いつの日か…   作:かなで☆

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第百二五章【愛しき人よ…】鬼鮫の誓い

 夜が更け、森の中には静けさが広がっていた。

 空は雲無く晴れ渡り、星が闇に映え月光が煌々と輝いている。

 その月の光が、あたりを警戒しながら駆ける鬼鮫の姿を照らし出した。

 

 目的地であるイタチのアジトは特に問題はなかった。

 近くに何者かの気配があるわけでもなく、罠が仕掛けられている様子もない。

 それらを確認し、後から来るであろう二人をしばらく待っていたが妙な胸騒ぎを感じた。

 自分の嫌な予感はよく当たる。

 考えた末鬼鮫は引き返すことを決め、夜の中を駆けていた。

 

 「何もなければいいですがね…」

 

 つぶやくと余計に嫌な空気が増した。

 

 イタチと水蓮が身を置いている場所に近づくと、いくつかの気配を捉えた。

 木の葉か、それともうちはサスケか。もしくはまったく関係のない輩か…

 いずれにせよ接触は避けたい。

 鬼鮫は少し迂回して二人のもとへと向かった。

 結界に隠された地下への入り口に近づくと、そこには水蓮の姿があった。

 が、水蓮は鬼鮫の姿をその目に捉え…

 

 ボン…

 

 と小さく音を立てて消えた。

 

 何かを告げることもなく消えた影分身の様子に、限界ギリギリの状態でとどまっていたのであろうと思う。

 すなわち、今チャクラが足りない状態。

 だが外に荒れた様子はなく、地下で何か争っているような気配もしない。

 

 チャクラを酷使せねばならないほどにイタチの体調が悪化したのだろうかと、その考えにたどり着く。

 鬼鮫は代わりに見張りの影分身を作り出して置き、辺りを警戒しつつ少し急いだ足取りで中へと入った。

 「………?」

 部屋の中がずいぶんと荒れた様子に顔をしかめる。

 まるで嵐にでも襲われたように物が散乱している。

 「一体何が…」

 つぶやきハッとする。

 荒れ果てた部屋の中央に横たわり眠るイタチ。そしてその身に寄りかかるようにして伏せている水蓮。

 「水蓮」

 肩に手を置き少し揺する。

 水蓮はすぐに目を覚まして勢いよく身を起こした。

 「鬼鮫!」

 まったく気配を感じていなかったのか、驚きに目を見開く。そして鬼鮫の姿をしっかりととらえ…

 

 ぽた…

 

 大粒の涙が零れ落ちた。

 

 「なにがあったんです」

 肩に手を置いたまま鬼鮫が問う。

 だが水蓮は答えられぬままただ涙を流した。

 次第に涙が増え、大きく肩が揺れ、くぐもった声がこぼれた。

 「お、落ち着いて…」

 呼吸困難を起こすのではないかと思うほどの体の震え。

 今までにないその様子に、鬼鮫はなんとか呼吸を落ち着かせようと戸惑いながらも肩を撫でた。

 だがあまり効果がないように思われ、小さく息を吐き出した。

 

 こんな時どうすればいいのかを自分は知らない。

 

 どうしたものかと、ちらりと床に横たわったままのイタチを見る。

 

 彼ならどうするのだろうかと…

 

 「水蓮…」

 一、二度ためらった後、鬼鮫の大きな手が水蓮の髪を撫で、ゆっくりとその身を引き寄せた。

 ぽす…っと小さな音を立てて水蓮の額が鬼鮫の胸元に沈む。

 「……」

 しかしこの先どうしたものかと悩む。

 とりあえず背を軽くたたくと、水蓮が震えた手で鬼鮫の衣を握りしめた。

 「…う…」

 必死にこらえた声が水蓮の口から幾度もこぼれた。

 それでも次第に落ち着きを見せ始めた水蓮の様子に、この行為が間違いではないのだろうとただ背を撫で続けた。

 

 「それで、これは何事ですか」

 ようやく落ち着いた水蓮にそう問う。

 荒れた部屋。床に横たわるイタチ。心を乱し、疲れきった水蓮。

 ただ事ではない様子に鬼鮫は答えを待った。

 「それが…」

 「…う…」

 口を開いた水蓮の言葉に、イタチの呻きが重なった。

 ハッとして水蓮が印を組む。

 イタチの周りに配置されたクナイから光が上がり、結界が張り巡らされた。

 その完成に次いで別の印を組む水蓮の姿に鬼鮫は目を見張った。

 どちらも見たことのない術。

 その発動と共に水蓮の髪の色が赤く染まりだす。

 

 うずまき一族の…

 

 鬼鮫が見つめる先で水蓮が術をイタチに施す。

 その流れを追うようにイタチに目を向ける。

 顔をゆがませ、体を少し丸めて苦しそうに声をくぐもらせる姿は、今まで見てきたものと様子が違っていた。

 小刻みに震える体の表面を、電気がはじけるような音を立てて光の筋が走っている。

 どうやら水蓮の術がそれをイタチの体の中に押し戻しているようであった。

 「これは…」

 結界の中で走り回る光の筋。

 その正体を鬼鮫が読みとらえると同時に、すべてがイタチの体の中におさまり、苦しげな声も消えた。

 

 はぁ…と、深く大きな呼吸が水蓮の口からこぼれ、細い肩がガクリと落ちた。

 その肩を支えるとイタチを包み込んでいた結界が消え、水蓮の髪の色が黒く戻る。

 イタチに視線を戻すと、静かな寝息を立てていた。

 

 「チャクラの暴走…」

 

 ぽつりと鬼鮫がつぶやいた。

 「見たことあるの?」

 荒い息で体を揺らしながら問う水蓮に、鬼鮫は首を横に振った。

 「聞いたことはある。チャクラを体内でコントロールできない状態で起こると。血継限界などの強い力を持つ幼い子供にそう言ったことがあるようだ…」

 鬼鮫は天隠れの一件で見たイナホの晶遁もそれだろうと付け加えた。

 「あの時はうまく術として発動したが、自身のコントロール下でない以上暴走に等しい」

 ただ運が良かっただけだとそう言って鬼鮫は大きな手をイタチの額に当てた。

 ジワリと滲んだ汗の向こう。やはりまだ熱い。

 「体の弱まりが原因でしょう。ここ最近の微熱は前兆だったのかもしれない」

 「そうだね…」

 「もしくは…」

 途切れたその言葉に水蓮はどきりとした。

 同じことを考えていると思ったからだ。

 

 

 まるで最後の膿みが出ているようだ…と

 

 旅をする中で、どこかの書物で読んだことがあった。

 

 病に侵された者が死を目前にこれまでにない重く激しい症状を見せ、そのおさまりの後すべての不調がなりを潜め、驚くほど体が良くなることがあると。

 

 繰り返し術を施す中で何度も水蓮の脳裏をその事が駆け巡った。

 鬼鮫にしてみても、そういった話をこれまでに聞いたことがあった。

 

 良くない流れだ…

 

 眠るイタチを見つめ、鬼鮫は少し唇を固く結んだ。

 

 「だいぶおさまったのよ」

 力の入らない様子で、水蓮は鬼鮫に寄りかかった。

 「でしょうね」

 部屋の荒れ具合や水蓮の様子を見れば、今見た程度の物ではなかったのであろうことは容易に読み取れた。

 その回数も…

 「たぶん…もう…」

 大丈夫…。との最後の言葉は何とか聞き取れる程度の小さい声であった。

 水蓮は一つゆっくりとした息を吐き出し、鬼鮫に身を預けたまま眠りに落ちた。

 

 一体どれほどのチャクラを消費したのか。

 回復力の強い九尾のチャクラをコントロールし始めた水蓮がこれほどまでに疲労する術。

 かなり難度の高い術であろう。

 ましてうちはの血継限界のチャクラを抑え込むもの。

 ただならぬ力と技術が必要なはず。

 それをやってのけた水蓮に素直に感心する。

 だがそれと同時に疑問がわく。

 

 一体それをどこで身に着けたのかと言う疑問が…

 

 今回の事だけではない。

 共に行動する中で水蓮が見せた術。

 

 以前鬼鮫自身が水蓮から受けた解毒。

 アジトに張り巡らせる結界。

 デイダラの重傷を救った技術。

 イタチに施す治癒。

 そして今回のこの仕業。

 

 それらは決して誰にでもできる事ではない。

 まして忍術を習い始めて3年ほどの人間には到底できない物だ。

 水蓮は確かに頭もよくセンスもよい。

 だがそんな物だけではこの短い期間でここまではたどり着けない。

 医療忍術ともなればなおさらだと鬼鮫は眠る水蓮に視線を向ける。

 

 誰かにつきっきりで教えを乞うているわけではない。

 数年前に空区で習ったにしてはレベルが高すぎる。

 何より、ここ最近使う水蓮の術はうずまき一族の物が多い。

 「一体どうやって」

 まるで目に見えない誰かがそばにいて水蓮に教えているかのようだ…

 そんな非現実的な事を考えてしまう。

 

 一体何者なのか…

 

 そこまで考えて鬼鮫は、ふぅ…と一つ息をついた。

 その呼吸が水蓮の前髪をほんの少し揺らす。

 さらりと額を流れた髪の隙間から眠る水蓮が見えた。

 静かな寝息を立てるその表情は安心しきった顔。

 それを見ているうちに、先ほどまでの思考がまたよぎり、そして小さく笑う。

 

 なぜなのかはわからない。分からないが、そんなことはどうでもいいような気持ちになった。

 

 「今更ですね」

 

 ひとり呟いた。

 

 

 

 

 夜が進み、朝焼けの気配を感じる森の中には平穏な静けさが広がってた。

 鬼鮫が先ほど感じたいくつかの気配も今は遠のき、木の葉の隊も、うちはサスケも近くにはいないであろうことが読み取れた。

 イタチを苦しめたチャクラの暴走も、水蓮の言ったようにあれきり起こらず、今は落ち着いた様子で静かに眠っている。

 

 「どこへ向かっているのか…」

 

 治療につかれた水蓮をソファに寝かせ、鬼鮫は地下への入り口に身を置き、まだ薄暗い森を見ながらつぶやいた。

 血継限界の強いチャクラとは言え、今まで宿してきた自分のチャクラを制御しきれないほどの体の弱まり。

 知る限り何のリスクも負っていないうちはサスケに対抗できるのだろうか。

 だが水蓮は随分とはっきり「イタチは戦える」と言った。

 彼の治療に携わってきた水蓮が言うのなら、そうなのだろうとも思う。

 しかしそれはあまりにも不確かな事。

 

 自分にとっては…

 

 それなのに…

 

 「あの二人はどうして」

 

 ああも確かな足取りで歩めるのか…。

 一体どこへと向かって進んでいるのか…。

 分からないことだらけだ。と、鬼鮫は息を吐き出した。

 「鬼鮫…」

 不意に背中に水蓮の声がかかった。

 「もう起きたんですか?」

 疲労が深いはずなのに、まださほど眠っていない。

 「なんか、目が冴えちゃって」

 「嫌な夢でも?」

 「…え?」

 どこか心配そうな色を交えた鬼鮫の声に、水蓮は思わず少し目を見開いた。

 その驚きは鬼鮫も同じであった。

 まるで親が子に言うような、そんな口調であったから…

 

 自分は何を…

 

 どうにもこの人物には調子を狂わされる。と、鬼鮫はそんなことを思った。

 「イタチさんはどうですか?」

 慌てて話を変えるように鬼鮫はそう言って目を反らした。

 「もう大丈夫みたい。今はよく眠ってる」

 「そうですか」

 「うん」

 何とはなしに隣に並んで立ち、二人で森を見つめる。

 「そういえば…」

 鬼鮫が思い出したように口を開いた。

 「うちはサスケは、どういう人物でしたか?」

 「え?」

 唐突に聞かれて、水蓮は戸惑った。

 組織からうちはサスケの事はある程度聞かされているはず。

 それでもこうして聞いてきたという事は、それ以外の事を聞きたいのだろうと思った。

 「んー」

 水蓮はこの場所で共に過ごしたサスケを思い出す。

 「とにかく口が悪くて、自分勝手で、傲慢で、わがまま…」

 鬼鮫が「ハハ」と笑った。

 「イタチさんとは真逆のような、そうでないような」

 「そうだね」

 小さく笑って返し、水蓮は続ける。

 「こうと決めたら譲らない頑固者で、意地っ張り。だけど、不意に素直なところがあって、優しい面もある」

 率直に、ただ感じた事を隠さずに述べてゆく。

 「それから、笑うとイタチに似てる」

 「まぁ、兄弟ですからね」

 「うん。一見似てないようで、やっぱり似てる。言葉とか、考え方とか」

 「そうですか」

 

 自分は何を聞いているのだろう…

 

 これと言った着地点もない話に、鬼鮫は黙り込んだ。

 が、しばらくしてまた問いかける。

 「弟と言うのは、どういう物なんですかね」

 水蓮は「んー」と、また少し考えてから言葉を返す。

 「どうなんだろう。私は兄弟いないからよくわからないけど、すごく大切な存在だと思う」

 

 そんな存在を殺して、彼は永遠に光を失わない目を手に入れようとしているのか…

 

 イタチにとって弟であるうちはサスケは、水蓮が言うような大切な存在ではないのだろうか…

 

 「きっと、切っても切れない絆があって、駆け引きも損得も、見返りを求める心も何もなく、ただ愛おしくって、守りたいってそう思う存在じゃないかな」

 

 そうならなおの事イタチのやろうとしている事が信じられない事だ。

 もはや人としての心を失ってしまっているのだろうか。

 いや、水蓮への態度を見ていればそうでないことが分かる。

 もし、弟への気持ちとして水蓮が言ったような事をまだ持っているなら、それ以上にイタチにとって眼が大切なのか。

 弟の命より大切な目的があると言うのだろうか。

 それとも、もしかしたら別の目的が…

 

 「あなたはどう思いますか?」

 問われて水蓮は黙り込んだ。

 鬼鮫の聞きたいことがなんなのかが分かっていたから。

 

 永遠の万華鏡写輪眼を手に入れるために弟を殺す

 

 それがイタチの本当の目的であるかどうか。疑っているのだ。

 

 「私は…」

 慎重に言葉がつむぎだされた。

 「イタチの言った事が本当かどうかなんてどうでもいい」

 水蓮自身、本当の事を知ってはいる。だが、もし知らなかったとしても、自分のとる行動は同じであっただろうと、そう思っての答えだった。

 「あの時聞いたイタチの目的が本当であろうと、そうでなかろうと私のやるべき事は変わらない。私はイタチを守る」

 まっすぐに見つめるその瞳に、鬼鮫の胸の奥がトクリ…と音を立てた。

 「何があっても、私がイタチを守る」

 決意にあふれた言葉は力強い。

 イタチのチャクラの暴走を抑えるための必死の対処で服も髪も乱れ、目の下には隈を作り、顔には疲労の色が溢れんばかりに濃くにじみ出ていると言うのに…

 

 鬼鮫はグッと胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

 今までにも幾度かこういう事があった。

 守るべき誰かのために、自分をなげうって戦う水蓮の姿に、何度も胸の奥が熱くなった。

 それが何なのか、鬼鮫にはわからなかった。

 初めてとった弟子だからと言うのもあるのだろうが、それだけではない。

 イタチが水蓮に向ける物と似ているような気もしたがそれも違う。

 もっと違う何か…

 

 その正体が、今分かったような気がした。

 

 「あなたは、やはり私と同じだ」

 

 修行をつけてほしいと言ってきた水蓮とあの時交わした言葉…

 

 『何か別の目的があって我々と共にいるようだ』

 

 その答えを求めたとき、水蓮はこう言った。

 

 『私はただイタチの目的を遂げさせてあげたい』と。

 

 鬼鮫はどうやら自分たちは同じようだと言った。

 もちろんその根底にある考えは違うであろうし、まして自分は水蓮のようにイタチのために、などと言う気持ちではない。

 それでも、イタチの目的を遂げさせることが自分の目的であって、そのために自分のやるべき事をやる。そう言った点では同じだと思った。

 

 どこか似ていると…

 

 「私にとっても彼の目的の真意は重要ではない」

 「……?」

 真意を問われていたと考え答えた水蓮は少し顔をしかめた。

 「私にとって重要なのは組織であって、組織の目的だ。そのためにイタチさんを守ってきた」

 誰にも言わないであろうと思っていた事が自分の口からこぼれていくことに、鬼鮫は正直驚いていた。

 だけれども、今目の前にいる人物はそう言った事をさせるのだという事は、もう嫌というほどわかっていた。

 諦めるほかない。

 

 そう思うと何かおかしくなって、笑いがこぼれた。

 それに水蓮はさらにいぶかしげな顔をした。

 「私は組織からいくつかの制約と、大きな任務を受けている」

 「制約と任務…?」

 少しも想像のつかない内容に、不思議そうな表情を浮かべる水蓮。

 鬼鮫は小さく笑んだまま答えた。

 

 「うちはイタチのやる事に決して口を出さぬこと」

 

 「………」

 

 「うちはイタチの行動を決して問いたださない事」

 

 「………」

 

 「そして時が来るまで、うちはイタチを決して死なせない事」

 

 「……っ」

 

 鬼鮫は自分にとってそれは最も難しい任務だったとそう言った。

 「時とは彼が自身の目的を遂げる事。そしてその時まで彼を死なせてはならない。それがどれ程困難を極めるか、イタチさんと組んでしばらくしてから分かった。彼の病の症状は日に日に悪化していきましたからね。だけど私にできる事はそうなかった。戦いの負担を減らし、代わりに薬を取りに行くような事しか。だけど、あなたが現れた」

 鬼鮫は水蓮を見つめて、どこかほっとしたような表情で話を続けた。

 「初めは訳の分からない危険分子だと思った。死なせてはならない彼のそばに得体のしれないあなたを置くなどとんでもないと。だけど私にはイタチさんの決定にそむくことはできない。もちろん臨機応変、必要とあれば意見し、止めなければならないとは思っていましたが、あろうことかあなたは医療忍術を使えた。仕方ないと思った」

 思いがけず聞くこととなったあの頃の鬼鮫の心情に、水蓮は黙って耳を傾けた。

 「イタチさんの命を守るために、彼の目的を遂げさせるためにあなたを利用した。彼の命こそ私にとって最大の存在意義であり、この組織においてやるべき事だったからだ。それ以上に重要な事はない。彼の話が真実であれどうであれ、組織の言うとおりに、私は彼の目的を達成させればいい」

 

 そのために水蓮を利用すればいいと、ずっとそう思ってきた。

 

 いらなくなれば捨てればいい。死なぬとは言えそれはイタチの見解であって、実際にはどうにでもできるだろうと思っていた。

 首を落とし、それでも死なぬなら地中に埋めればいい。そんな残酷なこと思っていた。

 だけどそれはいつの頃からか考えなくなり、それどころか手放せない存在となっていた。

 イタチの為だけではない。

 水蓮と言う存在に、自分が欲していた何かを見つけてしまっていた。

 

 何事に関しても必死にひたむきに生きるその姿。

 イタチだけではなく、自分の傷をも癒し労ってくれた優しさ。

 

 与えられることのなかったであろう穏やかな時間を与えてくれた。

 

 いつの頃からか、その存在を愛おしいと思うようになった。

 

 何があっても守ってやりたいと、そう思うようになった…。

 

 だがそれはやはりイタチとは違う感情で、それが何なのかと問い続けてきた。

 それがやっと鬼鮫の中に確かな形を成した。

 

 すっ…と鬼鮫が静かに腕を上げ、額あてに触れる。

 

 忍は皆、里の名のもとこの額あてに誓いを立てる。

 

 誰が決めたことでもなくそんな事があったと鬼鮫は思い出した。

 

 里を捨てた自分がこんなにも穏やかな気持ちで、そんな気になろうとは…。

 

 馬鹿馬鹿しいと思った。

 それでもどこか心地よいとも思った。

 

 「水蓮」

 

 静かな呼びかけに、水蓮は鬼鮫に向き直った。

 

 「あなたはあなたのやるべき事として、今までどおり命がけで彼を守るといい」

 

 …もし…

 

 水蓮への想いが鬼鮫の胸に込み上げる。

 

 

 …もしも自分に家族がいたら、こんな感じだったのだろう…

 

 

 

 …もしも自分に妹がいたら、きっとこんな感じだったのだろう…

 

 

 今まで不確かに漂っていた物が、鬼鮫の中にストンと、静かに落ちておさまった…

 

 

 愛しき人よ…

 忍の名のもとこの額あてに誓う…

 

 

 「そのあなたを、私が命を懸けて守る」

 

 まっすぐに向けられたその言葉に、水蓮が静かにうなづく。

 その揺れに頬を伝った涙を、鬼鮫の大きな手が拭い取った。




しばらく苦しんだメニエールでしたが、思ったより早く回復できました(*^。^*)
ご心配おかけしてスミマセンでした…
コメントありがとうございました(*^_^*)
これからもよろしくお願いいたします(*^^)v

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