ザッ…ザザッ…
水蓮とイタチは、木々を音たたせながら駆ける。
ひたすらに目的地へと意識を向けるイタチの隣で、水蓮は注意深くあたりの気配を探っていた。
鬼鮫が先行したあと、アジトの中でイタチは体力を温存するためか深い眠りに入っており、そのそばに身を置き水蓮は静かに考えをめぐらせて時間を過ごした。
この世界に来てから今までの事。その流れ。
考えが当たっていれば、おそらく…
そう考えたとき。通り過ぎた木の陰に、細く鋭い気配が生まれた。
やっぱりきた…
イタチが手で合図を送り、それにしたがって少し開けた場所に足を止める。
「出てこい」
響かせたイタチの声に姿を現したのは…
「トビ。何の用だ」
木の陰からひょこっと顔をだし、トビは「どーもー」といつもの調子で笑う。
「デイダラさんと一緒に死んだと思ってましたか~?一応生きてました!」
おどけた様子でぴょんぴょん跳ねる。
しかし、醸し出される空気がいつもと違い重い…
ジリッと音を立ててすすめられた一歩に、イタチが警戒の色を示す。
「水蓮、下がれ…」
うなずき、少し離れた場所にとびすさる。
「いやぁ、サスケ君と対戦するって聞いたんで、その前にイタチさんにエールを送ろうと思いましてー」
ひらひらと手を振り回しながら、少しずつイタチに歩み寄る。
二人の間に緊張が張り巡らされていく。
ひゅぅっ!
トビが動いた。
一瞬でイタチの眼前に迫り、その手にはクナイ…
しかし、それがイタチに届くより早く、水蓮が動いた。
シュッ…と鋭い音を立てて4本のクナイがイタチの足元に向かい深く突き刺さり…
「四神防封壁!」
印を組んだ水蓮の声とともに、イタチの周りに壁が張り巡らされ、阻まれたクナイが、ガリッ…と鈍い音を立てた。
「うわっ…と」
反動でよろめき後ずさるトビ。
イタチが中から壁に手を当てて顔をしかめた。
「これは…」
赤い光を放つその壁。先日チャクラの暴走を抑えるために使ったものとはまた違う。
イタチの赤い瞳が術のチャクラを捉え、その質からかなりの強度であることを感じとる。
「いつの間にこんな…」
その呟きを捉えつつ、トビが水蓮に目を向ける。
「さすがうずまき一族ですねー」
「………」
水蓮は地を蹴りイタチの前に身を降ろして無言のままトビをにらみつける。風に揺れる髪は赤く染まっていた。
その視線を受け、トビは距離をとるように後ろに跳ねていつもの軽い口調で言葉を投げる。
「やだなぁ、怖い顔しちゃって。ちょっとした冗談ですよ~。冗談。イタチさんのいい準備運動になるかなぁ…なんて」
くねくねと体を揺らしておどけるトビに、水蓮は静かな声で言う。
「下手な芝居はもういらない。うちはマダラ」
ピクリとトビ…マダラの体が揺れ、後ろでイタチが息をのんだ。
「水蓮、お前…」
「ほぉ…」
イタチの声を遮る低い声。
マダラが一気に発する気を変えた。
ビリッ…と空気が震える。
「イタチから聞いたのではないようだな…」
イタチの様子からそう読み取り、マダラは少し面白そうにそう言った。
「…っ」
しかしその口ぶりとは逆に体から放たれる気迫はすさまじく、水蓮の額に汗が浮かぶ。
「やはりあの時殺しておくべきだったか…」
ゼツに連れ去られた時のことが脳裏に浮かび、あの恐怖が一瞬蘇った。
だが、水蓮はその恐怖を振り払い、一歩足を進めた。
「イタチに手は出させない」
その言葉に、マダラは感心したような口調で返す。
「オレの行動を読んでいたとはな」
水蓮は黙して肯定した。
この世界の流れは、自分が関与したにも関わらず原作に沿って動いてゆく。
どうあがいても、どうかかわってもそれは変えられなかった。
何をどうしてもそちらへ向かって進んだ。
それならば…とこの事態を読み考えていたのだ。
自分がいる事で今のイタチは原作よりはるかに余力を残しているはずで、それを原作に近づけようと何かが動くのではないかと…
そしてイタチに何かをできるとしたら、仕掛けてくるとしたら、それはうちはマダラしかいないと…
マダラはイタチがサスケとの戦いを自身の終焉にしようとしていることを、もちろん承知しているが、今サスケとイタチを追って木の葉が…ナルトたちが動いている。
そんな状況で事が順調に進むよう、短時間でより確実にサスケを勝利に導くために、イタチに手傷を負わせに来るかもしれない…
そう読んでいたのだ。
「させない」
足が少し震えていた。
それでも、水蓮は気圧されまいとチャクラを練り上げ、全身にたぎらせる。
赤い髪が大きく波のようにうねり舞う。
「よせ水蓮!お前では無理だ!」
イタチの声を背に聞きながら、水蓮はマダラをにらみつける。
「オレを倒してイタチを守るか?」
あざけるような物言いに、水蓮はグッと奥歯を噛んだ。
「私には倒せない。でも!」
ほんの数分あれば…
バッと構えて素早い動きで印を組む。
同時にマダラが水蓮に向かって飛んだ。
一瞬で詰まる距離。
ドッ…
鈍い音が響き、水蓮の胸に激痛が走った。
「…っ…」
「水蓮!」
イタチの悲痛の叫び…
ポタリ…と、赤い血が地面に音を立てた。
「…残念…」
つぶやいたマダラの手に握られたクナイが水蓮の左胸に深く刺さっていた。
激痛が水蓮を襲い、傷口を中心に全身にしびれが走る。
…毒…
「遅かったな…」
勝ち誇ったマダラの声。
しかし水蓮は痛みと毒の痺れに顔をゆがめながら、間近にいるマダラをにらみつけ、ほんの少し…笑った。
「どっちが…」
「なに?」
すっと落とした水蓮の視線の先。
それを目で追ったマダラが息をのんだ。
足元…地面に術式が敷き詰められていたのだ。
見たことのない羅列。その始点はあたりを取り囲む木々。
「いつの間に!」
マダラの驚愕に生まれた一緒の隙…
水蓮はチャクラを体内に走らせ一気に解毒する。
「この毒を…!」
たじろぎながらも、息の根を止めようと、マダラがクナイをぐっと押し込む。
しかし、何かに阻まれクナイはピクリとも動かない。
「貴様…心臓にチャクラの膜を…」
忌々しそうに吐き捨て、マダラは体を引こうとする。が…
「逃がさない」
水蓮は痛みに耐えながら九尾のチャクラを体内から放出し、そのチャクラで胸に刺さったクナイごとマダラの腕を絡め取る。
「離さない!」
しっかりとマダラを捉えたことを確認し、水蓮は少しだけ体を引いてクナイを引き抜く。
「…う…っ」
ジュゥ…と傷口が音を立て、間髪入れず治癒されてゆく。
その様子にマダラが息を飲んだ。
「貴様その力は…まさか…!」
千手柱間の…との言葉が発せられるより早く、印を組む水蓮の手が淡く光った。
ザァ…ッ!
風が吹き流れ、生い茂る草花の下からも術式が集まり来る。
その様子にイタチが目を見張った。
「あらかじめ敷いていたのか…」
イタチの言葉に答える時間はない。
水蓮は辺りに張り巡らせたそのすべてを一気に引き寄せる。
マダラは慌ててその場を離れようとするが腕に絡みついた九尾のチャクラがそれを許さず、地面に敷き広げられた術が足を縫い取ったかのように離さない。
「封印術の一種か…」
忌々しげに言葉を吐き捨て、それらを解こうと体をよじる。
だが今度はその体に水蓮が引き寄せた術式の文字が這い登り、マダラの動きを拘束する。
それを振りほどこうと、マダラが何らかの術を使おうとチャクラを練る様子を見せる。
が、ピクリと体を揺らし、動きを止めた。
チャクラが練りあがってこなかったのだ。
「なんだと!」
驚疑怖畏の声に水蓮が答える。
「この術は、一定時間捕捉者の動きを拘束し、すべての術を封印する!」
剣の封印を解く際に八雲につかった術。
強い封印術ではあるが、マダラ相手ではほんの数分…
時間との勝負!
水蓮は続けて印を組む。
「あなたの思惑通りにはさせない!」
トン…とマダラの仮面の上に、手をつく。
「万象封縛!」
水蓮の手から発せられたチャクラが恐ろしいほど冷たく温度を下げてゆく。
それは水蓮の手をも凍らせ、低温で焼きつける。
「つぅっ…!」
「ぐあぁぁぁっ!」
水蓮のうめく声に続き、マダラが叫びをあげた。
そしてやや束縛を逃れだした左手で顔を抑え込む。
「貴様ぁ!オレの目を!」
仮面の下で、マダラの写輪眼が眼底から凍りついていた。
痛みと怒りにまかせ、水蓮の呪縛を解こうともがく。
マダラの力に押し負けそうになる封印術にチャクラを流しながら、水蓮は止まらず印を組む。
しかし、その動きを遮るようにマダラが咆哮を上げた。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ぶわぁっ…と、強い風が吹き荒れ水蓮の体を弾き飛ばす。
「…っ!」
かろうじて転倒を免れてうまく着地したものの、態勢を崩し術の縛りが浅くなる。
「どうして!」
術は使えないはず…
向けた視線の先。マダラの体から殺気が溢れだしていた。
…殺気と気迫だけで…
自身を吹き飛ばした物の正体を見つけ、そのおぞましさと恐怖に足がすくむ。
「水蓮!封壁を解け!」
飛び来たイタチの声にハッとする。
…恐れるな!
自分を叱咤し、グッと足に力を入れてマダラに向かって駆け出す。
マダラは術の半分をすでにほどいている。
…間に合って!
ありったけのチャクラを練り上げる。
「やめろ水蓮!チャクラを練りすぎだ!」
水蓮からあふれる莫大なチャクラに、イタチが静止の声を上げた。
体のきしむ音を感じ、苦痛に水蓮の顔がどんどん歪んでゆく。
しかし、チャクラの流れを止めず駆ける!
イタチは私が守る!
強い想いと共にスピードを上げ、練り上げたチャクラを手に集める。
己の術で焼けた箇所に痛みが走る。それでもその手で、驚くほど滑らかな動きで印を結んでゆく。
体を少し前に倒して屈める…
脇を閉めて、臍の前あたりで印を組む…
不安定な状態で印を組む水蓮の脳裏には、鬼鮫からの享受が…師の顔が浮かんでいた。
誰にも道を拒ませはしない。
自分たちの進むこの道を…
イタチと自分だけではない。思い浮かべるその場所には鬼鮫の姿もあった。
目指す先は違えども、歩む道は同じ。
今この時の為にとの思いは、ずっと自分たちの中にあった。
想いは同じだった。
これは自分たち3人の、最後の任務…
「絶対に…」
駆ける水蓮の胸の中に、この世界に来てからの様々な思い出が駆け巡る。
そのすべてを、想いを力に変えて最後の印を組む。
「邪魔はさせない!」
水蓮の印に誘われて空気中に文字が浮かび、螺旋状にマダラを包み込んだ。
「これは…まさか!」
空気中に時空のゆがみを感じ、マダラが声を荒げてさらに体をもがく。
しかし、呪縛を解ききる寸前。
水蓮の細い指がマダラの肩に触れ、透き通った声が響き渡った。
「
ぶわりと、光が広がり、一瞬にしてマダラの姿がその場から消えた…