いつの日か…   作:かなで☆

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第百四十章【名前】

 ほんの一瞬の浮遊感。

 その一瞬に多くの景色を見たような気がした。

 

 出会い

 

 歩み

 

 軌跡

 

 別れ

 

 共に生きたあの日々の全てが鮮明に脳裏によみがえっていく

 

 

 そして…

 

 

 白い光が溢れ、まぶしさに視界が埋め尽くされ……

 

 

 ひらけた

 

 

 眼下に見えたのは子供たちのベビーカー

 

 自分を見上げるその瞳は穏やかな色で、子供たちの無事を感じてほっとする。

 

 「ん?」

 

 ほっとして、ハッとする。

 

 

 子供たちが下にいる?

 

 という事は自分は上にいる…

 

 

 状況にドキリとして反射的に力を入れた。

 

 

 体を支えるものはどこにもない。

 

 

 

 …落ちる!

 

 

 そう思う間もなく体が落下する。

 

 「わぁっ!」

 

 固く目を閉じ体を襲う痛みを覚悟する。

 

 だがその身に起こったのは違う感覚だった。

 

 ドサリとした音と、多少の衝撃はあった。

 

 しかしそれよりも大きかったのは、ふわりとした優しいぬくもりだった。

 

 どうやら誰かに受け止められたらしい感触にゆっくりと目を開く。

 「あ、すみませ…」

 言葉半ばに息を飲んだ。

 開いた目にうつったのは、艶のある美しい黒い髪。そして、赤い写輪眼と、長い前髪の隙間から藤色の光を放つ瞳。

 見覚えのあるそれは…

 「輪廻眼!」

 

 という事は…

 

 「サスケ!」

 

 ドサッ!

 

 声を上げたとたんに鈍い音とお尻への衝撃。

 「いった!…ちょっと!もう少し丁寧に扱いなさいよ!」

 無造作に落とされ、声を荒げる。

 が、次の瞬間。右腕を後ろに捻りあげられ、さらなる痛みが襲いきた。

 「つぅっ!」

 激しい痛みに顔をゆがめると、背後からサスケの低い声。

 「何者だ」

 サスケはグイッと容赦なく更に手を捻った。

 「答えろ」

 ぐっと体を押さえつけられ、膝をついた前かがみの姿勢となる。

 「ちょ!痛い!」

 なんとか振りほどこうと体を揺らす。と、今度は首筋に冷たい何かが突き付けられた。

 

 「動くな」

 

 正面から聞こえた低く鋭い声に視線を上げると、そこには面をかぶった人物が数人。

 そのうちの一人が、喉元にクナイを突き付けていた。

 

 …暗部…

 

 ごくりと喉がなり、冷たい汗が額から流れ落ちた。

 

 「どこからきた。いや、どうやってここへ入った」

 今度は再びサスケの声。

 

 どうやら自分を覚えていないその様子に、何をどこから話せばよいのか戸惑う。

 だがその黙り込みを怪しく捉えたのか、暗部がグッとクナイを押し付けてきた。

 「話せ。さもなくば命はない」

 その言葉と同時に、他の暗部が静かに動き子供たちにクナイを向ける。

 「やめて!」

 「やめろ!」

 声が重なった。

 聞き覚えのあるその声に視線を向ける。

 そこにいたのはナルトであった。

 「子供に物騒な物向けんなってばよ!」

 暗部のクナイを押し下げ、ナルトはベビーカーを引き寄せ背後に隠す。

 「しかし…」

 「いいから。やめろ」

 制する静かな声に、暗部はクナイを収め少し下がった。

 と、不意にサスケが声をこぼした。

 

 「香音?」

 

 どうや右手に書かれた文字を読んだらしく、その言葉にハッとして自身の名を思い出し、香音はうなづいた。

 「その名前どこかで…」

 つぶやき、サスケはハッとしたように右手をつかんだまま香音を立ち上がらせて振り向かせた。

 顔を覗き込み、静かに目を細める。

 「お前あの時の医療忍者か?」

 コクコクとうなづくと、今度はナルトがその隣から香音の顔を覗き込む。

 「なんだ、サスケの知り合いか?…って、あれ?この人オレもどこかで見たこと…」

 同じように目を細めてつぶやき、ナルトはハッとして戸惑いの表情を浮かべた。

 「あんたあの時の」

 ナルトが最後に見た自分の姿は暁の衣を身につけた姿。

 「ナルト、話を…」

 「なんでここに…。どうやって」

 警戒を見せるナルト。その様子にサスケも警戒を深める。

 「ナルト、お前も知ってるのか」

 「ああ。けど、名前が違うってばよ」

 

 少し考え、ナルトは香音の顔をもう一度見つめて口を開いた。

 

 「確か…水蓮」

 

 

 「…っ!」

 

 

 ぶわり…と。一瞬で涙があふれ出た。

 

 

 ― 水蓮 ―

 

 

 優しい声が蘇った。

 

 

 ― 水蓮 ―

 

 

 その名を呼ぶイタチの声が聞こえた。

 

 

 「…っ…う…」

 

 こらえきれず声がこぼれた。

 力なくその場にうなだれ、ただただ涙を流した。

 

 

 思い出したくても思い出せなかったその名。

 

 

 幾度も幾度も脳裏に声が響く。

 

 『水蓮』

 

 そう呼ぶイタチの声が繰り返し聞こえる。

 

 涙が増えるばかりであった。

 

 

 「な、なぁ。どうしたんだってばよ姉ちゃん。またなんかあったのか?っていうか、本当になんでここにいるんだってばよ」

 戸惑い、警戒しながらも心配そうにナルトが肩に手を置いた。

 その手から伝わるぬくもりに、さらに涙があふれた。

 

 きちんと話したいのに言葉が出ない。

 それでも話さなければと、口を開く。

 だがやはり涙が邪魔をして言葉を紡げない。

 「あぁ…えっと…。とにかく落ち着いて」

 「おいナルト。安易に近づくな」

 あたふたとした様子のナルトにサスケが苛立ちを見せる。

 「いやでもよ、つうかサスケ。ちょっと力入れすぎだろ」

 水蓮の手首の色の代わりを目に捉えて、ナルトがサスケの手をつかむ。

 「ちょっと緩めろってばよ」

 「何を言ってるんだ。里の結界を抜けていきなり火影室に現れたんだぞ。怪しい以外の何者でもない」

 

 「…え?」

 

 思わず声が漏れた。

 

 「火影室?」

 

 思いがけない言葉に涙が止まる。

 ほほに残る雫を拭うと、また新たな声が聞こえた。

 

 「そ。ここ、火影室なんだよね」

 

 場にそぐわないのんびりとした声。

 そちらに視線を向けて、水蓮は息を飲んだ。

 窓から差し込む日の光を受けて、銀色の髪がふわりと揺れた。

 

 「は…は…」

 

 はたけ カカシ

 

 思わず呼びそうになったその名前を、左手で口を押えてこらえる。

 その様子に、カカシはやはりこの場にそぐわぬ空気でやんわりと笑った。

 「どうやらオレの事は知っているようだね」

 静かに立ち上がる。

 

 白い火影の装束が美しく揺れた。

 

 「手荒な真似をしてすまないね。なにせここに突然、誰の感知にも触れず現れたものだからね」

 

 カカシが一歩足を進める。

 「六代目!」

 「ダメです!」

 その動きを慌てて止めたのは、また知った人物であった。

 

 シカマル。そして、サクラ。

 

 これだけの面子が揃う火影室に自分は飛んだのかと、ようやく落ち着いて状況を把握する。

 

 それは確かにこうなるだろうと、汗が浮かんだ。

 しかしそれと同時に、無事に木の葉の里にたどり着いたことに安堵も生まれた。

 

 「近づいては危険です」

 「下がってください」

 過去に自来也から何かを聞いているのか、サクラはシカマルよりも強い警戒でカカシの前に身を置いた。

 が、カカシは気にせず笑って答えた。

 「いいからいいから」

 

 柔らかい口調で二人を軽く制し、水蓮のそばに身をかがめて顔を見つめる。

 笑みを浮かべてはいるが、瞳には厳しい色。

 自分など簡単に殺される。そんな空気に水蓮は緊張に体を強張らせた。

 それでも、決して目をそらさない。

 自分はイタチの想いと共にこの里に来たのだから。

 

 話さなければならない事が。伝えなければならない事がたくさんあるのだ。

 果たさねばならないことがたくさんあるのだ。

 

 何があっても、ここで生きて行かなければならない。

 

 ここで生きていきたい。

 

 

 強いその心を感じたのか、カカシは一つ小さくうなづき口を開いた。

 

 「下がれ」

 

 その言葉に場にいた暗部たちが動揺する。

 「し、しかし」

 「いいから下がれ。しばらく誰もこの部屋に近づけるな。お前達もだ」

 有無を言わさぬその口調に、暗部たちは切れの良い返事を残し姿を消した。

 カカシは次にサスケに手を離すよう言葉を向けた。

 サスケは怪訝な表情を浮かべたものの「妙な真似をすれば斬る」と一言述べて手を離した。

 

 「大丈夫かい?」

 カカシの言葉に、水蓮は腫れてジンと痛む手首をさすりながら小さくうなづいた。

 「君は確か医療忍者なんだったね」

 「はい」

 「少し力を見せてくれるかな」

 その言葉にサスケが「おい!」と、声を上げた。

 何者かもわからない状態でチャクラを練る許可を与えるなど、何を考えているのか。

 そう思っての事であったが、カカシはやはり「いいから」と、軽い口調で笑った。

 それでも気が引け、水蓮はちらりとナルトに目を向けた。

 ナルトは小さくうなづき「カカシ先生が言うなら、大丈夫だってばよ」と、複雑ながらも笑みを浮かべた。

 水蓮は自身の右手に左手をかざし、チャクラを練る。

 淡い光が生まれ、治癒の力によって腫れが引き、色の変わりが消えてゆく。

 術の収まりと共に、痛みもすっかり治まりを見せた。

 

 「なるほどね。いい腕をしているようだ」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 そう難しい程度の物ではない。

 それでも、その術の中に見えるチャクラコントロールの質の良さに、カカシは一つうなづき、言葉を続けた。

 

 「君は本当に香音と水蓮、二つの名前を持っているのかな?」

 「え?あ…はい。」

 

 ここにいる理由や目的ではなく名を聞かれたことに戸惑いながらも、水蓮はうなづいた。

 

 「香音は私が生まれ持つ名であり、水蓮は…」

 

 おさまっていた涙が、再び溢れた。

 

 「水蓮という名は…」

 

 ほんの少し開かれていた窓から風が吹き込んだ。

 

 柔らかいその風に、優しい香りが混じった。

 

 愛した人の香りがした…

 

 「水蓮という名は、うちはイタチからもらった名前です」

 

 「なっ!」

 

 サスケが思わず声を上げる。

 

 その場にいる他の面々も息を飲んで動揺を見せる。

 だがそんな中、カカシは「そうか」と、一人落ち着いた様子でうなづき微笑んだ。

 

 「話しを聞かせてくれるかな」

 

 再び入り込んだ風が、水蓮の髪を静かになびかせた。


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