫は、もう一つの鏡が先によそに渡るのは困る…

 「なるほど。確かに急いだほうがよさそうだ…」

 

 問題が起きる前に水蓮達が接触できていればよいが…

 

 鬼鮫はそう考えながら、かなめと共に歩き出した。

 

 

 

 

 「とまぁ、これがここに至るまでのこちらの経緯です」

 「それで、これか」

 聞き終えたイタチが小さく息を吐きながら、鬼鮫にクナイを突き出す。

 昨日弓月を狙って飛んできた物の一つだ。

 「そういうことです。ちなみに、今彼は私の分身と宿にいます」

 言いながら突き出された物を受け取り仕舞い込む。

 そのクナイは鬼鮫の物だったのだ。

 弓月を狙ったのは手裏剣のみで、クナイはそれをはじいた物。

 それが鬼鮫のクナイであり、何らかの合図だと気付いた二人はすでに鬼鮫が事に係わっていると判断し、成り行きに任せながら連絡を待っていたのだ。

 「しかし、彼の所用とはそういう物でしたか…」

 水蓮達の話を思いだし、鬼鮫が小さく笑いながら茶をすすった。

 その様子を見ながら、二つの話を擦り合わせて水蓮が声をあげる。

 「政略結婚の相手と、弓月が言ってたかなめって、同一人物?」

 「ああ。そうだ」

 全く驚いた様子のないイタチ。

 「もしかして、イタチ気付いてたの?」

 「かなめという名を聞いたときにおそらくそうだろうとは思っていた」

 「そっか。でもじゃぁまったく問題ないんじゃない。ただ結婚すればいいだけ」

 その言葉に、二人が目を細めて水蓮を見る。

 「我々の目的はそこではありませんよ、水蓮」

 「あ、そうか…」

 はぁ…と二人が息を吐く。

 「何事もなければ、このままそれぞれ鏡を入手すればよかったのですが…」

 「他にもそれを狙う者がいるとなると、少し厄介だ」

 「鏡だけじゃなく、その忍たちも捕まえないといけない…」

 イタチが頷く。

 「それに、向こうはこちらの力を一度見ている」

 「よほどのバカでない限り、うかつに手を出しては来ないでしょう」

 「でも、こちらの時間は限られている。か…」

 弓月がかなめの事に気付けば、自分たちは護衛の任を解かれる。

 鏡を狙う忍に関しても、弓月が里で対応し、よしんば関われたとしても身柄はこの里預かりとなる…。

 そうなれば、その黒仮面の忍に関しての情報も得にくくなる。

 その上、鏡への警戒が強まり、入手しにくくなる。

 「……………」

 何も考えが浮かばず、水蓮は八つ当たりするように団子にかじりついた。

 「まぁ、鏡はいつでも奪えるでしょう。幸いどちらもターゲットには信頼されている。まずは、忍をとらえるのが先決だ。相手が出てきさえすればとらえるのは簡単ですよ。さほど強くはない。我々にとってはね」

 鬼鮫の言葉に、水蓮は湯呑の中で揺れるお茶を見つめながらしばし考えて、顔をあげた。

 「こちらからあぶり出す…」

 イタチは表情を変えぬまま、そして鬼鮫はどこが満足げに、同時にうなずいた。


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