いつの日か…   作:かなで☆

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第十三章 【亡滅の国】

 空区を発った日の夜。

 水蓮たちは港町につき、用意されていた船ですぐに出向した。

 船はさほど大きくなく、人員は3人。

 イタチと鬼鮫の事しか聞かされていなかった彼らは、水蓮の存在に疑念を抱いたが、イタチの瞳術で催眠にかけられ、それは一瞬によって払拭された。

 

 

 暁からの任務を受け、船が向かう先は戦乱に滅びた「渦の国」

 

 

 やや距離はあるものの海は穏やかで、順調に航路を進めていた。 

 

  

 

 夜の海は、その行き先がまるで見えず、巨大な闇の中にぽつんと放り出されたような不安と孤独に襲われる。

 静かな波の音でさえ、どこか()なる世界へと連れ去ろうとする(いざな)いのようだ。

 潮の香りを含んだ風が船の上を駆け抜け、行きつく先を求めて暗闇の中へと吹き流れてゆく。

 その風に身をさらし、闇をひたと見つめる人影が一つ。

 「暗いな…」

 船の甲板で、イタチはその闇を見つめていた。

 頼りない三日月の光では夜の闇を照らすことはできず、すぐ目の前の景色すら深い闇一色。

赤く輝くその瞳には、揺らめく波がしっかりと見えてはいるが、イタチは辺りを埋め尽くすその闇に自身の闇が同化するようで、そこに吸い込まれていくような感覚に陥る。

 身にまとう暁の外套の黒もその闇に溶け込み、描かれた赤雲(せきうん)だけが血のように浮かぶ。

 イタチはその赤から目をそむけるように瞳を閉じ、静寂に身を浸す。

 ふと、先ほどの水蓮の顔が浮かぶ。

 『行きたい』

 強い意志を秘めたあの瞳。

 

 なぜ彼女は自分たちと共に行きたがるのか…

 

 暁という組織を多少なりとも知っている。自分の名や鬼鮫の名も。

 その名を知るからには、当然その行いも知っているであろう。それでも恐怖を感じず、行動を共にする。

 

 本来なら、逃げ出そうとするはずだ…

 そこに何か意図はあるのだろうか。企みがあるのだろうか。

 

 だが、水蓮の今迄の行動を思い返すが、その可能性は限りなく低いように感じる。

 

 しかし、油断はできない…

 

 自身の目的を遂げるためには、たとえ限りなく無に近い可能性であっても危険を感じさせるものは捨て置くわけにはいかない。

 

 人を見かけや思い込みだけで判断しないほうがいい…

 

 かつて自分が口にしたその言葉を思い出し、ゆっくりと目を開き「そうだな」と自分自身に答える。

 

 しばらく意識を集中してあたりを探るが、これといった異常は感じられない。

 どうやら航路に問題はないようだ。

 

 「イタチさん、風邪をひきますよ」

 船室の中から鬼鮫が出てきてイタチの隣に立つ。

 「見張りは彼らに任せて大丈夫でしょう。感知タイプもいますし」

 「ああ」とイタチは短く答えて鬼鮫にちらりと一瞬目を向ける。

 

 この男はなぜ水蓮に体術の指南をしたのだろうか…

 

 イタチは水蓮から体術の心得があり、自身の身を守れる程度の訓練を鬼鮫から受けたことを聞き疑問を抱いていた…。 

 

 見張るためにそばに置く…

 そばに置くからには、足手まといにならぬよう、多少なりとも動けるすべを身に着けさせたのか…

 

 イタチは自分の中で問い、答えを仮定づけてゆく。

 

 確かに、危険な要因がないか見張るために共に行動させている。

 その真意を見定め、身柄をどうするかを決めるまで、まったく動けないよりは、多少なりとも自身を守れればそれに越したことはない。

 邪魔にならぬように…

 それに【多少】程度で自分たちに危険が及ぶこともない。

 

 だからか…

 

 一つが仮定づくと、次の疑問が浮かぶ。

 

 見張るためにはそばに置く…

 

 それを決めたの自分だ…

 

 なら、なぜオレは「置いていく」と判断した…

 情がわいたか…

 それともサスケを重ね、無意識にその身案じたというのか…

 

 

 いや、違う…

 

 そんなはずはない…

 『情』などこの心にはない…

 邪魔をされたくなかっただけに過ぎない…

 

 そのはずだ…

 

 「何か問題でも?」

 黙して自問自答を続けるイタチに、鬼鮫が首をかしげた。

 「いや…」

 

 …仮定でしかないこと考えるのは無意味か…

 今は、ただ暁からの任務を遂行する…

 それがすべてだ…

 

 「なにも問題ない」

 まるで自分に言い聞かせるかのように言い放ち、一切の感情を闇の中へと沈めた。

 

 

 

 3日後の昼過ぎ、一行は渦の国へと船をつけた。

 自来也との戦いで負った傷はまだ完全に治っていないものの、ここしばらくは動かず療養していたこともあってか、イタチが体調を崩すこともなく、無事にたどり着けたことに水蓮はほっとしていた。

 

 

 遠浅の浜辺をゆっくりと進み、船は徐々にその船底を細かく質の良い砂に滑らせて止まる。

 海水は淡いグリーンで恐ろしいほど透き通り、その水の上からですら、砂につけた波紋の細部まではっきりと見て取れる。

 「すごーい!きれい!」

 船からおり、透き通る水の中を歩きながら水蓮がクルリとまわって辺りを見回す。

 暁の任務とは到底結びつかないその言葉と口調に、イタチが思わずため息をついた。

 その上水蓮の隣で鬼鮫が「確かにきれいな水だ」とつぶやいたものだから、さらに溜息は重なった。

 

 景色を楽しんでいる場合ではない…

 

 しかし、確かに美しかった。

 それは水だけではなく、砂浜や、そびえたつ木々、潮風の中にいてなお咲き誇る花々。すべてが絶妙のバランスでそこに存在している。

 「滅びた場所だなんて思えないね…」

 少しさみしげな眼で水蓮がつぶやいた。

 「いえ、だからこそ、この美しさなんですよ」

 鬼鮫はゆっくりとイタチの隣に立つ。

 「人の手が加わっていないからこその姿…」

 今度はイタチがつぶやき「それが本当の自然の美しさだ」と続けた。

 人が関わると自然のものは自然ではなくなる。

 水蓮はイタチの隣に立ち、足に触れる波の動きに何故か切なさを感じながらつぶやいた。

 「人って、不自然な生き物だね…」

 自分でもその意味は不確かなものでよくわからなかった。

 だが、思わずその言葉がこぼれた。

 この雄大な自然に触れて自分の存在が小さく思えたのだろうか。

 それとも、この世界の存在でない自分に不自然さを感じたのだろうか。

 「行くぞ」

 その答えは出なかったが、静かに言い放ち歩き出したイタチと鬼鮫に、水蓮は続いた。

 「この国のどこかにある巻物を入手すること。それが今回の任務だ」

 共に行くからには内容を伝える必要があると判断したのか、イタチは水蓮にそう説明した。

 「何の巻物?」

 特に意味はなかったが、ついと聞く。

 「我々も知りません」

 鬼鮫が肩をすくめる。

 はぐらかされたのかと思いきや

 「暁が我々に与えるのは目的、欲するのは結果のみだ。内容は必要ない」

 イタチのその言葉に本当に知らないのだと悟る。

 

 暁は皆、こうやって動いているのだろうか…

 何も知らされず、ただ言われたことを実行する。

 その中には、人の命を奪うようなことも…

 

 それは己で考えてそういったことをするより、恐ろしいものがあるように水蓮は感じた。

 今回の事にしてみても、その巻物を使って人の命を奪うためなのかもしれないのだ。

 思わず水蓮の歩みが止まる。

 その様子に何かを悟ったのか、イタチはその目に静けさをたたえて言った。

 「戻るか?」

 水蓮はゴクリと息を飲んだ。

 考えている以上に恐ろしい世界。

 

 それでも…

 

 「戻らない」

 もう自分は決めたのだ。

 何があってもこの道をゆくと。

 イタチのそばで生きるという事は、そういう事なのだ。

 「そうか…」

 そう返してまた歩き出すイタチに、水蓮はしっかりとその歩みをそろえた。

 

 

 砂浜を囲うように生えていた木や、背の高い草を越えると一気に視界が開けた。

 そこに広がっていたのは、遺跡というには少し遠いが、それに近い景色。

 かつては栄えていたのであろう【渦の国】の果ての姿があった。

 住居が並んでいたと思われる、規則的に区切られた石の枠組み。

 小さいものもあれば、大きい物もある。

 造りがしっかりしていた物は、かろうじてその外壁を少し残しており、すでに生活感は消え去っているものの、確かにそこに人が生きていた事を伝えようとするかのように風に耐えている。

 崩れ落ち、折り重なった岩には緑色の苔が生え、日の光に照らされて所どころが光り、美しさの中にさみしさをたたえなぜか胸を打つ。

 「巻物は二つ。【月華(げっか)】【陽華(ようが)】と書かれているそうだ。少し探ってみる」

 そう言ってイタチは近くにあった岩の上に座り、意識を集中しだした。

 「組織がほしがるものですからね。何らかの術で封印、もしくは守られているかもしれない」

 鬼鮫の言葉に、そのチャクラを探っているのかと水蓮は頷く。

 しばらくして、イタチは目を開き一枚の紙を取り出す。

 どうやら地図のようだ。

 「過去の地図であまり役には立たないだろうが、ないよりはましだろう」 

 地図上にいくつか丸で目印を付けていく。

 「反応の数が多い。二手に分かれる。鬼鮫、お前はこれを持って行け。何か特別なことがない限りは、夜になる前に一度船に戻れ」

 「わかりました」

 戻る時間を取り決め、鬼鮫は地図を受け取ってさっと姿を消した。

 イタチはスッと立ち上がり「行くぞ」と歩き出した。

 道と言えるようなものはなく、崩れ落ちた瓦礫や、地面から浮きだした木の根を超えて二人は進む。

 時折イタチがチャクラを感じたのであろう場所を覗き込んだり、クナイで掘り起こしたりするが、朽ちかけた札や忍具ばかりで、目的の物ではなかった。

 少しずつ日が沈みだしたころ、イタチが「あと一か所確認してから一度船に戻る」と、少し離れた場所に視線を向けた。

 そこには『門』として立っていたのであろうと思われる、石で造られた柱が見える。

 「町か何かの入り口?」

 「おそらくこの国の隠れ里だろう」

 近づくとその柱にはぐるぐると丸く描かれた、うずまきの模様がいくつも並んでいた。

 「渦潮の里だ」

 「渦潮の里」

 足を踏み入れると、中はこれまでと同じようにその姿を過去の物とし、日暮れの薄暗さと相成って悲しげな空気を漂わせている。

 夜の闇が近くなっているからだろうか、水蓮の胸がトクン…と一瞬音を立てた。

 さほど広い里ではなかったようだが、かすかに残る建物の跡からそれなりの人口がいたことを感じる。 

 所どころに広場のようなものがあり、そのいくつかの場所には美しい球体の大きな岩が規則的に並んでおり、何かしらの意味を持たせているのであろうと、そんな事を思いながら水蓮はその岩に触れる。

 長い間そのままにされていたはずなのに、硬度が高いのか、まったく欠けていない。

 手のひらから伝わる感触は、驚くほどなめらかで、水晶玉を連想させる。

 「おそらく封印の儀式に使われていたんだろう」

 他の球体を見て歩きながらイタチがつぶやいた。

 「この渦潮の里は【うずまき一族】という一族が住んでいた里だ」

 その言葉に、主人公のうずまきナルトが関係しているのだろうと水蓮は思う。

 「その一族のもつ封印術の力は強く、様々な戦でその存在を必要とされてきた。過去にこの里の者が初代火影の妻になったこともあって、火の国との友好も深かった」

 しばしチャクラを探り、向かう先を定めてイタチは歩き出す。

 「だが、その力を恐れた他里から襲われ、そして滅びた。生き残った者もいただろうがな。今となってはその後を知る者はいない」

 その目は一見何も浮かべていない無機質なものに見えるが、どこか悲しさを感じさせる。

 「力を持つ者は、いずれ恐れを抱かれ、孤立し、そして滅ぶ。初めはそれを強く求められ、それに応えともに存在していてもな。そういうものだ」

 風が吹き抜け、イタチの外套を揺らす。

 はためきに動く赤雲(せきうん)が何かを訴えているようで、水蓮は思わず視線を落とした。

 「悲しいね…」

 ポツリとこぼれたその言葉に、イタチは「そういうものだ」ともう一度繰り返した。

 しばらく歩いて「あそこから何かを感じる」と言うイタチの視線の先にあったのは、いくつかの大きな柱に囲まれた空間。

 崩れた瓦礫を越え、二人は柱の囲いの中に足を踏み入れる。

 柱の並びから、割と大きめの建物だったのであろうことが見て取れる。

 柱の上部は崩れ落ち、ツタが絡まってはいるが、先ほどまで見てきた物より材質がよさそうでしっかりとしている。

 支えとなる下の部分は2重に段が作られていて、複雑な彫刻が彫り込まれており、柱全体にも渦巻き模様がいくつも描かれている。

 床には正方形のタイルがいくつか残っており、家屋というよりは神殿のような、何か特別な場所のように感じる。

 「この辺りで何か感じるんだがな…」

 イタチが辺りを確かめて歩く。

 水蓮もその後ろに続き、ふと足元に光るものを見つけしゃがみ込む。

 「なにこれ」

 床に何かが埋め込まれているようだが、辺りが少し暗くなってきていて少し見えにくく、目を凝らす。

 イタチもその様子に気づき視線を落とす。

 

 赤い石。

 

 その小豆ほどの大きさの石に水蓮がそっと触れる。

 

 コツ…

 

 小さく音を立ててその石が沈み込んだ。

 次の瞬間、イタチと水蓮の足元が消えた。

 「え?」

 水蓮が声を漏らしたとき、すでに二人はその体を空中に投げ出していた。

 「きゃぁぁぁっ」

 すさまじい勢いで二人は落ちてゆく。

 「くっ」

 暗闇の中で光る赤い瞳が四方に壁をとらえる。

 イタチは水蓮を片手で抱きかかえ、空いたほうの手と両足の裏にチャクラを集めて壁に張り付く。

 

 ザザザァァッ…

 

 音を立てて少し滑り落ち、落下が止まる。

 「と、止まった…」

 水蓮が大きく息を吐き出す。

 イタチを見上げると、まだ癒えきっていない傷が痛むのか、少し顔をゆがめている。

 「イタチ…」

 「大丈夫だ」

 答えたイタチの声をまるで合図にしたように、フッと視界が真っ暗になる。

 「うそ…」

 二人が上を見上げると、先ほどあいた穴はふさがり、外界への道を完全に断たれていた。

 イタチがじっと上を見据え、ため息を吐き出す。

 「出れそうにないな…」

 「ごめん…」

 自分が不用意に何かに触ったことでトラップが発動したのだと悟り、水蓮は謝る。

 「いや」

 しかしイタチは気にする様子もなく、ススッと壁を滑り下に向かう。

 「チャクラの反応はこの先からだ。下に通路が見える。先ほどの石はおそらく地下施設に入るための鍵のようなものだろう。この壁にも以前は梯子がつけられていた跡がある」

 その言葉に水蓮は少しほっとする。

 二人はほどなくして下につき、イタチが壁の一部に向かって火遁を吹き付ける。

 どうやら道を照らすための火をくべる場所になっていたらしく、炎が細い筋となって奥まで走り、その光が奥へと続く道を浮かび上がらせた。

 「行くぞ」

 「うん」

 通路はさほど広くなく、並んで歩くと身動きがとりにくい微妙な幅で、水蓮はイタチの後ろを静かについて行く。

 所どころに壁を掘って作られた仏像のようなものが並んでおり、寺院のような独特な雰囲気を醸し出している。

 しばらく進み、二人は開けた場所に行きついた。

 天井は丸くくぼんでおり、そんなに高くはない。

 広さは水蓮が鬼鮫と修行をした部屋とちょうど同じくらいだ。

 壁には何か特別な塗料でも塗られているのか、ほんのり光っており、動くには不自由のない明るさを放っている。

 その空間の中央に、水蓮は腰の高さほどの石柱が立っていることに気づきイタチと共に歩み寄る。

 その石柱の横には【月】の文字が刻まれており、その上部には何かの模様が書かれている。

 じっとその模様を見つめ、イタチが印を組み模様の中心に手を乗せる。

 シュゥ…と音を立てて模様が消え、そこに【月華】と書かれた巻物が3つ現れた。

 「どれも【月華】って書いてあるけど、3つとも?」

 思わず手を伸ばす水蓮をサッと制止し、イタチは巻物を一つずつじっと見据える。

 「いや、そういう話は聞いていない。おそらく二つはダミー。こういった場合、間違えた物を取ると大体全部が消えるという仕組みだ」

 水蓮は慌てて手を引く。

 イタチは万華鏡写輪眼を開き、巻物を見極め「これだ」と、そのうちの一つを取った。

 その瞬間、ポンっと音を立てて石柱に残された二つが消え、イタチの手元の物は消えずに残った。

 「案外すぐに見つかったね……」

 ほっとして呟く水蓮。

 だがその言葉を半ばに、その口を突然イタチが手でふさいだ。

 「…っ?」

 

 …静かに…

 

 その目から伝わる言葉に、水蓮は息を飲む。

 イタチは水蓮の手を取り、部屋の奥にある大きな柱の陰に身を隠す。

 「誰か来る…」

 小さく言い、自分たちが歩いてきた通路に注意を払う。

 そして視線を通路に向けたまま、水蓮に言う。

 「消せるか?」

 一瞬戸惑うが『気配を消せという事か』と理解し、水蓮は頷く。

 それも鬼鮫から教わっていた。

 水蓮は小さく息を吐き、気配を殺す。

 イタチはその様子に、思わず水蓮を振り返った。

 一瞬すぐそばにいる自分でさえ、その存在を見失ったのだ。

 水蓮のそれは完璧だった。

 「だめ?」

 目を向けられて、気配を消せていなかったのかと思い、水蓮が声を潜めて問う。

 イタチは視線を戻しながら「いや。それでいい」と返し、一瞬だけ口元に小さく笑みを浮かべて、再び近づいてくる気配に注意を払った。


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