いつの日か…   作:かなで☆

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第百二八章【立ち上がる】

 空気中に巻き上がっていた文字が、静かに光と共に溶けてゆき、フッ…と小さな音を残して最後の一文字が消え静寂が広がった。

 

 数秒の沈黙…

 

 水蓮はこの場の終結を確信してその場に崩れるように座り込んだ。

 

 同時にイタチを囲んでいた封壁が消える。

 「水蓮!」

 ふらりと揺れた水蓮の体を、倒れこむ前にイタチが抱き支える。

 「しっかりしろ!」

 限界を超えてチャクラを使いきり、声も出ない水蓮の手を握り、イタチは自身のチャクラを送り込む。

 

 …どうして…

 

 イタチは医療忍術は使えないはず…

 

その疑問に気づいたのか、イタチは安心させるように笑みを見せた。

 「チャクラの形状が把握できていれば、多少の受け渡しはできる。相性にもよるがな。…お前のチャクラはよく知っている」

 「そっか…」

 「怪我はないか?」

  弱々しく笑う水蓮の頬を撫で、外傷がないかと赤い瞳にその身を映し、イタチは一瞬何かに気づいたように息を飲んだ。

 「お前…」

 「え?なに?」

 どこかけがをしているわけではなく、チャクラの枯渇に息苦しさはあるものの痛みはない。

 水蓮はイタチの呼びかけに首をかしげた。

 イタチはほんの少し考えるそぶりを見せ「いや…よく怪我もなく…」と小さく返した。

 「お前、死ぬ気だったのか?」

 先ほどの無茶な戦いぶりに改めて呆れたような息を吐き出す。

 「あー…えーと…」

 水蓮は言葉を濁しながら少し気まずそうな笑みを浮かべた。

 「うまく行けば、少しは残せるかなと思ったんだけど…」

 やはりマダラ相手に、ゆとりある戦いは出来なかった。

 イタチのチャクラがなければ死んでいた。

 だがそれでもいいと、水蓮はその覚悟だった。

 「相変わらず無茶な事をするな。お前は」

 「ごめん」

 「さっきのは時空間忍術か?いったいどこへ…」

 マダラが消えた辺りを見つめるイタチ。それに続きそちらを見ながら水蓮が答える。

 「成功してれば、霞峠のアジトに…」

 「………」

 イタチはしばし沈黙して、プハッと豪快に吹き出した。

 「お前…またえらく遠くに飛ばしたな」

 普通に移動すればここから3日はかかる距離。

 マダラならばもっと早くに移動できるであろうが、そんなところまで飛ばされた事に気づいたらさぞかし悔しがるだろうと笑いがおさまらなかった。

 ましてチャクラ不足でもしそこまで届かなかったら、間にある大きな泉に落ちるかもしれないと、そんな事を想像して笑いが重なった。

 「眼も封印術で押さえたから、多分少しの間写輪眼も使えないと思う」

 「そうか。お前は本当に…」

 思いもよらない事をする…

 

 いつもこちらの想定を超えて…

 

 マダラと戦う水蓮の姿が蘇り、笑いが静かにおさまってゆく。

 「一体いつの間に術を敷いていたんだ」

 ぐるりと辺りを見回すその眼には、地面や木々にまだかすかに残っている術の気配が映っていた。

 水蓮は繋がれたイタチの手をぎゅっと握りしめて笑んだ。

 「言ったでしょ?二人がいない間ただぼうっとしてたわけじゃないって」

 「そうか…」

 

 イタチと鬼鮫が任務に出ている間。水蓮は滞在先や移動の途中様々な場所にいくつもの術を敷き詰めてきたのだ。

 何かのために。いつか役に立てばと。

 母の記憶の中にある強い術を選び訓練し、大地に…木々に。そして八雲と出雲に出会ってからはその存在に術を預け、高い場所や海底。あまり近寄る機会のなかったこの場所にも。

 人目につきそうな場所ではその上から結界を張り、組織の目から隠してきた。

 過去には小南にその場を見られた事があり肝を冷やしたが、無事に知られることなく今日まで来た。

 

 そうしてきたからこそ、剣の封印を解く際に、その術の複雑な印を迷うことなく組み進める事が出来たのだ。

 

 やはり何も無駄な事は一つもなく、すべてに意味はあるのだと、あの時も、今も、水蓮は強くそう思った。

 

 

 「私もなかなかやるでしょ?」

 少しずつ体に力が戻り、声もはっきりとし始める。

 体の奥の方で九尾のチャクラが回復に動き出した様子も感じ、水蓮はイタチのチャクラの受け取りを止めて、ゆっくりと体を起こした。

 「でも…」

 自身の術で焼けた手のひらを治癒し、その手を見つめながら息を吐き出した。 

 「思ってたよりやっぱり強かった」

 先ほどの事を思い出し、肌がゾクリと揺れる。

 原作でのうちはマダラの本気の戦いを見たことはなかったが、イタチに聞かされていた以上の物を感じた。

 よく死ななかったものだと、今更ながら自分の無謀さを思い知る。

 「しかしお前、あいつのことまで知っていたとはな」

 さすがにそれは考えてもみなかったと、イタチは笑った。

 「隠すのうまいでしょ」

 冗談めかしてそう返したものの、水蓮の体は震えていた。

 イタチは肩を数度優しくなで、その身を引き寄せ抱きしめた。

 

 先ほどの光景が、そしてあの仮面が浮かぶ…

 

 イタチ自身どこまで戦い合えるかわからない相手に、たった3年修行しただけの人間が挑むなど、どれほど恐ろしい事かと、胸の奥が苦しくなった。

 その恐怖と向き合いながら、確実にマダラを捉えるために正体を暴き、自分のその身を…命を狙わせたのだ。

 

 死を覚悟して…

 

 「水蓮…」

 

 抱きしめた腕にグッと力がこもる。

 

 こんなにも誰かを愛おしいと思える生き方が自分にあるなどと思いもしなかった…。

 

 この出会いが、自分が誰かをこんなにも深く愛せるのだという事に気づかせてくれた。

 愛されることができるのだと…

 

 それが許されるのだと…

 

 

 「イタチ…」

 

 ぎゅっと抱きしめて返す水蓮もまた、同じようにそう感じていた。

 

 

 緑の森の中、二人だけの時間が切なくも優しく流れてゆく。

 だけれども、こうしてここで止まっているわけにはいかない。

水蓮は回復を早めるため九尾のチャクラに集中する。

 

 小さくなっていた体の中の灯火が少しずつ大きくなってゆく。

そうしてしばしの時間を経て力の戻りを確認し、数度イタチの背を撫でて水蓮は体を…心を整えるため一つ深い呼吸をした。

 

 自分が立ち上がらなければならない。

 自分が踏み出さねばならない。

 自分が導かねばならない。

 

 

 「行こう」

 

 「…ああ。行こう」

 

 共に立ち上がり二人で先を見据える。

 その目にうつる森は、先ほどの戦いを少しも感じさせないほど透き通った静けさを溢れさせている。

 その清廉さに背を押されるように、水蓮は一歩踏み出した。

 が、不意にイタチがその手を取り水蓮を抱き上げた。

 「え?ちょ…イタチ?」

 急に抱え上げられ戸惑う水蓮に、イタチは静かな笑みを向け地を蹴った。

 「つかまってろ」

 「だ、大丈夫だって。ゆっくりならもう自分でなんとか…」

 あまりにも間近にイタチの顔があり、恥ずかしさにグイッと胸元を押し返す。

 しかしそれを拒むようにイタチはギュッと水蓮の体を抱き寄せた。

 「じっとしてろ。落ちるぞ」

 「でも…」

 確かにまだ回復は不完全で、いつものようには走れない。

 疲労感やチャクラを酷使したことによる倦怠感も大きかった。

 正直体は辛かった。

 それでもこの後の事を考えればイタチの体に負担をかけたくない。

 困ったように顔をしかめた水蓮に、イタチはまた笑みを向けて言った。

 「離すな」

 「………っ」

 

 目の奥が熱くなった…

 

 思わずこぼれそうになった涙を隠すように、水蓮はイタチの胸元に顔をうずめて小さくうなづいた。

 夏に似合わぬ温度の低い今日の風から水蓮を守るようにイタチはしっかりと包み込む。

 その腕は優しくあたたかい。

 ほほを寄せた体からは強く確かな命の脈打ちが聞こえ、その揺れに合わせて柔らかい香りがたつ。

 

 水蓮はそのすべてを刻み込むように目を閉じて自身の中に染み込ませた。

 

 いつか離れる事は分かっていた。

 それでもけっして離れないと誓い寄り添ってきた。

 

 だけれども、離れるときはすぐそこまで来ている。

 

 

 イタチの衣を握る手に力が入る。

 

 

 離したくない…

 

 

 決して口には出せぬその言葉を、必死に押さえ込んだ…


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