いつの日か…   作:かなで☆

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第百三十章【生きろ】

 ほんの数秒だった。

 だがイタチの持つ万華鏡にはその数秒で十分であった。

 

 「どうして…」

 意識を奪われてはいない。

 「なんで…」

 言葉を紡ぐこともできる。

 「イタチ…」

 だが、体が自分の意思を受け取らない。

 腕が、指が、勝手に動きを作り出してゆく。

 

 イタチの意思に導かれて…

 

 ゆっくりとではあるが滑らかな動きで形作られてゆくのは印。

 それは水蓮がこの世界へと渡り来た時に使われた術。

 

 「どうして」

 この術を知っているのか…

 見せたことはない。見られたことはない。

 なのに…

 「どうして」

 イタチはその問いかけを読み取りフッと小さく笑った。

 「秘密だ」

 その笑みは少し得意げな色を見せた。

 「オレも隠すのは得意だからな」

 笑んだままの赤い瞳から涙がこぼれ、イタチの手の上に落ちた。

 「うまくなっただろ?」

 涙にぬれたその手が一つ一つ丁寧に印を組み、水蓮の動きを導いてゆく。

 「ひどい…」

 

 この時の為に…

 

 水蓮はグッと唇を噛んだ。

 

 イタチが自分からうずまき一族の術を教わってきたのは、この時の為だったのだ。

 複雑で独特な印の形に慣れるために。

 今というこの時に備えていたのだと、そう気づかされた。

 いつどうやって術の事を知ったのかは分からないが、イタチは最後のこの日に自分を帰すつもりだったのだと。

 

 「いや…やめて」

 

 そうして拒んでも印を組む手は止まらない。

 イタチが止めぬ限り。

 「もし時空が繋がらなくても、この術はお前を木の葉に導く」

 優しいまなざしで里を想いながらイタチは言葉を続ける。

 「そうなったらカカシさんを、はたけカカシと言う人物を頼れ」

 イタチは「知っているな?」と静かな口調でそう言った。

 水蓮はうなづくことも、言葉を返すこともしなかったが、イタチにはもう分かっているようであった。

 「カカシさんに会ったらお前の事をすべて話せ。必要ならオレの事も。あの人なら信じてくれる。うまくやってくれる」

 「いや!離れたくない!」

 言わずにいようと思っていた言葉があふれ出た。

 「お願い!私もつれて行って!一緒に行かせて!」

 「だめだ」

 「大丈夫だから。私ちゃんと残してきたから。伝える事はちゃんと…」

 それが剣の事であろうとイタチは「やはりな」と、少し呆れたように息をついた。

 万が一のことを考え、水蓮は剣の封印についての事をチャクラと思念と言う形で残してきたのだ。 

 水蓮の母親がそうしたのならば、その方法は記憶を通じて水蓮に引き継がれている。

 そう考えたイタチは水蓮がそうするかもしれないと読んでいた。

 最後の時に、自分と共に死ぬ気かもしれないと…

 「だめだ。お前はオレについてくるな。…サスケにも」

 水蓮は小さく息を飲み黙り込んだ。

 

 イタチとサスケの戦いの後、水蓮は自分はどうするべきなのかをずっと考えてきた。

 だが答えは明確にはならず、いくつもの選択肢が残った。

 

 その中でも強く心を占めたのは、イタチと共に逝くか、もしくはマダラより早くサスケとイタチのもとへ行き、二人を連れて時空間移動の術でとぶか。

 この二つであった。

 

 イタチはその考えさえも読んでいた。

 

 「マダラはおそらくサスケの力を狙っている。あいつのそばにいるのは危険だ。お前はマダラの正体を知っているからな。間違いなく殺される」

 「でも…一緒に木の葉へ飛べば」

 「だめだ。マダラはそんな隙を与えはしない。おそらくオレとサスケが戦っている間に狙ってくるだろう。お前では2度はあいつと戦えない」

 「だけど…」

 「水蓮」

 なおも抵抗しようとする水蓮の言葉を、イタチは少し強い口調で遮った。

 「だめだ」

 子供を諭すようなその言葉は、静かで優しい響きであると同時に、何物をも受け付けない強さを感じさせた。

 「もういい。もう十分だ」

 「そんな…」

 涙溢れて止まらぬ水蓮に、イタチは柔らかく微笑んだ。

 「お前はもう十分耐え忍んだ。もう離れろ」

 その言葉と同時に最後の印が組み込まれた。

 「……っ!」

 イタチの手が肩に置かれ、水蓮は思わずギュッと目を閉じる。

 …が、操られて練り込まれるはずだったチャクラの動きを感じられず、ゆっくりと目を開く。

 瞳に苦しげな表情のイタチが映る。

 無言の見つめ合いの中、肩に置かれたイタチの手に力が入り…

 

 「…くそっ…」

 

 言葉が吐き出された。

 体が小さく震えていた。

 「イタチ、お願い」

 「だめだ。…だめだ」

 細い肩を握りしめたままそう繰り返すイタチ。

 「なによ…」

 水蓮は自由を取り戻した自身の手をイタチの手に重ねて握りしめた。

 「この手を離せないくせに!」

 求めてやまぬ想いがあるというのに、自分を離そうとする。離れろと言う。

 「できないくせに!」

 「それでもだ」

 「やだ…。いや。お願い。一人にしないで」

 縋りつくようにイタチを抱きしめる。

 「だめだ」

 イタチは抱きしめそうになる感情を必死に押さえ込み、水蓮を引き離す。

 「大丈夫だ。お前は一人にはならない」

 「あなたがいなければ、誰がそばにいても私は孤独になる」

 「ならない。きっとすぐにわかる。だから心配するな。それに、オレ達はまた出会える」

 

 約束した100年の後に。

 

 「わかってる。でも私は」

 

 心の底に押し込めてきた物が、こらえきれずにあふれ出た。

 

 「今がほしかった」

 

 遠い未来に再び出会えることは確かに生きる希望となった。

 戦うための力となった。

 この魂は決して孤独にはならないという支えになった。

 それでも、ずっとその想いは拭えなかった。

 「あなたと生きる今がほしかった」

 震えるその声に、イタチは「そうだな」と小さな声で返した。

 「オレもだ。オレもお前と生きる今がほしかった。共に長く生きてゆきたいと、そう思った」

 その言葉は、水蓮の胸に痛みと悲しみ。そして切なさを刻み込んでゆく。

 だがその中には喜びに似た色がにじみを見せた。

 

 サスケのために生き、サスケのために死のうと決意したその生き様の中で、自分と生きる道を望んでくれていたのだと。

 

 たとえ叶わなくとも、自分との今を求める心を持っていてくれたのだと。

 

 それでも、ダメなのだ。

 自分と同じほどの深い想いを持ちながら、それでも離れろと言う。

 離すと決めたのだ。

 

 想いの深さが分かるがゆえに、その決意への苦しみもわかる。

 分かりたくなくても分かってしまう。

 

 分かってしまってはどう拒めばいいのか分からない。

 それはイタチを苦しめる事になってしまう。

 

 「水蓮…」

 言葉の出ない水蓮の髪を優しくなで、引き寄せそっと口づけてイタチは微笑んだ。

 「お前は生きろ」

 その言葉と同時に、水蓮の体が淡く光を放った。

 「…え…?」

 「なんだ?」

 水蓮がつぶやき、イタチが顔をしかめる。

 印を組み終わった術は発動を待ってはいたが、まだイタチは水蓮のチャクラを導いてはいない。

 「なに?」

 戸惑う水蓮の体が、ふわ…と僅かに浮き上がる。

 「水蓮!」

 思わずイタチが水蓮の手を取りグッと引っ張る。

 が、水蓮の体から放たれた光は徐々に強さを増し…

 

 「……やっ!」

 

 ふいに、グイッと体が強く引き寄せられる感覚…

 

 そして、

 

 ドクンッ…

 

 大きな鼓動が水蓮の体に響き…

 「……っ!」

 

 脳内に不可思議な感覚が走りぬけた。

 

 ドクンッ…

 

 繰り返される強い鼓動。

 

 ドクンッ!

 

 痛いほどの波打ちが起こるたびに同じ感覚が流れ込んでくる。

 

 「うそ…」

 

 恐怖にも似た感情が水蓮の瞳に映る。

 「どうして急に…」

 

 驚きに止まっていた涙が再びあふれ出した。

 水蓮が感じる感覚。それは、本体の目覚めの気配であった。

 

 「いや!戻りたくない!」

 イタチは事の起こりを悟り「そうか」と笑みを向けた。

 「それでいいんだ。お前は戻れ」

 水蓮は何度も首を横に振る。

 

 最期を見守ることも寄り添う事も許されず、この世界にとどまる事さえも叶わない。

 

 それは水蓮にとってはあまりにも辛かった。

 

 「いや…」

 

 必死に縋りつく水蓮をイタチはまるでこれが最後と言わんばかりに強く抱きしめ、そっと離した。

 「水蓮。今夜は星が降る…」

 イタチは本当に柔らかく優しい笑顔を浮かべている。

 「美しい星と共にゆけ」

 ふわり…とイタチからあふれ出たチャクラが水蓮を守るように包み込んだ。

 それは優しさと温かさを帯びながら、水蓮の中に入っていく…

 その様を見届け、イタチはそっと口づけて、ゆっくりと水蓮の肩を押した。

 「愛してる。水蓮…」

 イタチの手に押され水蓮の体がさらに浮き上がる。

 「イタチ。私も愛してる…」

 抗えない力に引き寄せられ、水蓮の姿が少しずつ薄れていく…

 「イタチ…」

 伸ばした手は、もう届かない…

 「水蓮。ありがとう」

 その笑顔は、今までで一番穏やかな、愛に満ちた優しい笑顔。

 「イタチ…」

 涙と自分を取り巻く光のまぶしさで視界がにじんでゆく…

 

 

 もうとどまれない…

 

 

 そう悟り、水蓮は涙を止められぬままイタチに笑顔を向けた。

 「待ってるから!」

 

 少しもうまく笑えてはいないだろう。

 

 それでも

 

 最後は笑顔を覚えていて欲しかった。

 

 視界が薄れ、イタチの姿が揺らぐ…

 

 「…これでやっと………」

 

 互いの姿が消えゆく中。水蓮はイタチの想いをその耳にとらえた。

 

 「…………」

 

 しかし最後に紡がれたその言葉は、はっきりとは聞こえなかった。

 

 

 目の前がまばゆく光り、何もかもを白く染め上げてゆく。

 

 

 

 その光の中に水蓮の意識が溶けてゆく…

 

 「イタチ」

 

 「水蓮」

 

 まどろみゆく景色の中、互いを呼び合う二人の声が静かに響いた…

 

 

 

 忘れない

 

 愛し愛されたあの日々を

 

 忘れない

 

 共に生きた光あふれるあの日々を…




いつも読んでいただきありがとうございます。
この回を書きあがってから、葛藤しておりました…。
投稿するかしないかwww(~_~;)
二人を離したくないな…と。自分で離しておいてなんですが
(>_<)
「どうしよう」って、投稿ボタンなかなか押せなかった(笑)

あ、あの、最終回ではないです!続きます(^_^;)
でも、この先はまだちょっと悩んでるところもあるので、いつものペースで書けるかどうか不安です(-_-;)
頑張ります☆

あぁ…しかし、とうとう二人を離してしまいました。(しつこいw)

なんか今日眠れそうにないな…

まぁ、とにもかくにも進むしかない!
これからもよろしくお願いいたします(*^_^*)

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