いつの日か…   作:かなで☆

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第十七章 【親の想い】

 母の言った言葉がまたもや信じられず、水蓮は「もう一回言ってくれる?」と震える声で言った。

 楓は「だから」と、明るい声で返す。

 「あなたの中には九尾のチャクラが封印されているの」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 「いやいやいや…。まさかそんな…」

 水蓮は頭痛を感じ頭を押さえる。

 隣にいるイタチからも、珍しく混乱している空気を感じる。

 それでもイタチはふらついて数歩下がった水蓮の体を支え、近くにあった岩に「大丈夫か」と声をかけながら座らせた。

 イタチにすら声を返せないまま水蓮は顔を両手で抑え込み、しばらく固まる。

 突然あまりにも多くの事を告げられ、その情報量に脳がついてこない。

 「ちょっと待って…。と、とりあえず一回落ち着いて…」

 自分に言い聞かせながら水蓮は大きく深呼吸をした。

 ややあって、水蓮の少し落ち着いた様子を確認してから楓は再び話し出した。

 「少し昔の話になるんだけど。あなたのおばあ様は火の国で初めて九尾の人柱力となった人物だった。そして、役目を終えて次の人柱力であるうずまきクシナに九尾を引き継ぐ際、その場に私も居合わせていたの。予備の人柱力としてね」

 「予備って…」

 「私はクシナの次に九尾を封印しうる器として木の葉の里に連れてこられた。チャクラの質と量がクシナとほぼ同じだったから。それでも、ややクシナのほうが可能性が高かったから、木の葉の里はまずクシナへの封印を試みた。だけどその時、封印しきれなかった九尾のチャクラがクシナから漏れ出した。ほんの微量だったけどね。そのチャクラを私の中に封印したの」

 水蓮の喉がゴクリとなった。

 「その後私は渦潮の里へと戻された。私の中の九尾チャクラとクシナの中の物が呼応して暴走しないようにと」

 「そんな話聞いたことがない…」

 イタチが小さな声でつぶやいた。

 「この事を知るのは、あの場にいた木の葉の上層部の数人と、私の中の九尾チャクラの見張りとして任を受けた祖母だけ。クシナにさえこの事は伝えられなかった。彼女は封印の後気を失ってしまったし、とにかく事を知る人物を一人でも少なくしたいと、木の葉はそう考えていたみたい。私と祖母はこの事実が外部に決して漏れぬよう、そしていずれすべての九尾チャクラをその身に封印できうる人物が現れるまで、それを守り、一族の中で受け継ぐように木の葉から言い渡された」

 静かに聞き入る水蓮だが、あまりに話が大きすぎてなかなか思考がついてこない。

 楓は困惑する水蓮の様子に心配そうな表情を浮かべるが、ゆっくりと話を続ける。

 「だけど私がこの里に戻ってすぐ、うずまき一族の強力な封印術を恐れた他里からの襲撃を受けて、里は壊滅状態に追い込まれた。祖母は私を連れてこの部屋に逃げ込み、時空間忍術で私をここから逃がした。その時に、ここにチャクラを残すように言われたの。この部屋の存在はうちの家系にしか伝えられていなくて、その上特殊な封印術で厳重に守られているから、おそらく私の安否と、いずれ引き継ぐべき九尾チャクラの事を身内に伝え残すために」

 「だがその時里は滅び、この場所を知る者は残らなかったのか…」

 「ええ。そのようね…」

 イタチに答え、楓は悲しげな瞳で続ける。

 「あの時祖母は私を移動の術式が置いてある木の葉に飛ばすつもりにしていたみたいなんだけど、なぜか香音、あなたが生まれたあの世界へ飛んだ。おそらく何らかの原因で時空間にゆがみが生まれて、その狭間に入ってしまったんだと思う」

 「確かに、時空間忍術にはまだ謎が多い」

 イタチが言葉をはさむ。 

 「うちは一族にもその力があるが、扱う者にもすべては分からないようだ。だが、大きな力が働くには必ず何か必要不可欠な条件があるはずだ」

 「そうね。でも私にもわからないの。違う世界を行き来したからなのか、飛んだ時に記憶の一部が欠如したようで、私は飛んだ時の状況をあまり詳しくは思い出せない。香音が名前を忘れていたのもそのせいだと思う」

 そう返して楓は水蓮に目を向ける。

 「それから、これも何故かはわからないんだけど、私が向こうの世界に飛んだ時、この世界で負った傷が治っていたの。自空間を渡るときに何かが作用するのかもしれない。だからあの時…」

 その言葉に水蓮はハッとする。

 「私を飛ばした…」

 「そう。あの時、どんどんあなたから命が消えていくのを感じて、もしかしたら私の時と同じように傷が治るかもしれない。そう思ってそれに賭けた」

 「あの時、お母さんまだ生きていたの?」

 「ええ。言ったでしょ。うずまき一族は生命力強いのよ」

 ニコリと笑う。 

 「とはいえ、もう本当にギリギリだったけど。あの場にいた人に、あなたのそばに運んでもらって、あなたに時空間忍術を使った。九尾のチャクラには治癒力を高める力もあったし、できうることなら引き継ぎ守ってほしいとあなたの中に注いだ。危険な賭けではあったけど、木の葉にある術式に反応すれば、あなたは飛べる。そうでなければこのまま死ぬ。お母さんの人生で最後の賭けだった」

 その言葉に、あの時自分が死を覚悟したことを思い出す。

 そんな状態を見て、ほんの少しでも助かる可能性があるならと、最後の力を振り絞って自分を助けようとした母の想いに、涙がこぼれた。

 楓は優しい笑みをたたえて話を続ける。

 「けど本当に奇跡だった。あちらの世界に行ってからはほとんどチャクラを練れなくなっていて、術を使えるほどのチャクラを感じたのは一度しかなかったから。でも、あの時急に大量のチャクラが戻ってあなたを飛ばせた。だけど、九尾をあなたに封印するのにずいぶんチャクラを使ったし、あなたの中に私のチャクラを残そうとしたせいか、術が不完全であなたの精神体しか飛ばせず、術式に反応したものの木の葉へはたどりつかなかった」

 少しずつ、水蓮の中で様々なことがつながりだす。

 「でも、あなたが今消えずにここにいるという事は、おそらく本体も無事という事だと思う」

 同じようにそう思っていた水蓮は頷く。

 その隣でイタチが楓に問いかける。

 「今ここにいるのが精神体だというのか?」

 約一か月共に過ごしていた水蓮が、実体ではないという事がにわかには信じられず、じぃっとその姿を見つめる。

 「それに、精神体ならやはり死なないという事ではないのか?」

 「それは断定はできないわ。これは私が経験したことなんだけど、精神体に起きた重要な出来事、状況は、そのまま本体に影響するの」

 楓は記憶をたどりながら話す。

 「あちらの世界に飛んだ一年後。ちょうど私の誕生日の日、さっき言ったように一度だけチャクラが戻ったことがあったの。

 その時、時空間忍術でこの世界に戻った。でも、チャクラが足りなかったのか、飛んだのはあなたと同じように精神体だけ。状況はやっぱりあまり覚えてないんだけど、あの時はお父さんも一緒で、何故か次の日にまたあちらの世界に戻っていたの。その時、精神体に起こった出来事が本体にもそのまま影響した」

 どうにも謎が多く、水蓮も、そしてイタチでさえも理解しきれず顔をしかめる。

 「本体で飛べばその体に起きたことは時空間を渡る際に無効化されるのかもしれない。でも精神体の場合、その身に受けたことは本体に影響を及ぼす。だから、今致命傷を負えば本体にも同等のことが起きうるかもしれない。それが原因で本体の命が尽きれば、精神体も消える。そういう意味では不死とは言えないのよ。そこにどんな作用があるのかはわからないし、あくまでも私の見解だけど」

 その話をどう理解すればいいのか悩む二人に、楓は少し考えてから言葉を続けた。

 「今の香音はそうね…。消えない影分身という感じなのかもしれない」

 「ああ」

 「なるほど」

 水蓮に続きイタチがつぶやく。

 ほんの少しというレベルだが、二人とも楓の話を聞く中で、初めて何かしっくりするものを感じていた。

 影分身は、すべてが実体。

 そして本体に戻った時、経験した事や得た情報を本体に影響させることができる。

 その仕組みに似ているのかもしれない。

 すべてが納得いくわけではなかったが、二人ともなんとなく受け止めることができた。

 「香音…」

 楓が少し声のトーンを下げて言う。 

 「おじい様の力があれば、よほどのことがない限りは致命傷とはならないと思うけど、その力を使うにはかなりのチャクラと技術が必要となる。だから、しっかり訓練しなさい。その感覚は私が中から何度か導いているから、そう時間をかけずにつかめると思う。あなたは才能あるみたいだからね…」

 そう言ってほほ笑み、楓は言葉を続ける。

 「これからは、自分の力で自分を守りなさい。ここに残したチャクラと合わさったおかげで、何とかすべてを伝えるだけの時間を作れたけど、私のチャクラはもうすぐ消えるから、今までの様に中からあなたを助けてはあげられない」

 「お母さん…」

 慌てて立ち上がり、母に近寄る。

 伝えるべき事を伝えたらチャクラは消える。

 なんとなく分かっていた事だったが、受け止めたくない。

 水蓮の目から涙があふれた。

 楓は優しい笑みをたたえたままイタチに向き直る。

 「イタチ君。この子を何度も守ってくれて本当にありがとう。それから、香音がなぜあなたたちの事を知っているのか、それは私にはわからない。この子にも…」

 その言葉に、ピクリと水蓮の体が揺れる。

 

 そういう事にしようとしている…自分を守るために…

 

 水蓮は母の想いに気づき、口をつぐむ。

 「記憶の欠如か…」

 イタチのつぶやきに楓は言葉を続ける。

 「だけど、もともとは別の世界の人間。あなたたちに何か影響を与えるようなことは考えていないわ。それを信じるかどうかは、あなた次第だけど…」

 しばし黙り、イタチは「承知した」と短く答えた。

 「香音。あなたの中の九尾チャクラは本当に微量で、あなたに大きく影響を与えるようなことはないわ。もしこの先すべての九尾チャクラを封印できる人物に出会えたら、それを託しなさい。それであなたが命を落とすような事もないから」

 「分かった」

 「私の残りの力で、その方法と私が持つ術をあなたの中に引き継ぐ。ただ、すべての術が使えるわけではないから、自分の中に教科書があると思って、自分が使える物を選んでしっかり訓練しなさい」

 「…うん…」

 「それから、さっきも言ったけど、その身に起きた重要な出来事は本体に影響する」

 一言一言が、丁寧に、大切に紡ぎだされてゆく。

 「だから、よく考えて行動しなさい」

 「…うん」

 「香音。あなたは別の世界で生まれ育ったけど、今こうして私がチャクラを、想いを残したこの世界に、この場所にたどりついた。それは偶然じゃない。必ず意味がある。どんなことにも必ず意味がある」

 昔から父と母がよく言っていたその言葉に、無言でうなずく。

 「あなたならきっと大丈夫。信じてる」

 少しその姿が薄くなっていくことに気づき、水蓮は慌てて言葉を、想いを伝える。

 「お母さんごめん。ごめんね。私二人にいっぱいわがまま言った…。ひどいことも言った…。勝手なことして困らせた…」

 涙が止まらず溢れる。

 その涙と共に、ずっと心から消えなかった重い物があふれだした。

 「私だけが助かってごめんなさい…」

 隣に立つイタチの体が少し揺れた。

 「ごめんなさい…」

 なおも言葉を重ねる娘の頭に、楓はそっと手を乗せた。

 触れるはずのない手のぬくもりと感触を感じ、さらに涙があふれる。

 「ごめん…」

 「バカね」

 楓が笑いながら髪を撫でる。

 「何を言われても、何をされても、子供が生きていてくれれば親はそれで幸せなのよ。それが親の幸せなの。それはお父さんも一緒。だから、生きなさい。あなたの幸せを見つけて、あなたは生きなさい」

 すぅっ…と、またその姿が薄れる。

 「お母さんありがとう。大好き。お父さんに、お父さんにも…」

 「うん。ちゃんと伝える。というか、ちゃんと分かってる。お母さんもお父さんも。香音。生まれてきてくれてありがとう。ずっと愛してる…」

 ニコリと笑い、楓が大きく両手を広げ、最愛の娘の体を抱きしめた。

 母のチャクラが柔らかい光を放ちながら水蓮を包み込み、体の中へと消えてゆく。

 その光があまりに温かくて、切なくて、水蓮は思わずイタチに体を寄せ、声をあげて泣いた。

 震えるそのか細い肩を、イタチは自分でも気づかぬうちに抱き寄せていた。

 そして、先ほどの楓の言葉を思い出す。

 

 『何を言われても、何をされても、子供が生きていてくれれば幸せ…』

 

 胸の奥がクッ…と締まるのを感じ、イタチは自身の両親を思い出す。

 

 いつも笑顔の絶えなかった明るい母…

 厳格ではあったが家族思いの父…

 

 「あなたの想いは分かっているわ」

 

 「考え方は違っても、お前を誇りに思う。…お前は本当に優しい子だ」

 

 少しも自分を責めなかった二人の最期の言葉が脳裏によみがえる。

 そして、そのすぐあと、両親を殺めたあの感触が鮮明によみがえり、あの日刀を握っていたその手から全身へと駆け巡る。

 「……………っ!」

 思わず水蓮の肩に添えた手に力が入る。

 その強さに、水蓮の体がピクリと揺れ、涙にぬれた小さなその手がイタチの外套をぎゅっと握った。

 より近づくその距離に戸惑いながらも、イタチは自身もそのぬくもりに身をゆだねた。


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