いつの日か…   作:かなで☆

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第百十九章【原点】

 日々は恐ろしく静かに過ぎていった。

 自来也の死から後は思いのほか期間があり、あれから幾数回の日の沈みとのぼりを見送った。

 原作にはあまり描かれない『移動』がタイムラグとしてあるからなのか、すぐに事が動くと思っていた分、イタチと長く過ごせている事に水蓮はほっとしていた。

 だがその反面事態の起こりが少しも読めず、一日一日が緊張の中過ぎて行く。

 

 初めの数日は日の昇りを数えていたが、意識してそれをやめた。

 

 何日目にそれが来るのか。数えたところで分からない。

 

 それまでをどう過ごすか。それが重要なのだから…

 

 とはいえ、イタチの体調を考慮しなければいけないこともあり、何をどうすることもなく日々ただ静かに時を刻んでいた。

 

 

 鬼鮫が持ち帰った情報によれば大蛇丸の死は間違いなく、組織から前もって聞かされていたサスケの情報も間違いないとの事であった。

 

 サスケは香燐、水月、重吾を仲間とした小隊を編成し動いている。

 

 だがデイダラとの戦いで無傷ではないはずだとイタチも鬼鮫も推察しており、すぐには目立った動きはないだろうとこちらも大きく動かず戦いに備えていた。

 

 

 サスケとの戦いに…

 

 

 イタチはその事について鬼鮫に初めて自分から語った。

 

 自身の持つ万華鏡写輪眼がいつかは光を失う事。

 それを免れるためにはサスケの目が必要であること。

 それによって万華鏡写輪眼が永遠の物になる事…

 

 鬼鮫はただ静かに聞き、イタチが話し終えて黙したのをじっと見つめ、同じように黙り込んだ。

 

 ぶつかり合う視線。

 

 そこに互いに何を含ませているのか。水蓮はその様子をイタチの少し後ろに控えて見つめていた。

 

 

 一族を皆殺しにしたにもかかわらず弟だけは生かし、のちに名を馳せるであろうと予測されていた暁に身を置く。

 

 

 それは自分を討つためにサスケが己を磨き、強い力を宿した写輪眼を持って挑んでくることを見越して…

 

 すべては永遠の万華鏡写輪眼を手に入れるため…

 

 それこそが自身の最大の【目的】であるとのイタチの主張。

 

 

 それを受けた鬼鮫の眼差し。

 

 

 

 強い力を持ちながらにこの組織に従順に動くその意味。

 

 出会った頃から感じていたイタチの中に秘められた【目的】

 

 それを成し遂げるためのイタチの生きざまへの興味。

 

 鬼鮫がこの組織に身を置く理由の一つが今明かされた。

 

 それが真実であるかどうか…

 

 鬼鮫はそれをじっくりと吟味している。

 

 

 微動だにせず視線をぶつかり合わせる二人に水蓮は固唾をのんだ。

 

 

 「なるほど」

 

 どれほどの沈黙が流れただろう。

 鬼鮫はそうこぼしてちらりと水蓮を見た。

 真意を問われているような気がして、水蓮は小さくうなづいた。

 鬼鮫は「なるほど」ともう一度つぶやいて一つ息をついた。

 「それがあなたの目的…ですか」

 イタチは何も返さない。

 

 自身の語ったことにもう一つ考えがあるとき、イタチは答えを返すことが多い。

 『そうだ』『そういう事だ』と…。

 それが任務の際であれば後に別の作戦や目論見が明らかとなる。

 

 だが逆に何も返さないときは、何もないのだ。

 裏も表も…

 

 だから今イタチは何も返さない。

 

 自身のそんな事ですらコントロールしているのだ。

 

 

 無意識に…

 

 

 極限まで研ぎ澄まされた集中力が、本能がそうさせている。

 

 

 そんなイタチの振る舞いは、どこか人知を超えたもののようにも感じられた。

 

 すぐそばにあるはずのイタチの背が遠く感じる。

 何があっても離れない。この手を離さないと誓ったはずなのに、それがひどく薄く細い糸のように思える。

 

 

 だけどそれはイタチの醸し出す空気のせいではない。

 

 イタチの【覚悟】に自分自身のそれがまだ追いついていないのだと、水蓮は自身を叱咤した。

 

 足りない。まだ足りない。この人の持つ覚悟に。

 だけどそれはきっとずっとそうなのだろう。

 どれほど奮い立たせても、自分自身を叱咤しても、追い詰めても、きっとそこへはたどり着けないのだ。

 

 その覚悟は、イタチだけの物。

 

 自分には自分だけの覚悟が必要なのだ。

 

 それは今まで自分の中にあった物とは違う。

 

 【イタチの死に対しての覚悟】

 

 それだけではいけないのだと水蓮は感じていた。

 

 だがその答えは見つからない。

 

 ここへきて、それを見つけられない…。

 

 

 「わかりました」

 

 再び落ちていた沈黙を、鬼鮫が終わらせた。

 「そういうことですか」

 本当にそう納得したのかどうかは分からない。

 それでも鬼鮫はそう言葉を返してまた水蓮を見た。

 その瞳が何かを求めていることは分かる。だが何を求めているのか…。奥の奥にある本当の事が読み取れない。

 だけれども、その求めの中にこの場の終わりが含まれている事を感じ取り、水蓮はただ静かにうなづいた。

 

 

 鬼鮫はまた「わかりました」と低い声で答えた。

 

 

 

 

 季節は夏の存在を主張していた。

 過ごしやすいのは夕刻のほんの数時間で、風のある今夜でさえ気休めの涼しさのみ。

 そのはずが、ひどく冷えた感覚に鬼鮫は今までにないゾクリ…とした身の震えを感じていた。

 思い出されるのは先ほどのイタチ…。そして、その後ろに控えていた水蓮の姿。

 鬼鮫が感じた背筋の冷たさは後者にであった。

 

 たった数日。

 

 離れていたその短い期間で、何かが変わった。

 出会った経緯から奇妙な物で、もとより読み計れない存在ではあったが、明らかに今までとは違う物を水蓮に感じていた。

 だがそれでいて知った感覚。

 

 それは他者を殺した者の気配…

 

 「いや」

 

 そんなはずはない。と心うちにつぶやく。 

 それに、そうは感じたものの完全に【それ】とは呼べない気配。

 はっきりとは分からないが、わかるのだ。

 確かに命をその手にかけた者の空気を感じるが、それにまとわりつく血の匂いがしない。

 忍の感がそれを己に伝えてくる。

 

 そうでなくともたった数日の間にそのような事態になることも考えられず、あったのならさすがに聞かされるだろう。

 「いや…」

 再びつぶやかれる。

 

 イタチがそれを許すはずはない。

 

 水蓮がその手を血に染めるような事を彼は許さない。

 

 それは鬼鮫の中の確信であった。

 

 自分もそうであるのだから…

 

 ばかばかしい…。

 そうは思う物の、それはもはや否定することのできない事実。

 今までに幾度か自分の中で繰り返された否定と肯定。

 

 水蓮の手を汚したくない。

 

 存外早いころからそれは鬼鮫の中にもあった。

 心を寄せているイタチならなおのことだ。

 水蓮が誰かを殺すなどありえない。

 だがそれに近しいことがあったのだろうと読む。

 何事かに触れ、何事かを背負い、何事かを求めさまよう心の動き。

 不確かでひどく危うい。それでいて研ぎ澄まされた何か。

 それらが水蓮の体からあふれ出ている。

 一見アンバランスに見える不安定な一つ一つ。

 だがすべてが緻密な計算のもとにあるような配列を感じる。

 

 未完成の物が完成へと向かう、途…

 

 一体なんなのか…

 

 考えをめぐらせる。

 

 さぁっ…と、風が流れた。

 その消え際に静かな気配が生まれ、鬼鮫はそちらに振り返った。

 

 ゾクリ…

 

 やはり肌が震えた。

 「水蓮」

 こちらをひたと見つめるその存在。深く熱く…それでいて冷光なる瞳。

 

 

 ああ、そうか…

 

 

 鬼鮫は一人腑に落ちた。

 

 彼女は探しているのだ…

 

 自分の【覚悟】を…

 

 

 静かにたたずみ何かを待つ水蓮に、鬼鮫はゆっくりと向き合う。

 鮫肌をそばの木に立てかけ、静かな呼吸で空気を揺らした。

 

 「どうぞ」

 

 水蓮の地を蹴る音とその声が重なった。

 

 何かを振り払うように、決意するように、水蓮は一つまた一つと鬼鮫に打ち込んでゆく。

 息の乱れも、気を入れる声もない。

 探るように、確かめるように、そして縋るように。

 

 そのすべてを鬼鮫はただ受け止めた。

 

 激しく打ち合う物ではないそれは、まるで言葉のない会話のようであった。

 

 

 それでいい…。

 

 

 鬼鮫の受けが無言でそれを伝える。

 

 

 

 必死に振り払えばいい…迷いを

 

 深く決意すればいい…想いを

 

 探ればいい…道を

 

 確かめればいい…強さを、弱さを

 

 そしてそのために縋ればいい…この自分に

 

 

 何を手段としてでも、必ず見つけなければならないのだ…

 

 

 鬼鮫は水蓮に厳しいまなざしを向けた。

 見つけなければ、見つけられなければ生きてはいけない。

 たとえ身が亡びなくとも、心が死んでしまう。

 

 そうならぬためには、忍の世界で生きていくためには、自分で見つけるしかない。

 

 生きる覚悟も。死ぬ覚悟も。

 

 そしてその先にある目的を。

 

 水蓮はすでにそれを持っているはずなのだ。

 かつて自分にそれをぶつけてきた。

 

 その時の事が鬼鮫の脳裏に浮かぶ。

 

 『何か目的があって我々と共にいるような感じだ』

 

 過去に鬼鮫は水蓮にそう投げかけた。

 そしてそれが何かを問うた。

 その時水蓮は迷わず、ためらわず、疑わず。そして恐れずに答えた。

 

 それこそが最も必要で重要な事。

 

 変わらず自分の中にあるものの、それを【目的】とすることを見失っている。

 

 その一歩手前にある何かに意識を持っていかれている。

 

 あの時は何も知らなかったがゆえに答えられたそれが、様々な物を見、幾多の事を経験し、知りすぎた今、見えなくなっている。

 

 だからこそ、水蓮はそこに立ち返ろうとしているのだ。

 おそらく無意識だろう。

 それでもそれが必要だと本能に感じ自分のもとへ来たのだ。

 

 あの時こそが水蓮にとっての始まりであったから…

 

 

 しかし鬼鮫はそこまで考えてハッとした。

 この世界の行く末を考えれば、どんなものも無意味。

 それを望み、そこへと向かう自分が何を考えているのだろうかと。

 水蓮が今ここで答えにたどり着いても、暁の…マダラの目的が成されれば何の意味もない。

 だがそれでもやはり、答えを見つけてほしいと思ってしまう。

 

 自身の生き死にも、他人の生き死にも興味のなかった自分。

 ましてそれが意味をなさない世界を求め進んでいるというのに、水蓮に生きるすべを見つけてほしいと願う。

 

 

 ひどい矛盾だ…

 

 

 嘲笑に表情が揺れた。

 それでも、それでいいと鬼鮫は静かに水蓮の打ち込みを受け止め続けた。

 

 この世界は所詮矛盾だらけ。

 

 その深い泥の中に咲くこの花を、やはり汚したくない。

 

 全ての矛盾は自分の胸の内にしまおう。

 

 

 

 

 それでいい…

 

 

 

 

 迷いを持ちながらもまっすぐに、ひたすらに、ひたむきに打ち込んでくる水蓮。

 

 

 

 あなたはそれでいい…

 

 そのまま変わらずまっすぐでいい…

 

 そこに生まれる光を汚す物は、この身にすべて引き受けよう…

 

 あらゆるものが無に帰すその時まで…


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