水蓮が暁に名を置くようになってから1ヶ月程が過ぎた。
あれから特に組織から連絡はなく、転々と場所を移動しながらイタチと鬼鮫は世情を観察しているようだった。
これまでに比べて、比較的ゆったりとした時間を過ごしていた水蓮達だったが、宿をとり一息ついていた中、暁から二人に呼び出しがかかった。
どうやら主要メンバーが全員呼ばれたようで、鬼鮫が通信に備えながら口を開いた。
「全員呼ばれるとは珍しい。どれくらいぶりですか?」
「7年ほどか」
しばし記憶を辿ってから答えたイタチの表情は、一見いつもと変わらないが、何か嫌な予感を感じているのか、その瞳が少し厳しさを増したことに水蓮は気付いていた。
7年ぶり…
全員…
無意識に記憶が手繰り寄せられる。
サスケが大蛇丸のもとへ…
この時の会合で確かその事が告げられたはず…
「そろそろですかね…」
「ああ」
二人が目を閉じ、部屋に静寂が流れる。
水蓮はイタチの隣に座り、それが終わるのを待った。
この日の通信は長く、30分ほど経ってからようやく二人は目を開いた。
「お帰り」
実際出かけていたわけではなかったが、水蓮の口から自然とこぼれたその言葉。
二人は一瞬虚をつかれたような顔を浮かべたが、イタチがすぐに表情を戻し立ちあがった。
「何の話だったの?」
イタチには聞きづらく、水蓮は鬼鮫に問う。
鬼鮫はちらりとイタチに視線を投げ、その空気から判断し、水蓮に事実を告げた。
「大蛇丸が写輪眼を手に入れたそうです」
「………………」
「イタチさんの弟ですよ」
付け足されたその言葉に、水蓮はやはり無言を返した。
しばし沈黙が流れた後、イタチの低い声が部屋に響いた。
「鬼鮫、行くぞ」
鬼鮫が立ち上がり鮫肌を背負う。
「水蓮、あなたは待っていてください。夕方には戻ります」
いつもの情報収集だろうか。水蓮は頷き、二人の背を見送った。
数時間後、戻ってきたイタチはいつもにもまして無口に過ごし、普段より幾分か早く布団に入った。
考え込む姿を見せないためだろうか。
そんなことを思いながら水蓮は窓辺に腰を掛け、眠るイタチを見つめていた。
「さすがにイタチさんも気になるようですねぇ…」
あまりイタチの事を知らぬ者なら、いつもとさほど変わらぬように見えるのだろうが、さすがに付き合いの長い鬼鮫にはその変化がわかるようだ。
「そうだね…」
「写輪眼を手にした大蛇丸が何をしでかすつもりなのか。少し不気味ですしねぇ。私はあまりかかわったことはありませんが、大蛇丸に関しての奇妙な話は
「うん…」
「これからは、あなたも身辺には気を付けたほうがいい。うちはサスケを使って、イタチさんを狙ってくるかもしれない。それに、彼自身も一族殺しの兄に、復讐を考えているようだ。いつ何が起こるかわからない」
鬼鮫は以前、木の葉でサスケの未熟さを見ているものの、うちはの血を持ち、イタチの弟であるその存在を、警戒しているようだ。
「わかった」
「では、我々も休みますか」
「そうだね」
立ち上がる水蓮と入れ違いに、鬼鮫は見張りを兼ねて窓辺に座って目を閉じる。
しかし水蓮はしばらく布団の上に座り、イタチを見ていた。
たぶんこんな日は…
そう想いを巡らせたとき、深めにかぶった布団の中でイタチが少し眉をひそめた。
起きているわけではない。空区やここに来るまでに、共に過ごす中で幾度か見てきたこの表情。
それは、イタチがあの日の夢を見ている時に見せる表情。
たが体調をひどく崩していた出会いの時や、空区で熱があった時のようにうわ言を言ったりはしない。
普段はどこかで歯止めがかかるのだろう。
寝ていても気を抜くことを許されないイタチの心…。
水蓮は同じように表情をゆがませた。
…この苦しみは変わってあげることはできない…
取り除けない…
でも、せめて少しでも和らげば…
水蓮はそっとイタチのそばに座り、布団の上に手を乗せた。
少しでもぬくもりが伝われば…。そう思った。
イタチとの時間はそう長くない…
どんな小さなことでも、できることはすべてしたい。
そんなことを考えながら、いつの間にかイタチのそばで眠ってしまった。
しばらくして、イタチの様子が少し変わったことに気付いたのは鬼鮫だけだった。
目を開き「珍しい」とつぶやく。
視線の先でイタチが小さく寝息を立てていた。
数年一緒に過ごしているが、薬の副作用以外でこんな風に眠るイタチは初めて見るかもしれない。
鬼鮫は驚いていた。
そしてイタチの布団に頬を乗せて眠る水蓮の姿を見て、その存在がイタチに静かな睡眠をもたらしているのかもしれない…と考え、フッと笑う。
「不思議な人だ…」
初めに会ってから、水蓮は状況もその身につけた力も随分と変わった。
一応【仲間】という肩書きも手に入れ、随分と自分達の空気にも馴染んできた。
だが、鬼鮫の中でその事だけは変わらなかった。
そして、イタチだけではなく、その存在が奇妙な変化と違和感を自分にももたらしている事を感じていた。
今までに感じた事があったのか…。
記憶の奥深くを探っていかなければ見えてこないその感情。
これは一体なんなのか…
何気なく窓の外を見上げたその目が大きな満月をとらえ、ふいにその胸中に過去が巡る。
機密事項を守るためとはいえ、任務の名のもとにいくつもの仲間の命を奪ってきた。
望んで奪った命などなかった。国のため、里のため…。いや、それはどこか違う気がする。そうする事を、それをなし得る自分を求められたから、そこに存在価値を求めたのか。
求められる場所に身を置けば、自分が見えるかと、そう思ったのだろうか…
しかし、その手に血を塗り重ねるごとに、自分の存在は不可解なものとなっていった。
里を抜けた者や、時にはつい先ほどまで共に行動していた、仲間と呼ぶべき者たちを手にかけてきた。
任務だと思っていた事ですら、全く別のもくろみの中操られていた時もある。
その偽りの中で、命の灯を吹き消す。
その時自分に向けられたのは…
…戸惑い…恐怖…悲しみ…憎悪…
そして救いを乞う、涙…
見えぬふりをするためには、自分は一切の感情を捨てたのだと、偽りで塗り固めるほかなかった。
そんな物は自分にはないのだと、繰り返しそう塗り重ね、偽らなければとても耐えきれなかった。
だがそうすればするほど湧き上がる疑問。
「私は何者なんでしょうかねぇ」
月に答えを求めるかのように、そこへと向けて言葉が放たれた。
自分とはこの世界の中でどのような存在なのか…
自分のいるべき場所はどこなのか…
何も偽ることなく心落ち着く場所はあるのか…
そこまで考えて、鬼鮫はハッとしてイタチと水蓮を見た。
「そうだ…」
呟きが漏れた。
感じていた変化。奇妙な違和感。
その答え…
鬼鮫は今それを二人の中に見つけていた。
「ここは、落ち着く」
同じような過去を持ち、自分の存在を否定しないイタチ。
自分の事を知っていながら、関わることを恐れず、教えを乞うと求めてきた水蓮。
そこには偽る必要のない、自分の居場所があるように思えた。
そう感じる自分に驚きを抱えながら、鬼鮫は小さく笑った。
「知らぬうちに、夢の半分は叶っていたのかもしれませんねぇ。いや…」
しかし、すぐにそれを否定した。
「何もかもが移ろいやすいこの現実の中では、いつ消え去るかわからないはかない物…。所詮は夢の浮橋…」
様々な戦いの中で多くの偽りを目にしてきた鬼鮫にとっては、心から信じられる物は今の世界にはない。
やはり自分の夢が完全に叶うのは、あの人の作り出す世界の中にしかない。
鬼鮫がそう心に言いとどめた時、水蓮が小さく身じろぎをした。
水蓮…
「いい名だ」
淀んだ泥の中で美しく咲く花。
水蓮の存在は自分たちの闇の中に咲く花そのもの。
この現実世界では、決して感じることができないだろうと思っていた物を、自分に与えた存在…
「本当に不思議な人だ…」
何度もそう感じてきた。
だが、それ以上の事…すなわち、水蓮の『素性』は鬼鮫にとって、はじめからさほど重要ではなかった。
自分自身が何者かもわからないのだ…
他人に存在の意味を問う気も、求める気もない。
しかし、今は水蓮が闇に染まることなくあり続けてほしいと、そう感じていた。
「とはいえ、今のこの世界ではそうもいかない」
心地よく感じるこの居場所も、一瞬で消えうる…。
「ですが、今しばらくはここに身を浸すとしましょう…」
自身の本当の夢をかなえる場所、マダラの言う『月が生み出す理想の世界』へと行くまでの間、鬼鮫はこの二人との時間を楽しむのも悪くない。そう思った。
「ひと時の戯れとして…」
水蓮に布団をかぶせ、また元の場所に戻って静かに目を閉じる。
その心は、今までにない落ち着きを感じていた。
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なので、ピッチを上げて予定より早く
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