いつの日か…   作:かなで☆

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第十五章 【合わさる力】

 長引けば不利になるその戦いの中で、水蓮は何をどうするべきかを考えながら榴輝と対峙する。

 榴輝は、水蓮に向けられた厳しいその視線を受け、また体を怒りに震わせた。

 「その目。あいつと…あの女と同じ目で僕を見るな!」

 一度少し落ち着きを見せた榴輝が再びチャクラを脹れあがらせる。

 そしてその体に何か黒い模様が浮かび上がっていく…

 「あれって…」

 水蓮のつぶやきに、やや離れたところにいたイタチが言葉をつづけた。

 「呪印…」

 どんどんその模様は広がり、やがて全身の肌の色を灰色へと変えた。

 その体から放たれる禍々しいチャクラと殺気に気圧され、水蓮がジリッと足を鳴らす。

 水蓮に傷つけられたこと。そして睨み付けたその視線に対しての反応。

 水蓮は榴輝が何か根深い問題を抱えていることを感じながら、その異様な言動に気味の悪さを感じ、少し後ずさる。

 「お前やっぱり…」

 スッと印を組む。

 「殺す!」

 また無数のつぶてが浮き上がり、水蓮へと襲い掛かる。

 先ほど同様かわしきれず、水蓮は体を飛ばされ地面に倒れ込む。

 「つぅっ…」

 痛みに顔をゆがめ、グッと手に土を握りしめながら立ち上がる。

 そして地を蹴り一気に距離を詰め、手にした土を印を組む榴輝に向かって投げつけた。

 榴輝は後ろに飛びその土をかわし、つぶてを生み出し水蓮に向かって手を振り下ろす。

 水蓮の投げた土が地面に落ちるのと同時にそのつぶてが水蓮を襲う。

 体を縮めてガードするも術を浴びて、ダンッ!と音を立てて巻物が置いてあった石柱へと叩きつけられた。

 「くうっ…」

 石柱に捕まりながら立ち上がる水蓮の手に、そこに溜まっていた埃がまとわりつく。

 それを振り払うことなく、水蓮は再び地を蹴り拳を握りしめるが、距離が詰まるより早く榴輝がまた印を組む。

 しかし水蓮はひるまずそのまま拳を突きつける。

 「当たらないよ」

 鼻で笑いながら水蓮のその腕を囲むようにつぶてを生み出す。

 水蓮はやはり同じく吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 だが、立ち上がるより先に手のひらを開き、先ほどの埃がそのままの状態であることを見てつぶやいた。

 「違う…」

 痛みに耐えながらふらりと立ち上がる。

 チャクラが少なくなってきたからか、傷はふさがらない。

 それでも水蓮はまた榴輝に向かって走る。

 「何度やっても同じだ!」

 スッと印を組む榴輝。

 水蓮はその間近まで迫り、目を凝らす。

 とその時、

 

 …つぅっ…と

 

 天井から染み出した水が一滴、二人の間に落ちた。

 そして榴輝の術が発動すると同時に水蓮は手を突き出す。

 「当たらないって言ってんだろ!」

 投げつけるような口調と共に、今までよりも大きなつぶてがいくつも生み出され、水蓮を襲う。

 

 ガードが間に合わない…

 

 体を丸めてダメージを覚悟する。

 しかし、ふわりと体が浮き上がり、水蓮は攻撃を免れた。

 「え?」

 見上げたその視線の先にはイタチの顔。

 「イタチ…」

 つぶやきと同時にイタチは水蓮を抱き抱えたまま地面に着地する。

 「すまない。待たせた」

 榴輝を見据えたままそう言うイタチの体の向こうには、息をしてはいるものの、ぐったりと倒れ込んでいるエクロという名のチータの姿。

 

 倒したんだ…

 

 水蓮は安堵してすぐにハッとし、手のひらを開いた。

 そこには榴輝が生み出したつぶてが一つ。

 緑と赤が混じり合った石のようなその物体は、水蓮の手の中で、一粒の水へと姿を変えた。

 それは、先ほどしみ落ちてきた水滴。

 「イタチ!」

 「水か…」

 その様子を見ていたイタチがつぶやく。

 そして、先ほどエクロと戦いながらも見ていた水蓮の動きを思い出す。

 

 つぶての正体を探ろうと土やほこりを使って試し、見極めようとギリギリまで近づき、落ちてきた水滴が姿を変えたことに気づいてそれをつかみ取った。

 攻撃をその身に受ける事を覚悟の上で。

 そうそうできることではない。

 「よくやった」

 素直に出た言葉だった。

 そして心の中で『どうりで鬼鮫が鍛えたくなるわけだな』と、つぶやき小さく笑みを浮かべる。

 「え?」

 水蓮は驚いて思わずイタチを見上げる。

 イタチはすでに厳しい表情へと戻り、榴輝を見据えて言い放つ。

 「空気中の水分…か」

 榴輝は倒れ込むエクロに「戻っていろ」と言い放ち、その姿が消えたことを確認してからイタチに向き直り「ちぇっ」と舌をならす。

 つまらなさそうにするその仕草は、初めの時と同じ子供らしいものに戻っているが、醸し出す空気は鋭く固いままだ。

 イタチはそれを受け流しながら水蓮を後ろ手にかばう。

 「今の石を見たことがある。あれは特定の場所でしか採れない鉱物だ」

 榴輝の表情がピクリと揺れる。

 その様子を視線に捉えながら、イタチは言葉を続ける。

 「水分を鉱物に変化させる。血継限界か…」

 榴輝はイタズラがばれた子供のようないじけた表情を浮かべて、両腕を頭の後ろに組み「もうばれちゃったか」と言ってニヤリと笑う。

 「でも、だからって状況は変わらないよ」

 その言葉に、水蓮は唇をかんだ。

 確かに、その正体が分かったところで、打開策にはならない。

 空気中の水分なんて見えないし、始めにイタチがわからなかった事を考えても、写輪眼でもとらえられない。

 印を組んでからつぶてや壁が現れるまでのタイミングはまちまち。

 戦況は始めと大きく変わらない。

 「お前らじゃ、僕には勝てないよ」

 バカにしたような笑みに水蓮はグッと奥歯を噛み締める。

 イタチは数歩前に進み出て榴輝と対峙する。

 「水蓮、お前はもう下がっていろ」

 頷きながらも水蓮はイタチの背中に小さく問いかけた。

 「イタチ。火遁で蒸発させられない?」

 しかし、イタチは振り向かぬまま「無理だ…」と答える。

 「この広さの空間にある水分を蒸発させるだけの火遁を使えるのは三忍の自来也くらいだろう。それにたとえできたとしても、その規模の火遁をこの閉ざされた空間で使えば…」

 自分達も火に巻かれる。

 聞かずとも水蓮はそう悟りうつむく。

「身を隠していろ」

 イタチはそう言って榴輝へと駆ける。

 その背を見送り柱の陰に身をひそめる。

 二人の戦いはやはり危惧した通り、イタチはなかなか決定打を与えられないでいた。

 近づけば壁が榴輝を守り、距離をとっても無数のつぶてがイタチを襲う。

 火遁を浴びせても一度鉱物と化したそれには効果がなかった。

 水蓮はその戦況を見守りながら、必死に思考を巡らせる。

 

 このままだとイタチは天照を使うかもしれない…

 

 だかイタチの体の不調がもし瞳力の使い過ぎによるものなら、あまり使わせたくない。イタチ自身もそう感じているからこそなかなか使わないのだろう。

 

 何か他に手があるはず…

 

 必死に考えを巡らせる。

 

 空気中の水分をなくす…

 蒸発させるほかに何か…

 空気中の水分…

 …湿気…

 湿度を下げる…

 

 湿度を…

 

 そこまで考えて水蓮はハッとする。

 

 「イタチ!」

 イタチに向かって声をあげ、柱の影から走り出る。

 「火!…火!」

 その言葉にイタチは顔をしかめたが、水蓮の手元を見て目を見開く。

 「お前…」

 その視線の先で、水蓮が印を組んでいたのだ。

 印を組みながら水蓮は鬼鮫との修行の最期の日の事を思い出す。

 鬼鮫から渡された一枚の紙はチャクラ感応紙だった。

 そして水蓮のチャクラに反応してその紙にはスパッと切り込みが入り、それを見た鬼鮫はこう言った。

 「あなたのチャクラの性質は風だ」と。

 水蓮は最後の印を組みぐっと力を入れる。

 

 あの時鬼鮫に教わった術…

 この術なら!

 

 水蓮が組むその印を見て、イタチは驚きながらも意味を解し、水蓮の隣に跳び寄り、印を組んだ。

 「行くぞ」

 イタチの声に頷く。

 

 「火遁!豪火球の術!」

 

 イタチの術を見て榴輝が「同じことを…」と呆れ顔で壁を作り出す。

 しかし、イタチの放った炎は天井へと向かう。

 「………?」

 眉をひそめる榴輝が見つめる中、その炎は天井を這うように広がり、そこへ向けて今度は水蓮が手のひらを広げ、声をあげた。

 

 「風遁!烈風掌!」

 

 水蓮の手のひらから突風が吹き荒れ、炎を一気に押し広げる。

 炎は天井をさらに広がり、風に押されてその姿を消したが熱を残し、風に乗って熱い嵐となって部屋の中を吹き荒れる。

 イタチは外套を広げて自分ごと水蓮を包みその場にしゃがみ込む。

 外套の向こうで熱い風が轟々と吹き荒れ、榴輝が「くっ…」とたじろぐのを感じる。

 辺りを包む熱に、水蓮とイタチの額には汗がにじんだ。

 イタチは風がやむのとほぼ同時に外套を開き「もう一度だ!」と声を上げる。

 その隣では、水蓮がすでに最後の印へと手を進めていた。

 先程とは別の印。

 その術の種類と、イタチの印のスピードを考えて外套の中ですでに印を組み始めていた事を悟り、イタチはフッと笑みをこぼす。

 

 部屋の空気が熱風によって乾燥し、先ほどにじんだ汗が消え、肌がピリピリと痛むのを感じながら水蓮はイタチの隣に立ち、緊張を抱え体に力を入れる。

 先ほどの術はかなり訓練を重ねて完成しているが、今印を組んだ術は、空区で忍術の本を読んで練習した術で完成したばかり。

 

 …でも失敗はできない。

 

 神経を集中させる。

 「火遁!豪火球の術!」

 イタチの火遁が今度は榴輝に向かい、

 「風遁!大突破!」

 水蓮の放った強い風がその炎に合わさり、威力を大きく膨らませた。

 

 ゴァッ!

 

 すさまじい轟音が響き渡り、すっかり水分を失ったこの空間で榴輝は防御の壁を作れず、その身に炎を浴びる。

 

 「うぁぁぁぁぁっ!」 

 

 その叫び声と炎の威力に、水蓮が目を背けた事に気づき、イタチがさっと水蓮の顔を引き寄せ、その視界をふさぐ。

 しばらくして炎が収まり、辺りにシン…と静寂が落ちた。

 その静けさの中「うぅ…」と小さくうめく榴輝の声が水蓮の耳に届く。

 恐る恐る水蓮が目を向けると、すっかり呪印の力を失った榴輝が、ぼろぼろの姿で膝をついてその場に座り込み、荒い息をしながらこちらを睨みつけていた。

 「い、生きてた…」

 水蓮は榴輝が生きていたことに、敵ながら安堵する。

 必死だったとはいえ、榴輝の叫び声を聞いたとき、自分が人の命を奪ったかもしれないという恐怖に襲われていたのだ。

 「とっさに皮膚の水分を使って体を鉱物化し、守ったか…」

 イタチのつぶやきに、血継限界とはそんなことまでできるのかと、水蓮は驚きを隠せない。

 「だが、限られた微量の水分だ。あの炎の熱と威力は防ぎきれるものではない。おまえにはもう戦うだけの力はない」

 「くっ…!」

 榴輝は顔をゆがめながら、その場にゆっくりと仰向けに倒れ込む。

 イタチがゆっくりと榴輝に近づき、スッと腰をかがめた。

 水蓮もそれに続き、榴輝の顔を覗き込む。

 息はあるものの、目を固く閉じていて意識があるのかどうかわからない。

 「五良町(いつらまち)のつむぎ榴輝…」

 イタチの言葉に、ピクリと榴輝の体が揺れ、うっすらと目を開く。

 イタチは目を細め、言葉を続ける。

 「やはりそうか。しばらく前に、お前の母の死に目に立ち会った」

 思わず水蓮はイタチを見た。

 榴輝は表情を変えずにただじっとしている。

 「五良町(いつらまち)榴輝岩(りゅうきがん)と言われる鉱物が取れる所として、コレクターや商売人には有名な町だ。榴輝岩には行動力や生命力を高める効果があると言われ、装飾品はもちろんだが忍具の一部に埋め込んで使われることもある。取れる場所も量も限られていて、高価な金額で取引される物だ。こいつが術で作り出した鉱物がそれと同じ物だ」

 水蓮にそう説明し、イタチは言葉を続ける。

 「3ヶ月程前の事だが、榴輝岩に目を付けたどこかの権力者が忍を雇い町を壊滅させ、町ごと乗っ取った。その時、町から逃げ、山の中で倒れていた女性と会った。かなりの重傷で、すでに手の施しようがない状態だった。その時、最後の言葉を聞きうけた。『息子の榴輝にもしもどこかで出会ったら、ごめんなさいと伝えてほしい』とそう言っていた」

 その言葉に榴輝は目を見開き、すぐに鼻を鳴らして笑った。

 「嘘だ。あの女がそんなこと言うわけがない」

 

 あの女…

 

 榴輝が口にしていたその言葉は母親に向けての言葉だったのかと水蓮は悟る。

 「あの女は僕のこの力を知って、恐ろしいものを見るような目で、拒むような目で僕を見て。僕を叩いて傷つけた。『二度とその力を見せるな』と、怒りに狂った目で僕をにらんで僕の存在を否定したんだ!だから…僕は…」

 大きな声が体に響いたのか、それとも辛い記憶がよみがえったのか、榴輝は目を固く閉じて顔をゆがめる。

 榴輝の水蓮に対しての異常な反応は、母親への憎悪。

 それがまだ消えきらないのか、榴輝は水蓮をきつく睨み付ける。

 その様子にイタチは目を細める。

 「だから町を出た。そして、彷徨っているところを大蛇丸に拾われたというところか。弱みに付け込み心のすきを利用するのは大蛇丸の常とう手段だ」

 「黙れ!大蛇丸様の事をそんな風に言うな!」

 声を荒げた後、榴輝は少しさみしげな眼で「あの人だけが僕を必要としてくれたんだ」と続けた。

 その口調はまるで、利用されていても構わない。そんな色を含んでいるような気がして、水蓮は胸が苦しくなった。

 最も愛されるべき母親からそんな仕打ちを受けて平静でいられる子供はいないだろう。

 

 悲しみと絶望に襲われ、そんなときに手を差し伸べられたら…

 

 水蓮は視線を落とす。

 「死んで当然だ。当然の報いだ」

 吐き捨てるような榴輝のその口調に、イタチは静かに言う。

 「真実はすぐには分からないものだ」

 イタチが一枚の封筒を取り出し榴輝のそばに置いた。

 「お前の母から預かった物だ。いつか渡せればと書きしたためていた様だ」

 少しくたびれてはいたが、その手紙はきれいに形を留めていて、水蓮はイタチの優しさを感じる。

 「そんな物いらない!」

 「そうか。なら自分で処分しろ」

 短くそう言って立ち上がる。水蓮もそれに続き立ち上がる。

 「殺せ!」

 榴輝が叫んだ。

 「情けのつもりか!忍にそんなものは必要ない!」

 だがイタチは「すまないな」と返してちらりと水蓮に視線を投げる。

 「連れが人の死には慣れていないんでな」

 「ふざけるな!さっさと殺せ!」

 その言葉に水蓮が声を重ねた。

 「引きなさい!」

 強いその口調に、榴輝が息を飲む。

 「引きなさい…」

 2度目は静かに。

 榴輝の母親の話。もう目の前で人の死を見たくないという気持ち。

 そしてイタチに誰かを殺めさせたくないという気持ち。様々な思いが水蓮の中で入り混じる。

 何より、イタチは榴輝を見逃そうとしている。

 いくつもの形のない何かが水蓮の胸を締め付け、涙が一筋落ちた。

 「…行け」

 シュッと音を立てて、イタチが起爆札を付けたクナイを天井に向けて放ち、そこに開いた穴から出て行くよう視線で促す。

 「…………」

 水蓮の涙に榴輝が何を感じたのかは水蓮にもイタチにもわからなかったが、榴輝はふらつきながらも立ち上がり、無言で立ち去った。

 その場に、母親の手紙は残されていなかった。

 辺りに静寂が広がり、水蓮は戦いが終わったことを実感し、一気に緊張から解かれてその場に座り込んだ。

 イタチが「大丈夫か?」と歩み寄る。

 「だ、大丈夫…」

 しかし、その声と体は震え、水蓮はギュッと自分の体を抱え込み、何とか落ち着こうと大きく深呼吸をする。

 夢中で戦っているときは感じなかった恐怖が一気に襲い来る。

 自分も相手も死ぬかもしれない戦い。

 その精神的ショックは想像をはるかに上回っていた。

 「無理をするな」

 イタチはそう言って水蓮の隣に座り、震える背を撫でた。

 「ごめん…」

 

 こんなことでは一緒にはいられない…

 

 しかしイタチは「なぜ謝る」と、フッと笑う。

 「お前に助けられた」

 その言葉に水蓮はイタチに視線を向ける。

 「よく思いついたな」

 そこには柔らかい笑顔があった。

 水蓮はいまだ震えの止まらぬ声で返す。

 「イタチと鬼鮫が空区に帰って来たとき、熱風で部屋が一気に乾燥したのを思い出して…」

 「そうか」

 イタチは優しさを浮かべたまま言う。

 「よくやったな」

 先程も聞いたその言葉。

 心を落ち着かせるための言葉だとしても、水蓮は嬉しかった。

 少しでも役に立てたのだろうかと、少しずつ体の震えは小さくなった。

 それでも、まだ動けそうにないことを悟り、イタチは「少し、休む」と短くそう言い、座ったまま先ほど起爆札であけた天井の穴を見つめた。

 同じく水蓮も見上げる。

 「あの手紙、何が書いてあったんだろうね…」

 榴輝の事を思い出す。

 イタチはしばらく黙り、静かな声で話し出した。

 「別の親子の話だが、同じように血継限界の子を持つ親に会ったことがある。その親も、子供が力を使った時、思わず頬を打ち、二度と使うなときつく叱ったそうだ。異端な力を持つ者にはよくある話だ。だがその親はオレにこう話した。子供のその()なる力を誰かに知られて、その力が悪しきことに利用されないようにするための戒めであったと。そして何より、周りからわが子を守るためだったとな」

 「それじゃぁ…」

 榴輝の親も同じだったのだろうか…と水蓮はイタチを見る。

 イタチは榴輝が去って行った場所を見つめたまま小さく「さあな」と言った。

 「オレは手紙の中身は見ていない。あいつの親もただ謝罪を繰り返しただけで、多くを語るだけの余力はなかったからな…」

 しかし、きっとイタチはそう信じているのだと水蓮は感じていた。

 

 『真実はすぐには分からない』

 

 先ほどのその言葉はそういう事なのだろうと、そう思った。

 「きっとそうだよ」

 願いを込めてつぶやく。

 「渡せてよかったね…」

 その言葉に、イタチは興味のなさそうな口調で「忘れていた」とそう答えた。

 それが本当なのかウソなのか、それは重要ではなかった。

 あの手紙に何が書かれていて、それを見た榴輝が何を感じ、どうするのかはわからなかったが、家族の最期の言葉、想いを受け取れることはとても大切なことだ。

 「渡せてよかった」と水蓮は言葉を重ねた。

 「そうだな…」

 イタチの切なげな声が静けさの中に溶ける。

 

 榴輝の背を見送るように二人が見つめたその先には、満天の星空が広がっていた。


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