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過去に一度だけ父とこの場所に来たことがあった。
時間をさかのぼり、イタチは記憶をたどった。
木の葉の里が創設される前、うちは一族が拠点として使っていたと、それを口火に父は一族の事を語った。
父の声を思い出しながらイタチはアジトの中心部へと続く道を進む。
『この場所の事は、祖父から教わった』
懐かしげに眼を細めていた父の顔が浮かぶ。
普段堅苦しい人物だったが、なぜだかその時は随分と柔らかく感じられた。
珍しく隣を歩くように言われ、横に並んだあの時の感覚は今でも忘れられない。
気恥ずかしいような、嬉しいような。
胸の奥がくすぐられるような、あの時イタチはそんな心情だった。
それは父も同じだったのか、しばらく無言で歩き、「あー。その…なんだ」ともごもごと口を開き「天気がいいな」と、どこかそわそわとした様子で空を見上げた。
あの日は曇りだった。
何と返せばいいのか。
気まずい息子。
しまった。
と固まった父。
顔を見合わせて、二人苦い笑いを交わした。
それから父はうちはの歴史を語った。
戦に明け暮れた過去。千手との因縁。里の創設。
そして一族の血統の大切さと、それを守ることの重要さ。
うちはは代々血を守り生きてきたと。
その大切さを幼いころから身に染み込ませて生きるのだと。
だからこそ一族間の結束が強く、決して身内を裏切ることはしない。
愛の深い一族なのだと。そう話した。
だがそれゆえに視野が狭くなることもある。と、父は言った。
外に目を向け、外を知ることに、無意識に恐怖を抱くのだと。
これが正しい。これこそが自分たちの生きる唯一の道なのだと、そう信じて生きてきた者にとって、異なる道は恐ろしい。
目を背けたくなるものなのだと。
『イタチ。お前は他の誰にもない物を持っている』
父はあの日の最後にそんな話をした。
『誰にもない物?』
回りとは少しかけ離れた力の事を言っているのだろうかと、イタチはそう思った。
だが父の答えは違っていた。
『その眼だ』
ドキリとした。
しばらく前に開眼したうちはの眼。
そのきっかけとなったのは同じ班の仲間の死と、それを防げなかった自分の無力さへの落胆。
イタチの脳裏にそれが蘇った。
だが「違う」と言葉をかけられた。
向き合い、静かな声で。
『写輪眼の事を言っているのではない。お前の持つ本来のお前の瞳だ』
どういう事だろうかと顔をしかめると、父は少しだけ笑ってイタチの頭に手を乗せた。
驚きにイタチは体を固めた。
こんな事はいつぶりだろうか。
思い返してみてもその光景は浮かばない。
『お前の瞳は物事の本質を見抜く。本当に大切な物が何なのかを。だがそれ故に辛い思いをすることも少なくはないだろう。真実はいつも自分の味方とは限らない。自分を守ってくれるとは限らない物だ』
自分にそんな力があるとは思ってはいなかったが、父の言っている事は理解できた。
イタチは「はい」としっかりとした口調で返した。
その時の父の表情は、ひどく複雑な物だった。
嬉しいのか悲しいのか。苦しいのか。
心の読み取れないその表情のまま、空を見上げて小さな声でつぶやいた。
いつの間にか晴れ渡っていた青い空に向かって放たれた言葉。
あの時ははっきりと聞こえなかった。
だけれでも、不思議と今その声がはっきりと聞こえる。
父はただ一言…
『すまない』
そう言ったのだ。
その後も幾度かは二人で話すこともあった。
ほとんどは里とうちはについての事であったが、ごく稀にこうした親子の時間を過ごした。
本当にほんの少しだけ。
その時の父と、そうでないときの父の違いに、イタチは困惑した。
父親としての穏やかな空気。
長としての厳格で、狂気にも似た恐ろしい空気。
どちらが本当なのか。
自分には父の言ったような力はない。
どれが父の真実なのか、結局わからなかった。
だが今こうも思う。
あの時の父は今の自分と同じだったのではないかと。
サスケへの自分の生き方と、父の自分への生き方。
それはひどく似ている。
父である自分に、そして一族に落胆させ、離そうとしたのではないか。
守るために…
すべては想像でしかない。
父や母の事を考えると、結局は何もかもが自分の想像。
それでも…
イタチはあの日の記憶から心を戻し、空を仰ぎ見た。
まぶしいほどの青が、大きく、深く広がっていた。
「お一人ですか」
背中にかけられた声に振り返らぬままイタチは立ち止まった。
その行為にどこか嬉しそうな空気を漂わせながら、隣に並び立った男は小さく一つ息を吐き出した。
背後から声をかけられるのは嫌いだ。
忍びなら誰しもそうだろう。
場合によっては瞬時に切り捨てる。
それをしないのは、振り向かぬのは信頼がある証。
隣に立つ男は仲間ではない。信頼などしていない。
だがそれにも似た感情はもはや隠す必要もない。
イタチはフッと小さな笑いを落とした。
あえて背後から声をかけてきたこの男の行為がどこかおかしかった。
何かを確かめようとするようなその動きが。
そして少し喜びの気を見せたことが。
いつからこの男はこんな人間臭い一面を見せるようになったのか。
いや、もともと持ってはいたがこうも分かりやすくはなかった。
それはきっと水蓮に出会ってからなのだろう…
「どこに置いてきたんですか?」
その存在を探す鬼鮫に、イタチは目を向けぬまま答える。
「あいつは帰るべき場所に帰った。もう会う事はないだろう。お前も、オレも」
「組織が黙っていないですよ」
当然の言葉だった。
だがそこには咎めではなく、また何かを確かめるような不安げな色が見えた。
イタチはゆっくりと空を見上げて笑んだ。
穏やかに、柔らかく。
「届かないさ」
それは声にさえ現れて、鬼鮫はその空気に驚いていた。
水蓮がいない場所で自分にイタチがこんな姿を見せたことがなかったからだ。
二人の時は決して緊張と警戒のすべてを解くことはなかった。
自分も…。
その空気に誘われて、鬼鮫の体からも今までになく力が抜けた。
「届きませんか」
同じように空を見上げる。
「ああ。誰にも届きはしない」
それがどういう事なのか鬼鮫にはわからない。
それでも、イタチが言うのならそうなのだろうと…
安堵した
「そうですか」
イタチはうなづきようやく鬼鮫に眼を向けた。
「すまないな」
勝手な事をしたと、そう言うイタチに鬼鮫は笑って返した。
穏やかなままのイタチの表情がおかしかった。
「すまないという顔ではありませんけど」
「そうか」
「そうですよ。でもまぁ、構いませんよ」
肩を無防備に落として、鬼鮫はもう一度空を見上げた。
「あなたのやりたいようにすればいい。それに、もう別れは済ませてある」
小さな薄い雲に一瞬隠れた太陽が顔を出し、まぶしい光が溢れ漏れた。
その光に目を細める鬼鮫を見てイタチは思う。
人生において最も長く組んだのはこの男だったなと。
いわば監視の対象であった干柿鬼鮫と言う忍は、従ずることに純粋で、ある意味まっすぐで真面目で、頭が良かった。
こちらのいう事やる事に口を出さず、得体のしれない水蓮を受け入れ面倒を見て、組織を抜けたと知っても追おうとしない。
組織の指示を待つつもりなのかもしれない。
それでも今のこの男はおそらく水蓮を殺せない。
捨てたと思っていた【人】としての部分を思い出してしまったのだ。
自分と同じく。
【忍】として生きる道を選んだはずでありがなら、【人】としての生命を捨てきれなかった。
いや。捨てられないのだと気づいた。
自分たちは、結局所詮は【人】なのだ。
それを認めているのかいないのか分からないが、どうやらその事を干柿鬼鮫と言う男はそう悪くないと感じているようだ。
そこに生まれる様々な矛盾は、自身を苦しめかねないというのに。
イタチは鬼鮫と同じように空を見上げて言った。
「お前は案外バカだな」
何が…と一瞬いぶかしげな顔を向けた鬼鮫であったが、すぐに何か腑に落ちたように笑い、また空を見上げて返した。
「あなたも結構な馬鹿ですよ」
「そうか」
「そうですよ」
忍は「もし…」という考えはしない。
だが人として考えるならば、もし違う出会いができていたならと思う。
互いに…
「そうだな」
「そうですよ」
凪いだ風は清々しく
揚々と森を埋め尽くす緑の葉が静かにさざめいた…
「さて、と」
鬼鮫のその声は、まるで茶屋から出るような気軽さであった。
「ああ」
答えたイタチもまた、同様に…。
だが次の瞬間。
ヒュゥッ
短く切れの良い音が空気を裂き、鬼鮫の持つ鮫肌とイタチの手にあるクナイが二人の間で重なった。
ガッ!と、鈍い音が立ち細かい火花が光る。
「それでこの鮫肌を受け止めるのはやめてほしいですね」
重い一撃を小さなそれで受け止められると、さすがに気が悪い。
鬼鮫はそう言って苦い笑いをこぼした。
「そう言われても…な」
重なる刃の支点をずらし、鮫肌をはじいてイタチが鬼鮫の脇腹を蹴りで狙う。
その足を手のひらで受け止めてイタチを押し飛ばし、鬼鮫は鮫肌を地に突き立て印を組んだ。
「水遁!
足元にある水の溜まりに手をつきチャクラを流し込む。
ばしゃり…と水が跳ね、宙に舞い上がった。
それは鮫の姿となりイタチに襲う。
しゅっ!
イタチのクナイが空気を裂きその水の塊の中に沈み…
どぅんっ!
仕込まれた起爆札が大きく爆発を起こした。
裂かれはじかれた水の鮫は霧散したが、しずくの全てがが再び凶暴な鮫の姿へと成り替わり執拗にイタチに迫る。
イタチが目を細め、鬼鮫が不敵に一つ笑った。
「これを全てかわすのは、さすがのあなたでも不可能」
「………」
鬼鮫は無言を返すイタチに向かい鮫肌を振りかざし駆ける。
かわしきれぬと悟ったのかイタチはその場を動かず、鮫肌をその身に受けた。
が、攻撃を受けたイタチの姿が揺らぎ、黒いカラスの群れが舞い広がった。
「まぁ、そうでしょうね」
無表情な鬼鮫の声が静かに空気に染み入り、その背後に気配が一つ生まれた。
ザァッ!と空気をなぎながら鮫肌が一閃され、鬼鮫の怒号と共に繰り出されたその一撃をイタチがまたもクナイひとつで受け止める。
互いの刃が…体術が、激しくぶつかり合い森を騒がせて行く。
幾度かの衝突を経て二人は鮫肌とクナイを重ねて対峙し合った。
ギリギリと鈍い音を立てて押し合う中。鬼鮫は瞳に厳しい色を浮かべて言った。
「試させていただきますよ。あなたが本当にうちはサスケと戦えるのかどうか」
「ずいぶん慎重だな」
「どうにもこれは組織にとっては重要な物のようですからね。しっかりとやり遂げていただかないと困るんですよ」
ぐっ…と鬼鮫の腕に力がこもる。
その重い押しを受けながら、イタチが小さな笑いを浮かべた。
「余裕ですか」
「いや…」
違うとそう言い、イタチはぐいっと鮫肌を押し鬼鮫に身を近づけた。
「お前、嘘が下手になったな」
「……?」
鬼鮫が虚を突かれたように気の抜けた表情を見せ、イタチがさらに身を近づけた。
「くだらない理由付けだ」
ぶつかり合う視線。
鬼鮫はクツクツと喉を鳴らして笑いをこぼした。
「そうですね。そういうのはもういりませんね」
押し合う力を互いに強める。
心底面白そうに笑う鬼鮫の顔が鮫肌の向こうにのぞき見えた。
「あなたとはこうして本気でやり合ってみたかったのですよ」
ざわっ!
鮫肌が音を立てて震え、鱗のごとき刃を波立てイタチの頬をかすめた。
地を蹴り飛びすさり互いに距離を取る。
「鮫肌もいつになく喜んでいますねえ」
鬼鮫の感情に同調するかのごとく鮫肌が身を震わせた。
その鮫肌を大地に突き刺し、鬼鮫は印を組む。
素早いその動きをイタチは写輪眼でしっかりととらえ、対抗する。
「水遁!水鮫弾の術!」
「火遁!豪火球の術!」
両者の力がその中心でぶつかり合う。
ゴォゥッ!
激しい衝突に蒸気が生まれる。
それはぶわりと広がって視界を埋め尽くし、森の広範囲に向けてはじけた。
が、その霧むせぶ白の中。
本の刹那。赤が光った…
何者にも気づかれぬほどの景色の揺れ。
「…………」
追撃に備えて鬼鮫が無言のままに鮫肌を手に取る。
カチリ…
硬い音。
そこに向けて鬼鮫が視線を落とせば、自身の首元でクナイが光っていた。
「終わりだ」
ほんの少しも気配を立てず、鬼鮫の背を取ったイタチが低い声を響かせた。
その声に鬼鮫は軽い口調で返す。
「写輪眼ならこの霧の中でもわずかな影を捉え背後から抑える事が出来る」
ふぁさり…
二人の頭上を一羽のカラスが静かに舞う。
その瞳は紋様を浮かべた赤…
その瞳に映る鬼鮫が一つ笑みを落とした。
「お見事…と言いたい所ですが」
ぱしゃんっ!
言葉の終わりと共に機鮫の体が水となりはじけて大地に落ち、イタチの足元に小さな水たまりを作った。
その水の揺れをほんの少し目に映し、イタチは見つけた気配に視線を流した。
「それを読んだ上の水分身というわけか」
赤い視線の先。イタチの背後には鬼鮫の姿があった。
喉を鳴らして鬼鮫が嬉しそうに笑い、鮫肌をイタチの肩へとかざして見せた。
「相手の背後を取るのにここまで苦戦したのは久しぶりです」
「…………」
すぅっ。と、イタチの瞳が紋様を変えてゆく。
万華鏡へと…
そこに練り込まれたチャクラを感じ取り、鬼鮫はさらに嬉しそうに笑った。
「嬉しいですねえ。あなたがその瞳術、天照を繰り出そうとするほど本気とは。ですがその瞳術はチャクラを消費しすぎる」
述べられてゆく鬼鮫の言葉の合間に、空から一枚。黒い羽根が舞い落ち地面の水面を揺らした。
「この後のサスケ君との戦いに響くのでは?」
どこか優越を含んだその声の響きに、一枚また一枚と黒い羽が揺れた…
言葉を発せぬままイタチはその黒を見つめる。
そうして話さず動かずのイタチに鬼鮫はフッ…と、ひとつ最後に小さく笑い鮫肌を静かに引き上げた。
「やれやれここまでにしましょう。私もあなたのその覚悟で満足することができましたからねえ」
静かに鮫肌が引かれる。
その様子を微動だにせず佇むイタチの声が森に浮かんだ。
「元よりオレの望んだ戦いではない」
しかしそれは鬼鮫の目の前にいるイタチから発せられた声ではなかった。
キィィィィィィィンッ!
硬い金属音が鬼鮫の耳の奥に直接響いた。
景色が赤く染まり、すぅ…と元の色を取り戻してゆく。
すべてが本来の色に染まりきった後には、鬼鮫の目の前にいたはずのイタチの姿はなく、その背後。少し離れた場所にイタチの存在があった。
…つ…
鬼鮫の額から汗が流れた。
「さすがですねぇ。この私に冷や汗をかかせるとは…」
いつから…
ゴクリと喉を鳴らし、鬼鮫は思い返す。
だが読み取れなかった。
自身がイタチの幻術にはまった瞬間を…
一体どこから自分は幻術の中で戦わされていたのか。
少しも見当がつかぬ事ではあったが、ただ一つ分かったことがあった。
勝てない…
面白くないような、おもしろい事の様な。
奇妙な感覚に鬼鮫は困惑した。
それでもこの様子ならうちはサスケとの戦いにそう支障はないのであろうと、安堵する気持ちもあった。
そして、二度とこうして戦う事はないのであろうと、心のどこかに風が吹くような感覚も…
複雑な心境の鬼鮫に、イタチは特に感情を浮かべぬ顔で静かに言葉を放つ。
「サスケとは二人で戦いたい。ほかの者の足止めを頼む」
鬼鮫は一瞬虚を突かれたような顔をした。
そこにいるイタチの表情が、これまでになく無表情でありながら、これまでになく自然であったから。
「いいでしょう」
鬼鮫もまた知らず素のままの表情で返す。
今度はイタチが一瞬戸惑い、ほんの一瞬笑んで鬼鮫に背を向けた。
その背に鬼鮫の声が飛ぶ。
「しかし、ずっと行動を共にしてきたあなたとここで別れるのは寂しいですねえ」
取り繕ったようなその口調。しかし実のところは案外本心でもあった。
イタチは何かを返そうとほんの少し口元を動かしたが、何も言わぬことを選んだ。
自分たちには、それがいいように思えた。
ただ静かにその場から歩み去って行く。
自分を待つサスケ
自身の最期
そして、希望ある未来を見つめて