いつの日か…   作:かなで☆

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第百三七章【運命。動く】

 細く美しい三日月が光っていた。

 夜の中で輝くそれを見つめて窓を開けると、この時期には珍しく涼しい風が吹き流れた。

 まだ遅い時間でもないのに妙に肌寒い。

 ゾクリと、一瞬肌があわ立った。

 

 「風邪ひいたかな…」

 

 それでも空気の入れ替えにと窓をあけたままにし、壁にかけていた薄い羽織を手に取り袖を通す。

 と、小さな声が二つ上がった。

 「あー」「うー」と、はっきりとし出した声に目を向ければ、二人はベッドの上で両手を上げてパタパタと揺らしていた。

 「今日も寝ないの?」

 まだ時間は7時前。

 それでも、いつもなら少し眠っている時間。

 成長に伴い寝る時間に変化があるのか、昨日今日と、二人は少しも眠る気配を見せなかった。

 それどころか元気あふれる様子でバタバタと体を動かしている。

 「なんか楽しそうだね」

 香音は何かを求めるように高く上げられた二人の手をキュッと握り、ふと思い当たる。

 「そういえば…昨日も」

 こうしてこの時間に手を上げて遊んでいた。

 そんなことを思う。

 だがそうした動きは別段珍しい事でもなく、思考から流れてゆく。

 「そろそろお茶の準備しようかな」

 青葉との約束の時間が近づき、香音はキッチンに向かう。が、その足が止まった。

 先ほどの風にあおられて落ちてきたのか、足元に一枚の写真。

 拾い上げればそこに映っていたのは若い頃の両親。

 風景はどこか山の中のようだが、辺りは薄暗く、夕方なのか朝方なのかどちらともつかない。

 並んで映る二人は幸せそうな笑顔で、香音は寂しくも温かい気持ちになる。

 「いつごろの写真だろ…」

 何気なく裏を見ると日付が書かれていた。

 

 1994年8月12日

 

 その下には、山の名前とカシオペア座流星群との文字。

 

 その文字と日付に、香音の鼓動がドクリと音を立てた。

 8月12日は母楓の誕生日であり、それと共に思い出された言葉に今度はズキリと頭が痛んだ。

 

 あの時、あちらの世界で再会した母は言っていた。

 

 『誕生日の日に飛んだ』と。

 

 痛む頭を押さえて考える。

 自分が生まれた年と母の年齢。そして聞かされた話を照らし合わせ、手が小さく震えた。

 

 母がNARUTOの世界に戻ったのはおそらくこの写真を撮った時だとはじき出された。

 

 「流星を見に行って飛んだ…」

 

 そのつぶやきに急に脳がパッ…と明るくなり、鮮明に事故にあった日の記憶を甦らせる。

 

 「そんな…まさか」

 

 慌てて昨年の手帳を引っ張りだし、あの事故の日付を探す。

 そこに書かれていた文字を見て香音は手帳をポトリと落とした。

 

 事故に遭った8月12日。

 その日付の欄にははっきりと『カシオペア座流星群』と記されていたのだ。

 

 

 手だけではなく体も小さく震えた…

 「そうだ。あの日私たちは流星群を見に…」

 

 毎年この日に現れる流星群。

 自分たちはあの日それを見に行って事故に遭ったのだと思い出した。

 

 だが思い出したのはそれだけではなかった。

 懐かしく、愛おしい声が聞こえた。

 

 

 『今夜は星が降る』

 

 

 最後のあの日。

 イタチは確かにそう言った。

 

 あの日流星が降ることを知っていたのだ。

 

 そしてそれには意味が込められていたのだと気づいた。

 

 

 母の話。写真の日付。事故に遭い自分が飛んだ日。そしてイタチの言葉。

 

 

 香音の鼓動が大きく高鳴った。

 

 「間違いない」

 

 そう確信した。

 イタチは意味のない事を残したりはしない。

 

 

 カシオペア座流星群が現れるとき…

 

 「飛べる!」

 

 だがなぜ…との考えがすぐに湧き上がる。

 

 あの時もなぜイタチが術の印を知っているのかとそう思った。

 だが知っていたのはそれだけではなく、星が流れるときに術が発動することをも知っていたのだ。

 

 「どうして…」

 

 香音は無意識に空を見上げた。

 そこに輝く星。それを見てまたイタチの言葉が蘇った。

 

 

 『もしも時空が繋がらなくても、この術はお前を木の葉に導く』

 

  

 「時空が繋がらないこともある…」

 

 そしてそればかりはイタチにもわからなかったという事だ。

 

 

 『大きな力が働くには、必ず何か必要不可欠な条件があるはずだ』

 

 かつてイタチが口にした言葉が浮かんだ。

 

 「流星…。条件…」

 

 つぶやいてみたものの、何も思いつかない。

 星や宇宙の事が好きだった父の話をもっと聞いておけばよかったと、今更ながらに悔やんだ。

 ぐっと手に力が入り、焦りが生まれる。

 向けた視線の先にはカレンダー。

 今日の日付は8月10日。

 「もう明後日」

 おそらくその日に飛べるのであろう。だけれども確実に飛べる確証がなければリスクが高い。

 行くのなら、あの世界に帰るのなら、子供たちももちろん一緒。

 だからこそ確実な物がなければ飛べない。

 時空が繋がらなければどこに飛ばされるかわからないのだ。

 自分だけならまだしも、子供たちを連れて一か八かの事はできない。

 「あ、でも…」

 そこまで考えて香音はハッとする。

 「チャクラが…」

 香音は自身の両手を見つめてつぶやく。

 こちらの世界で過ごす中で幾度もチャクラを練ろうと試みた。

 だがほんの少しもその力は現れなかった。

 自身の中にあるはずの九尾のチャクラさえも。

 それがなければ術は発動しない。

 時空が繋がるかどうか以前の問題だ。

 

 でも、確か…

 

 焦る心の中で母を思い出す。

 事故にあったあの時チャクラが戻ったのなら、星の流れによってチャクラが戻るのかもしれない。

 流星群は肉眼で捕えられるようになる以前にすでに動き始めていると父が言っていた事も合わせて思い出す。

 

 もしかしたら…と、香音はしばし考え、そっと両手の指先を合わせた。

 重ねた人差し指を口元に当て、眼を閉じて集中する。

 

 

 母の不思議な行動に、子供たちは声を収めてじっとその姿を見つめる。

 

 部屋の中に静寂が落ち…

 

 

 ふわ…

 

 

 ほんの少し香音の髪が浮き上がった。

 

 「…っ!」

 

 慌てて目を開き両手を見つめる。

 「今…」

 

 ざわざわと鼓動が騒ぐ。

 

 体の奥深くで揺らいだ力。

 

 それは紛れもなくチャクラの気配であった。

 

 「戻ってる!」

 再び集中してチャクラを練り上げる。

 1年という時を経て感覚は少し薄れてはいたが、それでもしっかりとチャクラの動きを感じる事が出来た。

 が、数秒。ゆっくりと湧き上がっていたはずのチャクラが急に膨れ上がった。

 「っ!」 

 驚いて力を収めようとチャクラを動かす。

 だが少しも思うように動いてはくれなかった。

 「制御がきかない!」

 慌てて立ち上がる香音の体からチャクラが次々と溢れだし、部屋の中に風が吹き荒れた。

 棚から物が落ち、カーテンが舞い、窓がガタガタと音を立てる。

 

 このままでは子供に危険が及ぶ。

 

 そう考えて香音はチャクラの圧に抗いながら、あけたままになっていたリビングの窓から庭へと転がり出た。

 

 瞬間。ぶわぁっ!と、音を立ててチャクラがあふれ広がり暴れ出す。

 庭の木々が揺れてしなり、ちぎりとられた葉が舞い上がる。

 まるで自分を中心に小さな台風が生み出されているかのようであった。

 

 何とか押さえ込まなければ。と、必死にコントロールを試みるが少しもうまくは行かず、香音はチャクラに抑え込まれるように地面に倒れ伏した。

 

 「……っ!」

 

 すさまじい力で自分を押さえつけるチャクラ。

 息が苦しくなり顔をしかめた。

 襲いくるずしりとした重さに涙が滲み、視界が歪む。

 

 その視界に映るのは風に吹かれて音を立てる窓。

 このままでは割れて子供たちが危ない…

 

 「だれか…」

 

 かすれたその声がチャクラの風にかき消される。

 だがそのすぐ後に、香音の瞳に人影が映し出された。

 

 「香音さん!」

 

 声を上げて走り来たのは青葉であった。

 「せ…先生…。きちゃダメ。子供たちを!」

 とにかく子供を…とそう思いこちらに来る青葉を止めようとして香音は息を飲んだ。

 

 「大丈夫!今助けるから!」

 

 そう叫んで駆けてくる青葉の手には一枚の札。

 それを口にくわえてはさみ、美しい流れで印を組んでいたのだ。

 

 「先生…どうして…」

 

 驚愕する香音に青葉は一つ笑みを返し、吹き荒れるチャクラの風を受けながらも何とか香音のそばにたどり着いた。

 

 「もう大丈夫。まかせて」

 

 香音の背に札を張り、タン…っとその上に右手を置き、左手で締めの印を組む。

 そこに生み出された力に導かれるように、荒れ狂っていたチャクラが静かに香音の中に収められていった。

 

 

 ふぅ…と、青葉が息をつき額に浮かんだ汗をぬぐう。

 同じように香音も息をつきハッと顔をはじきあげた。

 「子供たちは!」

 立ち上がろうとするが体にうまく力が入らずふらつく。

 「私が」

 そんな香音の代わりに、青葉が子供たちの様子を見に行き、香音に笑みを見せてうなづいた。

 どうやら無事であった様子にほっと胸をなでおろす。

 「大丈夫?」

 再びそばに来た青葉が香音に手を差し出した。

 香音はその手を見つめ、取れぬまま青葉を見上げた。

 その表情に浮かぶ疑問に、青葉は少し困ったような笑みを浮かべて答えた。

 「私はあなたに会うためにこの世界に来たの」

 

 夜の空で、星が強く光った。


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