いつの日か…   作:かなで☆

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第百三九章【星、流るる】

 カシオペア座流星群は、毎年8月12日.13日をピークに流れる。

 それでもはっきりとした星の数は確定できない。

 宇宙での出来事は未だに予想でしかない。

 そうであるからギリギリになるまで話をできなかったのだと青葉は香音にそう話した。

 確実に飛べるかどうかわからない状態で話をして、心を悩ませたくなかったと。

 初めての妊娠、出産、育児。

 ただでさえ心身ともに不安定でストレスのたまる状況。

 医師としても、同じ女性としても、子供たちの事を最優先に考えてのことであったとそう言いながらも、なかなか話せなかったことを詫びて帰って行った。 

 しかし香音は聞かずにいてよかったのだろうと思った。

 もしも確証のない状態で話を聞かされていたら、青葉が危惧したように心への負担は大きかったであろう。

 帰ると決めた今でさえ、眠る子供たちの顔を見ると少しの不安もないとは言い切れない感情が湧き上がる。

 それでも、帰りたい。

 帰らなければならない。

 受け継いだ力を、その血を、あの世界に戻さねばならない。

 だからこそ星は流れるのだろう。

 時空を渡るべき時だからこそ、その条件を満たすだけの星が流れるのだ。

 すべては必然。

 それに何より、そうすることをイタチはきっと望んでいる。

 だからこそあの時言ったのだ。

 『今夜は星が降る』と。

 できうる事なら、安全で平和な世界で生きてほしい。

 だけれども、自分の血を継ぐ子供たちと、愛したその存在に木の葉の里で生きてほしい。

 そのふたつの想いの間で揺れる葛藤から出た言葉であったのだろうと香音はそう感じていた。

 

 細い細い糸。

 

 もしもそのせめてもの手がかりに、答えを見つけてくれたならばと。

 

 思わずこぼれた言葉だったのだろう。

 

 ポタリと涙が子供たちの枕元に落ちて小さなシミを作る。

 

 「帰るよイタチ。あの世界に。木の葉の里に」

 

 あの世界の情景が一気に蘇る。

 どうしようもない切なさが溢れて、ただただ涙がこぼれた。

 

 

 夜は静かに更けて行った。

 

 

 

 

 「ごめん。もう一回話してくれる?」

 そう言って混乱を浮かべたのは、親友の真波であった。

 

 

 翌朝真波を家に呼び、香音は全てを打ち明けた。

 その結果、返ってきたのはその言葉と戸惑いの表情であった。

 「真波、あのね…」

 「待って!ちょっと待って。やっぱりいい」

 真波は香音の言葉を遮り、今度は心配そうな表情で香音の肩にそっと手を乗せた。

 「香音。病院行こう」

 「真波。違うの。本当に…」

 「本当なわけない。そんなのあるわけないよ。事故に遭って眠ってる間にNARUTOの世界に行って三年過ごしたなんて。しかも、子供達があのうちはイタチの子供なんて…。ありえないでしょ」

 バカにしているわけではない。

 心底心配しているその様子に、香音は言葉を返せなかった。

 「きっと事故の後遺症だよ。頭も打ってたし、夢と現実がごっちゃになってるんだって。脳は時間が経ってから色々症状出る事もあるって言うし。そうだ、青葉先生に聞いてもらおう。うん。それがいいよ。すぐ行こう。私ついて行くから」

 早口でそうまくしたてる親友に、香音はやはり何も答えられずに目を伏せた。

 

 信じてもらえるはずがない

 どう考えてもあり得ないのだ

 

 自分も、もし子供たちの存在がなければ、時が経つ中でそう思っていたかもしれない。

 

 「ごめんね」

 

 ぽつりと言葉がこぼれた。

 

 顔を上げて笑った。

 

 「そうだよね。あり得ないよね。何言ってんだろ私。疲れてるのかな」

 「香音…」

 

 無理に笑うその様子に真波がさらに不安げな顔をする。

 「大丈夫。大丈夫だから」

 「でも…」

 「今日ね。青葉先生と会う約束してるの。ちゃんと話しておくから。相談するから」

 だから心配しないでと、そう言う香音に真波は不安げではあったが納得してうなづいた。

 

 「絶対だからね」

 「うん」

 「何かあったらすぐに電話してきて」

 「うん」

 「飛んでくるから」

 「うん」

 「本当に絶対だからね」

 

 肩に乗せられたままの手が、香音の腕を優しくさする。

 暖かさに涙が出そうであった。

 

 「ごめんね」

 

 心配かけて…

 

 「ありがとう」

 

 出会ってくれて…

 

 「ごめんね」

 

 もう会えなくなる…

 

 「ありがとう」

 

 親友でいてくれて…

 

 

 さようなら…

 

 

 これが最後になるだろう。

 

 香音は真波をぎゅっと抱きしめて「ありがとう」と、もう一度繰り返した。

 「いつもありがとう」

 「なによ、改まって。親友なんだからあたりまえでしょ」

 真波は笑いながら今度は香音の背をなでた。

 

 

 「夜電話するね」

 

 そう言って友は立ち上がり背を向けた。

 優しい笑みを浮かべて「じゃぁまたね」と、振り返った。

 

 「うん。またね」

 

 

 いつかまた会えるだろうか…

 

 たとえ世界が離れていても…

 

 

 玄関まで見送る。

 

 その姿が扉の向こうに消えてゆく。

 

 パタンと静かな音を立ててドアが閉まる頃には、止まらぬ涙が頬を伝っては足元に落ちていった。

 

 「………っ」

 

 あふれ出そうな声を必死にこらえようと体に力を入れると、胸が痛んだ。

 ちくりとした痛みに手を当てる。

 そこには事故で負った傷跡が残っている。

 割れた窓ガラスの破片が刺さっていたのだと青葉から聞かされた。

 あと数ミリ深く刺さっていたなら、心臓に達していたであろうと。

 

 

 自分は生かされた。

 

 

 父に、母に。そしてあの世界で出会った全ての人の想いによって。

 

 

 その想いに応えるために、寂しくとも、辛くとも、生きねばならない。

 

 そうして全てに耐え忍び生きるその場所は、あの世界なのだ。

 自分にとっての生きる場所は、イタチと共に生きたあの場所なのだ。

 

 

 たとえ最も大切な友と別れる事になっても

 

 それでも帰りたい場所

 

 

 愛する人の香りがする世界

 

 

 「イタチ…」

 

 名を呼ぶと、涙が静かにひいていった。

 

 大きくゆっくりとした呼吸を一つすると、心が決意を深くした。

 

 

 

 数時間後、星の流れを2日前にして、香音は家を出る事となった。

 青葉の長年の調べによってはじき出された、最もチャクラを強く感じる場所へと移動するためであった。

 車で約3時間。当日の朝に出発しても十分間に合う場所ではあったが、近くに宿をとり、チャクラを練る訓練をしたほうが良いだろうとの青葉の案であった。

 それに加え、幼い子供たちの体への負担も考えての事であった。

 早めに到着し、体をゆっくりと休め、十分に態勢を整えようと。

 

 「それじゃぁ、行きましょうか」

 

 1日分とあとほんの少しの荷物を車に積み込み、子供たちをチャイルドシートに座らせて、青葉は香音に微笑んだ。

 「はい」

 

 答えて一度家を振り返る。

 

 生まれ育った家。

 父と母と共に暮らした家。

 

 そこにはしまい切れないほどの思い出がある。

 

 もうここには戻ってこれない。

 

 やはり涙がこぼれた。

 

 「さようなら」

 

 風が吹いた。

 

 「ありがとうございました」

 

 ゆっくりと頭を下げる。

 

 両親への感謝がただただ溢れた。

 

 

 子供たちが可愛らしい笑い声を響かせた。

 

 

 

 

 静かに降りた夜の闇

 

 柔らかく揺れる月の光が照らすのは、高い山の森の中

 

 円を描くように木々が立ち並ぶ大きく開けた場所

 

 その中心に立ち、香音は空を見上げていた。

 

 

 星が一つ。流れた

 

 

 時が満ちた

 

 

 「始まるわ」

 

 青葉の言葉を合図にしたように、流れる星の数が少しずつ増えてゆく。

 同時に、どんどん感じるチャクラが強まって行く。

 

 香音は緊張の面持ちでうなづいた。

 

 チャンスは一度。

 もっとも多く星が流れる数分。

 

 その時を読み計るため、香音は神経を集中させる。

 

 失敗はできない。

 

 ぐっとこぶしを握りしめる。

 と、固く握りしめたその手を青葉がそっと包み込んだ。

 

 「大丈夫。必ずうまくいく」

 柔らかい笑みに、香音はもう一度うなづく。

 「自信を持って。落ち着いて」

 「はい」

 緊張ほぐれぬままの香音に、青葉はもう一度「大丈夫」とそう言い、ペンを取り出した。

 「手を開いて」

 言われたままに右手を開く。

 青葉はその手のひらに香音の名を書き記した。

 「飛ぶと名前を忘れると言っていたでしょ?だから、これで大丈夫」

 香音は書かれた文字を見つめて三度(みたび)うなづき、青葉を見つめた。

 「あの、先生。先生は本当に戻らなくていいんですか?」

 

 青葉の口から「自分は戻らない」と聞き、幾度か訪ねたその事。

 その度に青葉は笑って答えた。

 

 「私は戻らない。ここが私の生きる場所だから」

 

 その笑顔に曇りはなく。迷いもない。

 かつて自分の母がそう決めて生きたように、彼女もまたそうなのだろうと、香音は笑みを返した。

 

 

 

 と、その時…

 

 カッ…!

 

 短い音を立てて、急に空が眩しいほどに光りを放った。

 見上げると、驚くほどの数の星が流れて、空を明るく染めていた。

 

 その光に共鳴するように、体の奥深くで熱いほどに九尾のチャクラが揺らいだ。

 

 「香音さん」

 「はい!」

 

 今こそその時。

 香音はゆっくりと慎重に印を組み始めた。

 一つ一つの動きに呼び寄せられるかのようにチャクラが強まっていく。

 

 それを感じるのか、そばに置いたベビーカーの中で眠っていた子供たちが目を覚まし、小さな声を上げた。

 

 香音は二人の子供に笑みを向け、最後の印を組み込んだ。

 

 後は強くチャクラを練り込むだけ。

 

 体に力を入れる。

 

 ふわりと香音の体から光が溢れて、香音と子供たちを包み込んだ。

 その光に、香音は一瞬戸惑った。

 

 「これは…」

 

 自分が発したチャクラではない。

 だけどよく知っている物。

 

 

 ひどく懐かしい香りがした…

 

 

 「イタチ…」

 

 

 大粒の涙が次々に溢れてこぼれた。

 

 この時の為に、最後のあの時イタチが自分の中にチャクラを残してくれていたのだと知った。

 

 その力は、守るようにしっかりと母と子供たちを包み繋いでいた。

 

 「はぐれる事はなさそうね」

 その様子に青葉が微笑んだ。

 香音は涙おさまらぬまま大きくうなづいた。

 

 「先生。私、行きます」

 

 空を見上げてチャクラを練り込む。が、その時森の中に声が響いた。

 

 「待って!」

 

 ドキリとしてそちらに目を向ける。

 薄暗い夜の中。こちらに向かって走りくる人影を捉えて、香音は眼を見開いた。

 

 「真波!」

 「香音!」

 

 息を切らしながら駆け寄ってきた真波は、勢いをそのままに香音に抱き着いた。

 「真波…どうして」

 「お母さんに話したの。香音から聞いた話。そしたら…」

 乱れた呼吸で言葉を紡ぎながら、真波は香音をぎゅっと抱きしめた。

 「聞いたことあるって…。お母さんも、香音のお母さんから同じような話を聞いたことがあるって」

 「…………」

 香音は言葉に詰まり、ただ親友を抱きしめ返した。

 「そんなわけないけど、でも、もしかしたらって…。まさかって思って家に行ったら香音いないし。こんな時間にいないなんておかしいって思って、そんなことあるわけないって思ったけど、やっぱりもしかしたらって思って」

 混乱気味に真波は言葉を続ける。

 「この場所もうちのお母さんが香音のお母さんから聞いてて、でも、お母さんその話信じてなかったから、なかなか思い出さなくて時間かかって。って…。違う。そんなのどうでもいいよね。そんな話どうでもよくて…」

 まくしたてるような言葉を切り、真波が体を少し離して香音を見つめる。

 その体からあふれる不可思議な光。

 ぶわりと涙をあふれさせて、顔をゆがめた。

 「本当なのね…」

 かすれた声に、香音の瞳からも涙がこぼれた。

 「…うん」

 「行くのね」

 「うん」

 再び強く抱き合う。

 「香音はそれで幸せになれるの?一人で生きて行けるの?」

 「大丈夫。一人じゃない。一人じゃないから」

 

 子供たちがいる。

 

 イタチと共に生きた多くの思い出があの世界にはある。

 

 「ちゃんと幸せになれるから」

 

 さらに強く抱きしめあう。

 その肩を青葉がやさしくさすった。

 

 「香音さん。時間がないわ」

 

 その言葉に、香音はうなづきゆっくりと真波の体を押し離す。

 

 どうしようもない寂しさがこみ上げた。

 それでも、離れがたい友から離れた。

 

 「行くね。真波」

 「香音…」

 真波は何かを言おうとして一度飲み込み、小さくうなづいた。

 

 「幸せになって。元気でいて。子供たちも」

 そっと二人の小さな子供たちの髪を撫で、真波は青葉に促されて少し距離を取った。

 

 『さようなら』との言葉は互いに言えなかった。

 

 『ありがとう』との言葉は口に出さずとも互いに伝わった。

 

 最後にうなづき合い、香音は青葉に頭を下げた。

 「先生。本当にありがとうございました」

 「後の事は任せて頂戴。元気で暮らしてね。それから…」

 一瞬言いよどみ、青葉は香音に言葉を伝えた。

 「もしも向こうで会う事が出来たら…。テンゾウと言う人に会えたなら、伝えてほしいの。私は幸せに暮らしていると」

 その言葉に香音はハッとする。

 「先生…」

 青葉は涙の滲んだ瞳で柔らかく微笑んでいた。

 「私の名前はユキミ。ユキミよ」

 

 聞かされたその名に思い当り、香音は強くうなづいた。

 「伝えます。必ず伝えます」

 

 香音は最後にもう一度親友に笑みを見せ、青葉に頭を下げ力を練り上げた。

 

 絶えず流れる星の光。

 

 その中に吸い込まれるように香音と子供たちが浮き上がり、強く輝きを放った。

 

 

 森を照らすほどの輝き。

 

 その光と共に、3つの存在は音もなく消えた。




お待たせしてスミマセン(^_^;)
やっと星が流れました!www
今回NARUTO世界に戻ったところまで書きたかったのですが、かなり長くなりそうだったので、切りの良いところで…という感じでここまでにしました。

 でも、次回!ようやく!

次はたぶんあまり期間開けずに更新できると思います!

いつも読んでいただき本当にありがとうございます☆
今後ともよろしくお願いいたします(*^_^*)

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